中国は、新型コロナウイルスの影響で延期していた全国人民代表大会(全人代=国会)を5月22日から開催する。
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新型コロナウイルスの感染拡大を抑止した中国は、世界に先駆け、外出制限の解除や経済活動を再開。全国人民代表大会(全人代=国会)を5月22日から開き、政治、経済、外交の活動正常化に着手する。
一方、最大の感染国アメリカは、感染源問題をはじめ中国叩きを続け、世界経済を米中で二分する「デカップリング」もためらわず、習近平政権の「2つの夢」に立ちはだかる重圧になっている。
四半期ベースのGDPで初のマイナス
権力の集中化を進めてきた習近平・国家主席。コロナ危機は武漢封鎖という荒療治で乗り切った。
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権力集中を強化してきた習近平・国家主席は、中国の国内総生産(GDP)を2020年に、10年前と比べ倍増させ、農村の貧困をなくして「小康社会(ややゆとりのある社会)」を、全面的に実現する目標を定めた。
そして2021年には「第1の夢」である中国共産党成立100周年を迎え、建国100年を迎える2049年には「世界トップレベルの総合力と国際提携力を持つ強国」に育てる「第2の夢」を描いてきた。
そこに現れたのがコロナ禍。初期段階では、感染情報の隠蔽工作が発覚し、内外から批判を浴びた。しかし1月23日の武漢封鎖を皮切りに一連の荒療治が奏功し、4月初めには約2カ月にわたる武漢封鎖を解除し正常化に道を開いた。
この間、毎年3月5日から開かれてきた全人代を延期し、4月初めの習主席の日本国賓訪問も延期に。生産と消費の停滞は、経済を直撃した。1〜3月期GDPは、前年同期比6.8%減と、四半期ベースで初のマイナスを記録したのである。
第2四半期のV字回復は確実
工業生産は、1-2月には前年同期比マイナス13%だったが、3月は1・3%減まで回復した。4月は反転増加になる見通し。
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全人代はその年の主要政策を打ち出す重要会議だ。「ラバースタンプ」(追認機関)と揶揄されることも多いが、アメリカとともに世界経済を引っ張る中国の政治・経済・外交方針を理解する上で不可欠な会議である。
中国経済のマクロ指標をみると、1〜2月に前年同期比マイナス13%だった工業生産は、3月はマイナス1.3%まで回復。4月は3.9%と反転し、回復が進んでいることを示した。
世界で感染拡大が収まらず需要回復の流れは緩やかだが、4月の輸出は前年同月比3.5%増まで回復しており、第2四半期には「V字回復」しそうというのが大方の見方である。その自信が持てたからこそ、全人代開催にこぎつけた。
成長の目標値と新たな成長戦略は?
5月11日に営業を再開した上海ディズニーランド(5月11日撮影)。政府統計によると、5月の連休には1億1500万人が国内旅行をしている。
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注目される3つのポイントを挙げる。
第1は、2020年の経済成長率の目標値が示されるかどうか。
2019年の全人代は成長率目標を「6.0〜6.5%」に設定し、結果的には通年で6.1%だった。2020年は伸び率低下は必至で、経済専門家からは、「数値目標の設定は非現実的」との声も。目標値は、政権安定に対する指導部の自信のバロメーターでもある。
中国にとって成長維持と国民の富裕化は、「中国の統一性の維持」と並び、共産党の一党支配の正当性を支える二大核心。知識人らは2月、隠蔽工作に対し「言論の自由の圧殺が招いた『人災』」と、党中央批判の公開書簡を公開し、習体制を揺さぶった。
しかし、メーデーに始まる5月の連休では、政府統計で1億1500万人が国内旅行をするなど、感染拡大に対する国民の不安は一段落し、政府の対策への国民の信頼は回復しつつある。
注目のポイントの第2は、新たな成長戦略が発表されるかどうか。
中国政府は米中貿易戦の激化の中で、ハイテク発展戦略「中国製造2025」についての言及を控えてきた。しかし4月末から、「2025」に基づく新世代移動通信網「5G」を使った新研究プロジェクトの選定作業に入ったとされ、コロナ後の世界ではデジタル経済を加速する戦略だ。
対米政策は強硬に振れるか
ポンペオ米国務長官は、新型コロナウイルスの発生源として武漢にあるウイルス研究所を名指しし、米中関係の悪化に拍車をかけている。
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第3ポイントは、悪化する一方の米中関係への姿勢である。
両国の関係は現在、1979年の国交正常化以来最悪に陥っている。アメリカはウイルスの発生源として「武漢研究室」説を繰り返し、中国メディアはポンペオ国務長官を名指しで批判を展開している。トランプ氏はファーウェイ排除の強化と並んで、対中関係の「遮断」までちらつかせた。
「国交正常化以来、中国と中国人のアメリカに対する不信と反感は過去に例がないほど高まっている」と見るのは、米国研究の重鎮、北京大学国際関係学院の王緝思教授だ。
中国は、米中貿易戦をめぐる対米政策で大きな振幅を繰り返したが、2020年1月にようやく第一段階合意に達した。これは米中関係を最優先し、鄧小平以来の「韜光養晦」(能ある鷹は爪を隠す)政策が依然として維持されていることを示した。
しかし王教授は、「この思考はすでに世論の主流から外れ、その代わり中国はアメリカと真っ向から対峙すべきとの意見が主流になっている」と書く。李克強首相が全人代の冒頭発表する政府活動報告で、対米政策をどう表現するか、最大の注目点である。
経済のブロック化は簡単ではない
再開された武漢のコンテナ港(4月11日撮影)。世界的不況から脱出し、経済を再建する上で、コロナ禍によって目詰まりを起こしたサプライチェーンの再構築は欠かせない。
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グローバル化が進む中、国内政治と国際政治が相互に影響し合う「リンケージ・ポリティックス」は、米中両国で特に顕著になっている。
コロナ禍に伴う国境閉鎖で、「サプライチェーン」(部品・製品の供給網)は目詰まりを起こした。世界的不況から脱出し経済再建する上で、サプライチェーン再構築は欠かせない。だがトランプ政権は、世界経済を中国と二分する「デカップリング」をためらわない。
ではデカップリングは、本当に世界経済をブロック化するのだろうか。
トランプ政権はファーウェイ排除に続き、冷戦期に共産主義国への軍事・戦略物資の輸出規制を目的にした対共産圏輸出統制委員会(COCOM)を復活させるかもしれない。グローバル化した世界は、
- 地球規模の金融システム
- サプライチェーン
- 情報ネットワーク
の3つの鎖で結び付けられているとみるのは、ヘンリー・ファレル・ジョージワシントン大教授らである。
COCOMを復活すればサプライチェーンは確かに破断されるが、一方で、「地球規模の金融システム」を支えるドル体制が直ちに崩壊するわけではない。中国はこれをどう見ているのか。
先の王教授は、(アメリカによる)経済・技術排除が進んでも、(分断への)逆戻りはないとみる一方、「物心両面の準備が必要」とも指摘。そして「5G関連部品だけでなく航空用モーターやその他の製品も自国で製造すべき」と主張する。
バイデン大統領ならさらに悪化?
民主党のバイデン候補は、「当選したら中国に対して強硬な措置を取る」と明言している。大統領選の結果にかかわらず、米中関係は改善しない可能性がある。
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トランプ政権はコロナ対応で支離滅裂な対応を続け、各種世論調査で民主党のバイデン候補にリードを許している。コロナ禍で中国叩きを続けるのも責任回避が主要な理由だ。
一方、アメリカ国民の対中観も極度に悪化しており、中国を否定的にみる回答は過去最高の66%に達している。
大統領選でも対中政策が一大争点となり、トランプ大統領から「弱腰」と批判されたバイデン氏は「当選したら中国に対して強硬な措置を取る。特にアメリカの同盟関係を強化し、共同で中国に対抗する」と明言している。
先の王教授は、「どちらが勝っても対中関係は改善しない」とする一方、「バイデンが当選したら、トランプより更に度を越した対応をする」可能性があると見る。表面的な「口撃」をよそに、トランプ氏のほうがまだましという「本音」は、出口の見えない米中関係の複雑さを物語る。
(文・岡田充)
岡田充:共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。