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新型コロナウイルス感染拡大を受け、閉鎖された世界各地の学校が再開・オンライン化を模索している。
感染者数100万人超と世界最多のアメリカの中でも特に深刻な状況にあるニューヨークは、公立校の6月学期末までの閉鎖とオンライン授業の継続が決まった。
州内や近郊にある日本人向けの小学校も相次いでオンライン化に舵を切った。IT教育の進むアメリカといえども、慣れないパソコン越しの指導に試行錯誤しているのは、日本と同じ。それでも、教師陣は手応えをつかみ始めている。
オンライン授業開始から1カ月余り。各校で見えてきた成果や課題を日本の教育現場に生かそうとする動きも増えてきた。
今も続く試行錯誤、毎回アンケート
ニューヨーク補習授業校のWebサイトより。
出典:ニューヨーク補習授業校
「はーい、おはようございます。みんな見えてるかな?」
先生の声が響いたのは賑やかな教室……ではなく先生の自宅の部屋だ。
1962年創立のニューヨークで最も古い補習校「ニューヨーク補習授業校」は、3学期制で日本語による授業を土曜日のみ行い、運動会、七夕といった日本の行事や教育制度を重んじる校風で知られている。
市内クイーンズ区のLI(ロングアイランド)校と、市の郊外にあるW(ウエストチェスター)校に幼児部の園児から小中高の児童・生徒まで計約730人が通い、50人弱の先生が教える。
3月中旬以降、感染拡大に伴う州内公立校の閉鎖、そしてオンライン授業への移行と事態が目まぐるしく変わり、子ども、保護者、学校、それぞれが対応に追われた。PC環境が整っていない子どもには、市が端末を貸し出すなどの措置も取られた。
タブレット端末の貸与をニューヨーク市に申請する画面。
筆者による画面キャプチャー
補習授業校も対面の授業ができなくなり、4月3日からオンライン化に踏み切った。従来は地元の中学校や高校の教室を借りて授業しており、オンライン授業は想定していなかった。
片山隆校長は「最初は大変でした。多くの先生がまだ機器の扱いに慣れなくて……」と初めてのオンライン授業の戸惑いを振り返る。ネットの接続の問題、発言者の切り替えなど細かい操作一つひとつに手間取ったという。
小学校は午前9時から授業が始まり、1コマ40分、国語、算数、理科、社会などの科目を中心に、先生は自宅から児童に呼び掛ける。
「試行錯誤で、走りながら考えている状況です。でも何とか1カ月、4月は4回の土曜日を乗り越えました」(片山校長)
土曜の授業が終わるたびに各家庭に授業内容や子どもの様子を尋ねるアンケートを取っており、「おおむね好評」との結果が出ている。
当初操作性に対する不満が聞かれたが、回を重ねるごとにそうした声は減ってきた。
子どもたちは普段、平日は州内の公立校に通う。新型コロナの感染拡大下でも、閉鎖措置に伴うオンライン授業を平日すでに数多くこなし、高学年以上はそれ以前からテクノロジーの授業でZoomやグーグルの教育向けサービス「Classroom」の操作に慣れていた。こうしたことも手伝い、順応するのは早かったようだ。心配されたセキュリティーの問題も発生していない。
「授業の進行ペースは対面の場合の半分でいい」
高校の教室を借りて行う以前の補習授業校の様子(2019年2月撮影)
撮影:南龍太
操作などの技術的な問題は解決に向かう一方、授業の質、指導内容に対する要望はより長期的な課題として残る。
ただ、前出の片山校長は「先生方には『対面の場合の半分のペースでいいですよ』と伝えています」と話す。
「現状、対面で行う授業のクオリティーは出せない」として、まずはオンライン授業を軌道に乗せることを重視し、やりながら、問題が出てくれば都度改善していく構えだ。その点は保護者にも理解を得つつ進めている。
一方、課題も見えてきた。
対面であれば、教室内を先生が見回って解答に悩んでいる子、よくできている子、落書きをしている子に声を掛けたり、褒めたり、注意したりできるが、「オンラインだと子どもたちの手元が見えないし、反応が分かりづらい」といった難点を痛感している。
そのため、画面上の表情、仕草からできるだけ気持ちを汲み取り、「○○○さん、分かるかな?」とより多めに声をかける。授業が一方通行とならないよう双方向、対話をしながらの進行を心掛け、置いてきぼりの児童が出ないよう一層の目配りをしている。「半分のペースでいい」との指導にはそうした意図が込められている。
補習授業校が毎週実施している実際のアンケート。毎回のアンケート実施をしている。
筆者による画面キャプチャー
直近のアンケート結果によると、児童らの7~8割はオンライン授業を高評価。ただ、先行きが見えない状況に不安感は募る。1学期に予定していた行事は縮小や延期を余儀なくされており、「残念ながら入学式らしい入学式もできていませんし、運動会は秋に……できるかな」と片山校長の心配は尽きない。
オンラインで入学式をした事例も
ニューヨーク日本人学校のオンライン入学式の様子。
ニューヨーク日本人学校提供
1973年にクイーンズ区に創立された「ニューヨーク日本人学校」(移転して現在はコネティカット州にある)もまた、1学期に実施するはずだった運動会を2学期に延期した。
ただ、入学式は「制約はあるものの、できる限り通常の流れに沿って行いたいと考えています」と入念に計画を立て、4月21日にオンラインで行った。
工夫したのは、事前の「保護者の皆様へのお願い」の周知だった。
- 服装は、代表児童生徒、入学式に参加される1、7年生は正装またはそれに準ずる服装でお願いします
- カメラ機能をONに、マイクはミュートにしてください
- 必ず名前を、児童生徒名または保護者名にしてください
- 式の途中での出入りは控えてください
こうしたことを周知し、できる限り例年通りに進めた。
相澤順校長が「このような困難な状況の中にあっても、自分たちにできることを考え、家族や先生、周りの人たち、そして自分自身がSMILEでHAPPYになれるよう実践していってほしい」と言葉を贈ったほか、「新入生に少しでも雰囲気を味わってほしい」と2019年の入学式の写真を画面に映し出すなどし、臨場感の演出に努めた。
「一人一人名前を読み上げると、子どもたちが大きな返事をしてくれました」と学校側は感慨深げだ。早期の学校再開を願いつつ、オンライン授業に取り組んでいる。
オンライン授業は「1クラス10~20人」が良い?
カメラ越しに授業するニューヨーク育英学園の竹山輝先生。
ニューヨーク育英学園提供
ニューヨークや隣のニュージャージー州で全日制や週末の日本人学校を運営する「ニューヨーク育英学園」も、在籍する800人ほどの子どもを対象に、オンラインに切り替えて1カ月が過ぎた。徐々に手応えをつかんでいる。
「オンライン授業は(通信環境など)現実的な問題もありますが、やらないよりはやった方がいいと思います」
休校が続く日本の教育現場に関し、そう実感を込めて話すのは大村功教頭。
ニューヨークの公立校でオンライン授業が始まった3月下旬ごろから、ニューヨーク育英学園でも大急ぎで準備を進めた。4月に入り、まずは国語、算数、理科、社会の基本科目からオンライン授業をスタートし、音楽や書写、体育など段階的に対象科目を広げてきた。
小学部の中村健人主任は、
「オンラインだと教師がずっと話すだけの授業になりがちですが、双方向性を重視して子どもたちが発言したり、話し合ったりとしっかりできています」(中村主任)
「体育の授業なんかは子どもたちが親や兄弟姉妹を引っ張ってきてみんなでやったりして。一体感が生まれてすごくうまくいっている」(同)
と自信を見せる。
書写など文字通り「手助け」するのがオンラインでは難しい科目もあるが、やり方次第だと前向きに捉えている。
先生たちは原則自宅から授業を行っている。全日制の小学部の場合、午前8時50分から始まり、1コマ30分、1日5コマを行う。1クラスの児童数は10~20人程度と比較的少なく、担任の先生とより密なコミュニケーションを取れるようになっている。
課題の1つは、対面の授業の時にはあったテンポの良い掛け合いや盛り上がる瞬間が生まれにくいこと。「子どもたちの反応が瞬時に分からない。授業の盛り上がりやフィードバックが、先生たちにとってより良い授業を行うモチベーションでもあるので、そこをどう改善していくか」(中村主任)
また、先生によって端末操作の得手不得手に差があり、授業の進捗にも影響している。
これらの成功談や課題を踏まえて、マニュアルの作成も順次進めている。
オンライン授業は対面より準備が大変
パソコンを通じて子どもたちと対話するニューヨーク育英学園の中村健人主任。
ニューヨーク育英学園提供
ニューヨーク育英学園には、この2カ月あまりで蓄積したノウハウについて、「話を聞かせてほしい」といった問い合わせが、日本の学校や教育委員会から増えている。中村先生が200人近い教育関係者を前にパソコンに画面越しに講演し、予定時間をオーバーしても次々と質問が出るほどに盛況だった。
「オンライン移行前は、通信(環境)とか個人情報のトラブルも心配されましたが、恐れていても何も進まない。とりあえずやってみたというのが本当のところ。その結果、すごくうまくいったと思っています」(中村主任)
同校の大村教頭も「子どもたちに教育の機会をしっかりと設けてあげられるように。協力は惜しみません」と事例紹介などの依頼に応えていく。
前出のニューヨーク補習授業校も、北米を中心とした他校と連携し、オンライン授業で得た教訓などを共有している。
先生たちからは「オンライン授業は、対面の場合よりも準備に手間取る」といった声が多いそうだ。例えば理科では、児童が実験器具を触ったり、においを嗅いだりできないため、見せ方をより工夫しないといけない。また資料を各児童に印刷してほしい場合、家庭に負担を掛けるし、そもそもプリンターがない家もあり、学校側は頭を抱える。
一方、子どもたちからは「対面の場合、授業中にクラスメートがどんな顔しているかなんて分からなかったけど、オンライン授業ではそれが見えて新鮮」といった感想も寄せられている。
教師も児童も、試行錯誤の連続だ。
走りながら考える。子どもたちの成長は待ってくれない
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これらの日本人の学校に限った話ではないが、「この非常事態がいつまで続くのだろう」と先生、保護者、そして子どももみな不安を抱える。
取材していた5月上旬、ニューヨーク州内の学校は学期末まで閉鎖され、オンライン授業が続くと決まった。少なくとも9月までは、実際に教室に集まることはできない。応急的に始まったオンライン授業の不便さを、最初は受け入れていた家庭も徐々に不満を募らせていると聞く。
一方で新規感染者の減少傾向を背景に、ニューヨークではクオモ州知事が営業の条件を業種ごとに示すなど、経済活動が再開していく兆しも見え始めた。ただ、日本の状況と同様に、子どもが家で授業を受けている限り、当面外で働けない保護者も相当数いる。ジレンマを抱え、保護者らのストレスも積もりに積もっている。
文部科学省が公表した調査結果(4月16日正午時点)では、「休校中」などの措置を取っていた全国1213自治体のうち、先生と児童・生徒が対話するような「同時双方向型オンライン指導」に取り組むとしたのは5%の60自治体にとどまった。
文部科学省「新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に関連した公立学校における学習指導等の取組状況について」より抜粋
出典:文部科学省
低水準の背景には、タブレット端末などの未整備があり、補正予算に盛り込まれた全小中学生への配布の実現が急がれる。
降って湧いた教育の大きな変革期、今は序の口だろう。指導方法の是非や、画面を長時間見続けることによる目への影響など論点はごまんとある。
それでも、対応を急がなければならない。子どもたちの成長は早い。
(文・南龍太)