個人と国の間にある社会の範囲は、その時の状況に応じて大なり小なり変わっていくと学んだシマオ。社会への関わりが強くなってきている今、会社の機能も変化してきている。シマオは会社での働き方がどうなっていくのか、佐藤さんに尋ねた。
リモートワークが変える仕事の評価
シマオ:個人と社会の関係を考えたとき、1番身近な社会って、やっぱり会社だと思ったんですが、コロナウイルスの危機で、そこにも大きな影響がありそうだな、って思います。
佐藤さん:例えば?
シマオ:今も佐藤さんとオンラインでお話ししてますけど、リモートワークになってみて分かったのは、必ずしも会社に行かなくても仕事はできるということです。
佐藤さん:それでも、書類にハンコを押すために出社しなければいけないなんて、笑い話のようなこともあるみたいですね。
シマオ:それです! おじさん世代の中間管理職の中には、本当にハンコ押す以外は必要ないんじゃないか? っていう人がいるんですよ。リモートになって、その人がいなくても仕事は回ることが証明されました。
佐藤さん:私はこのリモートワークの流れは、日本人の働き方に大きな影響を及ぼすだろうと考えています。それは何だと思いますか?
シマオ:効率的に働くようになる……?
佐藤さん:それは極端な成果主義が入ってくるということです。リモートワークが定着すればするほど、上司は部下のアウトプットしか見なくなるわけです。
シマオ:確かに、会社に夜遅くまで残って一生懸命やっている、みたいなアピールがリモートワークでは通用しませんよね。でも、それは能力のある人にとってはいいことですよね?
佐藤さん:成果を出せる人にとってはいいことですが、一つ問題もあります。それは、どちらかと言えば短期的な成果主義に偏りがちだということです。
シマオ:なぜでしょうか…?
佐藤さん:本当にアウトプットだけしか見ないと、中長期的な成果を出すための「仕込み」といったものが、なかなか可視化されないからです。
シマオ:例えば、2年後の売り上げのために人脈を築くといったことですね……? 確かに報告だけだったら何とでもできるし、成果にカウントしづらくなりそうです。
佐藤さん:すると、上司も部下も短期的な成果ばかり追い求めようとして、中長期的な研究開発や人脈構築がおろそかになったりします。いわゆる「合成の誤謬」が起こるわけです。
シマオ:誤謬……?
佐藤さん:ミクロの視点では合理的な選択であっても、マクロ、すなわちそれらが合わさると誤った選択になってしまうということです。みんなが短期的な利益を追い求めると、結局は会社全体の利益を損なってしまうのです。
シマオ:では、どうしたらいいんでしょう?
佐藤さん:バランスを取ることです。比率で言うと、目の前のことを8割、中長期的なことを2割くらいにするとうまくいくと思います。社会的混乱が続くと、個人個人が木を見て森を見ず、といった近視眼的になりがちです。全体の2割でよいので、空間的、時間的の思考の距離を広げてみてください。自分の家だけのことから住んでいる街のこと、明日のことから1年後のことなど、個人レベルでミクロとマクロのバランスを取ることで、ぐっと視野が広がります。
在宅勤務では100%の力で働かない
シマオ:在宅勤務のおかげで通勤時間がなくなったのはいいんですけど、なんかメリハリなくだらだらと仕事を続けてしまっているような気もします。途中で家事をしてしまったり、夜に終わらなかった仕事をしてしまったり……。
佐藤さん:リモートワークではサボる人が出るなんて言われますが、実は本当に気をつけなければいけないのは、働きすぎてしまうことのほうです。
シマオ:そうなんですか?
佐藤さん:いくら会社支給のパソコンで勤務時間の管理をすると言っても、プライベートのパソコンにデータを移して超過勤務をしていることが多い。会社なら、上司が「もう帰れ」とか言ってくれますが、家だとそれもありません。
シマオ:成果しか見られないとなると、サボるわけにもいきませんからね。
佐藤さん:さっきも言ったように、リモートワークでは極端な成果主義になります。他の人がそうやっていれば、自分もやらないと……となるから、そういった「ヤミ勤」はなくならないわけです。
シマオ:成果に追われるのはツライなあ……。
佐藤さん:それを続けていたら潰れてしまいますから、自分の身は自分で守らないといけません。そのためには、「仕事は100%の力でしない」ということが重要です。
シマオ:えっ︎、意外ですね! じゃあ、どれくらいの力で働くのがいいんでしょうか?
佐藤さん:まず、どれくらいの仕事量で自分が潰れてしまうのかを知ることが必要です。具体的なやり方としてお勧めするのは、1日でいいので「これ以上働けない」というまで働いてみることです。私の経験則から言うと、適正な仕事量は、その4割です。
シマオ:半分以下でいいんですね。
佐藤さん:はい。仮に限界量が15時間だとすれば6時間、10時間だとすれば4時間しか集中して働けないという認識を持っていたほうがいいと思います。
リモートワークによってオンとオフの境目が曖昧になり、過重労働が増えるのではと危惧する佐藤さん。
会社の方針と自分の信念がぶつかったとき
シマオ:会社で仕事をしていると、必ずしも自分の思っていることとは違うことをしなければならないときがあるじゃないですか。大げさに言えば、会社の方針と自分の信念がぶつかったとき、どうするべきだと思いますか?
佐藤さん:8対2の割合で、会社の方針に従うべきでしょうね。その2割が何かといえば、違法なものか法に抵触する可能性がある脱法行為です。その場合のみ、自分の考えを貫いたほうがいい。
シマオ:つまり、ほとんどの場合は会社や上司に従わなきゃいけないってことですか?
佐藤さん:組織のヒエラルキーというのは、物理法則と同じなんです。重力下で物が上から下に落ちるのと同じで、下から上に上がることはまずありません。
シマオ:身も蓋もないですね……。よくドラマとかで組織の中で信念を貫く主人公が描かれてますけど、ああはなれないということですね?
佐藤さん:それはお勧めしませんね。そんなことにエネルギーをかけるくらいなら、自分で起業したほうがいい。それくらい組織の論理は強固なものなんです。
シマオ:でも、例えば森友問題で自殺してしまった財務省職員の方がいましたけど、ああいうのも命令に従うべきだとは思えないんですが……。
佐藤さん:確かに気の毒なことで、彼が真面目だったがゆえに起きてしまった悲劇でした。自分の命を守るために、ああいう案件からは逃げるべきだったと、私は思います。
シマオ:どうしたら逃げられるんでしょうか?
佐藤さん:外務省ではグレーな案件のことを「筋悪案件」と呼びますが、それから逃げるためには、姿勢や信念の問題ではなく能力の問題とするんです。「私の能力では及びません」と言って、できないと主張する。
シマオ:それでもやれと言われたら?
佐藤さん:そのときは、バカになりきって、 一挙手一投足に至るまで上司に言われたことだけをやるんです。そうすれば、追及されたとしても「言われたとおりにやっただけ」と責任を逃れることができます。
シマオ:なるほど……。佐藤さんもそんな経験があるんですか?
佐藤さん:ありますよ。モスクワの日本大使館では、「ルーブル委員会」と呼ばれる組織がありました。詳しくは『外務省犯罪黒書』という本に書きましたが、要は、中古車を密売して得たルーブルを大使館内の闇レートで換金して私的利益を得る「闇金」行為です。
シマオ:違法、ですよね……?
佐藤さん:もちろん違法です。でも、当時の外務省ではそれがまかり通っていました。そのルーブル委員会の実行委員は若手職員が担当させられるわけですが、私にそれが回ってきた。けれど、露骨に「これって違法じゃないですか」と大声を上げていたら、上司からやらなくていいと言われました。
シマオ:すごい経験ですね……。
佐藤さん:これは特殊ですけれど、どこの組織でも多かれ少なかれそういうことはあります。組織の論理に真っ向から立ち向かうのではなく、うまく逃げて自分の身を守ることが大切だと思いますよ。
※本連載の第15回は、5月20日(水)を予定しています 。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2019年6月執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的に言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)