2019年10月、テッククランチのイベントに登壇したジョシュ・コンスティン。
Steve Jennings/Getty Images for TechCrunch
- スタートアップの動静を10年間報じ続けてきた米テッククランチ統括編集長のジョシュ・コンスティンがメディア業界を去り、ベンチャーキャピタルに移籍して投資側に回る。
- コンスティンのような転身は初めてではない。セコイア・キャピタルのマイク・モリッツやゼネラル・カタリストのキャサリン・ボイルはいずれも記者から投資の世界に足を踏み入れている。
テッククランチで最も在籍年数の長い記者のひとりが、メディア業界を去ってベンチャーキャピタルの投資家に転身しようとしている。ジャーナリズムから儲かるスタートアップ投資の世界へ、もはや鉄板ともいえるキャリアパスの最新事例というわけだ。
ジョシュ・コンスティンは4月27日、テッククランチを離れ、データ分析ベースのベンチャーキャピタル、シグナルファイア(SignalFire)にジョインすることをツイートで明らかにした。同社は配車サービスのウーバーやシェア電動スクーターのライム(Lime)などに投資している。コンスティンはプリンシパル・インベスター兼コンテンツ責任者に就任する。
ジョシュ・コンスティン……2009年、スタンフォード大学大学院(サイバー社会学)修了。テッククランチでソーシャルプロダクトを中心にテック業界を取材。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグら経営者・著名人に公開インタビュー120回以上。
コンスティンの辞任によって、ベライゾン傘下のテッククランチは発行人欄にその名を掲げる名物記者を失うことになる。
デジタルメディア全体にとっても、新型コロナウイルスの世界的流行によって広告収入が激減し、スタッフのレイオフや自宅待機まで強いられる緊迫した状況が続くなか、コンスティンのような花形記者が業界を去ることのインパクトはとてつもなく大きい。
コロナ不況の真っ只中だからこそ
ベンチャーキャピタルの世界に身を投じることで、コンスティンは同じテッククランチの幾人かの先達がたどったのと同じ道を歩むことになる。創設者のマイケル・アーリントンもそのひとりだ。
ただ、コンスティンが他の先達と異なるのは、経済危機を乗り切るためにどのベンチャーキャピタルも財布の紐を締め、スタートアップへの投資も干上がるだろうこのタイミングでの転身、という点だ。コンスティンは自ら運営するニュースレターにこう書いている。
「この危機こそ『試合開始のゴング』だと感じて、みんなが本当に必要とするモノやサービスをつくろうとする起業家がこれからどんどん現れると、僕は思ってる。過去の経済危機も、世界を代表する巨大企業を生み出してきたわけだから」
コンスティンはまず、テッククランチでの長い経験を活かして、シグナルファイアのポートフォリオに名を連ねる企業のピッチ(=投資家向けプレゼン)改善をサポートしながら、投資のいろはを学んでいくことになるようだ。
テッククランチ時代、コンスティンはソーシャル・ネットワーキングと視覚コミュニケーションの新たな地平を切りひらくスタートアップを紹介することにフォーカスして記事を書いていた。
シグナルファイアでもそのスタンスは変えず、とくにこの外出自粛期間に新しいソーシャルアプリを試したユーザーをつかまえて離さない、そんな方法を生み出せるスタートアップが出てきたらぜひ応援したいという。
「(コロナ危機後まで)ユーザーをつかまえておける企業が出てきたら、そこから新しいコミュニケーションの形が生まれる可能性がある。それはクラブハウスのような音声チャットルームアプリかもしれないし、タンデムとかプラグリのような、同僚たちと隣りどうしで働いてるような感覚になれるヴァーチャルオフィスかもしれない」
スタートアップによるイノベーションが加速すれば、アルケミーのような開発者向けインフラプラットフォームへの需要も高まると、コンスティンは指摘する。
「ジャーナリスト→ベンチャー投資家」というトレンド
2013年のテッククランチ主催イベントに登壇したごく若き日のコンスティン。
Brian Ach/Getty Images for TechCrunch
コンスティンがツイートで何気なく触れているように、「TCからVCへ」(=テッククランチからベンチャーキャピタルへ)というキャリアパスはもはや珍しいケースとは言えなくなっている。
テッククランチ創設者のマイケル・アーリントンは、手始めにクランチファンド(現チューズデー・キャピタル)を立ち上げ、続いてブロックチェーンに特化したアーリントンXRPキャピタルを設立した。彼のほかに少なくとも7人の記者・編集者がスタートアップ投資の世界に転身している(テッククランチのジョナサン・シーバー記者による以下のツイート参照)。
これは何もテッククランチに限ったことではない。
セコイア・キャピタルのマイケル・モリッツは、ジャーナリストからベンチャー投資家というトレンドの生みの親のような存在で、米タイム誌で当時のアップルを取材して記事を書いていたが、1986年にベンチャーキャピタルに転身した。当時の投資先はグーグルやヤフー、リンクトイン、ペイパルなどで、現在もインスタカートやストライプに投資している。
最近ゼネラル・カタリストのパートナーに就任したキャサリン・ボイルも、テッククランチ以外からのベンチャーキャピタル転身組のひとりだ。ボイルは「ベゾス以前」時代の(と彼女自身がリンクトインのプロフィールに書いている)米紙ワシントン・ポストの記者だった。
ゼネラル・カタリストに移ってからは、シリーズBラウンドのリードインベスターを務めるアンドゥリル(Anduril)を含め、センシティブな防衛(ディフェンステック)分野のスタートアップを支援している。
ジャーナリストからベンチャーキャピタルに転身して担当する仕事は文章表現のチェックばかりではない。テッククランチで3年記者を務め、2015年に500 Startupsに移ったリアン・ローラーは現在、韓国サムスン電子のベンチャー投資部門(サムスンネクスト)のマーケティングチームを率いている(同氏のリンクトイン参照)。
コンスティンは転身を決めるにあたって、グーグルベンチャーズ(現GV)のM.G.シーグラーやイニシャライズド・キャピタルのキム・マイ・カトラー、テッククランチの元同僚(共同編集長)でドリームマシーンを創設したアレクシア・ボナツォスにアドバイスを求めたという。
テッククランチの元共同編集長で、ベンチャーキャピタルのドリームマシーンを立ち上げたアレクシア・ボナツォス。
出典:Stanford University YouTube Official Channel
「僕にとって一番響いたアドバイスは、できるだけ早く時間を割いて、スポンジみたいにできるだけたくさんの情報を吸収し、実際に投資に乗り出す前にひと通り勉強しておくこと、という言葉。みんなのアドバイスがあったからこそ、シグナルファイアに移る気になれたんだと思う」(コンスティンのニュースレター、前出)
コンスティンは続けてこう書いている。
「たくさんのスタートアップを記事にしてきたけど、投資側に回ったことは一度もない。でもそれは、ファンドはお役所仕事をする巨大組織ばかりだから、という理由じゃない。それどころか、強い結束力を持ったチームばかりで、自分としては優秀な投資家と事業家から学ぶことが本当に多くて、投資にかまけてる場合じゃなかった、というのが実際のところなんだ」
(翻訳・編集:川村力)