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誰かから指示された「やらされ仕事」より、「裁量ある仕事」のほうがやる気は出るもの。しかもそれで結果を出せれば成長につながり、何より楽しい。では、裁量ある仕事を任されるためには何が必要でしょうか? 答えは「自分で考え、生産性高く成果を出すスキル」です。
このスキルを「自律思考」と呼ぶのは、リクルートグループに29年間勤務し、独立後はさまざまな企業に対して業績向上支援を行っている中尾隆一郎さん。連載「『自律思考』を鍛える」では、生産性高く成果を出すスキルを身につけるためのエッセンスを中尾さんに解説していただきます。
前回は、「制約条件」を見つけ、それを強化することで組織の成果を高められるというロジックをお話ししてきました。そこで今回は、制約条件理論を活用して具体的に仕事のレベルを向上させる方法をご紹介いただきます。
さまざまな場面で活用できる制約条件理論
前回は、エリヤフ・ゴールドラット教授が著書『ザ・ゴール』で示した「制約条件理論」の基本的な考え方についてご紹介しました。その記事の中で私は、制約条件理論を意識することで業務の生産性が高まったこと、以来さまざまな場面で制約条件理論を活用していることをお話ししました。
なぜ制約条件理論がさまざまな場面で活躍するのでしょうか? それは、制約条件理論が「部分最適」ではなく「全体最適」で仕事をする方法を教えてくれるからです。
本来、仕事の大半は組織やチームを超えて行います。ところが私たちは往々にして、自分あるいは自分が属している組織やチームの目標だけ達成すればいいという、「部分最適」の発想に陥りがちです。
しかし制約条件理論の原則を学べば、この部分最適の考え方を戒めて、全体最適で仕事を進めることができ、ひいては組織全体としての生産性を高められるようになるのです。
そこで以降では、私たちの実際の仕事に制約条件理論を応用する方法をご紹介していくことにしましょう。
パーキンソンの法則
「パーキンソンの法則」をご存知ですか? 1958年、イギリスの歴史学者・政治学者であるシリル・ノースコート・パーキンソンがその著書『パーキンソンの法則——進歩の追求』で「役人の数は、仕事の量とは無関係に増え続ける」と指摘したものです。
パーキンソンの法則は以下の2つから成っています。
- 第1法則:仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する
- 第2法則:支出の額は、収入の額に達するまで膨張する
つまり、見積もった時間はすべて使われてしまい、予算額はすべて使われるということです。これはなにも役人の世界に限った話ではなく、さまざまな組織で日常的に起きていることです。おそらくあなたも思い当たる節があるのではないでしょうか。
第1法則はいわば時間どおりに終わらないプロジェクトの話であり、第2法則は予算オーバーしてしまう予算管理の話です。ではこれらを、「制約条件理論」を使って解決してみましょう。
時間どおりにプロジェクトを終わらせるには?
どんなに周到に準備していても、イベントの進行はなかなか予定どおりに進まないものだ。
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仕事には多くの場合、さまざまなプロジェクトがあるものです。システム開発、商品開発、販促企画などは分かりやすい例でしょう。社内向けのイベントや顧客向けセミナーなどもそうですね。「会議」もひとつのプロジェクトですし、私がこの原稿を書いているのもひとつのプロジェクトです。
つまり、ほとんどの仕事はプロジェクトなのです。したがって、これからお話しする事例から制約条件理論の活用方法を学べば、その応用範囲は極めて広いと言えます。
まず一例として、制約条件理論を使ってイベントのタイムスケジュールをマネジメントした事例をご紹介しましょう。
私はリクルート在職時、主要な顧客を招待して各県でイベントを行っていました。全体のタイムスケジュールは次のようなものでした。
筆者作成
ところが、このようにタイムスケジュールを決めていても、いつも少しずつ進行が遅れていって予定終了時刻に終わらないのが常でした。
もちろん、実際にイベントを運営する担当者たちも工夫はしているのです。聞けば1〜5のそれぞれにバッファ(予備時間)を設けているとのこと。例えば、開会のあいさつをする部長には進行上は10分のところ「7分以内に終えてください」と依頼。主賓に対しても同様にお願いしていました。しかし皆、バッファを使い切ってしまうのです。
では、どうすれば予定終了時間どおりに終わらせることができるでしょうか?
ここで「制約条件理論」の登場です。
コツは、個別のバッファを一括管理
まず、担当者がバッファとして見込んでいる時間がどれくらいあるのかを「見える化」します。「本当は10分のところを7分で」ということは、担当者は予定時間の3割をバッファとして設けているということ。とすると、タイムスケジュールは実際には以下のようになります。
筆者作成
このように見える化すると、合計45分間ものバッファがあることに気づきます。にもかかわらず全部のバッファを使い切ってしまうのですから、まさに上述したパーキンソンの第1法則のとおりですね。
ここで1つ目のポイントです。制約条件理論では、「部分最適」ではなく「全体最適」で判断します。
具体的には、開会のあいさつをする部長には持ち時間を7分と伝え、主賓のあいさつをする2人にもそれぞれ7分ずつで依頼し……と、1人ひとりにバッファを与える発想は捨ててください。そして、バッファを1〜5の各部分で持つのではなく、全体バッファとして45分を1カ所で管理するのです。
そのうえで、イベント当日は見積もり時間と実際の差分に注目します。
ここでは仮に、プログラムが3まで終わったところで、13分+20分+40分の合計73分かかってしまったとします。予定時間は合計49分(7分+14分+28分)ですから、予定よりも24分の遅れが生じています。
つまり、プログラム3の終了時点で全体バッファ45分のうち24分を費消し、残りのバッファは21分になってしまったということです。
編集部作成
全体バッファを3等分する
ここで2つ目のポイントです。全体バッファは、3等分して管理するようにします。なぜ2等分ではなく3等分なのか。これはリスク分析の運用の仕方に関係します。
リスク分析とは、何か課題が起きることを事前に想定して、リスクに備えることを言います。リスク分析には「予防策」と「発生時対策」の2つの方法があり、これらを組み合わせてリスクに備えます。
例えば「台所での火事」というリスクに対して、予防策としては「火の回りに燃えやすいものを置かない」「火を使わないIHコンロにする」などが考えられます。一方、火事が発生してからの発生時対策としては「準備しておいた防火スプレーを火元にかける」「消防署に連絡する、避難する、周囲に伝える」などです。
こうしたことを事前に考えておきましょうというのが、一般的なプロジェクトマネジメントの基本です。
しかし制約条件理論に基づくマネジメントでは、「起きてもいない発生時対策を事前に準備するのは生産性が低い」と考えます。予防策はともかくとして、うまくいけば発生時対策は発動しなくてよいからです。
つまり、発生時対策は必要になってから考えればよいということになりますが、いざそうなった時に対策を考える時間が必要になります。
全体バッファを2等分してしまうと、いざ事が起きた時にすぐさま発生時対策を発動させる必要が生じるため、対策を考えている時間がありません。そこで全体バッファを3等分することで、事が起き始めたところで「発生時対策を考える→発生時対策発動」と、対策を考える時間を取ることができるというわけです。
全体バッファを3等分して管理すれば、“黄信号”で発生時対策を練ることができる。
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今回の例では全体バッファは45分ですから、以下のとおりです。
- 費消時間が0〜15分:青信号
- 費消時間が16〜30分:黄信号
- 費消時間が31〜45分:赤信号
各プログラムのバッファ費消が3分の1以内に収まっていれば“青信号”ですから、そのまま進めます。3分の1以上3分の2未満であれば“黄信号”。打ち手を考えます。もし3分の2を費消するようなことがあれば“赤信号”。“黄信号”で考えた打ち手を実行します。
この例ではプログラム3を終えたところで24分費消してしまったということですから、“黄信号”です。制約条件理論に従うと、打ち手を考える必要があります。既にプログラム3まで終了しているので、あと変更できるのは、休憩時間の短縮、事例紹介の短縮、閉会のあいさつの短縮もしくは中止……といったところでしょうか。
こうしたことも、もしイベントの関係者全員が制約条件理論の考え方を理解していれば、いちいち事情を説明して周囲を説得する必要はありません。関係者全員が全体バッファの費消時間だけをチェックしておけば高い確率で予定時間内にイベントを終えられるようになりますから、管理コストがとても安く済みます。
今回はひとつのイベントにおける「制約条件理論」の活用方法の例を取り上げましたが、これは日常的な会議にも応用可能です。日ごろから制約条件理論を意識していると、大きなプロジェクトを運営する際にもスムーズに応用できるようになるのでお勧めです。
予算どおりに事業計画を達成するには?
売上目標は過小に見積もり、費用は課題に見積もる。各部署がこれをやった結果、手元に残る利益は大きく目減りしてしまう。
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さて、先にご紹介したパーキンソンの第2法則は「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」というものでした。要するに「予算はすべて使われる」ということです。そこで今度は、予算どおりに事業計画を達成させるために制約条件理論をどう活用すればよいかを考えてみることにしましょう。
「事業計画を達成させる」ということは、言い換えれば「利益目標を達成させる」ということに他なりません。利益は次の式で求められます。
利益=売上−費用
この数式の「利益」を増やすにはどうすればよいでしょうか?
そうです。「売上を増やす」か「費用を減らす」、あるいはその両方を達成することができればよいのです。
とはいえ、「口で言うのは簡単だけど、どうしたらそれが実現できるのだろう?」と思った読者も少なくないでしょう。
実はこれも、先ほどの「予定時間内にイベントを終わらせるには」の例と原理は同じです。ではどうすればいいかというと——。
評価制度のせいで失われる利益
多くの組織では、複数の部署がそれぞれの売上目標を持っています。それぞれの売上目標はたいてい、「本当は120万円の売上が上がりそうだけれど、慎重に見積もって100万円と申請しておこう」というように、本当に達成できそうな売上よりも低めに申請されるものです。なぜならどの部署も「売上目標を達成しないと叱責されるに違いない」と考えるからです。
目標達成率が悪ければ評価が下がり、ひいては給料も下がってしまう……。かくして、自分の身を守るために「確実に」達成できそうな目標が申請され、実際に達成できそうな目標との間に「バッファ」(この例では20万円)が生まれます。要するに、目標管理や評価制度が諸悪の根源というわけですね。
ちなみに制約条件理論では、ギリギリ達成できそうな数値(この例では120万円)のことを「ABP」(Aggressive But Possible)と呼びます。ABPはおおむね、実現可能性は50%程度といったところです。これに対して、確実に達成できそうな数値(この例では100万円)のことを「HP」(Highly Possible)と呼びます。
このABPとHPの差分が、各部署が持っているバッファに当たります。
編集部作成
個別バッファがあるのはなにも「売上」に限った話ではありません。「費用」のほうにもあります。「おそらく50万円の予算で足りるだろうけれど、もしものことがあって再申請するのは面倒だから、60万円で申請しておこう」というわけです。この場合は50万円がABP、60万円がHPになります。
かくして、売上は低く見積もったHPで申請され、費用は高く見積もったHPで申請されることになります。しかもここでパーキンソンの法則が働くので、申請された費用は目一杯まで使われてしまいます。
実現する売上はより低く、費用はより高く費消された結果、最終的に残る利益は本来ならば達成できるはずの水準をかなり下回ってしまいます。
編集部作成
ではどうすればよいのでしょうか? ここでも制約条件理論が役立ちます。
グーグルやフェイスブックも思想は同じ
まず、売上予算はABP(ぎりぎり達成できそうな売上)で申請してもらい、費用もABP(最低限必要な費用)で申請してもらいます。そして、個別のバッファをすべて集めて全体バッファとして管理すればよいのです。
売上はギリギリ達成しそうなABPで計画しているので、実際には計画より少ない数値になる可能性も十分あり得ます。一方の費用は最低限必要な予算で計画しているので、実際には計画からはみ出す可能性もあるでしょう。
その点を踏まえたうえで、先ほどのイベントの例と同様に、全体のバッファを3等分して管理します。すなわち、青信号の時は「そのまま」、黄信号になれば「打ち手を検討」、そして赤信号になれば「(まだバッファが3分の1ある状態で)黄信号で検討した打ち手を実行」です。
例を使って具体的に考えてみましょう。
先ほどの例では、売上ABPは120万円、HPは100万円なのでバッファは20万円でした。一方の費用はというと、ABPは50万円、HPは60万円なのでバッファは10万円です。つまり、ABPで利益計画を立てると売上120万円−費用50万=70万円(バッファ30万円)ということになります。
日々の売上計画や費用計画と比較して、バッファの30万円の3分の1、つまり10万円までが青信号、20万円までが黄信号ということです。
この予算管理も、全体バッファだけを見ておけば管理ができるので、とてもシンプルで運用がしやすいのです。
編集部作成
ただし1つだけ、制約条件理論を現場で応用するために重要なポイントがあります。
管理する対象が時間であれ予算であれ、ABPで計画を立てている以上、「部分」で見ると目標達成できない可能性が半分程度はあるということです。達成率が100%に満たなかった人たちを、それだけで叱責したり評価を下げたりしてはいけません。そのようなことをすれば、元の「部分最適」の思考に戻って、それぞれがバッファを設定してしまうからです。
以上、制約条件理論を活用したマネジメントの仕方をご紹介してきました。もしかしたら、直観的に「そんなこと、うちの会社では無理」と思った方もいるかもしれません。
しかし実は、ここでご紹介してきた方法は、グーグルやフェイスブックなどシリコンバレーのIT企業の多くが導入していることでも知られる「OKR(Objectives and Key Results)」にも似た思想です。
これらの企業は、自分で設定した目標の5〜7割程度しか達成できないような高い目標設定を個人に求めています。つまり、「すべて達成できるような目標では低すぎる」と考えているというわけです。まさに制約条件理論と同じ発想ですね。
次回以降は、これまでに本連載でお伝えしてきた数々の手法を活用して、チームで生産性高く仕事をするための方法論についてお話ししたいと思います。
※本連載の第8回は、6月19日(金)を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役も兼任。