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新型コロナウイルスをほぼ封じ込めた、とする中国は、消費や観光のてこ入れに重点が移っている。
世界で最初に休園となった上海ディズニーランドは5月11日に再開した。8日に始まったチケットの予約販売で、11日分は数分で完売したという。
5月1~5日の労働節の5連休は経済正常化の試金石として注目された。連休中の人出はどの程度回復したのか、そしてアフター・コロナの経済はどのように推移するのか。日本の今後を考える上でのヒントにもなりそうだ。
鉄道より自家用車での移動を選ぶ
行楽に出るときの「渋滞」「人込み」が好きな人はいないだろう。しかし中国では今、「懐かしい光景」「正常化の証」として受け止められている(すぐ嫌気がさすだろうが)。
中国は3月で自粛モードが一段落し、4月4~6日の3連休には行楽地で渋滞・人込みが発生した。4月の試運転で大きな問題が起きなかったことから、当局は5月の「行楽」を推奨した。
一方で感染拡大を抑えるため、有名観光地には入場者を最大収容人数の30%以下に抑えるよう要求。これらの観光地はオンラインでの事前予約を導入し、入場者を制限した。
交通運輸部によると、5月1~5日の鉄道、道路、海路、航空の輸送客は計1億2100万人で、前年同期比53%だった。鉄道輸送客は前年同期から60.9%減ったが、高速道路の交通量は同7.76%減にとどまり、より安全性の高い自家用車での行楽を選んだ人が多いことが分かる。
ショート動画「快手」と地図アプリの「高徳地図」が公表した「2020年労働節外出総括レポート」によると、快手に投稿された「旅行中」とみられる動画は、4月の3連休に比べて45%増えた。自家用車での移動も4月から激増したが、2019年の労働節と比べると6割の水準だ。
消費者の間でも、「外出したいと」いう気持ちと、「まだまだ怖い」という気持ちがせめぎ合っているのだろう。もちろん、職を失ったり収入が激減し、行楽どころではない人も大勢いる。
連休レジャーは「安近短」と日常の再確認
労働節5連休の初日である5月1日、北京の観光地「古北水鎮」には多くの人が訪れた。
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制限のある現在の行楽のトレンドは「安近短」「骨休め」だ。
河北省の大学院生、楊さん(25)さんは近くの農村に1泊旅行したという。女友達数人とゆっくりと過ごしてリフレッシュすることが目的で、「友達と会えて楽しかった」と話した。
大連市の会社員、白さん(24)は市内の海岸に写真を撮りに出かけた。
観光というよりは、日常を取り戻しつつあることを確認するような行楽が主流だったのかもしれない。
中国は入国者の全員隔離とPCR検査を続けており、連休中に海外に出られたら、水際対策が持たない。政府も当面は、国民に海外旅行自粛を求め、国内の経済を回してもらうことを期待している。
言い換えれば、日本はオリンピック特需が消えたうえに、2020年いっぱいは中国インバウンドを見込めないだろう。日本でも「アフター・コロナ」と経済対策が論議されるが、観光分野ではこれまでの戦略を180度変え、「近場の日本人に来てもらう」施策が必須となりそうだ。
買い物・飲食に使える消費券2900億円分発行
北京は3月終わりごろから車の通行量が増えてきた。4月8日撮影。
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日本は休業補償や給付金を巡って、もめにもめた。一方、中国は個人への給付金はない。代わりに活発化しているのが、「消費券」の発行だ。
消費券は日本で20年前に配られた地域振興券に似ているが、発行主体が地方政府で、基本的にデジタルで配布される点で、日本の地域振興券や給付金と異なる。何に使えるか、有効期限などは地域の裁量で決めやすい。アベノマスクのように手元に届くまでに時間がかかることもないし、膨大な事務手続きも必要ない。
消費券は10年前のリーマン・ショック時にも、アリババが本社を置く杭州市で導入されたが、今回はスマホと決済アプの普及でデジタル消費券が発行しやすくなったこともあり、全国に拡大した。
例えば杭州市は3月下旬、地元の商業施設などで使える16億8000万元分(約250億円)の消費券を発行した。アリババの決済アプリ「アリペイ」で受け取り、有効期限は7日間。同市はその後も小刻みに消費券を発行している。
観光・飲食だけで使える消費券を発行するなど、対象業種を選んでいる地方政府もあれば、抽選で配布するところもある。ベーシックインカムではなく、「消費活性化」が目的なので、抽選でも市民に理解はされ、むしろ楽しみとして受け止められているようだ。有効期限は1~2週間のことが多く、確実に地元にお金が落ちるよう設計されている。
商務部によると3月下旬から5月初めにかけて、総額190億元(約2900億円)の消費券が発行された。決済アプリが高齢者に至るまで浸透しているからこそできる施策であり、今後の消費刺激策の主流となっていきそうだ。
経済回復、「U字」型なら数年かかる可能性
湖北省の非公認職業紹介所で仕事を探す求人者たち。
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日本では休業補償、収入減少の救済、国民への給付金など、「遅い」と言われつつも経済対策が動き出した。
一方、中国は国民一人ひとりへの補償的な施策は日本ほど手厚くない。テナント料の減免、税・社会保険料の減免は比較的早期に行われたが、筆者が知る限り、都市封鎖された湖北省以外では、休業補償や個人への給付金は提供されなかった。日本や欧米に比べれば制限が「短期集中型」だったことや、「V字回復への期待」、つまり先行きへの楽観姿勢があったからだと思われる。
特に2月中旬までは、SARSを乗り越えた成功体験があちこちで語られ、「コロナが終われば抑えられた消費が出てくる」「今を耐えしのげば、2020年後半には回復する」という論調が強かった。
ただし、実際に経済が再開すると、「V字回復論」への識者の見解は割れている。
興業銀行チーフエコノミストの魯政委氏は5月、証券メディア「紅周刊」に対し、「中国経済は2020年4-6月に底打ちし、第3四半期(7―9月)に回復に転じ、第4四半期(10-12月)から2021年前半にかけてV字回復が続く」との見解を語った。同氏は、第4四半期のGDPが前年同期並みに回復する、と予想する。
一方、上海交通大学上海高級金融学院の王江教授は、オンラインイベントで「V字回復には至らず、より緩やかなU字回復になるのでは」と語った。
コロナ・ショックは、同じく世界を巻き込んだ「世界恐慌」(1929年)やリーマン・ショック(2008年)と比較されることが多いが、前出の2人とも、「世界恐慌とリーマン・ショックは、経済そのもののひずみが限界に達して生じた“内面の病”だが、新型コロナは原因がはっきりした“外傷”」という見立てでは一致する。
だから魯政委氏は「内臓へのダメージがなく、経済や消費を止めている間にエネルギーが蓄積されていることから、経済が再開すれば一気に回復が進む」と主張する。
一方、王江教授は、新型コロナの感染がグローバル化しており、海外の不確実性が高まっていることから、コロナ前に戻るには数年を要するとの見方だ。
王江教授は「コロナ・ショックからの経済回復は、感染をどれだけ迅速に抑制できるか、つまり政府の封じ込め対策が適切かどうかが最初の鍵となる。短期間で抑え込めれば、お金や労力を経済対策に移行するのも早くなる」と指摘した。
また、経済回復が「感染の拡大と封じ込めの効果」「経済政策の効果」「国の経済のそもそもの強さ・勢い」「世界のコロナの広がり」の4点に左右されるとし、現時点では各国のコロナ対策に国際協調が見られず、不確定要素が多いことから、中国経済も負の影響を免れ得ないという考えだ。
V字回復派の魯政委氏も、失業者問題は気にしている。
アメリカの失業者数は既に世界恐慌、リーマン・ショックを上回っており、まだ底が見えない。中国も現在はそれほど表面化していないが、SNSなどを通じて路上生活者の増加が報告されている。
感染拡大期は需要が増えたスーパーや出前アプリ企業が、飲食店の従業員を臨時雇用するなどワークシェアが広がったが、より長期的な構造転換の中で、雇用を生み出し、失業者を吸収できるかどうかも、下半期の大きな課題となるだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。現在、Business Insider Japanなどに寄稿。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。