獨協医科大学の小橋元教授。
提供:小橋元教授
一部の地域では緊急事態宣言の解除が検討されているものの、依然として新型コロナウイルスの感染予防には気を抜けない。
予防には、徹底した手洗いとともに、手指の消毒が重要だ。
しかし、消毒液の種類はさまざま。中には使用法を誤ると健康を害するものもある。
ドラッグストアに並ぶ商品の中からいったいどれを選べば良いのか。獨協医科大学医学部公衆衛生学講座の小橋元教授に、正しい消毒の方法や消毒液の選び方について聞いた。
消毒とは、ウイルスの膜を壊して機能を失わせること
消毒液で新型コロナウイルスを破壊できれば、ウイルスは機能を失う。
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感染症を引き起こす原因はウイルスや細菌。ただし、この2つは全く異なる存在だ。
細菌は細胞をもつ生き物であり、栄養があれば自然に細胞分裂をして増殖していく。これらの細菌を殺すために使われるのが抗生物質や抗菌剤だ。
一方で、ウイルスは細胞を持たない。ウイルスが増殖するには、人や動物などの細胞(宿主)が不可欠である。
ウイルスは細胞に侵入し、細胞の機能を利用して増殖する。感染した細胞が死滅した際などに、増殖したウイルスが細胞の外に放出され、ほかの細胞に入り込み、そこで再び増殖することをくりかえす。ウイルスは細菌ではないので、抗生物質や抗菌剤は効かない。
新型コロナウイルスは、遺伝情報をもつRNAが「カプシド」と呼ばれるたんぱく質の「殻」と、その外側にある「エンベロープ」と呼ばれる脂質性の膜に囲まれた構造をもっている。
「消毒」とは、ウイルスのこのような構造を破壊することをいう。
「アルコール」での手指消毒は全体によくなじませて
手指に付着したウイルスを消毒することが、何よりの感染対策だ。
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消毒液として最も一般的なものは、アルコールだろう。
アルコールには何種類かあるが、消毒に使うのはエタノール(エチルアルコール)だ。
アルコールは手指の消毒に有効だが、けがをしているところや目などの粘膜がある部位の消毒には使えない。また、スプレータイプのエタノールは、目に入ったり、引火して火災が発生したりする恐れがあるので使用に注意してほしい。
消毒用のエタノールの濃度は70〜80%が最適だ。北里大学大村智記念研究所の片山和彦教授らの研究で、エタノールは50%以上の濃度であれば1分間程度で新型コロナウイルスの感染性を失わせる(不活性化させる)ことが可能という研究結果が発表された。濃度が100%に近づきすぎたり、65%以下になったりすると効果は薄くなる。
「エタノールにはウイルスを不活化させるまで液体の状態でその場にとどまってもらいたいのですが、濃度が100%だとすぐに気化してしまい、消毒効果が弱まるのです。手指の消毒に70~80%のエタノールを使う際にもよく全体になじませて使うことが大切で、水でぬれたままの手に使わないことも大切です(部分的に濃度が下がり効果が薄くなる)」(小橋教授)
メタノールには「失明」のリスクあり
日本では、メタノールのことを「目散る」アルコールと呼ぶことがある。メタノールは、エタノールと同じ種類の薬品ではあるものの、危険度は段違いだ。
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ドラッグストアにはエタノール以外のアルコールも売られている。
ただし、たとえエタノールが品切れだったとしても、ほかアルコールを使うのはやめた方が良い。特に「燃料用アルコール」として販売されているメタノール(メチルアルコール)は、絶対に消毒には使ってはいけない。
「 エタノールは体内に入ると最終的に無害な酢酸に変化します。しかし、メタノールは体内に入るとギ酸に変化します。ギ酸には体内の組織を壊すはたらきがあり、特に視神経を傷つけて失明してしまう恐れがあります。『目散る(メチル)アルコール』とも呼ばれることがあり、絶対に人に使ってはいけません。もちろん飲用も厳禁!」 (小橋教授)
メタノール、エタノールなど、アルコールにも色々な種類がある。メタノールが含まれているアルコールは、失明のリスクがあるため、消毒用としても使用するのは危険だ。
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ドラッグストアにはメタノールのほかに、イソプロパノール(イソプロピルアルコール)というアルコールも販売されている。イソプロパノールには消毒の効果はあるとされているものの、エタノールと比べて毒性が強く、一部のウイルス(ノロウイルスなど)への消毒効果はエタノールに劣るとの報告もある。手荒れや臭いが気になる人は、できればエタノールが入った消毒液を使うほうが良いだろう。
「ちなみに、消毒用エタノールには、『お酒』として飲めないように(酒税法の適用を回避するため)イソプロパノールが少量混ぜられているものもあります。ですから、飲まないように気を付けてください」 (小橋教授)
逆にスピリタスなどアルコール濃度が非常に高いお酒を消毒用アルコールとして使うのはどうだろうか。小橋教授によると、それもあまりおすすめできないという。
「飲料用アルコールには香気成分と呼ばれるお酒独特の風味を出す成分や、糖分などが微量に含まれています。ですからこれをそのまま消毒用として使うとべたべたしたり、それを栄養にしてほかの細菌やカビなどが増殖することもありえます」(小橋教授)
「次亜塩素酸水」と「次亜塩素酸ナトリウム」の混同に注意
消毒液の主成分として使われることのある次亜塩素酸ナトリウムは、漂白剤の主成分としても知られている。漂白剤にはいくつかタイプがあるうえ、消毒液とは濃度もことなるので、市販されている漂白剤を消毒液の代わりに使うときには、十分注意が必要だ。
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新型コロナウイルスへの殺菌効果が期待でき、人体にも影響が少ない次亜塩素酸水が最近注目されている。これは「食塩や塩酸を水に溶かして電気分解したもの」だ。
家具や寝具、衣服などの消毒をしたいときに、この次亜塩素酸水を薄めてスプレーとして使えば良いとされている。
一方、いわゆる塩素系漂白剤に使われている次亜塩素酸ナトリウムも、新型コロナウイルスの消毒に効果があると考えられている。次亜塩素散水と名前が似ているので、注意が必要だ
次亜塩素酸ナトリウムは、薄めてドアノブや机の上など手で触れる場所を拭くときに使うのがよいとされている。使用する際に推奨される濃度は0.05%。次亜塩素酸ナトリウムが含まれている花王のハイターの場合、購入から3か月以内のものであれば水1リットルあたり10ml、1年以内なら1リットルあたり15ml、3年以内なら1リットルあたり25ml(キャップ約1杯分)を混ぜた程度だ。
ただし、拭き掃除に使える素材は限られる。金属は錆びたり、布地は傷んだり、車のハンドルなど合成樹脂部分は変色したりすることもあるので注意してほしい。
濃度の高い原液は皮膚や粘膜への刺激が強く、目に入って失明したり、のどや鼻から入るとただれたり、嘔吐したりする可能性もある。当然、間違っても手洗いに使ってはいけない。部屋用の除菌スプレーとして使ったり、加湿器の水に混ぜたりして部屋中に噴霧するのも危険だ。
「次亜塩素酸水として販売されているものの中には、『次亜塩素酸ナトリウムを水で薄めたもの』や『次亜塩素酸ナトリウムに塩酸、クエン酸などを混ぜてpH調整したもの』もたまにありますので、絶対に間違えないようにしましょう」(小橋教授)
「ベンザルコニウム塩化物」はつけ置き用消毒液
消毒液として、ベンザルコニウム塩化物が使用されている製品もある。
ベンザルコニウム塩化物は濃度が高いと皮膚や粘膜に炎症を起こすことがあるので、0.05~0.1%に薄めて使われる。しかし、その効果は弱く、ウイルスを不活化させるためには長時間つけ置く必要がある。おもちゃや食器などのつけ置き消毒には適しているが、スプレーしたり、ドアノブを拭いたりしても消毒の効果はあまり期待できない。
やっぱり「石鹸での手洗い」も新型コロナには効果的
感染対策として真っ先に思い浮かぶ手洗いだが、消毒の効果はそれほど強くはない。石鹸をしっかり長時間手指につけることはもちろん、流水でウイルスをしっかりと注ぎ落としてほしい。
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次亜塩素ナトリウムやアルコールの他に、石鹸や洗剤などの界面活性剤も、新型コロナウイルスのエンベロープを破壊できることから、消毒液としての効果がある
ただ、石鹸はアルコールなどに比べてウイルスを不活化させるための時間がかかる。そのため、手洗いの際には30秒以上かけて手指に石鹸の泡を良くなじませて洗うことが重要となる。
「手洗いは丁寧にやれば十分に効果があります。外から帰った際や食事の前にはぜひ忘れずに。30秒程度の『手洗いソング』を口ずさむのも良い方法ですね」(小橋教授)
市販されている消毒液の多くには、主要成分としてこれらの薬品が含まれているはずだ。
消毒効果や人体への影響は種類によってさまざま。用途に応じて正しく使い、事故を起こさないように、気をつけながら新型コロナウイルスの対策をしたい。
・冒頭の写真で、小橋教授の所属を獨協大学としていましたが、正しくは獨協医科大学です。
・次亜塩素酸ナトリウムで消毒液を作る場合の必要量について、表現を修正しました。
・当初、「消毒用エタノールには必ずイソプロパノールが混ぜられてる」としていましたが、「一部」の誤りでした。また、合わせてイソプロパノールに関して誤解を招く表現があったため修正しました。お詫びして訂正致します。 2020年5月15日 21:15
今井明子:サイエンスライター。京都大学農学部卒。気象予報士。得意分野は科学系(おもに医療、地球科学、生物)をはじめ、育児、教育、働き方など。「Newton」「AERA」「東洋経済オンライン」「m3.com」「暦生活」などで執筆。著書に「気象の図鑑」、「異常気象と温暖化がわかる」がある。気象予報士として、お天気教室や防災講座の講師なども務める。