【鹿島アントラーズ社長・小泉文明1】コロナ危機に「いまできること」に挑戦。メルカリ流スピード改革生かし

小泉文明

撮影:今村拓馬

動きが速かった。

新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、小泉文明(39)が社長を務める鹿島アントラーズは7都府県に緊急事態宣言が発令された翌々日の4月9日、地元紙である茨城新聞に全面広告を出した。

「いまできることをみんなで」

この言葉通り、さまざまな取り組みを行ってきた。他に先駆けて練習試合をDAZNで生配信。ホームタウンの飲食業などを支援する食関連の情報が一目で分かるサイトを立ち上げた。小泉が札幌市の商工会議所の取り組みを知り、ビジネスチャットツール「Slack」で全社へ情報共有したことがきっかけ。2営業日後にはホームページが作られていたという。

2月下旬から在宅勤務に挑戦

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大はスポーツの世界にも大きな影響を及ぼしている。夏に予定されていた東京オリンピック・パラリンピックは1年後に延期が決まった。夏のインターハイなども史上初めての中止が決まっている。

Jリーグも2月25日、新型コロナウイルス感染拡大の状況を重く見て、3月15日までのJ1第2〜4節などJ1〜3の全94試合を延期することを決めた。2月24日に政府の専門家会議が「1〜2週間が拡大の瀬戸際になる」との見解を発表したことを受けたものだが、その後感染はさらに拡大、収束の気配がないことから再開の日程を決めては延期を繰り返し、今は「再開時期を白紙」、となっている(5月3日現在)。

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「いまできることをみんなで」。鹿島アントラーズFCが茨城新聞に出した全面広告。その言葉どおり、小泉は次々と新しいことにチャレンジしている。

茨城新聞より

鹿島アントラーズでは試合の延期より前に、自分たちの働き方を変えようと動いていた。最初に試合延期が決まる前の2月22日、小泉は社員が出社できなくなるほどの状況の悪化に備え、在宅ワークのトライアルを決めた。

この時からの準備があったからこそ、専門家会議が「8割の接触減」を呼びかけ、政府が「在宅勤務を」要請した3月下旬以降、日常の業務は混乱なく続けられている。社員を在宅、スタジアム、クラブハウスの3拠点に分けて、仮に感染者が出た場合も、感染が広がらない体制、クラブの事業運営が継続できる体制を作っていた。

先を見通し、スピーディーに動く。ミクシィ、メルカリと生き馬の目を抜くスタートアップ業界でサバイブしてきた、小泉らしい決断だと言える。

「創造するには『考える時間』をつくりたい」

小泉文明

撮影:今村拓馬

コロナ禍が拡大する直前の1月下旬、スポーツとインターネット業界のスピード感を小泉に尋ねたとき、こう答えていた。

「両者はすごく近い。食うか、食われるか? まさにそうです。チームが勝つためには、ビジネスでも成果も出さなければならない。シーズンを渡っていくなかで、(試合に臨む)チームにも、スタッフである僕らにもスピード感が求められます」

ベンチャー業界からスポーツビジネスの世界へ。令和の時代を代表する経営者として、掲げるテーマはスピードだ。

2019年8月下旬。鹿島の経営権を取得したメルカリの社長(当時)だった小泉は、鹿島の社長に就任。まずは「速く動ける」組織への変革に取り組んだ。社内での情報伝達に、ビジネスチャットツール「Slack」を導入。1対1のコミュニケーションではなく、社内のどのチームが何を話し合っていて、何をしているかが全員に可視化されるようになった。

「鹿島という組織の中に入ってみて分かったのは、スタッフ一人ひとりの業務量がすでにパンパンだということ。みんなもう十分頑張っていた。でも、そのままでは、社員が新しいチャレンジができない。何かを創造していくには、それぞれの考える時間をつくりたい。

インターネット系の僕らから見ると、もっと効率よく、生産性を上げていく必要があった」

小泉が入った当初は、例えば意思決定の一つにも、係長や課長職など6人のハンコがないと決められない状況だった。そこで組織の6階層を、メンバー、マネージャー、ダイレクターの3階層に圧縮。マネージャーとメンバー間で考えたアイデアをどんどん試せるようになった。

コロナに備えトライアルで課題を把握

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2020キックオフで。この時はまさかこんな大きな危機が訪れるとは思っていなかった。

鹿島アントラーズFC提供

そんな社内の変化を、鹿島のプロパー社員である春日洋平(42=マーケティンググループ・コンシューマーチームマネージャー)はこう証言する。

「マネージャーやスタッフの意思決定の幅が広がり、総体的に業務スピードが上がったと思います。新型コロナウイルスの対応に関しても、状況が切迫したらどうするかを(小泉は)早くから考えていた。準備や見通しが早い。在宅ワークに切り替えた際にどのような問題が生じるか? 事前に課題を把握するためのトライアルでした」

実際に在宅ワークを試すと、特定のシステムや業務フローがリモートでは機能しないことが分かるなど、複数の課題が見つかった。

春日たちは2019年9月の台風の際、2日間クラブハウスを使えない経験をしており、有事の際のBCP(事業継続計画)はすでにあった。今回そこがブラッシュアップされた。

加えて、Slackなどでの情報共有は、確実に組織を活性化させている。

「クラブのビジネスにおいては、多角的な視点を持って意思決定をすることが重要なので、自分たちのチーム以外の案件であっても、みんなで意見を出し合っています。横断的な意見交換がないと、偏った視点だけで走ってしまう。業界や事業規模により最適な組織のあり方は異なるため、組織のフラット化がすべての最適解ではないけれど、小泉は組織と社員の意識の設計に秀でていると思います」(春日)

情報を共有し、組織をフラット化する。日本で既存の企業がなかなか超えられない壁を、小泉はいとも簡単に超えていく。それが必要であることを肌で学んでいるからだ。

小泉文明

撮影:今村拓馬

新卒で就職した大和証券SMBC(現・大和証券)でIPO(新規株式公開)を担当した時代のこと。他部署が進める仕事に有益と思われる情報を渡そうとしたら、「違う部署のことだからやらなくていい」とたしなめられた経験がある。

「お客様を支援するのが仕事であって、そのためのアプローチ。他部署の領域に踏み込んだとしても、クライアントのためになるなら、やるべきだと思った」

大和証券SMBCを退職後、ミクシィを経て小泉はメルカリへ。当時の社員数は10数人。手数料を取っておらず売り上げはゼロ。創業間もなく、アプリのダウンロード数も100万に満たない状態だった。

資金調達も30〜40社に断られながら、投資家を必死に回り14億5000万円をかき集めた。サービスがヒットしたら東京ですべてのカスタマーサポートをするのは無理と判断し、テレビCMを流す1カ月前、仙台に80人が入るカスタマーサポート拠点をつくるも募集をかけたら3人しか来なかった。

「でも、絶対に成功すると信じていました。メルカリに入って半年ほどは大好きなお酒も飲まずに仕事だけしてました。今思えば、研ぎ澄まされてましたね」

わずか1カ月間でCMなどのマーケティングに5億円弱を使いながら、一気に利用者数を増やした。

2018年に東証マザーズに上場。創業者である山田進太郎から一旦は社長を引き継ぐも、鹿島社長に就いた現在は、山田にメルカリの社長職に復帰してもらい、今は会長職として支える。毎日のスケジュールは分刻みだ。

「成功するための努力は惜しみません。以前経営していたミクシィの成功を振り返っても。(SNS業界で)多くの企業がつぶれていった。(自身が身を置くのは)どれもとんでもなく競争が激しいビジネス。トップでなければ、2位も100位も変わらない」

そう吐露する小泉の姿は、常に勝利を求められるアントラーズと重なる。ヒリヒリするような恐怖心と、戦ってきた。

「そう、すごく怖がりなんですよ。結構臆病。でも、臆病さがあるから、ハードワークするんでしょうね」

ハードワークのエネルギー源は何なのか?

次回はその原点を探ってみたい。

(敬称略、明日に続く)

(文・島沢優子、写真・今村拓馬、デザイン・星野美緒)


島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』など著書多数。

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