中国・ロシアのデマ拡散工作の実態をEUが公表。「大手製薬会社の陰謀」「そもそも感染は起きていない」

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欧州連合(EU)の外交機関「欧州対外活動庁(EEAS)」はロシア、イラン、中国の3カ国による対外工作活動の実態を示すレポートを公表した。

Screenshot of EUvsDisinfo website

新型コロナウイルスは言うまでもなく、人類共通の強敵だ。世界中の国々が力を合わせ、知見を共有して戦っていくほかない。実際、各国の保健衛生当局は、概してそのように行動している。

しかし、そんななかでも、故意に感染症に関するデマを拡散し、仮想敵国で社会不安を煽り、人々を分断して国民の政府への信頼を阻害し、敵国全体を弱体化させようと暗躍する国家(の対外工作セクション)がいくつかある。

ヨーロッパにおける悪質なデマの拡散を調査している欧州連合(EU)の外交機関「欧州対外活動庁(EEAS)」は地道にレポートを発表しているが、とりわけ最近発表した報告書(調査期間は4月2日~22日)は、ロシア、イラン、中国の3カ国による対外工作活動の実態を詳細に記してている。

この3カ国はもともと反欧米の「御三家」といえる存在なので、それらの国々が対外工作をくり広げていること自体には何の驚きもない。

ただ、多少気になるのは、デマ拡散のようなフェイク情報工作はロシアの情報機関が何より得意とするところだが、今回は中国も大々的に乗り出している形跡があることだ。

中国からフランス、ドイツへの「圧力」

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EU当局者が中国からの圧力を受け、EEASレポートでの批判的態度を軟化させたことを指摘する米ニューヨーク・タイムズ記事。

Screenshot of New York Times website

中国側の視点に立てば、ウイルスの感染源とされる武漢での初期対応に、情報隠匿をはじめいくつもの不備があったのではと批判されるなか、世間の注目を免れたい思惑もあるのだろう。

前述のEEASレポートに対しても、水面下で「中国に関する記述を手控えるよう」に裏工作していたことが明らかになっている。米ニューヨーク・タイムズ(4月24日)によれば、EU当局者は中国からの圧力を受け、レポートでの批判的態度を軟化させたとされる。

具体的には、フランスの政治家が世界保健機関(WHO)のトップに対して人種差別的な中傷を行ったとのフェイク情報を中国大使館が拡散した例(リンク記事を参照)を除外したり、中国の工作活動よりロシアのそれを強調したりといった形で、レポートに手心を加えたのだという。

もっとも、英フィナンシャル・タイムズ(4月25日)によれば、中国が圧力をかけたのは事実ながら、それを受けてEU当局者が実際に記述を手控えたかどうかについては、見方が分かれているようだ。

他方、英ガーディアン(4月27日)は、中国大使館がフランスの政治家による中傷行為というデマを拡散した上記の件について、改訂前のレポートには記載があったとの情報を紹介し、やはり中国からの政治的圧力で記述を手控えた可能性を指摘している。

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中国当局がドイツ政府関係者に対し、中国の新型コロナウイルス対策を称賛するよう要求していたと指摘する独ウェルトの記事。

Screenshot of WELT website

さらに、独ウェルト(4月12日)によると、中国当局はドイツ政府関係者に対し、中国の新型コロナウイルス対策を称賛するよう要求していたという。中国当局は否定し、ドイツ外務省はコメントを控えているが、ウェルトは外務省の極秘文書にもとづく確かな情報だとしている。

中国によるネット情報工作の「作法」

中国の悪質なデマ工作は現在も続いている。ただし、前節で触れた中国大使館が関与するデマ拡散のような「足のつきやすい」工作は手控え、最近では、ネット上でデマを拡散する水面下の工作が多くなってきている。手口としては、まずSNSなどでフェイク情報を発信し、それをアメリカの陰謀論系サイトなどにつなげて拡散するのだ。

アメリカでは今、コロナ感染抑制策としてのロックダウン(都市封鎖)に反対するデモが各地で発生している。直近の4月30日には、ミシガン州の州都ランシングで、銃で武装した市民ら数百人が、州知事の非常事態宣言の延長に反対する抗議デモを行っている。

経済的な苦境にあえぐ人々、とくにトランプ大統領の支持層が多く参加しているが、 デモ組織の中心にいるのは政治的右派勢力のリバタリアンや茶会運動、あるいは陰謀論系極右勢力のオルタナ右翼の人脈とみられる。 オルタナ右翼系の陰謀論界のスターであるアレックス・ジョーンズ氏らは、デモ会場に登場すると参加者たちから拍手で迎え入れられたりもしている。

陰謀論界の「スター」アレックス・ジョーンズ氏がデモ会場に登場する動画。

Joey X/YouTube

各州当局が苦慮しながらロックダウンを実施するなか、他ならぬトランプ大統領が反対デモを応援する構図のあり方はアメリカの現状を示しているように思うが、それはともかく、こうした社会分断の局面では、ロシア情報機関がデマ工作で介入して、分断を助長するのがかつてのパターンだった。そして今回、そこに参入してきたのが中国だ。

ニューヨーク・タイムズ(4月22日)によると、アメリカでは3月中旬に「政府がまもなく全国でロックアウトを行う」「米軍が展開準備」とのデマ情報がSNSで急速に拡散したが、それに中国の工作員が関わっていたと米情報機関はみているという。

ロシア情報機関の得意技「メディア・ミラージュ」

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ロシア政府系メディアが西側諸国のコロナ危機を悪化させる目的でデマを拡散していたと指摘する英ガーディアンの記事。

Screenshot of Guardian website

もちろん、中国の参入によって、フェイク情報工作の本家本元であるロシア、イランの動きが縮小したとか、抑制されたということはない。

例えば、ガーディアン(3月18日)は前出EEASが3月に出したレポートをもとに、ロシア政府系メディアが西側諸国のコロナ危機を悪化させる目的でデマを拡散していたと指摘している。

同紙によると、1月半ばから3月半ばまでの2カ月間に、ロシアが発信源のデマが80件確認されたという。内容は「新型ウイルスは中国、アメリカ、イギリスの生物兵器」「感染の発生源は移民」「製薬会社の陰謀」「コロナ自体がデマ」などだった。

ガーディアンが指摘するフェイク情報の拡散は、ロシア政府系メディアのスプートニク、RIA-FAN通信、レン・テレビ(REN TV)などでみられたが、その多くはアメリカの陰謀論サイトや中国、イランのネット上にある陰謀論的書き込みをシェアする形で行われた。

「リトアニアで米軍兵士が感染した」とのデマもSNS経由で拡散されたが、その引用元として多かったのは、ロシア政府系メディアのRT(ロシア・トゥデイ)スペイン語版だった。

このように政府系メディアとSNSの相互引用で情報発信源を隠しつつ、信ぴょう性を持たせてデマを拡散する手法はロシア情報機関の得意技で「メディア・ミラージュ」と呼ばれる。イランでも同様の手法で「アメリカの生物兵器」「イスラエルの生物兵器」といったデマが拡散された。

ロシアの模倣を始めた中国

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セルビアの街頭に掲げられた看板。新型コロナウイルス対策を「輸出」する戦略も抜かりない中国。

REUTERS/Djordje Kojadinovic

ニューヨーク・タイムズ(3月28日)は、ロシアと中国とイランのデマ拡散工作が互いに連動して、アメリカ社会の分断と弱体化が促されていると指摘している。

同記事によれば、今回はとりわけ中国が積極的だという。これまで中国は、台湾や香港、チベット問題などに関する政治的プロパガンダには積極的に資金を投入してきたが、陰謀論の拡散にはあまり関与してこなかった。

にもかかわらず、今回は「ウイルスの発生源はアメリカ」「ウイルス封じ込めに成功した中国共産党のシステムは優れている」といった言説を、発信源を隠して拡散している。コロナ問題で責任の矢面に立つきわめて不利な立場に追い込まれたことで、ロシアの情報戦略の有効性を認識し、模倣を始めたということだろう。

そのためか、中国がデマ情報拡散に活用しているサイトは、カナダの親ロシア系陰謀論サイト「グローバル・リサーチ」や、親イラン・ロシア反米系の陰謀論サイト「ベテランズ・トゥデイ」など、もともとロシアが陰謀論を拡散するのに利用してきたところが多いようだ。

拡散されたデマの数々

最後に、ロシアや中国が意図的に拡散したフェイク情報を、前述のEEASレポートから紹介しておきたい。

▽「牛乳がCOVID-19に効く」説(presentnews.biz.ua、ウクライナ語)

▽「そもそもコロナ感染は起きていない」説(Der Fehlende Part、ドイツ語、動画)

出典: Der Fehlende Part YouTube Channel

▽「大手製薬会社の金儲けが目的のアメリカ製人工ウイルス」説(NewsFront、スペイン語)

▽「ビル・ゲイツとロックフェラーによる人口削減の陰謀」説(Journal of New Eastern Outlook、英語)

▽「手洗いは効かない」説(RT、ドイツ語)

▽「亜鉛がコロナに効く」説(RT、アラビア語)

▽「大手製薬会社と手を組んだ欧米メディアは、中国でビタミンCによる治療に成功したことを無視している」(South Front、英語)

▽「パンデミックは誇張された陰謀。ファシスト国家を作るのが目的」(スプートニク、ドイツ語版)

また、中国の一連のデマ拡散工作について、各所からの分析報告を紹介しておく。

▽「中国の国営メディアが新型コロナウイルスのパンデミックに関して、国際的な認識に影響を与えようとしている」(Recorded Future)

▽「中国はどのようにツイッターによるプロパガンダの仕組みを構築し、コロナウイルスを解き放ったか」(プロパブリカ)

▽「中国がトランプ非難のプロパガンダ広告~国営メディアは中国のパンデミックへの対応を称賛し、アメリカの過ちを攻撃する広告を多数購入」(テレグラフ)


黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。

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