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私たちは「ポストコロナ時代」にどんな価値観を大事に生きていくべきか。そして新たな時代の指針となる「ニューノーマル」とは何か。組織開発が専門の立教大学経営学部教授の中原淳さんは、「リモートワーク下では、企業が個人にアウトプットをより鮮明に求める志向が強くなる。それと同時に、結果重視のフリーエージェント的な働き方や兼業・副業をする個人も増える」と予想する。
しかし、企業が個人にもたらしてきたものは、成果に対する報酬だけではない。後編では「組織とは何か?」を掘り下げる。
——半ば強制的にリモートワークに移行したことで、働き方はより結果重視のアウトプット志向になり、オフィスすら必要なくなり、従来の正社員制度も見直され、フリーエージェント志向の人も、副業・兼業を行う人も増えるというお話でした。
しかし会社が果たしてきた役割は、「アウトプットの管理」「成果に対する報酬の提供」だけではないですよね? 特に、スキルが身につくある一定の年齢までは、その人自身の生活全般を支え、心の拠り所だったりする。そうした面のフォローは、リモート下やフリーエージェント的な働き方をする管理職にできるのでしょうか?
管理職の仕事は成果を出すことです。成果を出すためには、従業員のケアも欠かせません。 直近では、心の元気を失ってしまう人が増える可能性は否めません。リモートワークは開始から数週間以内に、孤独や孤立感を抱える人が出てくる傾向があります。そういう人には、ケアが必要です。
あと、最も気になるのは、経験の浅い若年層、中途採用で入社してきた人ですよね。
会社の目標のひとつは利益の追求ですが、社会的なものもたくさん個人に提供している。場所とかつながりとかそういったコミュニティー的なものです。今、それがリモートによって著しく失われている。
偶発的な出会いや、即興的なサプライズもありません。廊下ですれ違った時に「どう?最近」という会話がない。Zoomでの会議は、常に目的志向的です。偶然の会話や気遣いはなかなか起こらない。
リモートワークでの作業やコミュニケーションは、どうしても合目的的かつ効率的になる傾向があります。Zoomの部屋に入って、会議をひとしきりしたら、あとは退出ボタンを押して次の会議に出る。余剰は、ほぼありません。
だから管理職も、そのような時間を会議の前後などに意図的につくっていく必要があると思います。
メンタル面のフォローのため、多くの企業でオンライン・朝会やランチ会が行われていますが、正直、心の問題はまだ課題です。学校も同様の状況にあるので、私自身は若い学生たちに「孤独にならないよう」と伝えています。
職場では特に若い層に対するメンタルケアが重要だという。中原さんは大学でも学生に「孤独にならないよう」と声をかけている。
撮影:浜田敬子
——若年層に対しては、年間を通じて、セーフティネット的な研修を企業が提供していかなければならないということでしょうか?
新人研修のあり方が見直される気がします。これからは新人研修も1年間を通じたものになっていくのではないかと思います。これまではコスト削減の意味で、最初の1カ月をしっかり囲って、あとは現場にボットンして、さようならでした。
でも、 リモートワーク環境下での新人適応は、それでは難しいのではないでしょうか。もう少し丁寧に、彼らの適応を支援する必要があります。新人研修は、 最初の1カ月のイベントではなく、1年を通じたプロセスになっていくと考えます。
あともう一つ、リモート下では、企業としての理念や戦略のストーリーをより強く持つ必要性が高まるでしょう。何のために、私たちは働いていて、どういう価値を社会に提供しようとしているのか。そういうストーリーです。
リモートで働くことは孤独な作業です。そして、人はとかく作業に集中し始めると、PCのスクリーンに向かって目線が落ちていき、自分の仕事を粛々とこなすことが目的となる。
実際リモートワークが進むと、組織へのエンゲージメント、組織に対する一体感、組織の戦略に対する貢献意欲などが落ちていきます。リモートワークは、組織に働く「遠心力」を高めます。放っておけば、組織がバラバラになってしまうこともある。
その中で、不安や疑念を越えて、仕事を続けるには組織の持つ理念やストーリーが、社員にとって重要な心の拠り所になると思います。
今後僕は、企業のトップが発するべきメッセージは、これまで以上に極めて重要になってくると思います。今という緊急事態をどのようにとらえ、企業は何を戦略とし、どのような理念を持って、社会にどのように貢献していくのか。
企業業績が急速に悪化することが目に見えている中、社員のエンゲージメントをいかに保つかがポイントになります。 そのためには、組織に「ポジティブなストーリー(戦略)」が必要です。
確かなポジティブなストーリーがある組織は、たとえリモートワークで、どんなに組織に「遠心力」らしきものが働こうとも、バラバラにはなりません。組織の中に、そうした「求心力」をいかに持つのか。これは組織開発という分野になりますが、極めて重要な課題になってくると思います。
リモートワーク時代には、「なぜ、この会社でこの仕事をやるのか」という組織の理念やストーリーがより重要になる。
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——はっきりした理念、はっきりしたアウトプットということは、成果さえ出せれば、介護や育児、副業をしながらでもいいとなりますよね。私もオンラインの打ち合わせをしながら煮物をしたり、と仕事と家庭のシームレス化が進んでます。
それでいいんですよ。宅配便を取りに行ったりとかでもいい。ある意味、僕らはオフィスに縛られていた。オフィスの囚人だったわけです。それがなくなって、自由に時間や空間を越えてつながっていられるようになったのだから、副業も当然あり。時間と場所の制約で、働きたくても働けなかった人たちも働けるようになるでしょう。
一方で、リモートワークは、家庭と仕事が強制接続されてしまっているとも言えます。家の中にオフィスが入り込み、家とオフィスが混在化しているので、社員に対する環境設備費の支援もこれからの企業には絶対に求められることです。
特にオフィス代の固定費を浮かした企業は、社員に還元する方法を考えた方がいいと思います。大きなモニター、通信料、机などを支援したとしても、たいした金額にはなりません。自宅を働きやすい環境にすることを支援する企業が、おそらく今後、増えていくとみています。
仕事と家庭が混然一体としているということは、歴史的に考えると近代に戻っているとも言えます。生産者が生産に必要な資本を直接所有している家内制手工業の状態になっている。近代以降は工場ができ、家庭と仕事が分離されました。それによって、「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業も成立していた。
でも今回、強制接続されたので、男も女も家庭に入る。そこに子どもがいる場合、これまでの性別役割分業だと絶対にうまくいかない。今、子どもが仕事部屋に乱入してくることが共働きの親の間で話題になっていますが、混在する環境でどうやって家庭を回していくか。ある意味、性別役割分業の強烈な見直し機会にもなっています。
突如始まった仕事、家事、育児の混在。自由度が高くなった一方で、家庭内での分業の見直しの機会となっている。
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——すでに、共働きのママたちから自分だけ部屋に閉じこもって仕事をしている夫に「私だって、仕事をしなきゃいけないのよ!」と、あちこちで怒りが噴出しています。
当然でしょう。強制リセットボタンによって、この60年近く、どうやっても変わらなかったものが、もしかしたら変わるかもしれない。というか、変わらないと持ちません。
——子育てのために、夜のセミナーや勉強会に行けなかった人たちが、オンラインでのセミナー開催も増え、学べるようになったという声も多い。女性の中には能力を発揮しやすくなる人が増えそうです。
それも、新型コロナウイルスがもたらした「価値逆転のひとつ」ですよね。これからは、非常にしんどい状況に置かれていた人ほどフレシキブルに働いたり、自由になれる。
今は、本当に夜な夜なオンラインイベントが盛んですよね。乱立するオンラインイベントの中で、主催者たちが「おうち時間」を奪い合う争奪戦を繰り広げているようにも見えます。おそらくしばらくすると、さまざまな評価が下され、残るものと、残らないものが生まれてくるのではないでしょうか?
働き方の見直しは世界で起きている。「どう動くかは自分の主体的な選択で決めればいいのです」と中原さんは伝える。
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——学びに関してはどうですか? 休校措置などがいつまで続くのか、不安に思っている人も少なくありません。
コロナはこれまであった問題を「白日のもとに晒す」という機能と、「問題の深刻さを加速化する」という機能があるように、僕には思えます。
現在休校措置が続き、それでもオンライン学習などで学べる子どもと、そうでない子どもの格差が広がっています。コロナは、こうしたかつてからある「格差」を「白日のもとに晒しました」。さらには休校が長引くことで、「問題の深刻さを加速化」しています。 学校でも、プリント1枚渡さないところと、みっちり6時間オンライン授業をするところと分かれています。
つまり企業、家庭、学校、自治体、それぞれの場で、自分たちの本分に対して、本当にやる気があるところとないところ、その差がはっきりと表れた。みんな、薄々分かっていたのだけれども、ここまで顕在化はしていませんでした。
だからこそ、直ちに「学びを止めないこと」をオールジャパンで行う必要があります。
教育現場で言えば、この緊急事態下で最も重視するべきことは、ひとつしかありません。それはアナログ、デジタルを問わず、「子どもと早期に関わりを持つこと」「子どもの生活リズムをケアすること」「学びを止めないこと」「子どもたち同士のつながりを復活させること」「子どもの心をケアすること」です。
—— いろいろな話をうかがってきましたが、確かにと思える半面、不安もあります。同調圧力と既得権力の強い日本。ちょっとコロナが収まれば、また元に戻り、何も変わらない可能性はありませんか?
最初も言いましたけれど、今回のコロナウイルスの感染拡大は「パンドラの箱を開けた」に近いと思います。それは働き方、学び方には、かなりの影響を与えると思います。
東日本大震災の時はすべての人の働き方まで影響を受けたかというと、実はそれほどでもありませんでした。でも、今回は世界中の人が働き方を見直さざるを得なくなっています。
しかも、それは「短距離走」ではなく「長距離走」です。1年から2年の単位で私たちは、コロナウイルス感染拡大後の社会をつくっていかなくてはなりません。
コロナは、「それがなくても(仕事)が回るもの」をあぶり出しました。企業業績が厳しくなる中、徹底的に「なくても仕事が回るもの」は見直しがかかるでしょう。
しかし、一方で「組織にとって、本質的に必要だったもの」もあぶり出しています。企業が、明瞭な明るい戦略を持たなければならないこと。従業員のケアをしなければならないこと。多様な働き方が許容さえすれば働ける人々が、まだまだ世の中にはいることです。
コロナは、中長期にはさまざまな「価値逆転」をもたらすでしょう。しかし、なんら恐れることはありません。時代の変化にあらがわず、自らを変化させ続ければ、何も怖いことはありません。あなただけが「変化」せよ、と言われているわけではない。みんなが、社会全体が「変化」せよ、と言われているのです。
万が一日本が変わらなくても、世界はもう変わってしまっている。これだけ外部環境が変わっていく中で、変化に取り残されていくのだとしたら、「取り残されました。以上」で、さらにじり貧になっていきます。
変わりゆく世界の中で、自分を保っていくのは容易なことではありません。
しかし、しなやかに冷静に、しかしながらゆっくりと確実に、一つひとつ働き方、学び方を見直し、新しい世界、ニューノーマルをつくり出せたとしたらいいですね。
これって、たぶん、シンドイでしょうけれど、たぶん、楽しい。お互い、そう思って生きていきたいですね。
(聞き手・浜田敬子、構成・三木いずみ)
中原淳:立教大学経営学部教授。立教大学大学院経営学研究科リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長などを兼任。専門は人材開発論・組織開発論。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授などを経て、2018年より立教大学教授(現職就任)。著書に「職場学習論」「経営学習論」ほか。