1980年生まれ。早稲田大学卒業後、大和証券SMBCに入社。担当したミクシィに入社し、取締役執行役員CFOに。2013年、メルカリに入社。その後、社長兼COOに。2019年、メルカリ会長に。同年8月に鹿島アントラーズFC社長に就任。
撮影:今村拓馬
ITやテクノロジーは、田舎の方が必要。
小泉文明(39)の言う通りだろう。交通の便が悪いから、銀行に行って現金を引き出すよりキャッシュレスの方が楽だ。オンラインによる遠隔診療で高齢者への医療支援もできる。
「鹿島アントラーズの新たな役割は、地域への貢献だと考えています。地域と共存共栄していく。そのためには、テクノロジーを駆使しなければ答えが出ない。60歳以上でもスマートフォンを持つ時代です。地方であっても便利な生活を届ける。未来に向けて、スマートシティー化を目指したい」
医療やヘルスケア、学習、交通といった課題に対し、テクノロジーで答えていく街をつくる。地域の課題と先進的な技術とのハブになるつもりだ。
例えば、鹿嶋は工場地帯のため、通勤渋滞が起こる。トラフィックデータを取るにも、ホームゲームの日の渋滞緩和をテストとしてスタートしていくと理解を得られやすい。
テクノロジーで感動値をつなげる
コロナウイルスの感染拡大で試合再開のメドは立たない。そんな中、選手たちはオンラインでファンに声を届けている。
鹿島アントラーズFC提供
そんな未来を描くためクラブの基盤を強固にする必要がある。マネタイズできるものを増やすためにも、
「テクノロジーを使って、感動値をどう次につなげていくかが重要です」
QRコードチケットの電子化は、小泉が入社する前の昨シーズンから開始されている。現在、約半分が電子化され比率が上がってきている。そこをぐっと上げたい。感動を味わってもらったお客さんをどう次につなげるか。それにはチケットの電子化は不可欠だ。
「チケットの電子化により一度IDを持てば、その人(ID)に対して個別のマーケティングをして次回も来ていただく。3回来たら習慣化する可能性が高いというデータもあります。プロ野球も電子チケットで成功している」
感動が続く仕組みを作って、もっとファンを増やせれば、選手や職員の給料に回せる。実は小泉、ラグビーワールドカップを少しだけ歯がゆい気持ちで観ていた。
「(W杯で)IDでスタジアム観戦した人がデータ化されていて、それをトップリーグのファン獲得に利用できたらもっと良かったと思うんですよね。あれだけ盛り上がったのだから、皆さん選手を見たいはず」
半日楽しむ場にしていきたい
小泉はスタジアムに足を運んでくれるファンはもちろん、運べないファンに対しても「感動」を伝える方法を模索している。
鹿島アントラーズFC提供
鹿嶋は東京から車で1時間半、100キロ離れている。わざわざ鹿嶋まで来てもらうのに「サッカーばかりでは難しい」(小泉)と言う。半日楽しめる仕掛けをつくる。Jリーグのアウェーゲームはもちろん、プロ野球やBリーグも視察に行った。
「2時間試合を観て帰るのではなく、例えばバーベキューができたり。スタジアム周辺も再開発してお祭りのような楽しい仕掛けを考えたい。滞在時間を長くして半日楽しむ場にしていきたいです。試合中、サッカーに興味のない人はビーチヨガをやってもらうなど、必ずしも全員がサッカーを観なくていい。この土地に来ることが大事なんです。そうすることでアントラーズの価値も上がる」
コロナの影響で延期になったが、2月28日の今季初ホーム戦はデジタルチケットに限って再入場OKを開始する予定だった。顧客の満足度を上げるため、場内と場外の壁を取り払うのだ。加えて、場外にフードエリアやアトラクションなどアクティビティを、今季はより充実させる。
「今までサッカーに見向きもしなかった人にも訴求したい。例えば鹿嶋に来るバスの中で1時間半座っている。そこを広告の場に活用できないか。距離というデメリットをメリットに変えられないかと考えている」
本質的な問題提起をする社員を評価
サッカーを観るだけでなく、スタジアムまで来たら半日家族で楽しめるような仕掛けを考えていきたいという。
撮影:今村拓馬
ピッチ周りに看板を出すだけのスポンサーシップも、変化させる。
昨季はリクシルと共同プロジェクトで、スタジアムのトイレのあり方を探った。1カ所のみだが、おしゃれな女子トイレを開設。スタジアム内の女子トイレのイメージ「混んでる・汚い・寒い」を打破するきっかけにしたいと考えた。消費者に知ってもらう機会が少ないトイレという商品を広告する一助にもなった。
「いろんな事業者のハブになりたいんです。企業誘致も考えています。地域の企業同士がビジネスコラボレーションできるようなビジネスクラブも立ち上げました。
東京や海外の企業も鹿嶋に引き込みたい。地域の課題に対して行政はどの企業に、逆に企業はどの行政に当たればいいか分からない。僕らはその橋渡し役になれたらと思う。
ただし、それを自分一人ではできないことも分かっています」
オフィスには社長室を設けず、社員と同じフロアのデスクで仕事をする。社員の声を整理し、イニシアチブをとって正しい方向性を示す。いいことは共有され、悪いことは共有されないのが日本の大企業でよくあることだが、小泉は違うようだ。
マーケティンググループ・コンシューマーチームマネージャーの春日洋平(42)はこう表現する。
「不都合なことに蓋をするリーダーが多いかもしれませんが、小泉は違う。自分や会社にとってネガティブなことでも、本質的な問題提起をしてくる社員を評価する。人の想いとオープンな文化を尊重する小泉の人柄でしょう」
「社長業はスペシャリスト」
現メルカリ社長の山田進太郎と小泉は、二枚看板でメルカリを成長させてきた。
撮影:佐藤茂
27歳でミクシィの取締役に就いてからずっと経営だけをやってきた。メルカリ時代は、創業者の山田進太郎(現社長)との二枚看板。カリスマ性のある山田に対し、社員を飲みに誘ったり、差し入れをしたりする小泉は対照的なリーダーだった。
「2人の(リーダーとしての)強みは違っている。山田は寡黙で威厳があるから、お父さん。僕は社員のお母さんですよ。『ほら、何やってんの!』とか『いいね、よく頑張った』みたいに叱咤激励して(笑)」
「社長業はジェネラリストではなくスペシャリスト」が持論だ。
Jリーグ初代チェアマンの川淵三郎から「チャレンジして、鹿島で工夫して、次のミライの事例をつくってほしい。Jリーグ繁栄のリーダーシップを取ってほしい」と言われた。
「ベンチャースピリットを持ってここまでやってこられた川淵さんからの言葉は沁みました。スポーツはエンターテーメントで夢を売る商売。それなのに、働く時間は不規則で、やりがい搾取と言われそうな業界だと思う。社員や選手のためにもビジネスを拡大させ相応の対価を還元したい」
撮影:今村拓馬
テクノロジーを駆使し、新しいビジネスの形をつくる歩みは、奇しくもコロナショックによって加速しそうだ。
「Jリーグが再開しても最初は無観客になるかもしれません。今までスタジアムに来られない人はDAZNを観るだけだったが、そこに投げ銭が入ったり、副音声の演出を凝らしたりと、新しい感動の伝え方やマネタイズの方法が生み出されていくと思う。スタジアムに来られない人たちの感動の最大化を図ることに、より知恵を絞らなくてはいけません」
再開したとしても、無観客がさらに続けば経営のダメージは計り知れない。
クラブの三大収入は、チケットなどの入場料とスポンサーなどの広告料、ユニホームなどの物販だ。無観客であればチケット収入はゼロとなり、今後スポンサーからの広告料の返金要請があってもおかしくない。スタジアムに入れないのだから、ユニホームなどグッズの売れ行きも当然鈍るだろう。
「野球ほど親会社が大きくないJリーグは非常に経営が厳しくなると予想されるが、今はもうスポーツ業界そのものが瀬戸際に立たされていると感じる。スポーツや音楽など僕らがやっているエンターテイメントは、心を豊かにする大事なものですが、最低限生きていくのに必要ではない。政府が支援してくれればハッピーだけど、それは難しい。だから(国に)頼るのではなく、感動を届けるビジネスをとにかく探っていく。それだけです」
今、エンタメの優先順位は低い —— 自身が置く業界を、小泉は冷静に見ている。
「ピンチだピンチだと言っても仕方がない。これをチャンスにしていかないと」
ここを乗り越えれば、もっと強くなる。小泉の逆襲。カウンターアタックはすでに始まっている。
(敬称略、完)
(文・島沢優子、撮影・今村拓馬)
島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』など著書多数。