撮影:竹井俊晴
ポストコロナ時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何か。各界の有識者にインタビューをしていくシリーズ。2回目は、人材開発・組織開発の研究者で、立教大学経営学部教授の中原淳さん。働き方、個人と組織の関係はどう変化するのかについて聞いた。
—— コロナをきっかけに、多くのビジネスパーソンが半ば強制的に在宅ワークに移行せざるを得ませんでした。結果、改めて、「会社ってそもそも行く必要があるんだっけ?」という問いを多くの人に投げかけることにもなりました。これを機に会社員の働き方は変わるでしょうか?
100%変わるでしょう。コロナはいわば強制的な「共通体験装置」です。これまで政府がいくらICT利用の旗振りをしたり、リモートワークを推奨してもなかなか進まなかった。ところが、緊急事態宣言後、正社員のリモートワーク実施率は当然ながら急増しました。東京都に至っては、49.1%(4 月10〜12日、パーソル総合研究所調べ)にまでなった。
同時に、これまでどうしてもなくすことができなかった仕事の無駄が、積極的に取り払われるようにもなりました。判子や書面が撤廃・省略化され、IT化を阻害していたあれこれに強制リセットボタンが押された。社会生活面でも、通勤時間という無駄がなくなりました。日本の通勤時間は平均約70分。それが一時的に0分になった。
通勤による疲れがなくなり、生活が向上したという人が、さまざまな調査結果を見ても多くなっています。一度、この快適さに気づいてしまうとなかなか戻れない。働き方も当然変わると思います。コロナはパンドラの箱を開けてしまった、とも言えます。
もちろんリモートにもさまざまな副作用があります。一時的には「バックラッシュ(後戻り)」も起こるでしょう。しかし私たちは、「新型コロナ感染拡大が起こる前の世界」、すなわちビフォーコロナの世界に、そっくりそのまま戻ることはできないのではないかと思います。
半強制的なリモートワークによって、改めて「出勤する必要性」について考える機会になっている。
撮影:竹井俊晴
——リモートワークによって、これまで時間的な制約があってなかなか評価されなかった社員の働きぶりが注目されたりもしています。例えば、ママ社員。今は学校や保育園は休校・休園しているので子育て・家事との両立が難しいですが、中には通勤時間がなくなった分、時短勤務からフルタイムに切り替えたという人もいます。学校が再開すれば、彼女たちが時間のハンディから解放されるのではないかと感じます。
もちろん課題もあります。夫婦共働きで、家庭でリモートで仕事をしているときに、どうしても小さい子どもの世話は母親に偏ります。今まで家事分担をしてこなかった男性などは、今後、性別役割分業意識を見直す必要もあります。
新型コロナウイルスの感染拡大は、日本のさまざまな場所に「カーニバル化」をもたらしたとも言えます。カーニバルには元来、「日常と脱日常」や「もともと持っているものの価値の逆転」という意味があります。コロナは、面白いぐらいにさまざまな場面で価値の逆転を引き起こしています。
今まで価値があまりないと思われていたものが、価値を持ち始める現象も生まれている。今まで支配的だった人々(の立場)が、逆転もしている。
分かりやすいのが、都市と地方。今、人の密集する都市で暮らす都市の方がウイルス感染のリスクが高い。それこそリモートワークが許容されるのなら、地方に住もうという人も出てくる。
企業では、ITスキルなんて全然なくてもふんぞり返っていたおじさんたちが苦境に陥っている。リモートワークではITスキルを駆使してオンライン会議を行い、成果を出すことが求められる。必死に時間のやりくりをしながらスキルを磨いてきたママ社員たちで脚光を浴びている人も少なくない。
これも完全に立場が逆転し始めている。急激な変化、まさに100年に1回の出来事が起きていると言っていい。
——無駄な仕事だけではなく、「人もこんなに要らないのでは?」という気づきもあるのでは? バブル世代の行き場のなさが、さらに加速するように思います。
いわゆる“働かないおじさん問題”ですよね。給与とパフォーマンスが合っていない人たち。企業の中に囚われ、囲われ、守られている人たち。そういう人たちの居場所と既得権益は、より速いスピードで失われていくでしょう。
リモートワークとは「1日の目標」を立てて、「今日、何をやったのか?」の成果を、誰にも分かりやすい形で明示できなければならないのです。自分の仕事の価値を伝えられない人は、かなり厳しくなるでしょう。
一方で、 組織にケアしていただきたいのは、新入社員層です。彼らの中には、一度も出社していないけれど、 給料はもらっているという人も多い。
バリバリと仕事はしていないけれど、不完全燃焼になっている人、将来に不安を持っている人もいます。いつもの年ならば新入社員教育があり、同期が生まれるのだけれども、今年は、なかなかそうなっていない人もいます。特に、今年の新入社員にはケアをいただければと感じます。
いずれにしてもリモートワーク下では、アウトプット志向がより強まります。結果がすべてになる。オンラインではプロセスはそうそう見えないし、管理できないからです。
センサーやカメラをつけて、刑務所のような監視システムを取り付ける向きもありますが、中長期にはそうした会社には、優秀な人は集まらないと思います。なぜなら「会社は従業員を1ミリも信じていないからね」と暗にメッセージを伝えてしまっているからです。
2021年の新卒採用に関しては、非常に心配しています。まず、おそらく就職活動のほぼすべてがオンラインになるでしょう。今年は、まだインターンは対面状況下でできましたが、来年(2020年夏)は厳しいのではないかと推察します。サマーインターンからオンラインに移行し、またインターンが採用に直結する率が高まるのではないでしょうか。
企業は新卒採用を抑えるとは思いますが、1990年代ほどの採用抑制にはつながらないのではないかと思います。いずれにしても、早く走り出した方がいい。準備をしていくことです。
コロナウイルスの感染拡大は就活にも影響を及ぼしている(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
——アウトプット中心の評価になると、マネジメントの方法もチームの作り方も変わっていかざるを得ないですね。
在宅勤務で多くの企業の管理職が実施しているのが、いわゆるMBO式の目標管理制度です。1日の始まりに、メンバーそれぞれの「今日はこれをやる」といった目標を皆で共有し、1日の終わりに達成度を確認するというタイプのものです。
今までだったら、仕事の進捗確認はもう少し中長期で行われていました。でも、オンラインになると、オフィスに皆が集まっているときと違って、何となく顔色や行動を見て進捗を確認するということができない。始業・終了時間もあいまい。その分、きっちり毎日、報告の場を設けることになる。ということは、「今日何をした」とか「何を達成した」ということを明確に答えられない人や、そういう仕事は評価が厳しくなる。まさにアウトプット志向です。
リモートでは、多くの企業が全部Slackなどでこれらを見える化し、誰が何をやっているか、明確に分かるようになる。仕事をしている最中のプロセスは管理されませんが、目標はしっかり管理されるようになります。
リモートワークが定着すれば仕事はよりアウトプット志向になっていく。
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——成果を出すためのスキルアップ支援、研修のあり方も変わりますか? この事態で、研修もオンラインで行われるようになっています。しかし、まだリアルで行う研修の良さやリアルでしかできないことも残っているのでは?
オンライン学習と対面状況下の集合研修は、学習効果的にはほぼ変わりません。内容によっては、オンラインの方が学習効果が高いとする研究も多いです。ただ、学習経験は異なりますし、オンラインの方が集中力が必要になり、疲労感も強い。
最終的には、(オンラインとオフラインの)ハイブリッド型の学習・研修が進むと思います。課題をチームで解決させるとか、目標をしっかりと握りチームビルディングを行うといったもの、実習を含むものなどアナログ的なものはオフラインになるのではないでしょうか。ロジカルシンキング、ライティングなどの座学に近いものはオンラインで行ってもよいと思います。
ただ、実はちょっと悩ましい部分があります。 大学などでは本当に「教室」って要るんだっけ、という問いです。「やろうと思えば、 本当は全部オンラインでできてしまうのではないか」ということに、中長期では答えを出さなければならなくなると思います。
私が勤める立教大学大学院経営学研究科では、「リーダーシップ開発コース」という人づくりと組織づくりのプロフェッショナルを養成するための社会人コースを2020年4月に開講しました。普通に大学に通ってもらう予定でしたが、2月には無理だと分かり、 教職員、スタッフの献身的な努力と、大学院生たちの協力によって フルオンライン体制に移行しました。
この移行自体は緊急事態下でのものなので、今はフルオンラインで行っています。が、これを将来的にどうしていくかは、さまざまな声が出てくるような気もします。
社会人の中には、オンラインになったことで、逆に助かっているという人がいらっしゃるような気がします。金曜日の夜と土曜日のプログラムなのですが、それでも、大学に来なければならないとなると、時間の融通や体力的に難しい人もいるでしょう。
——とはいえ、直接会って議論することとそうでないのとでは、得られる情報量に違いが出ませんか?
もちろん違いは出ます。そして学習経験は異なります。ただ私たちは、ほぼオフラインで行う予定だった授業内容をオンラインでも行えている。だとしたらいずれは、なぜリアルのキャンパスに通う必要があるのか、という問いが生まれ得るのだと思います。
このことは、関係者、学生の皆さん、多くの方々のご意見を伺いながら、慎重に結論を出す必要がありますね。
大学もオンライン授業に移行。「教室」「キャンパス」の意味も問われていると中原さん。
—— 同じ事はオフィスにも当てはまりますね。 まさに、「オフィスって何だったの?」という問題ですね。
実は、今経営が厳しくなっているスタートアップは、固定費を浮かせるために、オフィスを縮小する方向にあります。今後、大企業でもオフィスを縮小する動きは出てきそうです。人がわざわざ集まることの意味が問われていると思います。
おっしゃるとおりです。リモートワークは、「自宅でも仕事ができること」を証明してしまいました。もちろん業種・職種によっては移行できないものもありますが、これまでと同じスペースのオフィスが本当に必要なのか、という問いは生まれてきているような気がします。
企業は目標を決めて成果を問う機関ですが、逆に言えば、成果さえ上げてくれればオッケーなので、人を集めるためのオフィスは究極必要ない。オフィスで人が集まることの意味が問われることになると思います。
加えてアウトプット志向がどんどん進むと、結果さえ出せばいいので、その分、正社員だけどフリーエージェントみたいな働き方や副業・兼業をする人も出てくるような気がします。 フリーエージェントで働くという意識で、目標に向けてより自分をコントロールできる人じゃないと仕事がなくなる傾向も強くなるのではないでしょうか。
一方で、会社が社員にこれまで与えてきたものは、成果に対する報酬だけではありません。そこがまた、「そもそも組織とは何なのか」という問題を難しくしています(後編に続く)。
(聞き手・浜田敬子、構成・三木いずみ)
中原淳:立教大学経営学部教授。立教大学大学院経営学研究科リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長などを兼任。専門は人材開発論・組織開発論。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授などを経て、2018年より立教大学教授(現職就任)。著書に『職場学習論』『経営学習論』ほか。