オンライン授業への対応に追われているのは、日本だけではない。アメリカでも教師たちの試行錯誤は続く(写真はイメージです)。
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アメリカでは新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、多くの州で3月中旬から自宅待機が続いた。今徐々に外出は解禁されたが、多くの州では学校閉鎖は6月下旬に始まる夏休みまで延長された。
すでに2カ月以上続いてきたオンライン授業がさらに続き、9月の新学期まで学校は再開しないことになる。
オンライン授業がスムーズに始まり、定着しているかに見えたアメリカだが、全面的なオンラインへの移行はスムーズだった訳ではない。教師や学校現場ごとに急遽話し合い、試行錯誤しながら手探りでやってきたのだ。「学びを止めない」という一心で。
以下は、その仕組みを立ち上げた教師たちのレポートだ。
足りないiPadやパソコンは「寄付」で
「オンライン授業が始まって2週間は、ほとんど眠れなかった。アートの教師になって20年間、そんなことやったことなくて」
と話すのはジェイニー・シェクさん。ニューヨーク市のチャイナタウンにある公立校(保育園、幼稚園、小中学校)で、中学2、3年生を教える。
3月7日にニューヨーク州で緊急事態宣言、3月11日から学校閉鎖と聞いて、校長から教師まで何をすべきか分からずショックを受けた。ニューヨーク市からは、「授業と給食の提供は続けること」という通知だけ。生徒の父母は「パニックになって、eメールが殺到した」(シェクさん)。
校長が音頭を取り、ITに詳しい教師中心で3日間、教師が集まってYouTubeでオンライン授業について学んだ。ITに詳しければ友人の友人まで頼りノウハウを集めると同時に、生徒に配るiPadやパソコンを校内や寄付で集めた。
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シェクさんがオンラインでアートを教えるには、いくつもハードルがあった。
各家庭に画材があるわけではない。鉛筆とノート・用紙だけを使うことにした。マスクを作る授業をしたが、裁縫ができる父母や生徒ばかりではない。ホチキスを使ってみたが、ホチキスがない家庭もあった。
さらに教師たちは自宅から授業をするため、1人暮らしのシェクさんの場合、自分がデッサンする手元をビデオで撮影してくれる人がいなかった。なかなかうまくいかず、今でも何時間もかかる。
Google Meetを使い、自分で作ったビデオを見せて課題を与える。チャットで来る質問に対応すると同時に、課題を送ってきた生徒にはすぐにアドバイスや採点を与えなければならない。
学校では画材などが揃っていたため、1日のうち異なる学年を教えることも難しくなかったが、限られた道具では一人ひとりへの気配りや監視が必要になる。他の先生と調整し、同じ学年の授業を1日に集めるなどの工夫もした。
チャイナタウンにある学校のため、英語が得意ではない父母のためのガイドや指示を中国語に訳すのにも時間がかかった。
「自分の声を録音したり、顔をビデオで撮影したりする経験も初めて。ビデオ編集も独学した」
YouTube上にすでにアップされているアートの授業を見せることもしてみたが、その後に与えた課題の結果を見ると、YouTubeでは生徒の集中力が、落ちたことが分かった。
やはり、知っている教師とのコミュニケーションが必要だと痛感し、自撮りビデオに戻った。
顔が見えない中、生徒の精神状態を知るために、シェクさんは生徒たちに日記をつけさせて、提出してもらっている。新型コロナに感染した家族がいる生徒を把握し、これまでのようにeメールで個別に父母と連絡を取り合うためだ。
「今大切なことは、吸収力がある若い脳をいろいろな学びや経験で満たし続けること。父母も在宅勤務となり、ロックダウンでストレスを感じているのを、子どもははたから見て感じるわけで、そういう時に何かやらせることを与えるのは、家族全体のストレスも減らせる」(シェクさん)
4日間でオンライン授業のハブを構築
シェクさんが経験したオンライン授業への急速な移行は、自宅待機令を発令した全米の州で起きた。だが、学校や学区、自治体によって取り組みはさまざまだ。
自治体の教育長や教育者がメンバーで、低所得層やマイノリティの生徒を支援する非営利団体(NPO)、チーフス・フォー・チェンジのまとめによると、各地で以下のような取り組みがある。
・学習に必要なペーパーなどを給食をピックアップする時に同時に配る(オハイオ州)
・学習に必要なペーパーや本をリュックサックに入れて配布(複数の州)
・地元放送局と提携し、授業を毎日一定時間、英語とスペイン語で放送する(テネシー州)
・オンライン授業の科目ごとカリキュラム・採点方法をデジタル化し、教師がウェブサイトでチェックできるサイトを構築(カリフォルニア州)
学校だけでなく、さまざまな企業がオンライン授業を支援(写真はイメージです)。
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教育熱心で知られるカンザス州のローラ・ケリー知事は3月16日から、「教育システム全体の安全のため」として、公立・私立学校の校舎への立ち入りを全米で初めて禁止した。給食は、校舎の外に設置したバンやテントで提供している。
「その直後、州内の教育者や教育機関幹部が40人オンラインで集まり、4日間で、オンライン上に授業方法、学習素材などを提供するハブを作った。生徒、父母、教師が安心できる環境を作りたかった」(同知事、ニュースサイトAxiosのオンラインイベントでの発言)
コロラド州、オハイオ州など全米5州も同様のハブを立ち上げた。
全米で1万校が登録した学習ソフト「Classkick」
ClassKickは作文の添削をタブレット上にすぐに書き込めるので、黒板を使っているような感じで対応できるという。
企業の中にも、通信会社や教育関連ソフト会社などオンライン授業を支援する動きがある。
オンライン授業ソフトウエアのクラスキック(Classkick)最高経営責任者(CEO)、アンドリュー・ローランド氏は、3月に各地で学校が閉鎖されて以降の反響に驚いている。
もともと病気など事情があって登校できない生徒のためにオンライン授業ソフト「Classkick」を全米の約1万校に提供していた。しかし、ロックダウンが始まって3月30日までの2週間に全米7000校が同社システムに登録した。
急遽、有料版「プロ」(1499ドル、生徒2000人に対応)を無料にしたところ、さらに3000校から申し込みがあった。生徒数にして計数百万人に上る。同社の社員は、「プロ」が各校に行き渡るように2日以内にサーバーを増強した。
Classkickでは教師側がタブレット端末を使い、生徒に課題や宿題を送る。生徒はパソコンやタブレット上で、計算や作文などの課題を提出するが、教師はそれを一覧し、個別にアドバイスやヒントをタブレット上に指で書き込んで即時に答えることができる。音声入力のチャットや「がんばって!」といったスティッカー送信、ビデオ、音声にも対応している。
現在、全米で最も使われているオンライン学習用のソフト「グーグル・クラスルーム(Google Classroom)」は、時間割と課題や宿題のリストを生徒に送信し、生徒は他の文書ソフトなどを使ってキーボードで答えを書いたのち、グーグル・クラスルームを介してファイルを先生に提出する。しかし、Classkickではこのやり取りが全部一つのソフトの中で完結するという。
「まるで、黒板を使ったり、先生が生徒を見回ったり、教室内で起きていることのコピー機みたいにオンライン上で動くので、教師も生徒も直感的に使うことができる」(ローランド氏)
Classkickを使う教師アンソニー・ロンバルド氏(オハイオ州、小4の算数担当)はこう語る。
「僕ら教師はこれまで、子ども達の生活の中心で頼りにされる存在だった。それが急に自宅待機になり、僕らがいなくなる。子ども達はそんなことに慣れていない。だから、彼らのために授業は続けなくてはならない」(ロンバルド氏)
業者が無料でWi-Fiを提供
オンライン授業の難しいところは、生徒とのコミュニケーションをiPadに書いたり、チャットしたりなど、教室にいる時よりもコミュニケーションに時間がかかることだ(写真はイメージです)。
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ロンバルド氏が勤める小学校は、3月14日に閉鎖、18日からオンライン授業を始めた。
「短い時間で、オンライン授業をやれと言われ、15日から学校に教師が缶詰になってやり方を教え合った。慣れるのに時間がかかるし、すごく大変だった」(ロンバルド氏)
生徒がインターネット接続環境を持つことも重要だ。
「学校閉鎖が発表された際、教育委員会や学校からケーブルテレビ(CATV)事業者にメールして、生徒の家に無料でWi-Fiサービスをインストールするように要請した。それでも、僕の生徒の1人が3週間も授業に参加しなかったので、校長が自宅を訪ねてWi-Fiの手配をした」(同)
ミシガン州にあるハドソンビル高校の化学教師のダグ・レイガン氏たちも、まずはWi-Fiの提供に動いた。教育委員会から生徒の家庭にWi-Fiの申し込み書式が送られ、インターネット接続業者が無料提供したという。
それでも心配は尽きない。
「高校は大学受験もある。学校が閉鎖されても、生徒の学力は向上させなくてはならない。学校が再開したら、何カ月も前にやっていたところに戻る訳にもいかない。
オンライン授業では、生徒とのコミュニケーションが教室にいる時よりも時間がかかることだ。教室では、手を挙げさせたり質問させたりすることで、生徒の顔色や調子も分かるが、それも不可能だ」
日本の補習校では大混乱
日本の多くの公立校ではオンライン授業への移行が進んでいないことが問題視されているが、アメリカでもこのコロナ禍で急遽立ち上げたところが多いのだ。だが、日本との大きな違いがある。
アメリカの場合、公立校の教師や職員には教育委員会のドメインのメールアドレスが与えられ、父母との連絡はホームページやメールを通じて行われている。教育委員会からの連絡も、教師を通して、父母に一斉送信で素早く届くようになっている。
同じアメリカでも、都市部の日本語補習校では4月、春休みが空けて最初のオンライン授業で大混乱が起きた。補習校は、日本人家族の子どものために土曜日に日本語で授業を受けるために設置されている。
コロナ禍が収束しても、オンライン授業は定着していくのだろうか(写真はイメージです)。
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ニューヨークにある日本人補習校の生徒を持つ父母からはこんな声を聞いた。
「以前から父母への連絡がメールや(アメリカではほとんど使われていない)LINEなどとバラバラで、先生ごとに送り方も違うので、Zoom授業についてのお知らせが送られてない家庭もあった。うちは送られてきたものの、何の科目をするのか朝になってもわからず。当日Zoomで接続したら、先生も慣れていなくて、全員がつながるまで1時間もかかった。もう大パニック!」
「『これを見てください』とiPadで黒板を見せるけど、左右が逆になっていて何が書いてあるのかもわからない、という状態」
ニューヨーク市は9月の新学期から学校を再開するとしている。まだ先のことだが、課題は多い。ニューヨーク市のビル・デブラジオ市長が記者会見で指摘しているのは以下の点だ。
・夏休みの間に、オンライン授業で落ちこぼれた生徒らの遅れを取り戻すプログラムを作成する
・学校再開の際、地下鉄を使って通う生徒と同伴する大人が感染するリスクをどうやって防ぐか対策を立てる
・2次・3次感染が起きた場合、速やかにオンライン授業に移行する仕組みを作る
前出のAxiosのイベントで、子どもの教材をオンラインで提供しているコモン・センス・メディアCEOのジム・ステイヤー氏は「9月の新学期に生徒が全員顔を会わせることができれば、教師も誰が新学期に準備ができていなくて、誰ができているか一度に分かるので、そこから対策を立てることができるのが、唯一の救いだ」という。
しかし、果たして9月に学校再開ができるのかがまだ不透明な中で、教師や自治体、そして父母の試行錯誤は続く。
(文・津山恵子)