1991年、ペルーで生まれる。6歳で母、妹と父親の住む日本に移住。大学卒業後に入管の窓口業務を請け負う企業に就職。2015年、ビザの手続きを簡単にするために起業。
撮影:伊藤圭
食品の宅配を展開するオイシックス・ラ・大地で、採用を担当する三浦孝文(32)は2019年2月、インドのプネ市を訪れた。同市は、ハイテク企業や大学が集まる都市として知られる。
目的は、エンジニアの採用だ。転職サイトdodaによれば、技術系(IT/通信)の求人倍率は、2019年4月から2020年2月の間、8倍から11倍の間で推移した。つまり8〜11件の求人に対して、仕事を探しているエンジニアは1人しかいないということだ。
人口が減少し、IT人材の不足が指摘されている日本で、企業はいきおい国外に人材を求めることになる。
プネ市では、日本企業に就職を希望する学生ら対象とする就職フェアが開かれた。このフェアにブースを出した三浦はこう話す。
「インドの学生は、面談中でも『待っているから僕の履歴書も見て』と、積極的に自己アピールをしてくる。日本の学生と比較しても、インドには優秀な学生が多い」
「活躍してもらう」ために生活支援までも
これまで、留学生や日本で働く外国人を採用したことはあったが、外国から日本に来てもらう形で採用をするのは、会社としても初めてだった。
リサーチを進めるうちに存在を知ったのが、岡村アルベルト(28)が立ち上げたone visaだった。
インドから学生を採用する際に、自社でビザなどの諸手続きをしたり、行政書士事務所に依頼したりといった選択肢もあったが、one visaのサービスを利用することにした。
三浦は「学生に来てもらうことだけが目的ではなく、活躍してもらうことが大事。one visaは、日本での生活環境を整えるなどビザ以外の手続きを含めたサポートまでしてくれる。岡村さん自身にペルーから日本に移住したバックグラウンドがあることも大きい」と話す。
岡村は2015年3月末で入管の窓口業務を請け負っていた会社を辞め、9月に会社を設立した。
手元の資金は100万円。当初は、ウェブと既存のアプリを組み合わせることでビザの申請をもっと簡単にできないか模索を始めた。
使ったのは、さまざまなウェブサイトで問い合わせやアンケートに利用されているGoogleフォームだった。
氏名、性別、国籍、住所、パスポート番号といった情報を入力してもらう。岡村の会社側では届いた情報を基に書類を整え、メールで書類を送り返す。初期のシステムでは、申請をあまり簡単にはできなかった。
システム開発で繰り返した失敗
one visaの前身となる会社を立ち上げた時期は、知人の会社のオフィスを間借りしていた。右手奥に岡村が座っている。
提供:one visa
会社の設立から2カ月が過ぎた2015年11月、甲南大の先輩に事業の構想をプレゼンしたところ、500万円の投資を受けることになった。
以後、岡村の会社は、断続的にさまざまな投資家から出資を受けることになる。
2016年以降、複数のベンチャー・キャピタルから数千万円規模の出資を複数回受けている。
しかし、肝心のシステム開発は難航した。岡村は、当時をこう振り返る。
「自分ではコードが書けないから、システム開発で、2度か3度か、失敗を繰り返しました」
外部のIT企業に相談したところ、「100万円でシステムをつくれる」と言われたが、プロダクトが完成したら、システムは外注先が管理するサーバー上に残された。
これでは、利用者の情報も外注先に蓄積されてしまう。システムを自社で管理できるサーバーに移管するよう求めたところ、さらに100万円の費用を要求された。
紆余曲折はあったものの、岡村は2017年6月、サービスのベータ版公開にこぎつけている。
「パートナーを見つける能力に秀でている」
one visa のメンバーたち。社長が28歳だけに、若い社員が集まっている。後方右手にいるのが、デザイナーの西垣静。
提供:one visa
事業が軌道に乗り始めたのは、会社の設立から2年4カ月が過ぎた2018年1月以降のようだ。
この月には、Residence(レジデンス)だった社名を現在のone visaに変更している。サービスそのものの名称を、社名にした。
同じころ、デザイナーの西垣静(37)もone visaに加わった。
西垣はone visaの存在を求人サイトで知った。会いに行くと岡村は、西垣にこんな話をした。
「外国人が日本に来るといろんなハードルがある。まずビザを取って、家を見つける、銀行口座やクレカをつくる。こうした課題を、一つのサービスで一気に解決したい」
西垣は「こんな未来が来るといいな。一つの会社をまるごとデザインできるチャンスでもある」と思った。
入社した当初、one visaは、社長とデザイナーの2人だけ。しかし、間もなくカスタマーサービスの担当者や営業担当の野田勝(29)も加わり、少しずつ体制が整い始めた。
有力なスタートアップとしてone visaが注目を集めたのは、2019年6月のことだ。セブン銀行、サイバーエージェント、大垣共立銀行などから4億5000万円を調達したと発表した。
現在COO(最高執行責任者)を務める野田は、経営者としての岡村をこんなふうに評している。
「岡村は、起業家としての能力が高い。特に重要な人物にビジョンを語って、パートナーを見つけてくる能力が特異的に秀でている」
撮影:伊藤圭
一方で、スタートアップ企業としての課題も浮かんでいる。
2020年4月の時点で、700社以上がone visaのサービスを導入しているが、ビザ申請と付随するサービスだけでは、大型の投資に見合った売り上げには届かない。
自走できるだけの売り上げを確保するのが、目の前の大きなハードルとなる。岡村が言う。
「サービスの提供から3年になるが、まだ投資フェーズから抜け出せていない。スポットスポットで、ビザ申請のためにサービスを利用してくれる会社は増えていますが、単発の利用が多い。継続的な収益を生むビジネスに脱皮する必要があると考えています」
(敬称略、明日に続く)
(文・小島寛明、写真・伊藤圭)
小島寛明:上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。2000年に朝日新聞社に入社、社会部記者を経て、2012年退社。同年より開発コンサルティング会社に勤務し、モザンビークやラテンアメリカ、東北の被災地などで国際協力分野の技術協力プロジェクトや調査に従事。2017年6月よりBusiness Insider Japanなどで執筆。取材テーマは「テクノロジーと社会」「アフリカと日本」「東北」など。著書に『仮想通貨の新ルール』(Business Insider Japanとの共著)。