「郵送投票は共和党の当選を困難に」とトランプ大統領反発。コロナ禍の米大統領選で対立

donald trump

コロナ禍は秋の米大統領選の投票方法にも大きな影響を及ぼしている。

Reuters/Carlos Barria

コロナ禍で11月のアメリカ大統領選挙が安全に行えるのかどうかが大きな焦点となる中、郵送による投票に全面的に移行する州も出てきた。しかし、不正行為が広がる可能性があるとして反対する声もある。

感染が広がる中、選挙という民意をすくい取る仕組みがどうなるかを考えてみたい。

5州が全面的な郵送投票に移行

アメリカでは大統領選挙でも、選挙の方法などは基本的には州に決定権がある。

郵送投票(Vote-by-mail)とは、登録した有権者に投票用紙が事前に送られ、候補者を選んで各州の選管に返送する仕組みだ(一部だが、投票用紙を専用の箱に投函する仕組みもある)。

5月10日時点で、コロラド州、ハワイ州、オレゴン州、ユタ州、ワシントン州の5州は早々に全面的に郵送投票に切り替えた。

さらにカリフォルニア州、アリゾナ州は郵送投票を可能にすると同時に、投票所も設置し、いずれかの投票方法を選べるようにするとした。他の州もこれに続き、準備を続けている。

郵送投票は過去数回の大統領選挙、連邦議会選挙などで不在者投票の一環として進められてきた。これまで導入してきたのは、28の州とワシントン特別区(首都ワシントン)。米国選挙支援委員会(EAC)によると、全米では2016年には820万人が郵送で投票しており、全1億3666万票の約6%を占めている。

郵送の不在者投票の場合、理由を提示する必要があるが、理由を問わない形に変更して郵送投票への移行を各州は進めている。

「共和党が当選できない」とトランプ氏反発

2016年大統領選挙投票所

2016年大統領選挙時の投票所(2016年11月8日撮影)。ソーシャルディスタンスを取ることが難しいことから、郵送投票への切り替えが進む。

REUTERS/Mario Anzuoni

郵送投票は、コロナ禍で選挙が安全に行える合理的な手段のようにみえる。ただ、どこまで認めるのかが大きな政治的な争点となりつつある。

というのも、「投票率が上昇すると民主党に有利に働く」との見方が一部で広がっているためだ。郵送投票そのものが投票の壁を低くし、通常の投票よりも貧困者や人種マイノリティが数多く投票するとみられているのだろう。

当然のように、反発は共和党側に根強い。有権者が直接投票所に出向く必要がないため、郵送による選挙は不正行為の温床になる、と共和党側は指摘する。

特に、トランプ大統領は郵送投票にかなり否定的だ。全て郵便投票に切り替えれば、「この国で共和党員が当選することは二度とないだろう」とまで指摘している。

Twitterでも「共和党は、州全体での郵送投票に対して、(導入反対で)一生懸命戦うべきだ。民主党は求めているが、有権者の不正行為の可能性がとんでもなく高い。共和党にとってはうまくいかない」と強い反対を表明している。

実際に郵送投票への切り替えが本格的に進んでいる上述の州の多くは、民主党が強い「ブルーステーツ」が多いことからも、党派的な対立も伺われる。

連邦議会でも「自然災害・緊急投票法(The Natural Disaster and Emergency Ballot Act)」という各州の郵送投票促進を含んだ法案が3月18日に出されたが、提出した26議員は、無党派で民主党と同一会派のサンダース以外は、全て民主党議員だった。

世論も分かれている。NBCとウォールストリート・ジャーナルの世論調査によると、58%が郵送投票に賛成し、反対は39%と数的には半数以上が賛成しているが、共和党支持者について言えば、賛成は31%にとどまっている(民主党支持者の82%が賛成している)。

大統領選では郵送投票をどの程度拡大するかが焦点の一つにもなりつつある。

投票者ID法での対立も

さらに、郵送投票を認める際の有権者登録についてもさらに厳格に行う動きが出ている。この公的書類の強化のことは総称して「投票者ID法」と呼ばれている。

「投票者ID法」の目的は明確だ。二重投票やなりすまし投票などの不正投票を防ぐために、投票の際の写真付き公的証明書の複数提示などの厳格化を目指すことに他ならない。

不正行為の防止という意味では重要かもしれない。しかし、公的証明書であるパスポートや自動車免許を持っていることは一種の所得制限になってしまう。人種的マイノリティの中でも貧困者の場合、車の運転や海外旅行と縁のない暮らしを送る人も少なくない。

「投票者ID法」についても郵送投票と全く同じように党派的な対立が続いており、「不正を許してはならない」とする各州の共和党側から厳格化の動きが出ているが、これに対して民主党側が大きく反発している。

joe biden

投票方法の扁壺は、本当に民主党に有利に働くのか。

Reuters/Kevin Lamarque

特に、南部の一部の州での公的証明書の複数提示などの厳格化の動きは、キング牧師らの大規模な公民権運動の結果生み出された「1965年公民権投票法(Civil Rights Voting Act of 1965)」の正統性を揺るがすものであるだけでなく、アフリカ系を中心とする人種マイノリティを排除する新たな「ジム・クロウ法」の復活になりかねないという指摘もある。そのため、ここ数年、法的な争いが続いてきた。

本当に郵送は共和党に不利か

ソーシャルディスタンスについて注意喚起する警官

5月16日のニューヨーク・ブルックリンの公園の様子。ソーシャルディスタンスについて注意喚起する警官。感染拡大が最も深刻なニューヨーク州でも、人々が外出し始めている。

REUTERS/Eduardo Munoz

話を郵送投票に戻そう。

そもそも「投票率が上昇すれば民主党に有利」という見方そのものに対して、実際はどうなのだろう。

直感的に考えても、共和党側に追い風となるようなケースもありえる。例えば共和党が強い過疎地域の場合、投票所までの距離も遠い。共和党支持者の中で、(白人)高齢者の割合も高くなっている。郵送投票が共和党にとってマイナスばかりとはいえないかもしれない。

テキサス州では、65歳以上の高齢者には理由を問わない方式で、郵送での不在者投票を認めている。ネブラスカ州は、人口1万人未満の郡では有権者(多くが共和党支持者)に投票用紙を郵送することを認めているが、都市部(多くが民主党支持者)では禁止している。

そもそも共和党が強いこの2州はかなり選択的に郵送投票を導入している(もちろん、今後さらに郵送投票の適用が増える可能性もあるが)。

筆者が調べた限りでは、過去のいくつかの調査結果は民主党が有利だったものも、共和党が有利だったものもあり、結論づけることができない。

ただ今回は前例がない数の郵送投票となるとみられており、過去のデータがどれだけ有効かは何とも言えない。

5月12日にカリフォルニア州で行われた連邦下院の補欠選挙では、トランプ大統領の支援を受けた共和党の新人候補が民主党新人を破り、当選している。この選挙はほぼ郵送投票だったが、共和党が議席を奪還している(そもそも2年前までは共和党の議席だったことあるが)。

開業時間やミスなど混乱必至か

大統領選。

コロナによって有権者の政治参加の機会も著しく制限されようとしている。

Reuters/MIKE SEGAR

前例がない数の郵送投票となると、投票の際の混乱も不安視されている。

そもそも開票に時間がかかるかもしれない。オハイオ州は3月17日に予定されていた予備選をコロナ感染対策として全て郵送投票に切り替えたが、開票までの対応を考えて、結局4月28日まで期限を伸ばすことになった。

さらに郵送となった場合、誤記入もかなりあると予想されている。

いま、アメリカの多くの州では銀行のATMに似た画面を使う「タッチパネル式」の装置の利用が進んでいる。この機械だと、間違った場合には訂正できるし、複数の候補にも投票できないが、郵送の場合、このミスを止めることができない。

2000年大統領選挙の際、フロリダ州の旧式の「パンチカード式」の投票が開票をめぐる大混乱を招いた。「パンチカード式」は候補者名の横に穴を開ける仕組みだが、使い勝手が悪く、穴がうまく開かなかったり、2人の候補者の名前の真ん中に穴が開いたり、開け直している間に別の候補の横に穴が空いたケースもあった。

2000年の投票用紙問題

2000年の大統領選挙では、パンチカード式の投票用紙が大混乱を生んだ(2000年11月21日撮影)。

REUTERS/Colin Braley

結果、1カ月に及ぶ票の数え直しや裁判に発展した。数え直しの際には1票ごとに、どれだけしっかり穴が開いているか確認しないといけないという、何とも言えない作業の不手際が大きな物議を醸した(それもあって、上述の「タッチパネル式」が普及することになった)。

2000年選挙は共和党候補のブッシュと民主党候補のゴアが大接戦であり、このフロリダ州の結果が最終的に勝敗を決定づけた。数え直しの結果、わずか537票差でブッシュが勝利したことも何とも後味が悪いものだった。

2000年の大混乱ほどではないかもしれないが、今年の選挙も波乱があるかもしれない。

変わる政治参加、変わる選挙動員

郵送投票に代表されるように、2020年のアメリカの大統領選挙は、手探りの部分ばかりだ。そもそも候補者は十分に選挙集会を開けない。そのため、有権者にとっては争点が分かりにくい。

陣営のテレビCMの「空中戦」、オンライン広告などの「サイバー戦」が例年以上に中心となるのかもしれない。

政治参加も限られる。アメリカの選挙の風物詩でもある広範な選挙ボランティア活動はだいぶ下火になるだろう。「地上戦」であるアメリカでは許されている戸別訪問もどこまで可能となるだろうか。ボランティアの草の根の動きもソーシャルメディアを通じたものが中心になるのかもしれない。

前例のない選挙を世界中は見守ることになりそうだ。

前嶋和弘:上智大学総合グローバル学部教授(アメリカ現代政治外交)。上智大学外国語学部卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士過程、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了。主要著作は『アメリカ政治とメディア』『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』『現代アメリカ政治とメディア』など。

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