閣僚は苦しい答弁、元検察トップも批判 「検察庁法改正案」問題点を総ざらい

検察庁法改正案は、なぜ反発を招いたのか。今日までの議論を総ざらいしてみよう。

検察庁法改正案は、なぜ反発を招いたのか。今日までの議論を総ざらいしてみよう。

Tomohiro Ohsumi/Getty Images/内閣官房

抗議の声が相次いでいる検察庁法改正案が、5月15日の衆院内閣委員会で審議された。野党が求めていた、森雅子法相が出席しての開会となった。

法案の内容は、時の権力者ですら捜査・起訴できる権限を持ち、政治からの独立性・中立性が求められる検察官の身分に関するものだ。

国民民主党の後藤祐一議員は、定年延長を想定する具体的な基準について質問。森法相は「人事院で定められる規則に準じて定める」と繰り返し回答し、苦しい答弁に終始。定年延長の具体的な例を示せなかった。

立憲民主党や共産党など野党は、政府の説明が不十分だとして強く反発。Twitter上でも著名人が「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグで法案への反対を表明している。

新型コロナウイルスへの対応が求められる中で浮上したこの問題。検察庁法改正案とは、どのような内容なのか。なぜ、強い反発を招いているのか。今日までの議論を総ざらいしてみよう。

検察庁法改正案、焦点は「検察幹部の定年3年延長」

「国家公務員法等の一部を改正する法律案」の一部。

「国家公務員法等の一部を改正する法律案」の一部。

出典:内閣官房

政府は国家公務員の定年を60歳から段階的に65歳まで引き上げるため、国家公務員法の改正案のほか一連の関連法案を「国家公務員法等の一部を改正する法律案」として国会に一括提出している。

検察庁法改正案もその一つだ。

野党は国家公務員の定年延長そのものについては理解を示している。だが、検察庁法案の改正には強く反対している。

それはなぜか。検察庁法改正案では、内閣や法務大臣が認めれば、検察幹部の定年を最長3年間延長できるとする特例措置が含まれているからだ。

検察庁法改正案では、内閣や法務大臣が認めれば、検察幹部の定年を最長3年間延長できるとする特例措置が含まれる。

検察庁法改正案では、内閣や法務大臣が認めれば、検察幹部の定年を最長3年間延長できるとする特例措置が含まれる。

撮影:吉川慧

現行の検察庁法では、検事総長は65歳、それ以外は63歳と定めている。

検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。(検察庁法第二十二条)

たとえ検事総長を補佐する最高検の次長検事、高検の検事長、各地検トップの検事正などの検察幹部であっても、検事総長以外は63歳が定年だ。

逆の視点で見れば、検察官は63歳までは身分が保証されている。年齢以外の理由で、検察官の政治的な独立性・中立性が侵害されないように図るためだ。

そのため改正案が成立した場合、時の政権が恣意的に検察幹部の定年を引き伸ばすことが可能になるとして、野党は反対している。

安倍内閣の「解釈変更」が全てのはじまりだった

1月、安倍内閣は黒川検事長の任期延長を閣議決定した。

1月、安倍内閣は黒川検事長の任期延長を閣議決定した。

Kiyoshi Ota - Pool/Getty Images

検察庁法改正案への反発を招いたきっかけ。それは、今年1月31日、定年間際だった東京高検の黒川弘務検事長(63)の任期を半年間延長すると安倍内閣が閣議決定したことだった。

これまでの政府は、国家公務員の定年延長の範囲に検察官は含まれないと解釈していた。

国家公務員の定年延長は1981年に規定されたが、当時の総理府人事局が作成した国会での想定問答では(検察官の)「勤務(定年)の延長」について「適用は除外される」と記していた。同年、人事院も「検察官は適用外」と国会で答弁している。

野党側は、安倍政権が黒川氏を検察トップの検事総長に就任させるために定年を延長したのではないかと批判している。

そもそも検察官の定年延長規定は、昨年10月ごろに法務省が作成した当初の原案には含まれていなかった。

こうした背景もあり、検察庁法改正案への反対の声は日ごと増していった。

東京弁護士会、会長声明で法案の問題点を指摘

東京弁護士会は会長声明で検察庁法改正案の問題点を指摘した。

東京弁護士会は会長声明で検察庁法改正案の問題点を指摘した。

出典:東京弁護士会

検察官は「公益の代表者」(検察庁法第4条)とされ、刑事事件を捜査・起訴できる公訴権を持つ唯一の機関だ。

仮に定年延長の法改正が実現した場合、時の内閣の意向次第で黒川検事長の定年延長のような人事が可能になってしまうのではないか。

東京弁護士会は5月11日の会長声明で

「政界を含む権力犯罪に切り込む強い権限を持ち、司法権の適切な行使を補完するために検察官の独立性・公平性を担保するという検察庁法の趣旨を根底から揺るがすことになり、極めて不当である」


「内閣が、恣意的な法解釈や新たな立法によって検察の人事に干渉することを許しては、検察官の政権からの独立を侵し、その職責を果たせなくなるおそれがあり、政治からの独立性と中立性の確保が著しく損なわれる危険がある」

と批判している。

Twitter上では、アーティストのきゃりーぱみゅぱみゅさん(後にツイートを削除)や、「いきものがかり」の水野良樹さん、漫画家の羽海野チカさん、しりあがり寿さん、声優の緒方恵美さんやイラストレーターの岸田メルさんが「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグを投稿した。

武田行革担当相は答弁で迷走、野党はさらに反発

公務員制度改革を担当する武田良太行政改革担当相は、検察庁法改正案は所管外。苦しい答弁が目立った。

公務員制度改革を担当する武田良太行政改革担当相は、検察庁法改正案は所管外。苦しい答弁が目立った。

出典:衆議院インターネット中継

13日には、衆院内閣委員会で検察庁法改正案が審議されたが、与党は検察を所管する森法相を出席させなかった。

与党側は「検察庁法の改正案は、あくまで国家公務員法の改正に関連する法案。検察を所管する法務委員会ではなく内閣委員会で審議する」という姿勢を堅持。森法相の出席を拒否した。

代わりに答弁に立ったのは、公務員制度改革を担当する武田良太行政改革担当相だった。

ただ、武田行革担当相は「検察庁法に関する質問なので本来は法務省から応えること」など、あいまいで苦しい答弁に終始。検察官の定年延長基準について答えられず、野党はこのままでは審議に応じられないとし、途中退席した。

与党側は法案の施行は2022年度であり黒川氏の人事と関係ないと反論しているが、自民党内からも法改正に反対する声が出ている。

ロッキード事件を捜査した元検察トップも反対

ロッキード事件で逮捕・起訴された田中角栄元首相。

ロッキード事件で逮捕・起訴された田中角栄元首相。

Ian Showell/Keystone/Getty Images

15日には、松尾邦弘元検事総長(77)ら「ロッキード事件」の捜査に関わった検察OBらが法案に反対する意見書を法務省に提出した。

「安倍総理大臣は『検察官にも国家公務員法の適用があると従来の解釈を変更することにした』旨述べた。これは、本来国会の権限である法律改正の手続きを経ずに内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更したという宣言であって、フランスの絶対王制を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる『朕は国家である』との中世の亡霊のような言葉を彷彿とさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない危険性を含んでいる」


「検察が萎縮して人事権まで政権側に握られ、起訴・不起訴の決定など公訴権の行使にまで掣肘(せいちゅう)を受けるようになったら検察は国民の信託に応えられない」

検察の元トップが、公の場で法案に反対を表明することは極めて異例だ。

意見書を提出した検察OBが捜査したロッキード事件とは、1976年に発覚した戦後最大の政界疑獄のこと。米ロッキード社が航空機の売り込みをめぐり、日本の政界に多額の賄賂を送った事件だ。

米上院の外交委員会でロッキード社の極秘資料が誤って配布されたことが発覚の発端と言われている。

疑惑の中心は、時の権力者だった自民党の田中角栄元首相が5億円の賄賂を受け取ったというものだ。これ以外にも橋本登美三郎・元運輸省、右翼団体の児玉誉士夫なども捜査対象になった。

同年7月、検察は田中元首相ら複数の政治家を逮捕・起訴。検察が政界汚職にメスを入れ、公訴権を通じて権力の不正をチェックした代表的な例となった。

検察庁法改正案への危機感、その根っこにあるもの

新型コロナウイルスへの対応が求められる中で、いま検察庁法改正案を改正する必要があるのかという声もある。

新型コロナウイルスへの対応が求められる中で、いま検察庁法改正案を改正する必要があるのかという声もある。

撮影:吉川慧

ロッキード事件に代表されるように、公訴権という強大な権限を持つ検察官には、時の政権からの独立性や中立性が常に求められてきた。そのために手厚く身分が保障されているが、定年になれば退官する。これが検察の独立性に寄与してきた。

一方で検察庁法には、法務大臣が個別の事件について検事総長のみに指示できる「指揮権」が明記されている。

「定年制」が検察の独立性を保つためのルールであれば、検事総長への「指揮権」は政治が検察の暴走を抑えるためのルールである。

もし検察庁法改正案が実現すれば、政権と検察の権力バランスを保つ装置の片方が崩れるおそれがある。

時の政権が定年延長を用いて、恣意的に検事の人事に介入できるようになるのではないか。こうした危機感が、反対意見の根っこにはある。

安倍晋三首相は14日の記者会見で「今回の改正で三権分立が侵害されることはもちろんないし、恣意的な人事が行われることはないことは断言したい」と述べた。森法相も15日の内閣委員会で「(検事総長には)時の政権が望む人物を選んではならない」と答弁した。

しかし、政治権力が検察に介入できる余地が新たに生まれる以上、改正案への反対意見が簡単に止むことはないだろう。

検察官の証である記章(バッジ)は「秋霜烈日」のバッジと呼ばれる。秋の厳しい霜と夏の烈しい日差しのように、刑罰や志操を厳正に追求する検察官の理想に例えられてきた。

「ミスター検察」と呼ばれた元検事総長の伊藤栄樹氏は、こんな言葉を残している。

「不幸にして法務大臣の指揮に関し、法務大臣と検事総長の意見がくい違ったというような場合に、検察権を代表する者としての検事総長は、指揮が違法でないかぎりこれに盲従するという態度は許されない」

(伊藤栄樹『新版 検察庁法概説』より)

文・吉川慧

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