Reuters/Aly Song
「今はこうやってオンラインで取材を受けるしかないけど、顔を見ながら、音声の遅延もなく話ができるので、問題は少ないと感じる。あなたはどうですか? やりにくいですか」
画面越しに話しているのは、ファーウェイの陳黎芳取締役兼上級副社長だ。同社がベンチャー企業だった1995年に入社し、国際マーケティングや広報部門の要職を歴任。2018年12月にカナダで拘束された孟晩舟副会長兼CFOとは年齢も社歴も近い友人だという。
孟副会長の逮捕、そして2019年5月のアメリカによる輸出規制で崖っぷちに立たされたファーウェイはこの1年で情報発信の姿勢を大転換した。表舞台にはほとんど現れなかった任正非CEOも頻繁に取材に応じるようになり、海外雑誌の表紙にも登場した。
その裏にどのような決断があったのか、社員20万人の同社の広報を統括する陳副社長に取材依頼のメールを送ったところ、本人から返事があった。新型コロナの影響で直接対面することはかなわなかったが、オンラインでのインタビューが実現した(取材は3月27日)。
企業イメージに直接影響する創業者
2019年6月、パネルディスカッションの登壇前の任正非総裁。
REUTERS/Aly Song
中国IT企業の躍進ぶりはこの数年で広く知られるようになった。だが、何かと話題になる中国ITの新たな潮流も、実はビジネスモデルやガバナンスに大きな瑕疵があり、短期間で挫折することも珍しくない。シェア自転車や、最近巨額の粉飾決算が判明したluckin coffee(瑞幸珈琲)が代表例だ。
玉石混交のIT企業の中で、GAFAと勝負できる経営規模を持ち、さらにテクノロジーに関心がない人でも名前を聞いたことがある中国企業となると、「アリババ」「ファーウェイ」の2社に絞られるが、両社の日本でのイメージは相当に違う。
企業イメージを構成する要素は複数あるが、アリババとファーウェイで最も対照的なのは「創業者」だろう。
1999年にアリババを興したジャック・マー氏は、起業間もない頃からフォーブスなど海外メディアの取材を受け、中国より先に欧米で名を売った。アリババを創業する前には啓発活動として北京のテレビ局や新聞社を度々訪問しており、創業の際には演説動画を仲間に撮影させた。自分のビジョンを公に語ることが好きなマー氏は、若い頃は度々「ほら吹き」と言われた。
対してファーウェイの任CEOは表に出ることを徹底して避け、彼の態度はそのままファーウェイの社風になった。
利幅が低い中国の農村から市場を開拓し、海外でも欧米企業に潰されないようアフリカで事業を拡大した。2005年前後には米メディアもファーウェイの存在を認識したが、潜伏しながら力をつけてきたことへの得体の知れなさ、企業情報の少なさ、さらには人民解放軍出身という任CEOのプロフィールで、当初から「陰の多い企業」というイメージが形成された。
ファーウェイは中国でも同様のイメージが定着し、現地メディアとも長らく距離があった。
スマホメーカーとしては成功したが……
オンライン取材に臨む陳副社長。孟副会長とは年齢も近く、同僚でもあり、友人でもあるという。
ファーウェイ提供
事業拡大とともに、ファーウェイも徐々に企業活動の透明化を図るようになったが、陳副社長は今回の取材で、
「ファーウェイは元々通信機器を扱うto B企業だったため、顧客や政府とのコミュニケーションを重視する一方、メディアや消費者との対話は手薄だった」
と説明した。
広報スタイルが変わったのは2010年代にスマートフォン生産に進出したことがきっかけだ。消費者への訴求のため、ブランド戦略が必要になったという。つまり、ファーウェイの広報戦略は2019年までは事業内容に沿って進展していった。
スマホのブランド力を高めるため、ファーウェイは著名スポーツ選手を広告に起用したり、欧州ではビルの壁面を広告ジャックするなど、大掛かりなマーケティング施策を繰り出した。その甲斐あり2019年には出荷台数でアップルを抜き、サムスンに次ぐ世界2位に浮上した。
ただ、商品のブランド力やシェアが向上しても、その背後にある企業に対する認知は十分ではなかった。少なくとも日本では。
欧州での新商品発表や深センの本社ツアーには、多くの日本メディアが参加したが、ガジェットに関心を持つメディア、記者が中心だった。
ファーウェイ・ジャパンは中国企業として唯一経団連に加盟し、スマホの部品の多くを日本メーカーから調達している。にもかかわらず、孟副会長が逮捕されたとき、ファーウェイの事業内容を詳細に理解している人は、メディアの中にも少なかった。当時、キー局のある記者は筆者に「今までずっと北欧企業かと思っていました。ノキアとかあの辺の仲間かと」と、「急速に台頭したスマホメーカー」以上の認識を何も持っていないことを明かした。
企業としての具体的なイメージを日本で形成できていなかったファーウェイは、トランプ大統領の「セキュリティーに問題がある」「スパイ企業」との攻撃に防戦一方となった。おそらく、先進国の多くで、そういう状況が発生しただろう。
孟副会長逮捕後の2つの変化
バンクーバーで始まった自身の身柄移送を巡る審理に参加する孟晩舟副会長。2020年1月23日
REUTERS/Jennifer Gauthier
トランプ大統領を中心としたアメリカからの「ネガティブキャンペーン」に対し、ファーウェイは大きく企業広報の戦略を変えた。これについて、陳副社長はこう話した。
「2019年、ファーウェイは広報活動に関し2つの点で大きく変わった。
ファーウェイはオープンな態度を打ち出し、この1年で1万人近くの記者と専門家を深センの本社に招いた。もう一つの変化は、アメリカの排除によって、ファーウェイがとてつもない関心を持たれるようになったことだ。世界のメディアがファーウェイの取材を望むようになった」
たしかに2019年はこれまでになく多くの、そして多様な日本メディアが、ファーウェイのイベントや意見交換会に参加した。ファーウェイ側も、従来は非公開だった社内の研究施設などを公開したり、幹部が積極的に取材に応じたり、「スパイ企業」というイメージの払しょくに意識して努めるようになった。
最大の変化は、「謎」の核心であった任CEOが表に出て来るようになったことだろう。先述したように、それまでは任CEOは中国メディアも含めて特定メディアのインタビューすら受けず、決算や新製品発表の場にも姿を現さない態度を貫いてきた。
これに対し、陳副社長は、
「とにかくシャイな人で……。けれど彼は文章を書くのが好きで、社内向けには自分の考えを文章にして伝えていた」
と言うが、トップの肉声が伝わらず、人間性が見えない故に「人民解放軍出身」の経歴が目立ったし、真偽不明の伝聞系エピソードが量産された。それらが米政府との攻防で不利に働いた面は否めない。
長女である孟副会長の逮捕を機に、任CEOは国内外の有力メディアの取材を受けるようになった。ある中国メディアが「2019年に最も豹変した経営者」に任総裁を挙げたほど、彼は自身、自社、そして家族を語り始めた。
陳副社長は、
「任CEOは嫌々取材を受けているわけではない」
と強調しつつ、
「メディアが最も強く希望したのが任CEOのインタビューであり、私たちもその必要性を感じていた。だから、彼と話し合い、同意してもらった。今後も取材を受けていく」
と語った。
実際、ファーウェイが「攻めの広報」に転じてから、風向きは変わった。アメリカとの間で揺れていた欧州の主要国が、5G基地局でファーウェイを排除しないと次々に表明したのは、最たる戦果と言えるだろう。アメリカが輸出規制を発動した際、ファーウェイの業績は失速すると誰もが思ったが、2019年の売上高は二けた成長を維持し、善戦以上の結果を残した。
ファーウェイのある社員は2019年半ば、「八方ふさがりだった半年前を思えば、希望は見える」と言いつつ、「欲を言えば、任CEOにはあと数カ月早く出てきてほしかった。多くの社員がそれを願っていた」と本音を語った。
コロナ時代の情報発信、試行錯誤続く
ファーウェイの深セン本社ではブラックスワンが飼われている。任CEOの「巨大な変化に備えよ」というメッセージが込められていると言われていたが、同氏は2019年、豪メディアの取材に「自分が飼えと言ったのではない。私は黒鳥は好きではない」と答えた。
撮影:浦上早苗
そして2020年、新型コロナウイルスは企業広報の脅威にもなっている。既に年の半ばに突入しているが、企業側、記者側ともに、移動できない時代の情報発信の在り方を巡り試行錯誤が続く。
ウイルスは1、2月に中国で感染が拡大し、3月以降は世界各地に広がったため、中国企業のファーウェイにとっては年初から今に至るまで影響を受け続けている。
同社は毎年4月に国内外から記者や専門家を招いて事業戦略を説明するアナリストサミットを開いているが、それも延期された。スマホなど新製品の発表はオンラインに移行し、2019年度の決算発表では100人近い記者をオンライン会議で結んで質問を受け付けた。
陳副社長は筆者によるインタビューが初めてのオンライン取材だったというが、「あまり違和感を感じない」と感想を語った。一方で、
「新商品発表会は課題が多い。スピーカーは観客がいないステージで視聴者に語り掛ける。盛り上げてくれる人がいないため、熱気が多少弱まるのは否定できない。だからといってリリースを遅らせるわけにもいかないし、オフラインと同様の体験をどうやって提供するか、新しい技術、方法を考えているところだ」
と明かした。オンラインでの記者発表やインタビューは移動の手間を省け、利点も多いが、“情報戦争”渦中にあり、メディアとのコミュニケーションを抜本的に見直したファーウェイにとっては、空気感を伝えにくい非対面交流は間接的な試練になるかもしれない。
2020年1月には孟晩舟副会長のアメリカへの身柄引き渡しを判断する審理もカナダで始まったが、新型コロナの影響を受け、4月27日の公聴会はオンラインで開かれた。孟副会長側は、アメリカが犯罪だと主張するイランとの取引が、カナダでは犯罪に該当しないことを指摘し、争っている。
陳副社長は孟副会長の近況について、
「カナダでの生活は1年半近くになるが、仕事、プライベートともに関係者と連絡を取り合っている。詳しくは聞いていないが、オンラインで大学院の講義も受けているようだ」
と紹介した。
カナダメディアの報道によると、審理の結果は6月にも出る見込みだ。ファーウェイにとっては、1年前のアメリカによる輸出規制以来の山場となる。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。現在、Business Insider Japanなどに寄稿。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。