私はこれまで多くの転職相談を受けてきましたが、30~40代で優れた実績を挙げている方でも「自分が何をやりたいか分からない」と悩んでいるケースは少なくありません。
また、「仕事とは収入を得る手段であり、『やりたいこと』を追い求めても仕方がない」といった考えをお持ちの方もいらっしゃいます。けれど私は、やりたいことを見つけた瞬間からいきいきと輝き始めた人をたくさん見てきました。
やりたいことを仕事にすれば、未知の分野であっても積極的に勉強できるので吸収が早く、熱意を持って取り組むこともできるため、成果も挙がりやすいと感じています。
「やりたいこと」をストレートに言えば、「ミュージシャンになりたい」など現実的には難しいこともありますよね。でも、「なぜそれが好きなのか」「なぜそれをしていると楽しいのか」を突き詰めていくと、それに近い要素を持つ仕事、かつこれまでの経験が活かせる仕事に出会えることもあると思うのです。
「これまでの人生でワクワクした思い出は?」
これまでの人生でどんなことにワクワクしましたか? その答えが次のキャリア探しのヒントになることも。
Shutterstock
「やりたいこと」を見つめ直し、転職した方々の事例をご紹介しましょう。
外資系広告代理店で長く経験を積んできたAさん(30代)は、「今の仕事は何となくしっくりこない」と、転職相談に来られました。しかし、やりたいことは明確にイメージできないとのこと。
そこで、Aさんの過去にさかのぼり、「楽しかった思い出、ワクワクした思い出ってどんなことがありますか?」と尋ねてみました。すると、こんなエピソードが語られたのです。
「親戚が農家で、子どもの頃に農作業の手伝いをしたのが楽しかったですね。実は今も趣味は家庭菜園なんです」
土に触れること、手間や工夫によって野菜がよりよく育つことに魅力を感じていたAさん。とはいえ、今さら農業を始めるという選択肢は現実的ではない、という認識でした。
そこで私からご紹介したのは、ある外食企業の広報の求人です。その外食企業では農業生産者と直接提携して農産物を生産し、自社店舗で提供するほか外食企業や小売店にも販売していました。広告業界での経験を活かしつつ、農業に関われるポジション。Aさんは質のいい生産品を扱えることにやりがいを感じ、入社を決めたのでした。
「好きなこと」に直結する転職をされたAさんですが、ここまでうまくハマるのはむしろレアケースです。
好きなことに直結していなくても、好きなことの「要素」を持つ仕事に転職するケースは多数あります。
「学生時代どんなふうに過ごしていましたか?」
一例として、Bさん(30代)のケースをご紹介しましょう。
BさんはPR会社で営業マネジャーを務めていた方。あらゆる業種を顧客とする業界であるため、それぞれの業種の長所・短所を見てきました。その分、「自分にはどんな業種が合うんだろう?」と選択基準を見失っている状態でした。
これはキャリアが豊富な方にありがちなこと。知識や情報を蓄え、理論的に判断する習慣が身についているため、自分の素直な感情に従うことができず、大切なものの選別ができなくなっていることもあるのです。
Bさんと私は「キャリアの棚卸し」を一通り行ったものの、「活かせる経験はたくさんあるが、やりたいことが何かは分からない」状態。そこで「学生時代はどんなふうに過ごしていたんですか?」とお聞きしました。
すると、お話を伺う中で、Bさんの表情がいきいきと輝いた場面がありました。
それは「大学時代のダンスサークル」でのエピソードを話している時。最終学年時、最後の大会に向けて企画や準備をしたのが、とても楽しかったのだそうです。
学生時代はダンスサークルにハマっていたというBさん。ではダンスサークルのどの「要素」に喜びを見出していたのかを掘り下げていくと……。
Shutterstock
「どんなところが楽しかったんですか?」と、さらに突っ込んでみると、こんな答えが返ってきました。
「同じ目標に向けて皆が団結する一体感、でしょうかね。それぞれが得意なことを活かして、1つのものを創り上げていくプロセスがすごく楽しかった」
例えば、美術が得意なメンバーが衣装をデザインして制作したり、踊るよりも振り付けが得意なメンバーがプロデュースを担当したり……ということです。そして、自分たちが創り上げたステージを観て楽しむ観客の姿を目にして、さらに喜びを感じたというのです。
ここでBさんが、個人プレーで成果を挙げるよりも、さまざまな強みを持つ仲間たちの力を結集し、目標に向かうことに喜びを感じるタイプだということが分かりました。ちなみにBさん自身は、ムードメーカーとして皆を鼓舞するような役割だったそうです。
そんな役目を担える仕事、かつBさんの営業マネジメント経験を活かせる仕事の求人を探し、私からご提案したのが「ウエディングプロデュース会社のマネジャー」のポジションでした。
結婚式するカップルの希望を実現するという目標に向け、プランナー、サービススタッフ、ヘアメイク、フラワーデザイナー、料理人、カメラマンなどの多様な職種のスタッフが力を合わせる職場です。そして来ていただいたお客様と幸せを共有する仕事です。
Bさんは「考えてもみなかった業種」と驚いたものの、チームワークを活かして働けることに魅力を感じ、転職を果たされました。
「なぜ面白いのか」を突き詰めると、求めるものの本質が見えてくる
転職を考える時、「キャリアをどう活かすか」「今後有望な分野は」といった視点で考える方が多いと思います。
けれど、一度、「自分はどんなことに喜び・やりがいを感じるのか?」を見つめ直してみてはいかがでしょうか。次の質問を、自分に投げかけてみてください。
- これまでで夢中になったことは?
- これまでで楽しかった、嬉しかったのはどんな場面?
- これまでで大きく感情が動いたのはどんな場面?
まずは仕事を始めてからの経験、そしてさかのぼって、学生時代、子ども時代の経験についても振り返ってみましょう。
そして、自分の回答に対し、「なぜ楽しかったのか」「なぜ魅力を感じたのか」というように、「それはなぜなのか」を深掘りします。
例えば、「ゲームに夢中になった」という方は多いでしょう。けれど、「なぜ好きだったのか」を紐解くと、「攻略法を練ること」「友達と集まってワイワイやること」「ストーリー性」「ビジュアルの美しさ」など、魅力を感じたポイントは人それぞれ異なるはず。そこにあなたの価値観が表れています。
「それはなぜなのか」を突き詰めていくことで、自分が好きなこと、大切にしたいことのキーワードが浮かび上がってくるのではないでしょうか。これからの仕事選びで、そのキーワードを意識してみてください。
「これまでのキャリアを活かすには」「この先伸びる業界は」といったことだけでなく、「自分が喜びを感じるものは」という質問にしっかり向き合うことが大切、と森本さん。
撮影:鈴木愛子
最後にCさん(40代)の転職事例をご紹介しましょう。
Cさんはエンターテインメント企業でショーのプロデュースやキャストのマネジメントを手がけてきましたが、やむを得ない事情で転職することに。エンタメ業界が好きで、強いこだわりをお持ちでしたが、希望に合う求人が見つかりませんでした。そこで、異業界への転職可能性を探るため、Cさんの「やりたいこと」を一段深掘りしました。
Cさんのこだわりの根本にあったのは、「人々が感動し、楽しめる空間・時間を創る」ということ。これを軸に求人を探した結果、転職先として選んだのは「介護付きサービスアパートメント施設の施設長」でした。
介護の経験もなく、当初はエンタメ業界とのギャップに戸惑ったCさんですが、「アクティブシニアの入居者の皆さまが余生を楽しく、毎日笑顔で過ごせるようにする」という施設運営方針を聞き、「自分がやりたいことと同じだ」と、共通性を見出したのです。
そして、エンタメ業界でのキャスト・スタッフのマネジメント経験は、施設で働くコンシェルジュや介護スタッフ・看護師などのマネジメントにも活かせることから、採用に至りました。
このように、「やりたいこと」そのものは叶わなくても、その根本にある「喜び」「やりがい」の要素を含んだ仕事は必ず見つけられるものです。あなたもぜひこの機会に、自分にとっての「喜び」「やりがい」を見つめ直してみてくださいね。
※この記事は2020年5月4日初出です。
※転職やキャリアに関して、森本さんに相談してみたいことはありませんか? 疑問に思っていることや悩んでいることなど、ぜひアンケートであなたの声をお聞かせください。ご記入いただいた回答は、今後の記事作りに活用させていただく場合がございます。
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。