いまだ収束の目処が立たない新型コロナウイルスは、世界各地で暮らす人々の生活を大きく変えようとしている。これまでの“当たり前”が制限される中で、「今できることを、ハッピーに続けたい」と行動する女性を1人、紹介したい。
アメリカ・ロサンゼルスに暮らす実力派ダンサーのジェシカ・レイボーンさんにオンラインで取材。
ジェシカさん提供
ダンスバトルコンテストで優勝経験もある実力派ダンサーで、アメリカ・ロサンゼルスに暮らすジェシカ・レイボーンさん(35)。タレント・女優のベッキーさんの妹としても知られ、100人ほどの生徒を抱える人気ダンス講師だ。
スタジオ閉鎖後の「Stay Home」生活では、ある“日課”が新たに加わったという。
現地日本人の交流の場にも
アメリカ西海岸のロサンゼルス市(LA)が外出禁止令を発動したのが2020年3月19日のこと。当初は「2週間」と言われていた「Stay Home」期間はさらに伸び、5月15日までの延長が決まった。4月上旬には、スーパーマーケットでの「マスク着用」が義務化されるなど、オンラインで取材した4月12日時点(日本時間)で規制は強化されていた。
3月中旬から、世界の各都市と同様、LAに暮らす人々の生活風景も大きく変わった。
ジェシカさんは21歳で単身渡米し、LAでダンサー、モデル、振付師として活躍している。2013年に世界最大級のストリートダンスバトルコンテスト「JUSTE DEBOUT NYC」で優勝を飾るほどの実力と、明るく気さくな性格でたちまち人気講師に。
今は3カ所のスタジオやプライベートのレッスンで多くの生徒に教えるジェシカさんにとって、ダンスはいつも“人生の中心”だった。特に子どもたち向けのレッスンは人気で、現地で暮らす日本人にとって貴重な交流の機会にもなっていた。
しかしながら、ウイルスの感染拡大防止のためにスタジオは閉鎖。レッスンができなくなり、ジェシカさんも外出自粛生活を余儀なくされたが、すぐに次の行動を起こした。
親以外が継続的に見守ってくれる
スタジオでのダンスレッスン様子。ビデオレッスンは毎朝起きてすぐ、ウォーキングに出かける前の1時間ほどかける。
ジェシカさん提供
自宅で振り付けの手本を踊る姿を“自撮り”して編集し、約100人の生徒にメールで送信。「あなたたちも家の中で課題のダンスを踊ってみて! その動画を撮って、私に送ってね」と呼びかけた。
生徒から動画が返ってくると、さらに「このパートはもっとこんな動きで! プラス、次はこのパートにも挑戦してみて」とアドバイスと課題を伝える動画を送る。同じ動画を一斉送信するのではなく、一人ひとりの習熟度に合わせて個別に撮って送る。とても手がかかるリモートレッスンを、なんと無償で続けている。
「動画の往復が続くのは全員ではないけれど、ハイペースな子は1カ月で10往復にも。大事なのは、ダンスを楽しむ気持ちを継続すること。離れていてもつながれるし、やる気にいつでも応える姿勢を見せていきたい」
10歳の娘をレッスンに通わせているみなみ佳菜さんは、感謝の言葉を口にする。
「外の世界との接点が限られ、学校のオンライン授業も完全ではない中で、親以外のコーチが継続的に見守ってくれるのがとてもありがたい。ジェシカ先生からビデオの返信を待つ朝は、娘も張り切って早起きするんです(笑)」
ジェシカさん自身も、
「子どもたちが一生懸命踊るビデオを観るだけで、私も元気になれる。当初は外出規制がこれほど長く続くと思わなかったし、半ば勢いで『とにかく動かなきゃ』と始めたことだけれど、逆にエネルギーをもらっています」
と屈託なく笑う。
とはいえ、ボランティアとして続けるだけでは無理があるのでは?と気になるところだが、実はある“新しい習慣”が思わぬ収入源になっているという。
着けたくなるマスクを手作りで
ジェシカさん作のマスクコレクション。インスタグラムから注文を受け付け、1枚20ドルで販売している。
ジェシカさん提供
その習慣とは、マスク作り。もともと洋裁が好きで、気に入った布地をコレクションしていたジェシカさんは、「どうせなら、着けるだけでハッピーになれるマスクを作りたい」と既製品の型を参考に見よう見まねで自作してみたのだとか。デニム地、ヒョウ柄、着物風の和柄などポップな表面を返した裏面も、リバーシブルで使えるようになっている。
改良を重ねてオリジナルマスクを完成させた。仕上がったマスクをインスタグラムにアップすると、「かわいい!」「私にも作ってほしい!」と知人から依頼が来るようになり、1枚20ドルで販売することに。
「予防のためにマスクを着ける」という意識が日本ほど浸透していないアメリカでは、“積極的に着けたくなるマスク”の提案は斬新だったのだろう。LAのファッション感覚に合う見た目と、細部のフィット感にまでこだわったクオリティの高さは口コミで評判に。
今ではアメリカだけでなく、フランスやアルゼンチン、日本などからも問い合わせもあるが、今のところは「自分が直接配れる範囲にしか届けない」という方針だ。
医師からは「医療従事者にマスクが届く」と感謝
配るときも、「6フィート以上」の距離を保つため、アパートの2階から紐を使って下ろしたり、クルマの運転席から棒を伸ばしたりと、マスクを渡す方法も工夫している。4月上旬から始まったマスク作りは、スタジオレッスンに代わる日課になったという。
「始めたばかりの頃は『明るい色柄を使うなんて不謹慎だと思われるんじゃないか』『材料費がかかるとはいえ、手作りマスクでお金をいただくのはどうなんだろう?』と迷いもありました。
でも、ある日、かかりつけのクリニックの院長が電話をかけてきて『ジェシカ、マスクを作ってくれてありがとう』と言われたんです。『一般市民が喜んで着けたくなるマスクを作ってくれることで、僕たち医療従事者にメディカルマスクが行き届くんだよ』と」
着物風の和柄をあしらったマスク。ピンクの布地に花や鶴がポイントになっている。
ジェシカさん提供
活動の意義を見出せたジェシカさんの創作意欲はさらに増し、今では多い日で10枚近く、気づけば10時間近くミシンの前に座っていることもあるという。
「私はダンスの衣装を作るのも大好きで、好きなことの延長だから、楽しく続けられる。義務感から作業するのではなくて、あくまでクリエイティブな創作の時間。『ジェシカのマスクで元気を取り戻せた!』と反応があると、すっごく嬉しいし、皆はマスクだけが欲しいのではなくて、“笑顔になれる何か”が欲しいんだと分かった。
ショッキングなニュースが溢れる今、私の心を元気に保つためにもマスク作りは続けていくと思う。日本への販売? 在庫がたまったら、そのうちできるかな?(笑)」
朝のルーティーンと他人と比べない
ビデオレッスンやマスクを通して、周りにエネルギーを送り、自身のエネルギー源にもしているジェシカさん。LAの状況を心配して連絡をしてきた姉のベッキーさんも「どうしてそんなに元気なの?」と驚いたのだとか。
「コロナ鬱」が社会問題化しつつある今、東京よりも3週間早く外出自粛生活を経験している“先輩”として、心を健康に保つためのアドバイスも2つくれた。
「まず、朝のルーティンを決めること。私の場合は、朝8時半から始める近所のウォーキング。これさえできれば合格!と決めたら、達成感に満ちたまま、その日の残りの時間を過ごせる。腹筋10回でも、床掃除でも、欲張らずにたった一つだけを決めるのがいいと思います」
もう一つは、他人と比べないこと。
「自分よりハッピーに見える人を見ると、落ち込むことがありますよね。例えば、私はパワーがあるタイプだから、私を見て嫌な気持ちになる人もいるかもしれない。本当は私も外には見せないだけで、落ち込む日はあるのだけれど……。私を見て元気になれる人がいたら嬉しい。でも、そうでなければミュートにしてほしい。今、大事なのは、一人ひとりが自分にとっての心地よさを探す“チャンネルを合わせる感覚”だと思う」
マスクとお揃いの帽子も自作。感染予防のアイテムを、日常のオシャレとして提案する。
ジェシカさん提供
情報があまりにも速く行き交う時代に襲来したウイルスは、人々を余計に惑わせるもの。だからこそ、自分の心を守る情報の選び方が大事なのだと教えてくれた。ジェシカさん自身は、ニュース番組は付けっ放しにはせず、必要最低限の情報だけをチェックするようにしているという。
外出制限が解除されたら何をしたい?と問うと、(オンラインインタビューの)画面越しの表情が一層晴れやかに。
「やっぱり思い切り踊りたいなぁ! その日がいつになるかは分からないけれど、もしも急に明日、『さあ、出かけていいですよ』と言われたら、すぐに動き出せる私でいたい。そのためにも、心がハッピーでいられることを優先していきたいです」
(文・宮本恵理子)