コロナ禍の今だから知りたい、ウイルスの謎。生物学者が語る「生命体としてのウイルス」

パンデミック

新型コロナウイルスは、少しずつみずからの遺伝子を変化(変異)させながら、世界中で流行している。2020年5月14日現在、全世界での感染者は400万人を超え、死者数も30万人に迫っている。

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新型コロナウイルスが世界で猛威をふるっている。

感染症の原因として「悪者」扱いされるウイルス。確かに人類の社会活動、経済活動に大ダメージを与える憎き相手ではあるものの、少し見方を変えると、まったく違う一面が見えてくる。

ウイルスとは、いったい何者なのか?

どのようにして生まれ、これまでに地球で何をしてきたのか。東京理科大学で生物学的な側面からウイルスを研究する、武村政春教授に話を聞いた。

ウイルスは生物なのか、非生物なのか?

DNA

生物の遺伝情報が保存されているDNAは、何かの拍子に突然変異することがある。

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新型コロナウイルスは、中国・武漢で発生して以降、少しずつ進化(変異)を重ねている。

進化できることは、生物に共通した特徴といえるだろう。

あらゆる生物は、細胞の中にみずからの設計図ともいえる「DNA」をもっている。DNAには、細胞内でタンパク質をつくり出すための情報などが記録されており、これを「遺伝子」という。

DNAには、紫外線が当たるなどして突然変異が生じることがある。これは生物の設計図が書き換えられることを意味する。こういった小さな変化がその生物の子孫にも脈々と受け継がれていくことで、生物は少しずつ進化していくことになる。

ウイルスも、生物と同じようにDNA(あるいは、DNAに似た分子であるRNA)をもつ。そのため、生物と同じように、DNAやRNAが突然変異することで進化していくことがある。

こう聞くと、ウイルスも生物の一種だと感じる人は多いのではないだろうか。

しかし、武村教授は、

「ウイルスには、『微生物の一種』というイメージがありますし、自己を複製して子孫を残しているという意味で、生物的な営みをしているといえるかもしれません。ですが、ウイルスは生物ではないというのが、専門家の間での一般的な常識です」

と断言する。

細胞

細胞の中には、核やリボソーム、ミトコンドリア、ゴルジ体など、生命活動に欠かせないさまざまなものが詰まっている。

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ゾウリムシのような単細胞細胞生物であれ、ヒトのような多細胞生物であれ、生物であれば細胞をもつはずだ。

細胞は、細胞膜で覆われ、内部にはDNAを保存している核(真核生物のみ)などの細胞小器官や、遺伝子からタンパク質を作り出すリボソームをもつ。また、自ら生命活動に必要な物質を作り出し、ときには細胞分裂をして増えることもある。

一方でウイルスは、DNAやRNAこそ持ってはいるものの、その表面は「カプシド」とよばれるタンパク質、そして「エンベロープ」とよばれる脂質の膜で覆われている(エンベロープをもたないウイルスもいる)。内部には核などの細胞小器官はなく、みずから分裂して増殖することもできない。

新型コロナウイルス

新型コロナウイルスの構造のイメージ図。コロナウイルスは内部にRNAをもつタイプのウイルス。

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武村教授は、これらの点から

「やはりウイルスと生物はちがうと思います。生物っぽいことは間違いないので、私は『生命体』という呼び方をすることもあります」

と話す。

ウイルスが生き延びるには、生物の細胞に侵入してタンパク質を作る仕組を乗っ取り、みずからの遺伝子をコピーして増殖しなければならない。ウイルスはある意味、生物に対して「寄生」して生き延びてきた生命体だといえる。

ウイルスはいつ生まれたのか?

新型コロナウイルス

1月22日に分離された新型コロナウイルス。電子顕微鏡で撮影された画像。

出典:中国国立病原体ライブラリ

人類がウイルスの存在に気がついたのは、19世紀末頃だといわれている。

当時、感染症の原因として知られていたのは細菌だ。しかし、細菌を濾過するフィルターを通しても感染性が失われない、目に見えない病原体の存在が発見された。これがウイルスだった。

その後研究が進み、ウイルスがタンパク質でできていることや、わずかに核酸(DNAやRNA)が含まれていることが確認されていった。

そして、20世紀半ば、電子顕微鏡が発明されると、はじめてその姿が確認された。

人類がウイルスに気がつき、その正体を知ろうとしてから、まだたった100年程度なのだ。

では、ウイルスはいつ、地球に誕生したのだろうか。

武村教授は、

「ウイルスは細胞に寄生的な生き方をしているので、少なくとも細胞がある程度存在した時代に誕生したのではないかと考えられますが、ウイルスの起源について詳しいことはよく分かっていません」

と語る。

ウイルスの起源は不明。考えられる3つの仮説

武村政春教授

東京理科大学の武村教授。

提供:東京理科大学武村政春教授

ウイルスの起源について、有力な仮説は3つある

「一番よく考えられているのが、ウイルスは細胞から飛び出た“何か”であるという考え方です」(武村教授)

細胞の内部には、DNAはもちろん、RNAも存在する。こういった分子が何かの拍子に細胞の外に出て、現代のウイルスにまで進化してきたのではないかという仮説だ。

2つ目の仮説は、生物だったものが寄生的な生き方に適応し、いらないものを脱ぎ捨てていく進化をしたというものだ。

「最終的に細胞からリボソーム(タンパク質をつくる構造)も捨て、自分自身では増えることはできないけれども、別の生物の細胞の中に入ればその仕組を使って増殖できる(タンパク質を作れる)仕組みに進化していったという考え方です。細胞がミニマリスト化した、と説明することもあります」(武村教授)

3つ目の仮説は、現代の生物につながる生命体が誕生したころに、それとは独立して進化してきたというものだ。

この3つの説はどれも仮説に過ぎない。一部、それぞれの仮説を補強するような研究結果も報告されているというが、いまだに結論は出ていない。武村教授も「どれが真実なのかは、分かりません」と話す。

系統樹

過去を遡ればヒトとチンパンジーは共通の先祖に辿りつくことはもちろん、ヘビやヒトデ、細菌など、あらゆる生物は共通した祖先をもつ。地球上に生物が生まれ、進化していくなかで、少しずつ種分化が進んできた。これを図にしたものを、系統樹という。ウイルスはこの系統樹に含まれていない。

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また、ウイルスは複数のグループに分かれており、すべてのグループに共通した祖先は存在しないと考えられている。そのため、ウイルスのグループ毎に起源が異なる可能性も十分考えられる。

「リボソームでタンパク質をつくるには、結構エネルギーを使います。それを持たないなら、細胞に感染するという戦略を選ばざるをえないように感じます。そのため、(起源が違っていても)結果的に同じような姿に進化したのではないかと考えることができるかもしれません」(武村教授)

ヒトのゲノムの40%以上に、ウイルスの痕跡が残されている?

ゲノムデータ

DNAには、アデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)という4種類の塩基の配列によって情報が記録されている。ヒトのDNAに存在するこれらの配列は、2003年にすべて解読された。そのうち、40%以上にウイルスからもたらされたと思われる配列があるという。

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ウイルスは、寄生先となる生物なくして増殖できない。

一方、現代の生物、とくに人類を始めとした哺乳類も、実はウイルスなくして現在の姿を獲得できなかった可能性がある。

ウイルスの中には、細胞に侵入して増殖する際に、宿主となる生物のDNAにみずからの遺伝子が組み込まれてしまうものが存在する。こういったウイルスを「レトロウイルス」という。

また、このように遺伝子が種をまたいで移動する現象を「遺伝子の水平伝播」という(ウイルスによる遺伝子の移動は、そのメカニズムの一つ)。

実は、ヒトのDNAの約40%以上が、かつてウイルスに感染した名残であると考えられている。ヒトの妊婦と胎児をつなぐ「胎盤」をつくる上で重要なはたらきをする「Syncytin」(シンシチン)と呼ばれる遺伝子もその一つだ。

妊婦

母親と赤ちゃんは、胎盤を介してつながっている。ウイルスが存在しなけれな、哺乳類の子育ての形も変わっていたのかもしれない。

Coffeemill/Shutterstock.com

この遺伝子は、ウイルスにとってはエンベロープ部分のタンパク質をつくるためのものだ。このタンパク質があるおかげで、ウイルスは細胞に感染することができる。

遺伝子の水平伝播が起きたとしても、取り込まれた遺伝子が必ずその生物種の特徴として継承されるとは限らない。取り込まれた新しい遺伝子が世代を超えて継承されるには、ウイルスが生殖細胞に感染していなければならないからだ。

直感的に考えると、単細胞生物であればまだしも、多細胞で複雑な構造をもつ生物になればなるほど、ウイルスの遺伝子が生殖細胞に組み込まれ、世代を超えて継承されるのは難しそうだ。

ただし、武村教授は次のように話す。

「ヒトゲノム(ヒトのDNA)を調べてみると、恐らくヒトに特有のウイルス由来(と思われる)の遺伝子もあるので、霊長類が多様化するあたりやそれよりも前の段階で、遺伝子の水平伝播が起きていたのではないかと考えられています」

生物から遺伝子を“盗み取る”巨大ウイルスが、進化の鍵を握る?

ミミウイルス

「ミミウイルス」という巨大ウイルスの電子顕微鏡画像。粒子の直径は450ナノメートルほどで、その周囲に広がる“ヒゲ状”の部分を含めると直径800ナノメートルほどになる。

提供:東京理科大学武村政春教授

ウイルスは、生物に遺伝子を与えることがある一方で、頻度は高くないものの、逆にさまざまな生物から遺伝子を盗み取ることもある。

武村教授の研究対象である巨大ウイルス(※)は、まさにもともとは単純なウイルスが、生物への感染・増殖を繰り返すうちに遺伝子を盗み取りながら大きく進化した結果生まれたのではないかと考えられているという。

※巨大ウイルス:従来のウイルスと同じようにみずからタンパク質をつくれず、生物の細胞に侵入しなければ増殖もできないが、これまで知られていたウイルスと比べて非常に大きく、遺伝子の数も多いウイルス。

武村教授によると「巨大ウイルスは、これまでのウイルス以上に生物に近いことがわかってきました。生物とウイルスの境界線が、そろそろ曖昧になりつつあります」と話す。

さらに近年の研究では、巨大ウイルスが生物の進化史において、細胞の核をつくる仕組み(真核生物への進化)に大きな影響を与えている可能性があることも分かってきたという。

感染症の原因としての面ばかりが注目されるウイルスだが、少し視点を変えるだけで、生物の進化の際に、度々重要な役割を担っていたことが見えてきた。

コロナ禍の今、新型コロナウイルスとの共生が必要になると指摘されることは多いが、ウイルスとの共生は、ある意味、生物にとっての宿命なのかもしれない。

(文・三ツ村崇志

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