9月入学で雇用悪化に加え採用も混乱。まずはコロナ禍の就活支援を。グローバル化に疑問も

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新型コロナウイルスの影響が長引き「9月入学」が検討されている。

撮影:今村拓馬

新型コロナウイルスの影響で長引く休校に、始業や入学の時期を9月に移す「9月入学」案が政府内で検討されている。先進国の多くが9月入学であることから、海外の人材獲得に有利になる点や、学生の海外留学がしやすくなるとして、経済界からは賛成する意見が多い。

一方で、コロナ禍さなかに9月入学に切り替えた場合、「新型コロナで景気の先行きが不透明な時に、さらに就職活動が混乱する」と雇用の確保を懸念する声や、「入学時期を他国と合わせるだけでは外国人材の確保につながらない」という指摘も上がっている。
 

9月入学をめぐる議論:官房副長官が4月末、文部科学省などの関係機関に論点整理を指示。6月上旬をめどに課題を整理する。自民党内でもワーキングチームを設置し検討を始めた。小池百合子東京都知事、吉村洋文大阪府知事などが賛成を表明する一方、日本教育学会は「慎重な議論が必要だ」と、拙速な議論に反対する声明を発表するなど議論が本格化している。過去には2012年、東京大学で9月入学の導入が検討されたが実施されなかった。

新型コロナで採用が混乱

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9月入学は就職活動にも大きな影響を与える。

撮影:今村拓馬

「9月入学になれば就職活動の在り方も大きく変化せざるを得ません。それでなくても新型コロナウイルスで雇用環境が悪化していけば、採用活動自体が混乱していく。その中で9月入学の議論をするのはタイミングが悪い。学校教育だけが注目されがちだが、雇用との関係も議論する必要があります」

若年者雇用の問題に詳しい労働政策研究・研修機構(JILPT)の堀有喜衣・主任研究員はそう指摘する。

新型コロナの就職活動への影響はすでに出始めている。全日本空輸(ANA)は、グループ37社で計約3200名を募集していたが、5月8日に採用活動の一時中断を発表した。

人材確保のメリットに疑問も

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9月入学の導入で、新型コロナで経済が不安定な中、安定した雇用の確保が難しくなるとの指摘もある。

撮影:竹井俊晴

2021年と2022年に卒業する大学4年生の就活は、3月に広報が解禁され、6月に選考開始というのが関係省庁連絡会議が定めている方針だ。

これが9月入学になるとどうなるのか?

「単純に現在のルールを5カ月後ろ倒しすると、3年生の夏休み中(8月)に広報解禁になります。これまでは時間が取りやすい3年生の夏休みにインターンシップに参加する学生も多かったが、夏休みに就活が始まるとなれば、従来通りのインターンの実施は難しくなる。就活スケジュールの変更を迫られます」(堀氏)

実際には就活時期の規定は形骸化し、日程を前倒して選考面接を行っている企業も多い。ただ9月入学となれば、就活の日程自体が大きく変化することは間違いない。

「大企業は通年採用に意欲的ですが、日本の場合、3月に卒業して4月に入社という切れ目のない採用が一般的。在学中に内定をもらい、卒業と同時に一斉に入社する形式は、9月入学になっても変わらないでしょう。

グローバル人材の獲得のため9月入学を推す意見もありますが、日本の雇用慣習を残したままで時期を変更しただけでは、人材獲得のメリットは少ないのではないか」(堀氏)

アメリカなどのように卒業後に就職活動をするのが一般的な国もあり、日本の雇用慣習となじまないことがハードルになっている。

9月入学を行う前に、景気が悪化した場合の就職支援がより重要だと堀氏は指摘する。

「就職氷河期では、正職員の採用が抑えられ、フリーターが増加しました。

普通は学生が正社員として就職できるように政策が作られます。新型コロナで採用が不安定の中で9月入学を行えば、逆に、人為的に混乱を作ってしまうのではと懸念しています」

留学生の誘致「入学時期の問題ではない」

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9月入学については、外国人材の確保につながるとの意見もある。

撮影:今村拓馬

外国人材確保のための障壁は、入学時期だけではないという指摘もある。

「日本の大学・大学院に留学している外国人で最も多いのが中国で約4割、2位のベトナムが約25%。この2国の割合が非常に大きいですが、両国とも9月入学の国です。

一方で日本と同じく4月入学のインドからの留学生は1%に満たない。インドの人口は中国とほぼ同数で、4月入学の国であるにもかかわらず、中国に比べて圧倒的に少ない。外国人材を呼び込む障壁となっているのは、入学時期の問題だけではありません」

上智大学経済学部の中里透准教授(マクロ経済学)は、そう指摘する。

中里氏によると、外国人留学生にとって日本語の壁が大きく、英語を話せるアジアの学生は、欧米などの国を選ぶ傾向もあるという。

長期留学の日本人は少数派

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日本人が留学する場合はどうだろうか?

日本以外の主要7カ国(G7)では秋入学が一般的なため、日本も9月入学に移行することで、入学や始業時期のギャップがなくなり留学がしやすくなる。

「ただし、日本からの留学生の約6割が1カ月未満の短期留学。長期留学したりする学生は、大学生全体からみればまだ少数です。入学時期の変更は日本のシステム全体を変えることになるため、十分な検討が必要で、結論を急いではいけないと思います。

また日本人留学生の就職という観点で言えば、留学中に就職活動ができるように、現地で採用活動を行う企業もある。通年採用の形をとるなど、企業側が対応するべき側面もあります」(中里氏)

東京オリンピックの影響も

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中里透准教授は、東京五輪と入試時期が重なる懸念も指摘している。

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9月入学を採用した場合には、教育現場も膨大な変更を迫られる。

例えば、2021年7~8月に行われる予定の東京オリンピック・パラリンピックと入試時期が重なる可能性もある。

「都立高校や国公立大学の入試は2月下旬なので、5カ月後ろ倒しにすると7月になり、オリンピック期間に重なります。都内の高校・大学の受験生に影響が出てしまう。

仮に入試を前倒しにすると授業時間を圧迫することになり、なんのための9月入学か分からなくなってしまう」(中里氏)

中里氏は、大学の秋入学と、小中高校の9月入学の議論は分けてするべきだと指摘する。

「大学の秋入学を進めたいから、小中学校の9月入学の議論もされているように感じます。今、目を向けるべきは休校で困っている小中高生、大学生への対応です」

オンライン授業はもちろん、分散して登校する方法などを検討し、教育が遅れた分は、1学年にこだわらず複数年で吸収していく方が現実的だという。

「今後は緊急事態宣言が解除される地域もあり、再開される学校も出てくるでしょう。この話をしている間も刻々と状況は変化しており、今、9月入学に向けた十分な議論をするのは難しいと思います」

(文・横山耕太郎

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