WHO事務局長上級顧問が懸念する日本の「データ不足」。緊急事態宣言の解除はリスクが高すぎる

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「STAY HOME(ウチで過ごそう)」を訴えて回る東京都の職員たち。緊急事態措置の継続を決めたが、その後段階的にでも解除できるかは、まったく不透明な状況だ。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

緊急事態宣言の期間が5月31日まで延長されることが決定した。この措置で、本当にウイルス流行を鎮静化できるのか。どうやったらもとの生活に戻れるのか。問題は尽きないが、いずれにしても将来を考えていく上で、私たちはどんな情報に注目すべきなのか。

国内外のメディアを通じ終始一貫して「検査と隔離」の拡充を求めてきた、世界保健機関(WHO)事務局長上級顧問を務める英キングス・カレッジ・ロンドンの渋谷健司教授が、日本の出口戦略を考える上で必要なデータの見方について語った(不定期連載、以後ビデオ通話による口述筆記)。


私のいま暮らすイギリスでは、自国での新型コロナウイルスの流行初期に検査体制を拡大せず、ゆるやかな感染対策によって集団免疫を獲得していく方針を示していました。

しかし、その方針はすぐに撤回され、その後はイタリアやフランスなどヨーロッパの他の国々と同じように、都市をロックダウン(封鎖)することで感染の広がりを抑える対応をとっています。

最近、ようやく感染者数がピークアウトして、出口戦略に関する議論が始まったこともあり、ここに来て(ジョンソン政権の)初動の遅れに関する批判が出てきています。

それに加えて、ジョンソン首相の右腕であるドミニク・カミングスが緊急科学諮問会議(日本の「専門家会議」に相当)に参加していることがわかり、大炎上しています。政治と科学の独立性はすべての前提ですから。

なぜ「とにかく検査」が必要なのか

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ハーバード大学エドモンド・J・サフラ倫理学センターが公表したパンデミックからの回復ロードマップ。5〜8月を4つのフェーズに分けて段階的な回復を進める内容。学校の再開は最後の8月とされている。

出典:Edmond J. Safra Center for Ethics at Harvard University

イギリスも日本と同じように最初は検査が少なかったわけですが、4月に入って早々に1日10万件まで検査を増やすとの公約を掲げ、実際、5月1日にはその目標をクリアしたことをハンコック保健相が発表しています(編集部注=すでに1日12万件超の検査を実施している)。

かたや日本に目を向けると、出口戦略どころか、そこに向かう議論の前提となるデータすら満足に公開されていない状況が続いているように感じます。

感染者数や検査数、陽性率など、一般には馴染みの薄いさまざまな用語が次々と登場しますが、それでは日本国民はいまどんなデータあるいは情報に目を向ければいいのかと問われれば、まずは「検査」に関するものということになるでしょう。

検査をすればその分だけ感染者の姿や数が見えてくるので、どのくらい検査を行ったかというのは何より大きな情報です。

確認できた感染者の数が少ないときには、それが本当に「少ない」と評価すべき数字なのかどうかを判断するために、PCR検査の実施回数だけではなく、検査を受けた延べ人数を見なければいけません。退院時検査など、1人で複数回の検査を受けている人がいるからです。

また、東京都などが毎日発表している感染者数は「その日に集計された」数に過ぎません。

集計のやり方によっては、検査した日とは別の日に報告されてしまうこともあるでしょう。

東京では、民間企業や大学病院などで行った検査数は金曜日にまとめて反映されるようなので、そうしたタイムラグもあります(編集部注=検査で陽性だった場合は、即日感染者としてカウントされている)。

本来、感染の状況を知るには、感染が確認された日のデータではなく、症状が出た日(発症日)のデータがないといけません。ですから、テレビや新聞が日々報じる感染者数が多かった少なかったという情報に一喜一憂したところで、あまり意味がないのです。

「リアルタイムの実効再生産数」の把握が必須

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上の回復ロードマップの前提となるのが「検査・追跡・隔離支援(TTSI)」戦略だ。「膨大な検査と感染者の追跡、隔離への強力な社会的サポートがあってこそ、ロードマップは機能する」と強調されている。

出典:Edmond J. Safra Center for Ethics at Harvard University

日本は検査の数がそもそも少ないです(編集部注=専門家会議も「検査数が思うように伸びない」と報告している)。上で述べたように、検査はすべての前提になりますから、検査数は保健所にしろ民間にしろ、とにかく増やさねばなりません。

ただ、日本でPCR検査の対象になるのは、基本的に肺炎があり4日間熱が出ていたような人だけです。なかにはそういった症状が出ているにもかかわらず、十分に検査を受けられない方もいると聞きます。

そもそも新型コロナウイルスは感染しても症状が出ない方が多く、そうした無症状の患者は検査を受けていないわけです。なので、実際にどの程度感染者がいるのかは、今日に至ってもまだ明らかになっていない、という正確な認識を、全国民が共有しておくべきと思います。

では、どうしたら感染者数の実態を知りえるのか。

私がいま一番知りたいのは、一般の病院などで実施された(感染の有無を調べる)PCR検査や抗体検査の結果です。

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米ホワイトハウスと疾病予防管理センター(CDC)が発表した回復へのガイドライン。段階的アプローチにおける第1の前提は、「最新のデータ」に基づき準備を進めることとされる。

出典:White House/Centers for Disease Control and Prevention (CDC)

慶應義塾大学病院が、新型コロナウイルスの症状が出ていない入院予定の患者に対してPCR検査を行い、約6%の人に陽性反応が出たとの結果を出していますが、そういうデータこそ参考になると思っています。

また、日本でも大阪市立大学や神戸市立医療センター中央市民病院など、独自に抗体検査を行うところが出てきていますが、感染の状況を知る上で良い方法だと思います。民間も含めて各所から上がってきたデータを突き合わせて考えないと、感染者の割合を正しく推定することはできません。

単に陽性者数を検査人数で割っただけの「陽性率」が示してくれるものはそう多くない。それより、一定人口あたりの感染率でもいいし、病院など特定施設内での感染率でもいいから、感染の広がりが具体的に見えてくるデータがほしい。

そうしたデータには当然バイアスがかかりますが、数さえ何とかなれば、患者の属性、年齢、既往歴といった感染率に影響を与えそうな要素(交絡因子)は、ある程度調整できるから問題ありません。

そうやって実際の感染率がわかってくれば、いま使っている(予測のための)数理モデルの妥当性を検討して、精度の改善を図ることができるでしょう。ただし、数理モデルではある程度の感染率を想定し、それを前提に計算していて、感染者数が新たに報告されるごとにモデルを調整しているので、完全なデータではないことに注意せねばなりません。

緊急事態宣言を解除する上で最も重要な指標は、リアルタイムの「実効再生産数」(感染者1人が次に何人感染させるかを示す数値、世界では「R」と呼ばれる)です。数理モデルによって予測された数字ではなく、実数に限りなく近い感染状況がわからなかったら、解除に踏み切るリスクは大きい。それを把握するためには、結局、検査をしまくるしかないんです。

「抗体検査」がもたらすもの

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上のホワイトハウス/CDCガイドラインの前提となる「事前準備に関する国の中核的責任」の項にも、「症状を示している個人が安全かつ効率的なスクリーニングと検査を受け、陽性判定の場合に接触履歴を追跡できる体制を整えること」が真っ先に記されている。

出典:White House/Centers for Disease Control and Prevention (CDC)

検査数を増やすという文脈で言えば、抗体検査に精度の問題があるとか、民間製品の品質に問題があるとか、日本ではさまざまな指摘が出ているようですが、こればかりはやってみなければわからない面もあります。

精度の検証はもちろん必要です。しかし、それもやってみないことには何もわかりません。年齢や性別、疾患の有無ごとの感染割合など、何かわかることがあるかもしれない。例えば、日本でいま実施しようとしている、献血時の血液を使った抗体検査であれば、無症状の健康な一般の方々がどれくらい感染しているのかがある程度わかるかもしれません。

まずは、医療従事者など感染リスクの高い人を対象に、そして、一般人口のサンプルである程度の数を確保しながら、抗体検査を早急に行うべきです。

本当に正確な意味での「完全なデータ」は手に入りません。だからこそ、断片的なデータでもいいから、より正確に実態を把握するための情報ができるだけ多く必要なのです。抗体検査がその有効な一手段であることは言うまでもありません。

オフィス街

撮影:今村拓馬

今回、5月末まで緊急事態宣言を延長することが決まりましたが、今後日本が歩む道は、6月に宣言を解除してまた感染者が増えたら宣言を出して……とくり返すことで徐々にウイルスを鎮圧していくか、あるいはそうしたくり返しを避けるため、徹底的に検査を行って隔離していくかの、どちらかになるでしょう。

私としては、さまざまなメディアのインタビューでも言っていることですが、少なくとも1日数十万、数百万単位はさすがに無理かもしれませんが、検査を徹底する方向しかないと考えています。出口戦略の「一丁目一番地」は検査の拡大です。

緊急事態宣言を解除すればすべてが終わるわけではありません。規模感はともかく、新型コロナウイルスの流行はこれからも続きます。アメリカを見ていればわかるように、ロックダウンはどうしても経済的に疲弊する。だから、「命か経済か」の選択ではなく、どちらも守る方法がないかオプションを議論すべきです。

そのために、いまこそできるだけ多くのデータが必要なのです。

(構成:三ツ村崇志、編集:川村力)


渋谷健司(しぶや・けんじ):東京大学医学部卒。1999年、ハーバード大学公衆衛生大学院で博士号取得。世界保健機関(WHO)シニア・サイエンティスト、同コーディネーターを経て、東京大学大学院医学系研究科国際保健政策教室教授。現在は、英キングス・カレッジ・ロンドン教授、ポピュレーション・ヘルス研究所長。WHO事務局長上級顧問、CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)科学諮問委員を務める。

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