台湾は早期対応で、すっかりコロナ対策の「優等生」と見られるように。
REUTERS/Ann Wang
新型コロナウイルス感染拡大で、今もマスクを求める行列が絶えず、10万円の給付もはかどらない日本。
対照的にお隣の台湾は早期対応で感染者数、死者数とも低レベルに抑え込んだ。重症急性呼吸器症候群(SARS)対応失敗の教訓から学び、デジタル技術でマスク配布システムを開発するなど、すっかりコロナ対策の「優等生」になった。
日本より10日早く対策本部設置
台湾の感染者は429人で死者は6人。国・地域別の感染者数で10位の中国、27位の日本をはるかに下回る110位(4月28日段階)。今回台湾当局が世界保健機関(WHO)に、SARSの特性を持つ感染例が起き、「(患者が)隔離治療されている」と伝えたのは、2019年12月31日とされる。これに対し日本政府が注意喚起したのは1月6日。
中国当局が1月20日「ヒトからヒトへの感染」を確認すると、台湾は直ちに「中央伝染病指揮センター」を立ち上げた。日本が「感染症対策本部」を設立したのは1月30日である。この差は決して小さくない。
なぜ台湾の対応はこれほど早かったのか。
まず挙げなければならないのは、中国と台湾の距離の近さと交流密度の高さである。蔡英文政権は中国と政治的には厳しく対立しているが、台湾の輸出の約4割は中国向けと、経済的には深い相互依存関係にある。中国に住む台湾人は約100万人。中国で感染症が発生すれば、香港・マカオとともにすぐ感染が及ぶ危険があるから、敏感になるのは当然だ。
SARSの経験と医師出身閣僚
SARSにより死亡した医療従事者の葬儀に参加する台湾行政院院長(当時)の游錫堃氏(2003年5月25日撮影)。
REUTERS/Richard Chung
第2はSARSの苦い経験。台湾で最初にSARS感染例が報告されたのは2003年2月下旬だった。当初は徹底した患者隔離が奏功し感染拡大は抑えられた。ところが4月に入り台北で感染がブレーク、医療関係者を中心に346人の感染者と73人の死者を出してしまった。
SARSに感染した台湾人医師が、日本旅行中に発症したことが大きく報道され、日本でも台湾の防疫態勢の甘さを指摘する声があがった。
そして第3は、台湾のリーダーに医師の資格者が多いこと。
蔡英文総統とコンビを組む陳建仁副総統は、米ジョンズ・ホプキンス大学で公共衛生・流行病で博士号をとり、SARSの時は行政院衛生署署長だった。コロナで陣頭指揮にあたっている陳時中・衛生福利部長(衛生相)は、台湾歯科医師会の会長を務めた歯科医だ。
陳氏は毎日午後2時から記者会見し、記者の質問に丁寧に答える姿が市民の人気を集めた。ケーブルテレビTVBSの世論調査(3月)ではその対応に91%が「満足」と答えたほど。次期総統選への出馬が取りざたされる台北市長の柯文哲氏(無党派)も、台湾大学病院の外科医出身。
医師資格を持つリーダーが多いのは、日本植民地統治と無関係ではない。当時、成績がいくら優秀でも台湾人が日本で官僚や政治家になる道は閉ざされていた。旧帝大に進学した多くの台湾人エリートは、医師の資格をとった。その伝統が、子や孫の世代に引き継がれたのだろう。
健康保険IDとマスク配布の仕掛人
「健康保険ID」を使って薬局でマスクを配給する仕組みを指揮したデジタル担当閣僚の唐鳳(オードリー・タン)氏。
Audrey Tang / Pixabay
日本では「アベノマスク」と、酷評された布製マスクの配布は滞ったまま。一方台湾では、デジタル技術を駆使してマスク問題をいち早く解決したことはよく知られている。
「健康保険」IDを使い、薬局でマスクを配給するシステムである。薬局に行って国民健康保険証を提示すれば大人は3枚、子どもは5枚のマスクを受け取れる。このほか、オンラインでマスクを注文し近くのコンビニで受け取る「e-mask」システムもある。
台湾は従来、マスクの大半を中国からの輸入に頼ってきたが、コロナ禍とともに在庫や生産を当局管理下に置いた。
仕掛け人は、デジタル担当閣僚の唐鳳(オードリー・タン)氏。「天才プログラマー」とされる唐氏は39歳。中学を中退、19歳の時シリコンバレーで起業し、蔡政権誕生直後の2016年10月から台湾行政サービスのデジタル化の責任者を務めてきた。
デジタル民主主義の裏で進む監視
台湾をはじめ、いくつかの国ではスマホ情報と感染状況をリンクさせて感染防止対策に生かしている。効率的な半面、プライバシー保護の観点からは問題も指摘されている。(写真はイメージです)。
Getty Images/zhihao
台湾は都市封鎖も学校の閉鎖もしなかった。だが公共輸送機関の利用者にはマスクを義務付け、違反者には罰金を科すなど日本以上に厳しい措置をとってきた。
デマ情報への対応も厳しい。1月中旬、SNSで「台湾でウイルス感染症例が見つかった」という情報が拡散。台湾当局はすぐ「これはデマ」と発表し、これを流した者を「社会秩序維持保護法」で罰すると警告した。
日本を含め海外メディアには、唐氏を「デジタル民主主義」の始祖のように崇める向きがある。しかしその一方で、台湾は隔離状態にある帰国者のスマホ情報から位置確認をする、プライバシー保護の観点からは問題視されかねない措置もとっている。
イスラエルのネタニヤフ首相は3月14日の記者会見で、「対テロ技術をコロナ感染拡大抑制にも使う」と述べ、民間人には使っていなかった携帯電話の位置情報から監視するシステムを導入すると発表した。ネタニヤフ氏は(この技術は)「台湾でテスト済みで、大きな成功を収めた」とも発言した。
こうした監視システムは中国が「先輩」だが、台湾でも行っていたことが明らかになった。これらの情報を誰がどう使うかが最大の問題だが、中国の浸透を警戒する台湾情報機関が「スパイ探し」に使っていない保証はない。デジタル技術にイデオロギーはない。
台湾ナショナリズム煽る蔡政権
台湾の蔡英文総統はコロナウイルスを今も「武漢肺炎」と呼び、「台湾ナショナリズム」を煽り続けている。
REUTERS/Fabian Hamacher
これだけ優秀な人材が揃っていながら、台湾にとって不幸なのは、トランプ米大統領と声を合わせてWHOと中国批判の先頭に立っていること。コロナ禍は、蔡政権の下で悪化する一方の中台関係を改善するチャンスでもあったはずだ。
しかし、蔡氏はコロナウイルスを今も「武漢肺炎」と呼び、中国大陸との違いを際立たせ、「台湾ナショナリズム」を煽り続けている。まるで1月の総統選の延長だ。
例えば3月19日の記者会見で蔡氏は、「武漢肺炎が世界を破壊し、健康と経済に危害を加えている」と、まるで中国が加害者であるかのような発言をした。中国敵視によって、台湾ナショナリズムを駆り立てる論法だが、中国抜きで台湾経済は成り立たない。5月20の第2期総統就任式で、蔡氏がどのような対中政策を打ち出すか見守りたい
WHO加盟という政治性
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長。蔡政権は、感染対策の成功をWHO加盟の絶好の機会として捉え、アピールしている。
REUTERS/Denis Balibouse
蔡政権は、感染対策の成功をWHO加盟の絶好の機会として、これに反対する中国とWHO事務局長批判のトーンを強めてきた。感染症に国境はないが、台湾のWHO加盟問題は常に政治問題化してきた。
中国は台湾の要求を「一つの中国」原則を盾に拒否している。「脱中国化」を進めてきた陳水扁政権(2000~08年)は、国際世論で受け入れやすいWHO加盟を突破口に、「台湾名での国連加盟」を住民投票(否決)にかけるなど、台湾独立への動きを加速した。
一方、2008年に誕生した国民党の馬英九政権は「一つの中国」をめぐる「92年合意(コンセンサス)」を受け入れたことから、2009年からWHO総会へのオブザーバー参加が認められた。
だが蔡政権下では元に戻ってしまった。
中国を敵視する蔡政権の頼りはアメリカと日本。そのトランプ氏は、初期段階でコロナ禍を軽視し、世界で最も多い100万人を超える感染者を出してしまった。WHOへの出資拒否を決め、治療法として「(人体に)消毒薬を注入したらどうか」と平気でデマを口にする。
世界中が感染拡大阻止と恐慌対策に忙殺される中、台湾の加盟問題は主要テーマにはならないだろう。むしろ「米中泥仕合」の中に埋没する可能性が高い。
中国との「新冷戦」を仕掛けるトランプ氏にとり、台湾はまだ使えるカード。しかしアメリカがグローバルリーダーの地位から退場する時、台湾は「捨て駒」にされるのかもしれない。
(文・岡田充)
岡田充:共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。