撮影:三木いずみ
コロナショックによる「在宅勤務」へのシフト。改めて働き方が大きく問われ、議論になっている。会社と個人の関係やマネジメントスタイル、そして評価制度まで。各企業の経営・マネージメント層に取材し、在宅シフトで新たに気づいたこと、今後の経営課題を聞く。
3回目は、化粧品メーカーのポーラ・及川美紀社長。50代以上の中高年は、ITアレルギーが強く、リモートワークの“抵抗勢力”とよく言われる。しかし、同社は70代、80代の販売現場のショップオーナーらともオンラインで絆を深め、コロナ禍をともに乗り越えようとしている。
ポーラでは、3月末から在宅勤務を推奨しました。4月の緊急事態宣言からはもう一段階厳しく、感染拡大の程度に合わせて、首都圏は9割減10%出社、地方の事業所は8割減20%出社に。
ただし、コールセンターとEC事業は受発注の業務があり、経理の一部も出なくてはいけない場合があるので、三密を避けて時差通勤という体制です。
その他の部門では、管理職は情報のハブなので輪番で出勤し、管理職以外は完全在宅。取締役も3人のうち誰かは輪番で出社。経営会議もオンラインでやりますが、会社の守秘義務に関する話題がある時など、どうしても家からでは難しい時もあり、私も週に2日ほど出社しています。
オンラインでリアルを上回る効果も
自宅のリビングが仕事場。一角を仕事ができるように片付けたという。
提供:及川さん
エステ事業はまだ全面的に中止しており、実店舗は閉めているところが多いですが、各都道府県の指示に従うことを原則に、限られた範囲で継続しているところもあります。衛生管理の徹底と時短営業でお客様とのコミケショーンも何とかやってくれています。
化粧品メーカーですから、販売の現場は“命”なんです 。お客様はもちろんショップオーナーの方々とのやりとりも、メールより電話、電話より直接会うというように、「現場に行ってなんぼ、相手の顔を見てなんぼ」。そういう文化が、私を含めて社員には根づいています。
でも、まさに案ずるより生むが易しですね。半ば強制的に在宅シフトせざるを得なかったわけですが、今、オンラインでのやりとりがリアルを上回る効果をあげている部分もあります。
ポーラは全国に販売店があり、店を経営する個人オーナーは私たちのビジネスパートナーです。先日、その中でも地域で複数の店舗を束ねるグランドオーナーと言われる方たちとオンライン会議をしたのですが、最年長者は80歳。
企業でリモートワークを導入する時、どうしても50代以上の社員のITアレルギーがネックになると言われますが、弊社のショップオーナーさんたちは、自分でタブレットや携帯から参加して、全く問題なくミーティングができました。
研修もオンラインですることによって、遠隔地からも参加できるというメリットが(一部画像を処理しています)。
提供:ポーラ
否応なくトップから始める、また、高齢者には年齢の近い人や周囲がファーストペンギンでやってみせる。「私も使えたよ」と言ってくれる人が身近にいると、いろいろとスムーズです。Zoomなどの最近のオンライン会議ソフトの使いやすさにも助けられ、オンラインで仕事ができる、できないに年齢は関係ないことが分かりました。
遠隔地からでも研修に参加
昨年「APEX」という商品をリニューアルした時に、全店にタブレットを販促ツールとして導入していました。実はこのときは、ショップオーナーさんたちからご批判をかなり受けた。「こんな難しいもの、使いこなせない」とか「若い人のモノだ」など。もっともです。いきなり機材を渡すだけでは無理です。
ところが、この3月からZoomを使った従業員研修やメイク・エステの研修を始めたところ、これがとても評判がいいんです。今までは研修の開催地に近い地域のビジネスパートナーしか参加できませんでした。遠隔地の方は諦めていた研修があった。
オンライン開催なら、どこからでも参加できます。地方から喜ばれたのはもちろん、技術研修などでは特にオンラインのほうが講師の手元がよく見え、自分たちの悩みや質問にもオンタイムで答えてもらえる。皆さんが本当に喜んでくださいました。全体のモチベーションアップにつながりました。
オンライン講習の様子。オンラインの方が手元がよく見えるという利点も(一部画像を処理しています)。
提供:ポーラ
何のためにやるのか、そしてそのメリットを理解してもらえると、オンライン導入は進めやすくなると実感しました。
現在、中京地区では、本部と毎朝682か所のショップのうち希望で先着300人をオンラインでつないで15分朝礼。今まで紙やメール、伝聞のみだった情報を毎朝、鮮度高く直接配信できる。しかも、聞いているオーナーの後ろでショップのスタッフも耳を傾けているので、300人プラスαにも伝わる。今までにない、大変に大きなメリットが日々、生まれています。
昨年から出張中の会議はオンラインに
及川さんの自宅でのリモートワークの様子。このライトは家族が買ったものを一時借りた、という。
提供:及川さん
私自身も営業畑の出身なので、どちらかといえば現場主義。1カ月のうち大部分が国内、海外出張という月もありました。これまでは私が一度出張に出ると、社員は直接話したくても、帰ってくるまで私に会えない。下手したら、戻っても3日はスケジュールが詰まっていて待たないといけないこともある。
上司を待つ時間とそれによって起こる手戻りは、会社員にとっての一番のボトルネックです。社員の時間を無駄にしたくなくて、実は昨年何度か、出張先でオンライン会議を試してみました。移動中でもできたり、新幹線に乗るまでの間、地方の事業所の部屋を借り、30分ミーティングができる。「あら、その場で決断できちゃうじゃない?」と便利さに気づきました。それで今年初めから、特に私自身は出張中の簡単なミーティングはオンラインに変えていました。
育児中や病気療養中の人たちも楽に仕事ができるように、昨年からテレワークのシステムも徐々に充実させてはいました。
さらに今年は本来ならオリンピックがある予定で、東京都から企業に対して「期間中は20%出勤に」という要請があったので、在宅シフトの実験も一部ではしていました。今回のコロナで、いきなり全社で展開したわけですが、本当にたくさんの気づきがありました。
部門によって難しい、は思い込み
コロナ前はリモートワークを推奨しつつ、海外にいるメンバーをわざわざ東京に呼んで会議をしていました。しかし、この状況になって、ふと「あれ?もっと手軽に会えるんじゃない?」と。
特に駐在員はともすると孤独になりがちです。今回、海外のマネジャーたちには、日本チームより一足先に、定例会議以外の、私とのオンラインでの雑談の場を設定してもらいました。外出制限が非常に厳しい国もあるので、本当に元気でいてくれているか、話すことができました。
もちろんリアルに会うことに叶わないこともあります。特にアイデア出しのブレーンストーミングのように、人の意見に瞬時に乗っかりながら進める議論は、オンラインではまだ難しいと感じます。発言の順番を微妙に待たないとならないので。
今回の在宅シフトで気づいた最大のポイントは、リモートワークしやすい部門とそうでない部門というものは、“ない”ということ。販売部門では難しいといったことは思い込みでした。
マネジャーはチームの全体像を示すべき
オンライン研修の様子(画像を一部処理しています)。
提供:ポーラ
むしろ、うまくリモートワークに移行できているかどうかは、部門や仕事内容でなく、マネジャーによるものが大きいと気づきました。
うまくいっているマネジャーの特徴は2つです。
1つは、メンバーとのコミュニケーションの量を増やしている人。もう1つは、仕事をジョブ型に切り替えている人。プレイング・マネジャーとして、朝から晩まで自分の仕事から手離れできずに忙しくしている人には、どうもリモートワークは難しい。
オフィスに集まらないので、誰もが全体像が見えにくくなっているので、マネジャーは、いつも以上に全体がどうなっているか、部下に現在位置を教えてあげないといけません。自分の仕事をある程度、手放してでも、そちらを優先させてほしい。
ともすれば“結果と事実の確認”だけに
また、リモートワークでは時間と場所の制約がなくなり、生産性の高い人がより成果をあげています。一方で、とにかく時間を費やすことで成果をあげてき人たちは、ハンディを感じているようです。実力発揮の仕方が変わってきている。不利だと思っていた部分が、逆に武器になり始めた。子育てと仕事の両立もより楽になり、介護や産休の意味も変わっていくと思います。
誰が正しいかというより、役割分担のために、マネジャーはもっと個々の特性を深く理解し、得意技もしっかり作ってあげる必要性がでてきました。組織で評価をしていたのだけれども、Job and commitment みたいな形で、目標設定や評価基準も変えていかなければと感じています。
何事も「自分で考える」ことも、さらに重要になっていくでしょう。仕事の意味も、成果も、自分は何をやりたいかをきっちり考える。そして、マネージメントと合意の上で進めていく。それができないと、リモートでの仕事はひたすら、“結果と事実の確認”だけになってしまい、仕事としての発展性がなくなってしまうのではないでしょうか。
自分の表情や顔色に敏感になろう
ともあれ、1日何時間もオンライン会議をしているので、「こんなに、自分の顔を見続けたことないわ!」という1カ月でもありましたね。自分の顔色や表情を見て、他人にはこう見えているんだということも強烈に実感しました。
Zoom対応としての影消しのコンシーラー。アイブローやアイライナーなどアイメイクはしっかり、がポイント。そして何よりも赤味のリップがZoom疲れの50代の顔色をよく見せてくれるという。
提供:及川さん
「真剣に聞いているだけなのに、怒っているように見える」とか「私ってなんか、すごく怖そう」とか。会議の時のメンバーの心理的安全性は、社長である私の表情や顔色に強く左右されます。プレッシャーを与えていないか。自分の顔をリアルタイムで見て、反省することが山ほどありました。化粧品メーカーなので、PCやスマホ画面での口紅の色写りなども気になる。
オンライン会議でのメイクのポイントは、アイラインをはっきり描くこと。特に目の周りの見え方は重要なので、ハイライトで陰影をうまく出す。カメラの画質によっては、色が出にくいから、口紅は薄いといまひとつです。顔色が悪く見えないように注意する。疲労感が見えると、相手にすごく心理的負担を与えてしまうんです。私自身は、重たい話題を話す時は、逆に少し元気に見えるようにと気をつけています。
オンオフの境目にはお香を炊く。
提供:及川さん
(聞き手・浜田敬子、構成・三木いずみ、デザイン・星野美緒)
及川美紀:1991年、東京女子大学卒業後、ポーラ化粧品本舗(現ポーラ)入社。販売会社に出向し、美容スタッフ・ショップの経営をサポートする埼玉エリアマネージャー、商品企画部長を歴任。2012年に商品企画・宣伝担当の執行役員、2014年に商品企画・宣伝・美容研究・デザイン研究担当の取締役就任。2020年1月から代表取締役社長に。