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新型コロナウイルスはこれまでの世界の在り方、人々の行動や常識までも変えてしまうと言われている。ウイルスがある程度収束したとしても、完全な終息には遠く、人々はウイルスと共存していかなければならないからだ。
さらに、この感染拡大によって顕在化したリスクやそれまでの社会の矛盾をこれを機に大きく見直すべきだという議論も始まっている。私たちは「ポストコロナ時代」にどんな価値観を大事に生きていくべきか。そして新たな時代の指針となる「ニューノーマル」とは何か。今週から各界の有識者にインタビューを重ねていく。
1回目は経営共創基盤CEOの冨山和彦さん。新型コロナウイルスによって人やモノの移動が制限される中、グローバリゼーションの行方について聞いた。
—— 今回のコロナショックによって、グローバリゼーションのリスクが顕在化してきたと言われています。こうした現状をどのように見てらっしゃいますか?
まず、サイバー空間におけるグローバリゼーションは、より一層、加速していくと思います。その一方で、人やモノの移動など、フィジカル空間におけるグローバリゼーションに関しては、かなりブレーキがかかるでしょう。
実は、ここ数年、貿易量は意外と増えていません。むしろ、経済活動のグローバル化という観点から見ると、「地産地消」が広がるというのもグローバリゼーションの一つの方法であると思います。
グローバリゼーションとは、世界中のバリューチェーン上の最適化機能をつなげて、グローバルサプライチェーンでモノやサービスを展開することです。これに対して、グローバルな視点を持ちつつ、地方のニーズに合ったモノやサービスを展開することを「グローカリゼーション」と言います。
今までは、多くの日本企業がグローバルサプライチェーンを強化するという一方向で動いてきました。しかし、このままでは、今回のような感染症や災害などでサプライチェーンが途切れたときのリスクが大きくなります。今後はリスクヘッジのためにも「地産地消型のビジネスモデル」を増やすことが重要で、このグローバルと「地産地消型」のリバランスだと思います。
多くの産業、企業が影響を受ける中、eコマースなどデジタル空間に強い企業は売り上げを伸ばしている。
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——こうした中、アマゾンのようなサイバー空間に強い企業は売り上げを伸ばしています。一方で、デジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいない日本のものづくり中心経済では影響を受ける企業は多いのではないでしょうか?
おっしゃる通り、今後デジタルトランスフォーメーションが加速すると、ものづくり企業には2つの問題が生まれてきます。一つは、人材面の問題です。
既存のグローバルサプライチェーンモデルは、バリューチェーンを最適化するというシンプルなモデルなので、経営的には比較的簡単なんです。
一方、地産地消型モデルは、各地域の情勢や市場動向を熟知したCEOがいなければ経営が成り立ちません。日本には、こうした各地域の現状に精通した“本当の意味のリーダー”がいないことが問題なのです。
日本企業は今まで、経営者育成に関して真剣に取り組んできませんでした。経営者を管理職の延長線上にあるものとする階層構造はやがて崩壊します。これからは、経営者というものをより普遍的なプロフェッショナルと再定義して、人材育成をしていく必要があると思います。
もう一つは、産業構造的な問題です。今後は、サイバーとフィジカルが融合したビジネスモデルが加速していくでしょう。しかしながら、日本のものづくり企業は、サイバーが弱い。ソフトウエアが弱い。継続的に収入を得る「リカーリング・ビジネス」の企画力や実行力がないという問題があります。
日本の製造業は、大量生産・大量販売のビジネスモデルでしたが、ものづくりそのもので勝負する時代は終わりました。これからは、企業の組織全体を根本的にトランスフォーメーションしなければ、DX後のビジネスモデルの変化にはついていけないでしょう。
冨山さんは日本企業の問題として、人材と産業構造の2つを挙げる。
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——コロナショックを機に、組織改革、経営改革まで踏み込んで改革を実行しようとする経営者とそうでなくこれまでの延長で乗り切ろうとする企業の格差が開きそうですね。
例えば、日立はリーマンショック後に、製造業からサービス業へとシフトチェンジしました。トヨタもこの数年、自動車メーカーからモビリティサービスへと変化しています。このような会社もある一方で、いまだに大量生産・大量販売のビジネスモデルを追求し続けている企業も多いと感じています。
今後、日本だけでなく、家電や自動車などの耐久消費財メーカーの業績は、急速に落ち込むでしょう。こうした状況で強いビジネスモデルは、継続的に収益をあげる「リカーリング・ビジネス」です。今後は、DXに対応するCX(コーポレートトランスフォーメーション)を先行的に進めてきた企業とそうでない企業の差は大きく開くと思います。
——日立のように先行的に改革を進めてきた企業は、コロナ危機も切り抜けられる可能性があると。
その可能性は圧倒的に高いです。その兆候はすでに出ていて、いま業績がいいメーカーは日立とソニーです。日立はBtoB領域でのサービスモデル化を進めています。ソニーは金融、映画、ゲーム、半導体と多彩な収益源を確保し、スマイルカーブの両端で売り上げを伸ばしています。
今回のコロナショックを前向きに捉えると、企業にとって大きな組織改革のチャンスだと思います。今までの日本企業はリーマンショックや東日本大震災などあれだけ大きな危機があっても、一気に変化するのはストレスがかかるからと、ゆっくりした変化を選んできました。しかし、それでは「ゆでガエル状態」になってしまいます。
日立はリーマンショックを機に、ソニーはソニーショックを機に大きく変化しました。同様に、今回のコロナショックによって、日本企業のお湯の温度が一気に上がることで、跳び出すチャンスになるのではないでしょうか。
お湯の温度が一気に上がったときの反応は、跳び出るか、ゆで上がる寸前で持ちこたえるか、完全にゆで上がってしまうかの3つです。リーマンショック時は多くの企業が2つ目を選び、その後の景気回復でなんとか生き延びましたが、今回はコスト削減などで何とか急場をしのいできた企業はつぶれる可能性が高いと思います。
——今までインバウンド頼みだった百貨店などのビジネスモデルは、今後どうなっていきますか。
百貨店という業態自体がすでに終わっています。今後、生活必需品以外はますます店舗で買うことは少なくなるでしょうし、行ったとしてもウインドウショッピングだけでしょうから。
そうした中、彼らが唯一持っている強みは「立地」です。今後、百貨店やGMS(総合スーパー)が生き残るためには、金融・不動産業にシフトした方がいい。例えば、丸井は金融業に参入していますよね。これが正しい道筋ではないかと思います。
人材の流れを変えていければ、地方にも十分チャンスはあるという。
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——コロナショックは、観光業に大きく依存してきた地方経済を直撃しました。地方では都市部に比べて、DXも進んでいません。この危機は地方経済にどのような影響を与えると思われますか。
ピンチとチャンスの両面があると考えています。まず、ピンチについてですが、地方の基幹産業は、観光業や飲食業であるため打撃は非常に大きいです。また、これらの業界は低生産性産業であるため、低賃金でぎりぎりの生活をしている人を支えなければなりません。これは社会政策的な問題です。
一方で、コロナショックは、新たなビジネスモデルを生み出すチャンスと捉えることもできます。今後は、高スキルのマネジメント人材を雇用して企業再編をするなど、どのようにして前向きな復興モードにシフトできるかがカギだと思います。
今回のコロナショックで分かったことは、感染症や災害などのリスクに対して大都市は脆弱だということです。
すでにここ10年起きていたことは、アメリカの西海岸のように、人や企業が大都市に集中してサンフランシスコのように家賃が高騰し、一部の富裕層のみが豊かな生活を送り、車上生活者が増えるというような事態です。
リスク分散の観点からも都市問題の解決にも、東京からアクセスの良い地方にはチャンスがあると思います。
例えば、和歌山県の南紀白浜は、東京から飛行機で1時間というアクセスの良さに加え、サテライトオフィスもあり、ワーケーションに適した環境が整っています。こうした地方には豊かな自然があり、食べものもおいしい。
足りないのは、新たなビジネスモデルを生み出す人材です。地方創生において大切なのは、交付金を支給するだけではなく、人材の流れを変えていくことなのです。
——それでも今回のコロナ危機は日本企業に不可逆的な変化を起こすのではないかとも感じています。例えば、リモートワークを強制的にしなければならなくなったことで、「オフィスに通勤する必要があるのか」「そもそもこんなに出張や転勤が必要だったのか」と人々が気づき始めたように思います。
そうですね。私自身も最近、Zoomを使ったオンラインの国際会議が増えています。自分の国に帰った後、海外の大学の授業をオンラインで受けている学生たちも増えています。ネット環境さえあれば、世界中の人と仕事ができるのだから、わざわざ満員電車に乗って通勤する必要はないということにも人々が気づき始めましたよね。
これまでグローバリゼーションには「人の移動」が必須と思われていたのが、わざわざCO2をたくさん排出しながら、世界中あっちこっちに移動することが必要だったのか。何が本質的に大事なことなのか、を考え始めた人は多いと思います。これは質的な転換を加速させます。
これからのグローバル化に「人の移動」はどこまで必要なのか。改めて問われている。
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経済という観点から見ると、人が移動しなくてもビジネスは展開できるわけです。今後は工場勤務など一部の業種以外では、リモートワークがさらに広まるでしょうし、新たなビジネスを展開するベンチャーが出てくるかもしれません。
教育でも大学を中心にオンライン授業が始まってますが、私は本来、集合教育の意味はあまりないと思っています。なぜなら集合は、「同質化」と「固定化」を生みます。むしろ居場所は地域にあった方がいい。偏差値ごとに集まる学校より、地域のコミュニティなどで多様な人間と関わり、さまざまな考えや価値観に触れなければ、イノベーションは生まれないと考えています。
今後は、「2拠点居住」や「ワーケーション」といった新しい働き方も一層加速していくと思います。こうして人々の生き方や社会の在り方が変わっていくなかで、自然と新たな産業が生まれてくるのではないでしょうか。
今まで日本企業は、昭和のビジネスモデルを維持するために、無駄な時間と労力を多大に消費してきました。今回のコロナショックは、日本的経営から脱却する大きなチャンスでもあります。これを機に、日本の社会はより明るく豊かになると確信しています。
(聞き手・浜田敬子、構成・松元順子)
冨山和彦:経営共創基盤CEO。ボストンコンサルティンググループを経て、2003年に産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、経営共創基盤を設立。 パナソニックや東京電力ホールディングスの社外取締役も務める。 近著に『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』『選択と捨象』『決定版 これがガバナンス経営だ!』『AI経営で会社は甦る』他。