NVIDIAが発表したコードネームAmpreこと「NVIDIA A100」GPU。
出典:NVIDIA
半導体メーカーのNVIDIAは、2010年代の中盤からマシンラーニング/ディープラニングを利用したAIを実現する為の演算性能を実現する高性能半導体で注目を集め始め、5年前の2015年5月には20ドル(約2100円)前後だったNVIDIAの株価は、5月13日の終値では311.20ドル(約3万5400円)に達するなど市場でも注目の銘柄になっている。5月13日時点での時価総額は1914億ドル(約20兆4798億円)に達する巨大企業に成長している。
創業者でCEOのジェンスン・フアン氏は、5月14日午前6時から放送が開始された同社のプライベートイベント「GTC 2020」のデジタル版基調講演に登壇し、同社の新製品などについて説明した。
記者向けの説明会の中でフアン氏は同社が発表したAmpere(アンペア)の開発コードネームを持つ、従来の20倍の処理能力を持つ新製品「A100 GPU」を発表した。
「A100は従来製品の20倍の処理能力を持っている。さまざまな社会的な課題を解決を加速する製品だ。COVID-19のワクチン開発をしている科学者を助けることになる」(フアン氏)
新型コロナワクチン開発にも貢献、NVIDIAが提供するGPU演算性能
NVIDIAが配信を開始したGTC 2020の基調講演に登壇したNVIDIA CEO ジェンスン・フアン氏。
出典:NVIDIA
NVIDIAの本社はシリコンバレーのお膝元、カリフォルニア州サンタクララ市にある。カリフォルニア州でも外出禁止令が発令されており、もちろんシリコンバレーに住んでいるフアン氏もその影響を受けている。
「ちょっとしたアクシデントがあって、家族はサンフランシスコ、私は別の場所にと別れて暮らすことになっている。このため、毎日ビデオ会議で話している」
と冗談めかして伝えるフアン氏。世界的企業のCEOでさえ、家族と直に会うこともできない、それが今の世界の現状だ。
現在の状況についてフアン氏は、
「現在世界で起きていることは、我々の世代では最大の悲劇的な出来事だと言って良く、皆様や家族がご無事であることを心より祈りたい。我々の会社という観点で言うと、我々はこうした悲劇を少しでの緩和できることに協力できる立場にある。
我々が開発しているGPUを利用すれば、AIそしてデータアナリティクスなどの手法を用いて、COVID-19のワクチン開発、CTスキャンの精度を上げる、はたまたAIを利用した赤外線カメラで体温を測ったりと様々なことに利用できる」
と述べ、同社とその製品が新型コロナウイルスによる騒動を少しでも緩和に貢献できることをアピールした。
例えば、新型コロナウイルスのゲノム配列の解析などには、膨大なコンピューティングリソースが必要になる。
NVIDIAが企業や研究所などに販売しているデータセンター向けのGPUはさまざまな解析に利用されている。GPUは並列処理が得意なマイクロプロセッサで、インテルやAMDなどが販売しているCPUに比べると、研究者の演算用途に高い処理能力を提供できるからだ。
「従来の20倍性能」を実現した方法
NVIDIAが発表したAmpereことNVIDIA A100 GPUの特徴、性能が前世代に比べて20倍に高まっている。
出典:NVIDIA
このため、AI関連の需要に加えて、新型コロナウイルスの研究という新しい要素も加わり、世界の研究現場でGPUに対するニーズは高まっている。しかし、新発表のデータセンター向けGPU「NVIDIA A100(コードネーム:Ampere)」は、どうやって20倍もの高速化を実現したのか。
通常、CPUやGPUなどは18カ月~2年で性能が倍になるという「ムーアの法則」に従って進化をしている。インテル名誉会長 ゴードン・ムーア氏が提唱した半導体ビジネスの経済原則であるムーアの法則は、半導体メーカーがその製造技術を2年に一度進化させることが経済的に合理的であるという指摘だ。実際、1970年代から2010年の前半ぐらいまでは、そのペースで技術革新が実現されてきた。
Ampereは前世代のリリースから3年が経過している。仮にムーアの法則に従って進化していると仮定しても2.5倍ぐらいが関の山だ。20倍の性能向上は、本来ならどう考えても無理筋だ。
しかも、NVIDIAの競合になるインテルのデータセンター向け製品では、いまだに新しい製造技術へ移行できず、性能を思うように上げられていないという現状がある。
競合ですらそんな厳しい状況にあるなかで「20倍性能」を作り出したマジックのタネは、ソフトウェアにあった。
NVIDIA躍進を支えるソフトウェア開発重視の企業文化
NVIDIA副社長兼アクセラレーテッド コンピューティング担当事業部長イアン・バック氏(2019年のGTC 2019で撮影)。
撮影:笠原一輝
NVIDIAは半導体メーカーとしては、かなり多くのソフトウェアエンジニアを雇用しており、その規模は業界でもトップクラスだという。実際、NVIDIAにはソフトウェア系のエンジニアできら星のごときタレントがそろっている。その代表は、今同社の副社長 兼 アクセラレーテッド コンピューティング担当事業部長を務めるイアン・バック氏だろう。
バック氏はスタンフォードの学生だった頃に、当時はグラフィクス専門に使われていたGPUを、データセンター向けなどの汎用に使うソフトウェア「CUDA」を開発し、それをもってNVIDIAに採用された。今では同社のデータセンター向け事業を率いている。
そのように、NVIDIAはかなり以前からソフトウェアに対して多大な投資を行なっており、それが現在のNVIDIAの成功を支えている。現在のNVIDIAの躍進の理由であるAIの処理に、同社のGPUが使われているのも、バック氏の開発したCUDAの成功があればこそだ(多くのAIプログラムはCUDA上で動作している)。
今回NVIDIAでは、Ampereで20倍という性能を実現する上で、新しい演算の仕組みとなる「TF32」を導入した。そこに同社のソフトウェアを組み合わせることで、AI処理時の性能を20倍に引き上げることに成功したのだ。
「かつてのパーソナルコンピュータの時代には、マイクロソフトやインテルというプラットフォーマーは、黙っていても誰かがソフトウェアを作ってくれたので、新しいOSやCPUを出すだけでよかった。
だが、今はそうではない。自動運転という新しいアプリケーションを作るには新しいソフトウェアが必要だ、ロボットを動かすにもソフトウェアが必要だ。だから我々はソフトウェアの開発に多大な投資を行なっている」(フアン氏)
「データセンター市場の制覇」というフアン氏の野望
NVIDIA自身の巨大データセンター「SATURNV」。こおにも多数のAmpereベースのDGX A100を導入した。
出典:NVIDIA
だが、フアン氏の野望はその程度で終わる訳ではないようだ。新しいデータセンター向け製品を投入するだけでなく、さらにその先を見据えている。
「ソフトウェアの未来は、人間とAIが協力して作る未来だと、6年前に気がついた。だから我々自身のAIへの投資として、巨大な(自社)データセンターであるSATURNVを作った」(フアン氏)
そして、今回のAmpereの発表に合わせて、そのSATURNVのアップグレードもする計画だとフアン氏は説明した。
フアン氏によると、Ampereが8基搭載されているAIスーパーコンピュータとなる「DGX A100」を新たに550台、SATURNVに設置する計画だという。これによりSATURNVの処理能力は実に約2.56倍に増えるという。
「我々は今後もデータセンターに必要な要素を、それこそネットワークからGPUまで一貫して提供していこうと考えている。それにより、顧客が課題を解決していくことを助けていきたい。我々は自分達をデータセンタースケール・コンピューティングカンパニーと規定している」
とフアン氏。
データセンター向けのテクノロジーであれば何でも提供する企業になる、それがNVIDIAの野望だと説明した。
NVIDIAは2019年にデータセンター向けのネットワーク技術を提供するMellanox社を買収した。少しずつNVIDIAが必要とするピースはそろいつつある。
そして、その言葉は、現在のデータセンター市場の王者であるインテルへの挑戦状であることは言うまでも無いだろう。
(文・笠原一輝)