1991年、ペルーで生まれる。6歳で母、妹と父親の住む日本に移住。大学卒業後に入管の窓口業務を請け負う企業に就職。2015年、ビザの手続きを簡単にするために起業。
撮影:伊藤圭
one visa の創業者、岡村アルベルト(28)と、COO(最高執行責任者)を務める野田勝(29)は2018年7月、カンボジアのプノンペンに向かった。
9カ月後、日本は大きな制度改正を控えていた。外国からの人材の受け入れを大幅に拡大する特定技能制度の開始だ。
この制度には、外食や介護、宿泊といった分野で、外国人の就労を認めることで、企業の人手不足を補おうという狙いがある。
煩雑なビザの手続きを、デジタルで簡単にすることを目指す同社にとっては、大きな機会になり得る。2人のカンボジア出張は、特定技能制度の開始を視野に入れてのことだ。
技能実習制度の負を改善する事業を
COOの野田(左)は、日本語や日本式ビジネスマナーなど、特定技能の申請に必要な業界試験対策を教える学校の設立に奔走した。
提供:one visa
カンボジアは、長く内戦が続いたため、成長著しい東南アジアでは経済成長で遅れを取ったが、人口が若く、日本を含む国外へ仕事を求める人も多い。
最初の渡航から2週間後、野田は今度は片道切符でプノンペンに入った。
当時はまだ大型の資金調達にも成功しておらず、会社には金がない。野田は1泊4ドル(2020年4月19日のレートで約430円)の8人部屋に泊まり、事業の立ち上げを急いだ。
新たな事業は、日本語や日本式ビジネスマナー、特定技能の申請に必要な業界試験対策を教える学校の運営だ。
野田は8月にプノンペンに入って、9月1日には「one visa Education Center」を開校している。
その間、教室となる部屋を借り、家具を買い集め、講師を採用し、現地法人も立ち上げた。
学生の費用は、完全に無料だ。日本の特定技能ビザの取得に必要な業界試験、日本語の試験を突破し、日本企業に就職してもらうのが学生たちの目標だ。
野田は「僕たちは、技能実習制度の負の部分を改善するような事業を立ち上げたいと考えていた」と話す。
撮影:伊藤圭
技能実習制度は、アジアを中心とした開発途上国から、実習生を受け入れる制度だ。前身の制度から37年以上の歴史がある制度だ。
しかし、受け入れ先の企業で、実習とは名ばかりの単純労働に従事させられたり、高額の借金を背負って来日させられたりといった問題が次々に浮上した。
カンボジアで立ち上げた学校では、教育にかかるコストをone visaが負担する。その代わり、日本語と業界知識、ビジネスマナーを身に着けた人材を日本企業に紹介し、企業から報酬を受け取る仕組みだ。新しい事業にも、岡村の思いが込められている。
「僕たちは、機会を提供することにこだわっている。学生からお金を取らなくても、日本への移住を選択できる教育を提供し、ビジネスとして継続していくことができるモデルを実現したい」
「デジタルで悩みを解決したい」と新卒で入社
現在のオフィスは東京・浅草橋。
撮影:伊藤圭
早稲田大学出身の町田太朗(24)は、新卒でone visaに入社した。町田は文学部だったが、独学で法律を学び、在学中に行政書士資格を取った。
行政書士事務所でインターンも経験した。しかし、「ペーパーワークが多くて、行政書士の仕事を続けることが多くの人を助けることにつながるのか」と感じた町田は、one visaに連絡を取った。
行政書士の資格を持つ町田。母親がフィリピン人の町田は、岡村のビジョンにひかれ、one visaに加わった。
提供:one visa
2020年2月には、社内に行政書士事務所も設立したが、今のところ緊急時を除いて町田はone visaで行政書士としての仕事をするつもりはない。
「one visaのようにデジタルの力を使って人々の悩み事を解決するのは、行政書士ではできなかったかもしれない。今は、わくわくして仕事をしている」
町田は、父が日本人、母がフィリピン人で、バックグランドが岡村とも重なる。
「岡村は、僕らの頭の裏を刺激するようなアイデアで、チームをわくわくするような方向に引っ張ってくれる」
ビザ取得情報を生活支援に生かす
現在提供しているサービスの全体像を見ると、日本語と業界知識の教育を受け、ビザを取得して来日、日本での行政手続きや生活で困ったことがあれば、one visaのチャットサービス「コンシェルジュ」に相談ができる。
さらに岡村が構想するのは、ビザ申請などで蓄積した個人データを基にした与信の管理だ。日本で暮らす外国人は、銀行口座の開設や、クレジットカードの取得、賃貸住宅の契約が難しい。
こうした課題を解決するため活用を想定しているのが、ビザ取得で使った個人データだ。
「外国人が申告している情報が本当に正しいのか、企業も判断するのが難しいから、そういった構図が生まれているのだと思います。でも、one visaは入管がビザの発給を判断するのに使った情報を持っている。この情報でビザが取れれば、それは、ある意味でお墨付きになる。信頼できる情報と言えるのではないでしょうか」
例えば日本で仕事を始めて間もないが、クレジットカードを作りたい外国人がいるとする。one visaは、ビザや他の手続きで活用した情報をカード会社に提供し、その情報をクレカの発行の可否を判断する材料としてもらう。
新型コロナウイルス感染症の拡大で、国境を超えた人の流れは完全に停止している。
だが、岡村らone visaのメンバーは、「外国から日本に向かう人の流れが止まることはない」と口をそろえる。
出入国在留管理庁によれば、2019年6月末の時点で、日本には約282万人の外国人が在留している。
岡村が描くのは、日本のコミュニティに当たり前に外国人たちが暮らし、働いている姿だ。
「将来、何々系日本人という言葉が浸透するといいなと思います。日本の社会の中で、国籍ではなくそれぞれのアイデンティティ、ルーツが認められ、グループとして共存している。国境ではなく、県境くらいの認識になるといいなと思うんです。
僕らが掲げる『世界から国境をなくす』というのはそんな社会で、日本にそれができるのかっていうと、僕は、それができる国だと信じています」
(敬称略、完)
(文・小島寛明、写真・伊藤圭)
小島寛明:上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。2000年に朝日新聞社に入社、社会部記者を経て、2012年退社。同年より開発コンサルティング会社に勤務し、モザンビークやラテンアメリカ、東北の被災地などで国際協力分野の技術協力プロジェクトや調査に従事。2017年6月よりBusiness Insider Japanなどで執筆。取材テーマは「テクノロジーと社会」「アフリカと日本」「東北」など。著書に『仮想通貨の新ルール』(Business Insider Japanとの共著)。