1980年生まれ。早稲田大学卒業後、大和証券SMBCに入社。担当したミクシィに入社し、取締役執行役員CFOに。2013年、メルカリに入社。その後、社長兼COOに。2019年、メルカリ会長に。同年8月に鹿島アントラーズFC社長に就任。
撮影:今村拓馬
夜空に輝く鹿島の光を、今でも覚えている。
小泉文明(39)が13歳の春、Jリーグが開幕した。
鹿島アントラーズのホームタウンである茨城県行方(なめがた)市(当時麻生町)は、父親の出身地。鹿嶋市とは北浦という縦長の広い湖を隔てるものの、スタジアムまでは車で15分ほどだ。祖父母の家を訪ねると、カシマスタジアムの光が湖の向こうに見える。ホームのナイトゲームの日は、まばゆい朱色の光を眺めては熱戦を想像し胸が高鳴った。
「すぐに鹿島ファンになりました。スタジアムに連れて行ってもらうこともあり、サッカーが好きになりました」
鹿島との縁を取り持った柴崎岳
そんな縁(よすが)もあって、メルカリは2017年、鹿島とクラブオフィシャルスポンサー契約を締結した。きっかけになった人物は、知人から紹介された柴崎岳(27)だった。今や日本代表の心臓として成長を遂げた鹿島の元エースとプライベートで話をした。
「柴崎選手は非常にクレバーな印象だった。雑談をしていても、ビジネスの何たるかを学ぼうとしている感じ。何か質問すると、きちんと理論立てて説明してくれた」
その際、柴崎から「ぜひ見に来てください」と言われ、久しぶりに鹿島の試合を観戦。スタジアムの熱に心が動く。小泉にとっても、また鹿島にとっても、ターニングポイントになった。
「鹿島へのスポンサードは、若い女性の集まるメルカリにとって、男性や40代以上を取り込みたいというマーケティング戦略にかなってました。もちろん、僕の希望でもありました」
6万7000人の町にある「奇跡のクラブ」
2019年、日本製鉄から鹿島アントラーズFCの経営権を取得。小泉は名門クラブの指揮を執ることに。
撮影:小林優多郎
2019年8月には親会社だった日本製鉄から鹿島の経営権を取得。Jリーグ優勝8回と、二番手の横浜F・マリノスの4回を大きく引き離す日本最強クラブの陣頭指揮を執ることになった。親会社の社長がその任を退き、子会社であるJクラブの社長に専念するのは異例のことだ。
父の実家から眺めた光の中に、身を置くことになった。
「人口6万7000人の町に、4万人収容のスタジアムがある。東京から離れ、少子高齢化のあおりも受けている地域なのに、最強クラブであり続けている。鹿島が『奇跡のクラブ』と呼ばれるゆえんです。チームの強さとともに、創意工夫で観客を呼び込むベンチャーマインドを感じました」
鹿島のミッションは「すべては勝利のために」。
メルカリのそれは「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」。
スポーツとビジネスはもとより親和性は高いが、両者には通底する要素がいくつもあった。
「サッカーはすべての試合で勝つのは難しいが、チャレンジし続けなければ勝てません。挑戦、そしてチームワーク。メルカリでこれまで大事にしてきたことと一緒だと感じました。頂上を目指すとき、チームでやらないと高い山は登れない」
視線の先には世界的名門バルセロナ
世界的な強豪クラブ、スペインのFCバルセロナ。写真は2010ー2011シーズンにスペインリーグで優勝したしたときのもの。
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日本最強を死守するのも至難の業なのに、小泉の視線は世界屈指の名門クラブ・バルセロナに向けられている。17・18年シーズン、バルセロナは世界のクラブで初めて収益1000億円超えを達成。対する鹿島も2018年度の決算で過去最高の73億円を計上。純利益4億円強と2016年度以来の黒字に転換した。
「1000億と73億。すごい差です。しかも、放っておけばどんどん差は広がっていく。世界もどんどん進化していくので」
バルサの背中を追う「登山」で、ザイルのような役目を果たしてくれるのが、Jリーグを代表する人材と言われる「ダブル鈴木」。鹿島で長年強化を担ってきたフットボールダイレクターの鈴木満(62)と、長年事業全般を担ってきたマーケティングダイレクターの鈴木秀樹(59)の2人だ。
Jリーグ優勝8回、と国内では強豪・名門の地位を確立している鹿島アントラーズ。クラブの歴史や成長に大きな影響を与え続けているジーコ。
撮影:今村拓馬
例えば、鈴木秀樹は今から10年前、欧州の名門クラブ視察を敢行している。ビジネスとして成立する多機能複合型スタジアムを分析するためだ。
「鹿島においてお二人の功績は非常に大きい。2年半にわたるスポンサー時代から心地よく議論してきた。僕らのような若い会社を選んでくれたことにも感謝している。これからのクラブ経営にはテクノロジーを入れていかなければ立ち行かなくなるという部分でも(3人の)意見は合致している」
定期的にチャンピオンシップを獲得し「名門」と称されるクラブは、どの国を見ても「大きな町」にある。スペインなら、マドリードやバルセロナ。フランスならパリ・サンジェルマン。ドイツのバイエルン・ミュンヘン、イタリアのACミランなど。すべての国のキング・オブ・キングは大都市圏にある。ところが日本のキングは世界と一線を画す。
「カシマスタジアムの半径30キロの半分が海(太平洋)です。そして、その圏内には70数万人しか住んでいない。世界中どこにも見当たらないハンデでしょうね」
プロサッカーのクラブ経営には、最低100万人のマーケットでなければ成立しないと言われる。例えば、FC東京のマーケットは2300万人、浦和レッズは1700万〜1800万人が住んでいるそうだ。
「そんなディスアドバンテージがあったからこそ、努力しチャレンジし続けてこられた。誰一人『うちはビッグクラブだ』と過信せずに済んだのかもしれません」
謙虚な経営姿勢だから顧客に寄り添える。電子チケットの導入に続き、カシマスタジアム内のキャッシュレス決済を2019年から導入した。
撮影:今村拓馬
例えば、政令都市に位置するヴィッセル神戸のノエビアスタジアムが完全キャッシュレスにしているように「運営視点で言えばどちらかに振り切るのが一番いい」(小泉)が、現在はキャッシュとキャッシュレスのハイブリッドで行く予定だ。
「鹿嶋はキャッシュレス社会ではない。年配の方も、子どももいる。喉が乾いた子どもが自分でジュースを買えないのでは困る。ファン層を見て時期尚早と判断した」
現実と照らし合わせながら、少しずつ地域のありようを変える。そのために小泉たちは試行錯誤を繰り返すしかない。
「でもね、広い目で見ると、ITやテクノロジーって、交通の便が悪い田舎の方が必要なんです」
確信に満ちた、その目に映るミライとは。
(敬称略、明日に続く)
(文・島沢優子、写真・今村拓馬)
島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』など著書多数。