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新型コロナウイルス対策として政府や自治体の要請でリモートワークに踏み切る企業が増えている。
とはいっても、その中には今までテレワークを導入したことのない企業も多い。また、在宅で仕事をするのも初めてという“にわか在宅勤務者”も多く「書類が持ち出せない」「通信環境が悪い」「家族や子どもがいる中で仕事に集中できない」といった混乱も起こっている。
メールだけ見て仕事していない「オジさん」も
「自宅待機」ではなく「在宅勤務」である以上、当然、職場と同じように時間管理の下で仕事をすることが求められるが、会社も非常事態とあって上司も目先の業務に追われ、部下をちゃんと管理している人も少ないようだ。広告業の人事部長は現状をこう語る。
「事業遂行にかかわる問題が相次いで発生し、幹部社員は会議やその対応に追われている状況です。そのため部下が在宅で真面目に仕事をしているのか、寝ているのか、遊んでいるのか、時間管理を含めてちゃんとマネジメントできているとは思えません。以前から“働かないオジさん”と言われていた人の中には、毎日メールだけを見て、ほとんど仕事をしていない人もいるようです」
緊急事態宣言下とはいえ、ほぼ野放し状態の企業もあるようだ。
労働基準法は在宅勤務でも適正な時間把握を求め、在宅勤務のルールや要件は就業規則などに明記し、社員をしっかりとマネージする必要がある。しかし急遽、在宅勤務に踏み切った企業の中にはルールの整備や社員への周知をどこまで達成できているのか疑問が残る。
在宅勤務の長期化で生まれる3つの労働リスク
また、ルールはあっても従来は週1〜2日、月5日程度の在宅勤務しか認めてこなかった企業も多く、これほど長期化することは想定していなかっただろう。在宅勤務の長期化によって社員の健康と安全にかかわる想定外の労働リスクが浮上している。
1.感染リスクでも労災は?
業務に付随した行為での感染か、プライベートでの感染か? 在宅勤務中の感染は感染経路が特定しづらく、労災保険の対象とならない可能性が高い。
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1つは、在宅勤務中の新型コロナウイルスの感染リスクだ。政府が要請する出勤者7割制限によって公共交通機関での移動が抑制されているが、それでも社員が感染を免れるわけではない。
社員に不要不急の外出をしないように周知していても、買い物やジョギング中など外出先での感染の可能性もある。さらに最近では、感染経路が不明な市中感染の蔓延によって同居する家族の感染による家族内感染のリスクも報じられている。
もし、本人が感染し、入院したら所得は補償されるのか。職場や業務中に病気に罹患した場合、労働災害として労災保険給付の対象になる。労災認定されると、治療費や入院費用が全額給付されるうえに休業中は賃金の8割が給付される。後遺症が残ると一時金や年金も出る。死亡すれば遺族年金も出る。これは在宅勤務でも同じだ。
ただし労災の認定は、業務に付随する行為が原因で発生した災害に限定される。プライベートな行為で発生した災害は労災と認められない。新型コロナウイルスに関する厚生労働省のQ&Aでも、
「業務に起因して感染したものであると認められる場合には、労災保険給付の対象になる」とし、「感染経路が判明し、感染が業務によるものである場合については、労災保険給付の対象になる」
と述べている。
通常の勤務であれば、通勤途上あるいは営業先や職場内での感染であることが判明すれば労災保険で補償されるが、在宅勤務中の感染は業務外とみなされ、労災保険の対象とならない可能性が高い。
そうなると入院中や自宅療養中の給与は支給されないことになる。一般的には加入している会社の健康保険から平均の標準報酬日額の3分の2の傷病手当金が支給される。ただし、仕事を休み始めた日の4日目から支給となる。
それでも労災保険の賃金8割支給よりも見劣りする。在宅勤務中の社員が感染すれば、会社にとっても風評被害のリスクが発生する一方、社員自身も所得減という負担を強いられる事態になる。
2.在宅勤務でも起こる事故は労災か?
カフェに出かけた際の災害は、果たして在宅勤務中の災害とみなされるのか。線引きは非常に難しい。
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2番目は在宅勤務中の事故の発生だ。在宅勤務であっても発生した事故は労災保険の対象になる。実際に高い棚から物を取ろうとして腰痛になったとか、仕事中にトイレに行って戻って椅子に座ろうとしたら転倒し、ケガをしたことで労災を認定されたケースもある。
しかし、在宅勤務であれば何でも補償されるわけではない。社員を管理できないまま放置しておくと、補償を受けられない人が多発する可能性もある。自宅には家族がいて仕事に集中できないので近所のカフェで仕事をする人もいるかもしれない。最近では空室に悩むビジネスホテルが昼間だけ格安で販売している「テレワーク応援プラン」を利用する人もいるかもしれない。
例えばカフェに行き、飲食物を載せたトレイとパソコンを持って階段を上がる途中で転倒し、ケガを負うこともあるだろう。あるいはカフェに向かう途中で交通事故に遭遇するかもしれない。もちろん新型コロナウイルスに感染するリスクもある。
会社がテレワークをさせる場合、仕事をする場所を明示し、さらに始業時間・休憩時間・終業時間を設定し、会社は社員の労働時間を適切に管理することが求められる。当然、自宅が就業場所になるが、カフェで仕事をする場合は上司に「午後から駅前のカフェで仕事をします」と連絡する必要がある。しかし、事前に連絡している人がどのくらいいるだろうか。
カフェに出かけた際の災害について外食チェーンの人事部長は、「就業場所は自宅が原則。たとえカフェで仕事をしますと連絡してきても、プライベートの時間とみなします。事故が発生しても業務外の私傷事故になるでしょう」と語る。
つまり会社としては労災と見なさないということだ。仮に会社がカフェでの仕事を在宅の範囲内と見なしても労災と認められるのかどうかも微妙だ。最終的に労災と判断するのは労働基準監督署だ。都内の社会保険労務士はこう指摘する。
「会社に連絡するのは必須ですが、連絡しないと上司は何も聞いていないし、見てもいないので事実関係がわからない。労基署に労災申請すれば、会社と本人に問い合わせがあり、事実関係について聴取されます。本人が仕事をしていた、あるいはするつもりだったという証拠としてカバンにパソコンを入れていましたと主張しても、本当に仕事をしたのか、どんな仕事をしようとしていたのか厳しくチェックされるでしょう」
政府の要請でとりあえず在宅勤務を命じたとしても、自宅外での仕事を認めるのかどうかのルールもあいまいな企業も多いのではないか。それによって発生する社員の安全と所得リスクが放置されている。
3.ストレス増大で疾病リスク
社員によっては“隠れ残業”で長時間労働をしている社員も。また、在宅勤務により職場とのコミュニケーションが減少し、孤独感を抱えることでストレスが生まれてしまっている。
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3番目はストレスの増大による疾病リスクだ。もともと在宅勤務が長期化すれば職場とのコミュニケーションが減少し、孤独感を抱える人が発生することは知られていた。今回はそれを上回る長期の在宅が続いている。大手企業の中には、海外現地法人の帰国組や単身赴任者が新型コロナウイルスが発生した初期の段階から今日まで、3カ月以上もホテルやアパートなどで在宅勤務を強いられている社員もいるという。
大手製造業の人事担当者もこう不安を口にする。
「ストレスが相当溜まっている社員もいます。会社としては部屋の換気や10分の休憩、2時間おきのストレッチの推奨のほか、上司によるメールや電話連絡を義務づけていますが、それだけでストレスが解消されるとは思えません」
この状態が長く続けば、最も懸念されるのがメンタル不調の疾患の発生だ。ましてや在宅勤務のルール整備や周知ができていない企業ほど長期化すれば、そうした疾患のリスクが高くなる。社員の中には“働かないオジさん”もいれば、上司の指示に忠実な真面目な社員もいる。
在宅勤務中のルールとして残業禁止を打ち出している企業も少なくないが、社員によっては“隠れ残業”で長時間労働をしている社員もいるかもしれない。
在宅勤務中の社員の健康管理にまで手が回らないとすれば、今の環境下ではうつ病などのメンタル不調者が多発する可能性もある。当然、企業の管理責任も厳しく追求されるだけではなく、労災認定されると、損害賠償を請求される事態になりかねない。
在宅勤務の長期化が生み出す想定外のリスクにどのように対応していくのか。企業の危機管理やマネジメントのあり方が改めて問われている。
(文・溝上憲文)
溝上憲文:人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。