コロナ禍で急速に経営環境が悪化する大手百貨店の決算から見えてくることとは…。
Business Insider Japan、J.フロントリテイリング決算説明会資料
百貨店業界が苦境にあえいでいる。5月12日に三越伊勢丹HDが2020年3月期連結決算を発表し、国内の大手百貨店の2019年度決算がほぼ出揃った。結論から言えば、そのほとんどが減益だ。
新型コロナウイルスの感染流行が、百貨店という業種に大打撃を与えていることは間違いない。
だが、コロナ禍が起こる以前から百貨店業界では顧客離れも起きていた。専門家は「コロナは一過性という話ではない」と厳しい見方だ。
まずは次の表で、決算短信や資料をもとに、各社の売上高、営業利益、当期利益(純利益)をおさえておこう。
エコノミスト「インバウンド需要はしばらく戻らない」
百貨店の業界の現状について、第一生命経済研究所・主席エコノミストの新家義貴氏はBusiness Insider Japanの取材に対し「消費増税でダメージを食らっていたところに、コロナのダメージがやってきた」と指摘。
その上で「たとえ国内(の感染が)が収束しても他の国・地域でも抑え込めていないとインバウンド需要の回復は難しい」と分析する。
—— 百貨店業界の現在の状況について。
2019年9月には消費増税前の駆け込み需要があったが、10月には反動で売上は減少。11〜12月でゆるやかに反動期から持ち直してきたところだったが、年明けからコロナの影響で売上水準がさらに一段切り下がったと言える。
他の業態では、2月まではなんとか踏みとどまっていたところが多かったが、百貨店は2月時点で景況が悪化していた。小売の中でもスーパーやドラッグストアは需要の増加で売上は好調だが、百貨店は特に厳しい。
—— なぜ、百貨店は特に景況感が厳しいのか。
ひとつは、インバウンド需要に依存していたことが大きい。春節シーズンの1月には中国が団体旅行を禁止。2月から訪日客が激減し、3月以降は日本への渡航を禁止する国も出た。日本も世界的な感染拡大で入国禁止措置をとった。こうした流れで訪日観光客が減少した。
国内でも、消費マインドが過去に類を見ないほど低迷していることも影響している。政府の外出自粛要請や休校要請などで2月末ごろから自粛ムードが強まり、3月には危機感の広がりから国内需要が減った。百貨店でも営業時間を短縮する動きが広がった。
4月には緊急事態宣言が出されたことも大きかった。強制力はないが、国民の危機意識は相当強まり、人出が相当減った。
百貨店でも営業自粛で休業を決める店舗も出ている。大手百貨店の4月の売上速報を見ると軒並み7割以上、場所によっては9割以上も売り上げが落ちている。1〜3月も悪かったが、4月は比にならないレベルだった。
—— 特定警戒都道府県以外の34県では緊急事態宣言の解除が検討されている。消費マインドはすぐに戻りそうか。
他の地域では解除される可能性も示唆されているが、東京都を含む首都圏では緊急事態宣言が継続される見通しが強く、すぐに消費マインドが戻るとは思えない。
営業を再開するとしても、感染拡大防止と顧客・従業員の安全を図りつつ、どういう形で営業していくのかが課題になるだろう。
——「インバウンド頼み」の姿勢は、転換を求められるだろうか。
たとえ国内が収束しても他の国・地域でも抑え込めていないとインバウンド需要の回復は難しいだろう。しばらく需要は戻らないと考えたほうがいいだろう。
近年の百貨店は「インバウンド頼み」で息を吹き返してきた面があるが、今後は難しい。これは「コロナは一過性なので」という話ではない。
全国百貨店90店舗のインバウンドの売上動向。3月の免税売上高は前年同月比14.3%(85.7%減)と底が見えない状況だ。
出典:日本百貨店協会
—— 未曽有のコロナ禍を百貨店が生き残るにはどうすればいいか。
「こうやれば大丈夫」という方策はなかなか難しい。
インバウンドがダメとなると内需頼みとなるが、それも厳しい。これから国内の給与水準が減っていく可能性は高く、夏と冬のボーナスも減少し、雇用も減るだろう。
オンラインストアの拡充は1つの手段ではある。百貨店は高品質なものを取り扱っているという信用もあるので、通販には馴染みやすいかもしれない。
ただ、店頭売上をどこまでカバーできるのかは難しい。いずれにしても、高価格帯のものを扱う百貨店にとっては厳しい経営環境がしばらく続くだろう。
来るべくしてきた「百貨店の苦境」
休館が続く三越日本橋本店。
撮影:吉川慧
2019年は消費増税による買い控え、暖冬による冬物衣料の不振で経営環境が悪化していたところに、コロナ禍が追い打ちをかけた。
広い売り場面積の維持費、人件費、変動する仕入費もあって高コスト化を招きやすい業態に、大幅な収益減が響いた。赤字と黒字の分岐点となる売上高(損益分岐点)も高く、90%前後の企業もあるとされる。
2月以降の消費マインドの低下で収益が下がる中、首都圏にある大手百貨店の旗艦店では「緊急事態宣言」もあって、いまだ休業が続く。
4月の売上速報(前年同期比)は、三越伊勢丹90.8%減、J.フロントリテイリング(大丸松坂屋百貨店)78.1%減、H2Oリテイリング(阪急阪神百貨店)76.5%減、高島屋75.8%減、そごう・西武71.4%減と壊滅的だ。
求められる「百貨店以外」の収益源
銀座三越はインバウンド需要を取り込んでいたが…
撮影:吉川慧
4〜5月に発表された大手百貨店の2019年度決算の中で、最も新型コロナウイルスの影響を受けているのが三越伊勢丹HDだ。
百貨店は2月期決算が多いが、同社は3月期決算。そのため、自粛ムードが高まった3月の売り上げが色濃く影を落とした。
全国の百貨店で売り上げトップを誇ってきた伊勢丹新宿店を擁する同社だが、他と比べて百貨店事業の占める割合が大きい。消費低迷の影響が、他よりも色濃く出やすいと言える。
専門の免税エリアでインバウンド需要に注力していた三越銀座店をはじめ、円安を背景に訪日観光客頼みで利益を確保してきた百貨店ビジネスは、今後はいっそう厳しい経営を迫られるだろう。
不動産ビジネスに相次ぎ参入する百貨店
ビックカメラが入居する三越日本橋店新館。富裕層向けての家電や美容・健康器具のほか、ビジネス街の顧客取り入れを狙った。
撮影:吉川慧
日本橋三越本店の新館に家電量販店ビックカメラを誘致するなど、三越伊勢丹HDは不動産事業も展開してきたが、(不動産事業単独の)2020年3月期の売上高は353億円、営業利益は59億円とまだまだ成長途上だ。今後も不動産事業への投資は進める予定だったが、経営環境の悪化で計画の一部を見直しを余儀なくされている。
日本橋高島屋S.Cは本館(日本橋高島屋)、新館(専門店)、東館、タカシマヤ ウオッチメゾンの4館が一体となった新・都市型ショッピングセンター。飲食店など底堅い需要をもつテナントを入れたことで不動産収入を確保した。
撮影:吉川慧
不動産業で先を行くのが、三越と同じく日本橋に店舗を構える高島屋。2018年にオープンした日本橋高島屋S.C.(ショッピングセンター)の開業で、スーパーや飲食店などを招致。家賃収入などで増収を確保してきた。
商業施設「GINZA SIX」も緊急事態宣言で休業が続いている。
撮影:吉川慧
J.フロントリテイリングも松坂屋銀座店跡地を開発し商業施設「GINZA SIX」を森ビルとともに開発。蔦屋書店や人気の飲食店がテナントとして入居するだけではなく、オフィスエリアも設けたことで安定的な不動産収入のモデルを模索している。
「百貨店EC」という試金石
伊勢丹のオンラインストア。休業が続く中で3月、4月の推移は「好調だった」(4月売上速報)という。「おうち時間」が消費トレンドになる中で、新規顧客層を広げられるか。
撮影:吉川慧
次の一手として、各社が照準を当てるのが、未だ開拓途上のEC事業だ。
三越伊勢丹HDの杉江俊彦社長は「アフターコロナには消費行動が変わる。実店舗に来る機会が減るため、デジタルを強化したい」とする。
全体で増収を確保した高島屋も、経常利益は232億円(前期比-25.7%)。主軸の百貨店事業では売上高が7603億円(前期比-1.1%)、営業利益は42億円(前期比-50.6%)と厳しい情勢だ。
こうした中、高島屋はSBI証券と業務提携し、金融事業の強化に乗り出す。加えて村田善郎社長は「以前からEC ビジネスは伸びてきており、コロナに関係なく事業の大きな柱にできる ように体制を整えたい」と明言。EC事業への投資を進める姿勢だ。
日本の小売業におけるEC化比率は現在6%超。開拓の余地は存分に残されているが、これが店頭販売を補完する存在になりうるだろうか。
ヤフーやZOZOを傘下に持つZホールディングス、楽天など、先行する競合他社とどう戦うのか。これまで培った百貨店ブランドは活かせるのか。老舗の生き残りをかけた試金石となるだろう。
バブル後の業界再編の再来? 「リストラ」への布石も?
江戸時代初期(1673年)創業の「越後屋」の流れを持つ三越。日本最古の名門デパート百貨店だが、バブル後の消費低迷や百貨店離れなどで経営環境が悪化。2007年8月に伊勢丹に吸収合併された。景気低迷は百貨店の再編を招くことになるのか…?
撮影:吉川慧
そもそも百貨店という業態は、ここ30年ほど“冬の時代”だった。
日本百貨店協会によると、1990年代に9兆円超を誇った全国百貨店の売上高は、2019年には5兆7000億円台まで低迷した。
バブル後の景気低迷は、経営環境が悪化した百貨店の業界再編のうねりを生み出し、2000年のそごう経営破綻を皮切りに、そごう・西武(現セブン&アイホールディングス傘下)、三越は2007年の三越と伊勢丹の合併(現在の三越伊勢丹HD)や大丸、松坂屋、パルコの経営統合(現.Jフロントリテイリング)へとつながった。
だが、業界再編と不採算部門の見直しが進んでも、百貨店ビジネスのカンフル剤は見つからなかった。数少ない成功例が、伊勢丹新宿店メンズ館と阪急有楽町店のメンズ館だろう。
多くの百貨店の頼みの綱となったのが、中国からの訪日観光客を中心としたインバウンド需要だった。だが、それも根本的なビジネスモデルを変えることにはつながらなかった。
弱り目に祟り目。そこに「新型コロナの流行」という想定外の要因による経営環境の悪化が加わり、インバウンド需要は消滅。今後、百貨店のビジネスモデルの抜本的な変革が、急務となるのは避けられないだろう。
そごう・西武も赤字に転落。不採算店舗の整理が進められている。
撮影:吉川慧
実際、決算発表では店舗の閉鎖や人件費の削減をにじませる言葉やトップの発言もあった。
高島屋の村田社長は「本部コストとして、近年、人件費、システム費、減価償却費といったコストが増加傾向にある」「コストを圧縮し、効率経営を進めていくことが課題」と表明。コマーシャルペーパー(CP)の発行で300億円を調達し、資金繰りの安定を図っている。
2年ぶりの赤字となったそごう・西武は、すでに不採算店の5店舗の閉鎖や2店舗の売場面積縮小を決めている。従業員の転職支援、社外出向、社内での配置転換などで固定費の削減も引き続き続ける方針だ。
三越伊勢丹は2019年9月末、伊勢丹府中店と相模原店を閉店。2021年2月末には三越恵比寿店が閉店予定。今後もさらなるコスト削減や投資抑制を継続する。
2019年度の現預金は766億円と手元資金は潤沢だが、キャッシュフローが逼迫した場合の備えて三菱UFJ銀行と三井住友銀行に総額800億円規模の融資枠の設定を要請したことも報じられている。
ショッピングモールや低価格の量販店など競合相手の増加、従来顧客の高齢化——百貨店を取り巻く環境はもともと厳しかった。コロナ禍の到来で「新しい生活様式」が叫ばれ、外出を控える動きも広まる。
ありとあらゆる豊富な品揃えで、高価格帯の商品を対面で販売する「百貨店」というビジネスモデルそのものが、“背水の陣”の試練を迎えている。