撮影:今村拓馬、イラスト: Devita ayu Silvianingtyas / Getty Images
これからの世の中は複雑で変化も早く「完全な正解」がない時代。コロナウイルスがもたらしたパラダイムシフトによって不確実性がさらに高まった今、私たちはこれまで以上に「正解がない中でも意思決定するために、考え続ける」必要があります。
経営学のフロントランナーである入山章栄先生は、こう言います。「普遍性、汎用性、納得性のある世界標準の経営理論は、考え続けなければならない現代人に『思考の軸・コンパス』を提供するもの」だと。
この連載では、企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、入山先生が経営理論を使って整理。「思考の軸」をつくるトレーニングに、ぜひあなたも参加してみてください。参考図書は入山先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
前回からお届けしている緊急企画では、経営理論を思考の軸に「ウィズコロナ・アフターコロナの時代にビジネスや生活はどう変わるか」を考えていきます。この議論はラジオ形式収録した音声でも聴けますので、そちらも併せてお楽しみください。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:11分31秒)※クリックすると音声が流れます
みなさん、こんにちは。入山です。
いまわれわれは新型コロナウイルスのため、自由な移動を制限され、家族以外の人と会うことも控えるようになっています。前回は、今後もこの傾向が続くならイノベーションが起きにくい世の中になる可能性もある、という話をしました。
引き続き、このコロナの時代において世の中がどう変化するのか、そしてわれわれはどうすればいいかについて、経営理論を思考の軸にしながら考えていきたいと思います。
「弱いつながり」がクリエイティビティを高める
経営学には、人と人とのつながりがどんな経済的影響を及ぼすかを調べた「ソーシャルネットワーク研究」という分野があります。それによれば、「どんな友人、知人を持っているかは、自分のパフォーマンスや能力、下手をすると将来のキャリアにまで影響しうる」ことが明らかになっているのです。
こう言うと、「権力者と太いパイプでつながっている人は得をする」というようなことを想像するかもしれませんが、そうとは限りません。むしろ、たくさんの「弱いつながり」を持っている人のほうが就職先を見つけやすかったり、イノベーションを起こしやすかったりする。
これがスタンフォード大学のマーク・グラノヴェッターが1973年に提唱して以来、ソーシャルネットワーク研究で中心的な学説となっている「弱いつながりの強さ」(strength of weak ties)の概要です。
普通に考えれば、「強いつながりのほうがいいのではないか」と思うでしょう。これはネットワーク全体の情報伝播の効率に影響を与えるのです。例えば、Aさん、Bさん、Cさんの3人が「強いつながり」だとしましょう。この場合、3人は互いにつながりやすいので、A-B-Cの3辺が閉じた三角形になりやすくなります。
他方で、AとBがただの知り合いで、BとCもただの知り合いだと(すなわち弱いつながりだと)、AとCはつながらないので、結果的に三角形に隙間が生まれます。これを多人数に拡張すると、そのネットワークは全体的に隙間が多い構造になります。
しかしこれは逆に言えば、ネットワーク全体としては情報の伝達路にムダが少なくなるので、実はネットワーク全体での情報伝播の効率はよくなるのです。
加えて言えば、弱いつながりはつくるのが簡単です。親友をつくるのは難しいけれど、単なる知り合いなら簡単につくれる。
そして簡単につくれるということは、つながりが遠くに伸びていきやすいということでもあります。自分から遠く離れたところには、自分の認知を超えた多様な人たちがいる。そういう多様な人々の発信する情報が、効率的に伝播してくるのです。
結果、彼らの持つ新しい「知」と、自分の持っている「知」とが結びつくとイノベーションが起きる。以前からこの連載で述べているように、イノベーションの源泉は知と知の新しい組み合わせだからです。したがって「弱いつながりをたくさん持っている人のほうが、クリエイティビティが高い」という結果が、多くの研究で出ています。
このように考えると、コロナが世界的に大流行している現在は、新しい人との出会いが少ないので、弱いつながりが非常につくりにくい状況です。
今までは弱いつながりをつくるのは、それなりに可能でした。例えば異業種交流会などに出れば簡単にいろいろな人と知り合えた。しかし今後は、新しい人と簡単に知り合えなくなる可能性があります。もちろん短期的にはやむを得ないことですが、これが続いてしまうと、ビジネス上のマイナスは大きなものになってしまう可能性があるのです。
オンラインでうまくコミュニケーションできる相手の条件
一方で、これを補う可能性があるのが、デジタル上のつながりです。人と人が直接会えない状況をカバーする手段として使われているのが、ZoomやFacebookメッセンジャーなどのオンライン会議システムです。リアルでは難しくても、これらのデジタル手段で「弱いつながり」をつくれるのでしょうか。
Business Insider Japan編集部の常盤さんや横山耕太郎さんは、オンラインでこの弱いつながりをつくるのは、そんなに簡単ではないと指摘します。
僕は、もう十数年前ですが、このお2人の実感を裏付ける研究論文を読んだことがあります。その結論は、「オンラインでも人と人が信頼性をもってコミュニケーションするのは可能である。ただしそのためには、最低1度はその人と対面で会ったことがなければいけない」というものでした。
当時はZoomのように声や表情を伝える技術はまだ開発されていなかったので、主にテキストデータによるやりとりを対象とした研究でしたが、音声や表情が伝わるオンライン会議システムを使っても、やはり初対面の人とは抵抗がある、というのは興味深い指摘ですね。
皆さんの実感はどうでしょうか。いずれにせよ、現在のソーシャル・ディスタンス下で人が創造性を発揮するには、このあたりをテクノロジーで克服して、弱いつながりを増やせるかが、ひとつのカギになりそうです。
人類が初めて体験する、共通の敵を相手とした戦い
常盤さんからは、こんな質問もありました。
これは非常に重要な問題です。まず、今回のコロナ危機の背景にグローバル化があるのは間違いありません。
僕はいま、少なくとも3つくらいのグローバル化の手段があると理解しています。これがいま同時に麻痺してしまっている。
1つはビジネス上のつながりです。いわゆるグローバル・バリューチェーンとかサプライチェーンと呼ばれるもので、これがいま世界中に広がっているため、どこか1カ所でも活動が止まってしまうと、全体の流れが滞ってしまう。
例を挙げれば、一時期品薄だったマスクがそうですよね。中国から不織布が輸入できないので、マスクが生産できない状況でした。
また、日本ではあまり報道されないけれど、アフリカと中東地域では、現在バッタの大量発生による蝗害(こうがい)が起きている。ものすごい数のバッタが異常発生して、何百万人分もの食料を1日で食い荒らしている。
このバッタの大群を何とかしなければならないのですが、アフリカには農薬やそれを散布するためのセスナ機などがないので、それを輸入しなければいけない。ところがそれがコロナ危機で止まってしまっているそうです。
バッタが大量発生し、食糧が食い荒らされる被害が深刻化しているケニア。コロナの影響で散布する農薬やセスナ機の調達が調達できず、被害が深刻化している(2020年2月21日撮影)。
REUTERS/Baz Ratner
2つ目が、人と人とのつながりです。言うまでもなく現代は圧倒的に人の移動が増えているので、治療法の確立していないウイルスが生まれたりすると、今回のようなパンデミックが起きてしまう。
トランプ大統領は日本がダイヤモンド・プリンセス号で大変だったとき、「アメリカは大丈夫だ」と楽観的なコメントを述べていました。しかし、これほどまでにグローバルに人が移動する時代、ウイルスが運ばれないわけがなく、やはり中国との間で人が大量に移動しているアメリカでも、コロナウイルスの感染は拡大しました。
先に述べたように、本来は人と人がつながることにはよい面のほうが多いはずですが、一方でこういった疫病が爆発的に流行しやすくなるというマイナス面もある。これからもグローバル化は進むと思いますが、このリスクへの対策が求められるでしょう。
3つ目は、デジタル上のつながりです。言うまでもなく、われわれはデジタルの恩恵を受けているわけですが、一方で情報があまりにも多すぎるので、本当に正しい情報を取捨選択できない「インフォデミック」と呼ばれるような状態になりかねないことには注意が必要です。
このようにビジネス上のつながり、人と人のつながり、デジタル上のつながりという3つのグローバルなつながりがあるのですが、コロナはこの3つのつながりを断ち切ってしまうかもしれません。『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリも言っているように、国と国がコロナ危機で信頼関係を失ってしまうと、元の世界に逆行してしまうでしょう。
撮影:今村拓馬
今回のコロナを戦争になぞらえる人がいますが、過去の戦争は国と国の戦いですから、あくまでも敵は他の国でした。しかし今回の敵はウイルスです。これに匹敵するようなシチュエーションは、宇宙人が地球に攻めてくるSF映画でしか考えられなかった。今回のコロナ危機は、少なくともこの直近の1世紀のあいだで、人類全体が共通の敵を持った初めての戦いです。
グローバル化が進んだ時代だからこそ、もともとあったつながりを生かして、あるいはデジタル上で新しいつながりをつくって、人類共通の敵に対応する挑戦が求められているし、われわれがそれをしていかなければならないと思います。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。