撮影:三木いずみ
コロナショックによる「在宅シフト」で、会社と個人の関係や働き方が問われている。
経営・マネージメント層に、新たに気づいた課題を聞くシリーズの第2回目は、LinkedIn(以下、リンクトイン)の村上臣・日本代表。
本社はアメリカにあり、各国に社員がいるグローバル企業のため、コロナ前から「会社に行って、リモートワークをしていたようなもの」という村上さん。リモートワークがうまくいかないとしたら、メンバーではなく、マネージメント層に問題があると断言する。
webカメラは画質重視で、正面、斜め前、斜め後ろの3カメラ構成。上は斜め後ろのショット。
提供:村上臣
在宅シフトしてから、自宅の僕の机まわりは完全にYouTuber状態です。外部マイクを取りつけたり、webカメラを高性能の一眼レフに変えたり。正面、斜め前、斜め後ろと3方向で俯瞰できる3カメ構成にして、画面スイッチもできるようにしました。
いや、やり過ぎと言われますが、これくらいやらないといけないと思うんですよ。
冗談ではなく、「全管理職、一人YouTuber時代が来る」とわりと本気で思っているので。すでにYouTubeのチャンネルも作り、ちょっと苦手意識があった動画編集も、通勤時間が減った分の時間で勉強し直し中です。
役員たちは「芸人か!」というぐらい話がうまい
なぜ、管理職がYouTuberなのかというと、リモート環境では、コミュニケーション能力やナラティブ(語り)のスキルをより求められるからです。コミュニケーションの場面が限られる中で、メンバーの気持ちを引きつけ、ゴールに向けて引っ張っていくには、それこそ、管理職は人気YouTuber並みの話力が必要。
実際に、常日頃からテレカンファレンスでリモートワークをしている、いわゆるグローバル企業のエグゼクティブは、むちゃむちゃ話がうまいんですよ。
リンクトインの役員もみんな「芸人か?!」というぐらい。CEOのジェフ(Jeffrey"Jeff" Weiner)は一番すごくて、もう完全に『サタデー・ナイト・ライブ』。「あなた、今日からバラエティー番組に出られるよね?」というくらいのスムーズな進行と軽やかなトーク!誰よりも、リモートで各国メンバー相手に話しているからでしょうね。
直近の自宅の机まわりの様子。在宅シフトしてから、何度か場所ごと変えるなど工夫を重ねている。
提供:村上臣
オフラインでのコミュニケーション、プレゼンや指示は、何だかんだ一歩通行でも何とかなった。でも、リモートでは双方向が基本。ファシリテーションやモデレーションも含めたコミュニケーション能力が必要です。
場面が限られている分、「常に、正直にどれだけ腹を割って話せるか」も大事。そういうコミュニケーションができるかどうかがリモートでの仕事のスピードや質を決める。だから、僕もYouTuberにならなくてはと思うんです。もはや、あとは配信を試すだけ。
でも、日本の管理職のリモートワークは違いますよね。先日、Twitterでも話題になって、ちょっと絶句したのですが、監視ツールで1日中社員を監視する。それが、リモートでのマネジャーの仕事としてテレビで紹介されていた。社畜どころか、家畜じゃないですか……悲しい。
どうしてああいうことが起きるのかというと、リモートワークでマネジャーは「何をやったら、いいかわからない」からだと思う。リモートワークをしたこともないし、オフラインでも監視以外やったことがない。リモートワークは、メンバーよりもマネジャー側に課題が大きいとつくづく思いました。
マネジャーが最新ツールを最も使いこなすべき
名刺を読み込める背景を自作。メンバーにオンラインでの営業ツールとして配った。
撮影:三木いずみ
マネジャーの課題というと、ツールの問題もあります。すでにクラウドを含め、リモートワークをする上で、さまざまな便利なツールは存在している。でも、上司がそれらのツールを使えないと、メンバーもリモートワークをしたくてもできない。例えば、「部長がZoomに入れない」から、若い子がサポート役をしなければならず、逆に仕事が増える、みたいな。
組織としてきちんとリモートワークを回すには、マネジャーが最新ツールを一番使いこなせなければいけない。その意味でも、僕は動画編集を勉強し直しています。正直苦手だし、若い人の方が得意だろうと思いますが、僕が使えないとみんなも使えない。
新しいツールといえば、感染の恐れもあるし、オンラインでは名刺を渡せない問題が浮上しているので、「QRコードの名刺を読み込める背景 」も自作してみました。SlideShareで公開して、みなで使えるようにしています。
今回のことで、日本でも、ようやくソーシャルメディアのビジネス利用が本格化するでしょう。それに備えて、僕自身のスキルもアップデートしないと、と思っています。
一方で、「学びをいかに効率よくしていくか」を考えることも必要。リモートワークのための学び直しの多さに嫌になって、挫折しないよう、企業もきちんとケアしていく。今までDX(デジタルトランスフォーメーション)が進まなかったのはまさに、マネジャーに対してこの部分のケアが足りなかったから。
リンクトインでも、「LinkedIn ラーニング」というeラーニングのサービスを提供していますが、今、リモートでのコミュニケーションや評価方法など、ソフトスキルを含めた「リモートワークの仕方」のコースが大人気です。1月と4月を比べ ると、LinkedInラーニングへのアクセスは3倍にもなりました。
猫か仕事か。部下の頭を占めていることを知る
好きな料理をする時間が増えた。出張できないので、シンガポール出張時の楽しみのバクテーを手作り。
提供:村上臣
リンクトインジャパンは2月末には原則、在宅勤務になりました。米国本社にはグローバル・セキュリティチームが設置され、各国オフィスの状況を赤黄緑で色分け。危機管理をしつつ情報をまとめて、僕らカントリー・マネジャーに教えてくれます。僕からも「今、日本はこういう状況だから、勤務体制は自由選択じゃなく、原則在宅にすべき」など情報を返す。
幸い、コロナ前からリモートに強い環境は整っていました。子どもが生まれたばかりの営業担当の男性社員が、2カ月ほど在宅勤務しながらトップの成績を保っていたり。僕自身もオフィスで午前中はアメリカとのテレカン、午後はアジア地域のマネジャーたちとずっとオンライン。オフィスでリモートワークをしているようなものでした。
現在ジャパンのチームは、各部署で1日1回、メンバーの進捗状況をキャッチアップする時間を設けています。あとは、息抜き的に僕の主催で「オンライン・コーヒータイム」や「オンライン・ランチ会」、「リモートハッピーアワー」と試してみたのですが、今のところ、一番集まりがいいのは、午前10時半から1時間のコーヒータイム。お昼は家庭の事情で時間がまちまちだし、午後は顧客と仕事のパターンが多いので、この時間が意外と良かった。
社外のゲストをオンラインで呼んで話してもらうなどもやってみようかなと予定しています。もともとみんなで楽しむIn Dayの文化があるので、オンラインでもみんなで料理したりしている国もあります。
ただし、オフラインならメンバーの顔色を見て、精神や身体の不調に気づき、すぐに休ませたりする対応がその場でできますが、ストレスをため込んでいるのに気づけないということはある。困難やチャレンジがあった時に、すぐサポートできるよう、まだ工夫しないと、とも思います。
プライベートと仕事、両方のニュースを報告
リンクトインは、各国で社員のためのアクティビティをオンラインで実施中。写真はウェブ料理教室。
提供:リンクトイン
これまで僕の教わった、経験から身につけたリモート・マネージメントの原則は、まずは「お互いの信頼感の醸成」。これがないと始まらない。いざというときに助けられない。助けるには、何でも言える環境関係をマネジャーが作らないといけません。
そのために、本来、1on1がある。1on1だとよく、助けるどころか、"激ツメ大会"になってしまうと聞きますが、これは上司の質問の仕方が完全に間違っている。
僕は、オンラインでも1on1は「Top in my mind」から始めます。要するに、「今、何が一番気になっているのか?」を聞く。
答えるほうは、仕事でもプライベートのことでも何でもOK。「実は、うちの猫の具合が悪くて……」でもいい。今、最もメンバーの頭を占めてしまっていることをちゃんとマネジャーが共有し、把握するために1on1がある。心配ごとで頭のメモリーを食ってしまうと、仕事どころではなくなるのが人間です。
リンクトインでは、僕らカントリーマネジャーも経営会議で上司相手に同じようなことをやっています。会議の冒頭で、プラベートと仕事、必ず両方のニュースを報告する。「事業の課題はこれで、今、ここまで進んでいる」と報告する一方で、「先週は息子の宿題を見なきゃいけなくて、すごい大変だった……」とか。
両方を聞いたうえで、上司は「自分が手伝えることがあるか」を考える。信頼を育むには、「これをやれ」じゃダメ。メンバーのタスクを、どれだけゴールに向かって、期限通りにできるようにするか。何でも相談できる関係を作ったうえで、お互いのゴールを握る。そこのイメージさえ合っていれば、信頼関係は作れます。
在宅シフトで、オンラインでトレニーングを受けることに。「1人だと追い込めないので、効果抜群」。
提供:村上臣
信頼関係は問題ないけれども、リモートになったとたん、勝手が違って結果が出せないという悩みも聞くのですが、これも結局、マネージメント側の問題。日本の雇用に体系だったスキルトレーニングの枠組みがないからです。「配属決まったら、後は先輩の言うこと聞いてください」で終わり。
リモートで結果がでないのは、実は、スキルをちゃんと教えられていなかった証拠。アメリカはジョブ型なので、スキルトレーニングも結果の評価も基準が明確です。
コロナ禍には波があるかもしれません。自粛が解除されたと思ったら、第2波が来て、再び、ロックダウンになるかもしれない。オフィスに通うのが前提ではなくなる。そこに慣れないといけない。
そして、オフラインでもオンラインでも仕事ができるよう、状況に応じて、ワザを切り替えていく。
僕はもちろん、働き方の引き出し方を全員が増やさないといけません。
(文・三木いずみ)
村上臣(むらかみ・しん):青山学院大学理工学部物理学科卒業。大学在学中に仲間とともに有限会社「電脳隊」を設立。2000年8月、株式会社ピー・アイ・エムとヤフーの合併に伴いヤフー入社。2011年に一度退職後、再び2012年4月からヤフー執行役員兼CMOとして、モバイル事業の企画戦略を担当。2017年11月に6億9000万人が利用するビジネス特化型ネットワークのリンクトイン(LinkedIn)の日本代表に就任。複数のスタートアップの戦略・技術顧問も務める。