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世界で最初に新型コロナウイルスの感染が拡大した中国では、武漢封鎖をはじめ徹底した移動制限を行い、春節明けの企業活動再開も遅らせた。その代償は大きく、2020年第1四半期(1-3月)の実質GDPは前年同期比6.8%減。四半期ベースで比較可能な1992年以降初めてのマイナス成長となった。
一方、通信機器大手ファーウェイ(華為技術)が4月21日に公表した2020年1-3月決算の売上高は前年同期比1.4%増の1822億元(約2兆8000億円)。これまで20%台の成長を続けてきたことを考えれば、急ブレーキがかかったのは明らかだが、コロナの影響下で増収を確保した点は、「踏ん張った」ようにも見える。
アメリカによる輸出規制と新型コロナという2つの強い逆風に対し、ファーウェイがどう切り抜けようとしているのか。2回に分けてレポートする。
2020年は「より良くなる」「もっと厳しい」
3月31日の決算会見で、新型コロナ対策について説明するファーウェイの徐輪番会長。
浦上早苗撮影
ファーウェイの任正非CEOは3月下旬、ウォール・ストリート・ジャーナルの取材に応じ、「2020年は2019年よりは良い年になる。なぜなら自分たちの足りない部分、改善すべき部分、今後の方向性がクリアになったからだ」と語った。その数日後に開かれた2019年度決算発表会で、徐直軍(エリック・シュー)輪番会長は「2019年は非常に厳しい1年だったが、2020年はそれ以上に大変な年になる」と口にした。
2人のトップは2020年の見通しについて、正反対のことを言っているように見える。
通信機器で世界トップ、スマホでは世界2位のシェアを持つグローバル企業であるにもかかわらず、一般的にはあまり認知されていなかったファーウェイが世界で注目されるようになったのは、米トランプ政権による “排除”がきっかけだ。2018年12月に任CEOの長女でもある孟晩舟副会長兼CFOがカナダで逮捕されたのに続き、2019年5月にはアメリカの輸出規制リストに掲載され、製品調達に厳しい制限がかかった。
任CEOなど幹部らは皮肉を込めて、「ファーウェイの知名度を上げてくれ、トランプ大統領には感謝している」と語るものの、ビジネスへの影響は甚大だった。
分かりやすいところではスマホだ。
規制発動以降、ファーウェイはグーグルとの取引の一部を継続できなくなり、スマホの新商品にはグーグルのアプリ基盤であるGMS(グーグルモバイルサービス)の代わりに、自社で開発したアプリ基盤HMS(ファーウェイモバイルサービス)を搭載するようになった。ファーウェイの2019年のスマホ出荷台数は、中国市場の伸びが寄与し過去最高の2億4000万台だったが、グーグルのサービスを使えない影響は大きく、今後、国外での失速は免れないだろう。
ファーウェイは米企業との取引継続を望みつつ、米企業の製品が完全に使えなくなる事態を想定し、製品の内製化、調達先の多様化などに取り組んでいる。2019年には独自OS「ハーモニーOS」も発表した。
任CEOが2020年を2019年より良い年になると語ったのは、輸出規制による影響の分析や対策が進んでいるという気持ちの表れだろう。一方、徐輪番会長が「2020年はさらに厳しくなる」と身構えるのは、アメリカの規制に加え、新型コロナウイルスの影響がまだ見極められないからだ。
コロナが5Gの普及を加速か
火神山医院の建設現場は、5Gネッワークで生中継され、常時3000万人が視聴していたという。
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冒頭に述べたように中国の第1四半期の経済指標はかなりひどいものとなった。ただ、「経済死」を覚悟の上で、短期決戦を選んだのは明白で、大企業の経営者からは「コロナが早く終息すれば、年後半に業績は回復し、年単位では帳尻が合う」との発言も聞かれた。
ファーウェイも3月初めには中国内のサプライチェーンはほぼ正常化したと説明している。
また、ファーウェイは新型コロナとの戦いで他の有力IT企業と同様に重要な役割を担っており、長期的にはコロナによって5Gビジネスの足掛かりをつかんだとも言える。
中国では高速・大容量を特徴とする次世代通信規格5Gの商用化が2019年10月にスタートしたばかりで、普及には1~2年かかると見られている。だが、ファーウェイの陳黎芳取締役兼上級副社長が、「武漢の医療機関は基本的に5Gネットワークが整備された」と語ったように、医療現場には猛スピードで5G基地局が建設された。
10日前後という超突貫工事で建設された「火神山医院」「雷神山病院」にも、チャイナテレコム(中国電信)とファーウェイによって5Gネットワークが敷かれ、同社の遠隔医療システムが搬入された。
感染力が強く、分からないことも多い未知のウイルスと医療従事者の接触を減らすため、医療機関には5Gで通信できる遠隔医療システムやビデオカメラ付き医療ワゴンが導入された。陳副社長は「当社の遠隔会議システムは医療機関だけでなく、企業でも導入が広がった。人工知能(AI)を活用した検査の効率化、ワクチン開発、ウイルス分析などもサポートしている」と紹介した。
欧州での感染拡大が懸念材料
グーグルのサービスが一部打ち切られた影響は大きく、ファーウェイは2020年のスマホ出荷台数が前年割れすると予測する。一方、テレワークの拡大でPCやタブレットは好調だという。
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タイでも3月、政府の当初目標より4カ月前倒しで5Gの商用化が始まった。新型コロナの感染拡大による外出制限で、動画配信などインターネットサービスの利用が急伸していることが背景にあるとされる。ファーウェイは同月、タイの病院に武漢で使用した遠隔医療システムを寄贈した。
5Gは世界の一部の国で商用化が始まったばかりだが、新型コロナによってさまざまな活用例が示され、普及を後押しする可能性がある。基地局だけでなく、遠隔医療システム、タブレット端末など幅広い通信機器を展開するファーウェイにとっては追い風となるだろう。
とはいえ、短期的に見れば新型コロナは、不確実性と混乱を増大する逆風であることは間違いない。特に欧州での感染拡大は、ファーウェイにとって大きな気がかりのはずだ。
アメリカは、安全保障上のリスクがあることを理由に、5G基地局でファーウェイを採用しないよう各国に呼びかけているが、同調した国はオーストラリア、ニュージーランド、日本など少数にとどまり、アメリカ、ファーウェイ双方にとって欧州が主戦場になっていた。
アメリカとの関係、経済合理性の間で難しい選択を迫られた欧州だが、フランス、ドイツがファーウェイを排除しない方針を取り、2020年に入って英政府も、ファーウェイ製品の採用を限定的に認める決定を下した。
それに応じるように、ファーウェイは2月27日にはフランスで2億ユーロ(約240億円)超を投じて通信機器工場を新設すると発表。イギリスやスイスにも相次いで5Gの研究拠点を設けた。
欧州マーケットとの関係を強めているファーウェイにとって、中国が立ち直るのと入れ違いに欧州の感染が深刻化している現状は、売り上げ、投資、雇用など事業全般に大きな逆風となりかねない。3月末の決算会見で影響を聞かれた徐輪番会長は「刻一刻と状況が変わっており、今は何も語れない」と述べるにとどまった。
輸出規制強化の動きと抵抗する米企業
3月中旬、武漢大学の桜をライブ中継するために走行する5G通信機能を持つ無人車両。
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2019年5月から続くアメリカによる輸出規制も、先行きがさらに不透明になっている。
任CEOによると、ファーウェイは2020年の研究開発費を前年から58億ドル(約6200億円)積み増し、200億ドル(約2兆1000億円)以上を投じる予定で、アメリカからの製品供給が途絶える“最悪の事態”を想定した準備も進める。実際、2020年はファーウェイへの締め付けが一層厳しくなる可能性も取りざたされている。
米メディアはこの数カ月、ファーウェイへの規制強化の可能性を度々報道してきた。
米商務省は1月、ファーウェイ1社を狙い撃ちし規制強化しようと動いたが、米国防総省が「米企業の首を絞める結果になる」と主張し、阻止したという。
その後も、米商務省がファーウェイに半導体チップを供給する企業に対し、ライセンス申請を義務付ける規定変更案をまとめていると報じられた。ロイターなどによると、商務省は台湾積体電路製造(TSMC)など海外の半導体メーカーと米サプライヤーが製造した部品をファーウェイに販売することも阻止しようと模索している。
3月末の決算会見では、これら米政府の動きに対する質問も多く出た。徐輪番会長は、アメリカが実際に規制強化に動いたら、中国政府も報復措置を取る可能性を指摘しながら、「そうなれば韓国のサムスン、台湾のMTK、中国メーカーからチップを購入する。米政府がルールを好きに改正した先にあるのは、世界の技術のエコシステムの破壊であり、打撃を受けるのはファーウェイだけではすまないだろう」と答えた。
アメリカの輸出規制は、米企業にとっても望ましいものではない。ボストンコンサルティンググループ(BCG)は3月9日、「対中規制によって、アメリカは半導体分野のリーダーでいられなくなる」と題したレポートを発表した。
レポートは、米中貿易摩擦によって、既にアメリカの半導体企業が減収に陥っていると分析。輸出規制が3~5年続けば、米半導体企業のグローバルにおけるシェアは8%、収入は16%減ると予測した。今年相次いだ報道の通りに規制が強化されると、米企業のグローバルシェアは18%低下し、収入は37%減少するという。
レポートによると、アメリカが失ったシェアの半分は中国サプライヤーが埋める。また、現在14%にとどまる中国の半導体自給率は、40%に上昇するという。対中規制は、結局は中国の産業基盤を強くし、アメリカの地位を低下させるというわけだ。
BCGのレポートは、アメリカの半導体業界団体の委託を受けて作成されており、自国もまた新型コロナの感染拡大で身動きが取れなくなる中で、中国との取引を失いたくないという業界の思いがにじむ。
徐輪番会長は2020年初め、従業員に向けた新年のメッセージで、2020年の最優先事項は「生き残ること」と述べた。
新型コロナの拡大で、ファーウェイだけでなく、多くの企業にとって「生き残ること」が最優先の目標になった。世界最大の感染国になったアメリカでは、トランプ大統領が「感染を世界に広げた」中国への怒りをあらわにし、苛立ちを強めている一方、見切り発車的に経済正常化に踏み出そうとしている。
徐輪番会長は「米企業も自分たちだけでやっていけるわけではない」とも語っていた。トランプ大統領がファーウェイに対し姿勢をどのように変えるのか、注目される。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。現在、Business Insider Japanなどに寄稿。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。