「証拠を見た」トランプ発言と米情報機関の報告はなぜ食い違うのか。武漢研究所からのコロナ流出説が暴走する本当の理由

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ホワイトハウスでロイター通信の取材に応じるトランプ米大統領。この部屋にはあらゆる「正しい」情報が集まるはずだが……。

REUTERS/Carlos Barria

4月30日、トランプ米大統領が記者会見で爆弾発言をした。

記者からの「中国・武漢の研究所が新型コロナウイルスの発生源だと強く確信させる何か(つまり証拠)を見たのか?」との質問に「その通り」と答えたのだ。もし事実なら、米政府は決定的な証拠をすでに入手していることになる。

もちろん、アメリカ大統領は各省庁や情報機関が収集・分析した多くの情報を入手できる立場にある。大統領が「証拠を見た」と言うのであれば、情報機関が大統領にそうした報告をしたものと、通常は考えられる。

ところが、今回は奇妙な事態が生じている。情報機関の公式声明が大統領発言と矛盾しているのだ。

アメリカでは、各情報機関が収集・分析した情報は「国家情報長官室(ODNI)」がとりまとめ、「大統領日報(PDB)」と呼ばれる短い報告書を作成し、大統領に日々報告している。

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米国家情報長官室(ODNI)が発表した「COVID-19の発生源に関する情報コミュニティ声明」。

出典:Office of the Director of National Intelligence

しかし、今回トランプ大統領が「証拠を見た」と言う数時間前に発表されたODNIの公式声明文「COVID-19の発生源に関する情報コミュニティ声明」には、次のように書かれていた。

「情報コミュニティ(=情報機関の総体を指す)は、新型コロナウイルスは人工でなく、遺伝子組み換えでもないという科学的コンセンサスに同意する」

「情報コミュニティは、感染した動物との接触が発生源なのか、あるいは武漢の研究施設でのアクシデントによるものなのかを判断するため、さらに調査を続ける」

アメリカの各情報機関は、人工ウイルスではないことまでは確認したけれども、発生源についてはまだ未解明だ、と言っている。

「スパイ工作では発生源は特定できない」と情報機関の悲鳴

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米政権高官から情報機関への圧力について報じる、米ニューヨーク・タイムズの記事(4月30日)。

Screenshot of The New York Times

なぜ大統領と情報機関の認識は食い違っているのだろうか。

大統領発言の直後に米ニューヨーク・タイムズが興味深い記事(4月30日)を配信している。

▽「トランプ政権高官が、ウイルスと武漢の研究所をつなげるよう、スパイに圧力をかけている模様

記事によれば、トランプ政権の高官が、これまで具体的な根拠の見つかっていない「武漢研究施設からの流出説」を補強する情報を入手するよう、情報機関に圧力をかけているという。情報機関の分析官たちの一部は、それによって情報分析が歪められ、間違った分析結果を受け取った政権が、中国批判のため政治的に利用することを危惧しているという。

ニューヨーク・タイムズの記者が現役および元職の関係筋に取材したところ、ほとんどの情報機関では、武漢の研究施設からウイルスが流出した証拠は今後も見つからない可能性が高いと考えているようだ。また、科学者たちの多くは、研究施設ではない環境で動物から人間に感染した可能性のほうが圧倒的に高いと考えているという。

どうやら、トランプ政権の高官と与党・共和党の議員のなかに、政権のコロナ対策への批判をそらすため、中国の責任に注目を集めたいとの思惑があるようだ。なかでも最も強硬な圧力を情報機関にかけているのは、中央情報局(CIA)元長官でもあるポンペオ国務長官らしい。

記事ではそのほかにも、ポッティンジャー大統領副補佐官(国家安全保障担当)、ルッジェーロ国家安全保障会議(NSC)幹部らの名前があげられている。

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「大統領は新型コロナウイルスが中国の研究施設で発生した証拠を見たと主張したが、情報機関と矛盾している」と報じる米CNNのウェブサイト(4月30日)。

Screenshot of CNN website

また同日の米CNNも、ポンペオ国務長官がそうした情報機関への圧力の先頭に立っていると指摘。併せて、テッド・クルス上院議員(共和党)と、下院外交委員会の共和党トップであるマイケル・マコー下院議員の名前も報じている。

トランプ大統領は新型コロナウイルスが中国の研究施設で発生した証拠を見たと主張したが、情報機関と矛盾している」(CNN、4月30日)

なお、先のニューヨーク・タイムズの記事によれば、政権から強引な「証拠探し」を命じられている情報機関の担当者は、ホワイトハウスに対して「感染源の特定は科学的な問題であり、スパイ工作では容易に解決できない」とくり返し主張しているという。

イラク戦争の失敗がくり返される?

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記者会見中のトランプ大統領とポンペオ国務長官(手前)。ウイルス発生源の特定については、武漢の研究施設からの流出を疑う、あるいは「調査する」との発言が多い。

REUTERS/Jonathan Ernst

端的に言えば、いまトランプ政権で起きている事態は、 情報機関が証拠入手に否定的であるにもかかわらず、ポンペオ国務長官ら政権幹部が「何がなんでも証拠を探せ」と情報機関に圧力をかけているということだ。

これはきわめて危険な状況と言っていい。情報分析は論理的なものであり、政治が誘導すれば誤謬(ごびゅう)が生じるからだ。インテリジェンス(情報収集・分析)のセオリーではタブーとされている「インテリジェンスの政治化」に相当する。

2003年のイラク戦争で、開戦の決定的な理由とされた大量破壊兵器保有疑惑の分析ミスが、まさにその例だ。

アメリカの情報機関は当時、イラクが大量破壊兵器を隠し持っているという情報を入手できず、ブッシュ政権にそう報告していた。ところが、当時の政権幹部はそうした報告をことごとく却下し、「隠し持っている」という情報だけを要求した。

その結果、「カーブボール」という暗号名をつけられた亡命イラク人が、自身の待遇を向上させるために行った虚偽の発言だけが情報として採用され、イラク開戦の理由となった。

いまなお、当時のブッシュ政権が「存在しないのをわかっていて、無理やり攻撃した」と誤解している人も多いのだが、政治的圧力によりインテリジェンスが歪められて誤分析が生じたというのが歴史の真実だ。

国家情報長官室の公式声明は「異例の事態」

どうしてそんな誤分析が簡単に生じてしまうのか。それは「どんな仮説にも、それを補強する情報は存在する」からだ。

どんなに可能性の低い仮説でも、何かしら「こじつけられる情報」はあるものだ。そして、そんな情報の一断片を過大に評価することで、分析は容易に誤った結果にたどり着く。

今回の件に当てはめるなら、例えば「武漢の研究施設では既存のコロナウイルスの研究をしていた」「管理が杜撰との指摘もある」という情報だけで、「新型ウイルスも研究施設から流出したに違いない」とこじつけるようなことだ。冷静に考えればわかるが、たったそれだけの情報では、まず漏えい疑惑の前提となる「新型ウイルスがそこに存在した」ことが証明できていない。

そうしたことをうやむやにして、都合がいい傍証だけをつなぎ合わせて自説を補強することを、「チェリー・ピッキング(サクランボ摘み)」と言うが、情報分析の誤謬の原因は、実際にそれが多い。

できるかぎり多くの情報を集めて総合的に分析し、可能性の高い仮説を追求していくのが、本来の情報機関の役割だ。政治がそれを歪めてしまえば、情報サイドは分析を誤り、結果的に政治サイドも政策も間違う。厳に慎むべきことだろう。

冒頭で紹介したODNIの(発生源については今後も調査継続という)声明は、かなり異例と言っていい。アメリカの情報機関がまだ調査中のことを公式声明として発表することは通常ではめったにない

おそらく、ODNI自体がインテリジェンスの政治化を危惧していることに加え、情報機関があたかも武漢研究施設からの流出説を有力視しているかのように報じられた場合、のちに自分たちに責任が及ばないようにする措置でもあったろう。

ちなみに、ホワイトハウスでは現在、新型コロナ感染による死亡者1人につき1000万ドル(約11億円)の損害賠償を中国に請求するプランまで検討されているという。

どのような政策を選択するにせよ、正しい情報にもとづくのが基本だ。トランプ政権の前のめりな姿勢に危惧を覚えずにはいられない。


黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。

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