世界企業の経営者200人以上に「次の時代」について聞いた。連載第2回は前回に引き続き、テクノロジー企業のトップが続々登場。
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世界がパンデミックの影響を受け入れて生きていけるかどうかは、多分にテクノロジーの力にかかっていると思われる。
感染者の接触履歴の追跡、より多くの人々のリモートワークを可能にするコラボレーションツール、より多くのモノや食料品をオンラインで購入できる物流あるいは通販サービス……このあと私たちがどんな「ニューノーマル」を生きることになるのかは、テクノロジー企業がどう動くかによって決まってくる。
常に先を見通し、未来を自らの手でつくり出そうとしてきたテクノロジー企業の経営陣に質問をぶつけてみた。コロナ危機はあなたの会社を、あなたの産業を、そして世界をどう変えるのか ——。
連載第1回に引き続き、世界を代表するテクノロジー企業のトップたちが続々登場する。
「過去にまかり通ってきたあらゆる思い込みに、疑問符が突きつけられることになる」(トニー・スー、DoorDash CEO)
フードデリバリー業界でウーバーイーツ(UberEats)の約2倍のシェアを誇るドアダッシュ、トニー・スーCEO。上場間近との見方も多い。
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今回のパンデミックで重要なのは、組織や会社を経営している人たちは、とにかく細かく状況変化に対応して動かなくてはならないということ。
もちろん、どんなシナリオで進んでもいいように事前にいろいろ検討しておきたい。最善を尽くしたいから、保健のプロでも官僚や行政の職員でもエコノミストでも、あらゆる専門家の意見にきちんと耳を傾けておきたい。その気持ちはわかるけれど、結局のところ、何が起きてもすぐに、柔軟に反応できる構えをとっておくのが一番いい。
このコロナ危機をきっかけに、世界は、過去にまかり通ってきたさまざまの「思い込み」に疑問符を突きつけていくことになると思っている。同じ場所に集まって一緒に働くことの必要性とか、いまみんながやっている在宅勤務は(コロナ後も)選択肢としてアリかナシか、といった論点がその好例だ。
労働モデルに関する思い込みにも、同じように疑問が突きつけられるだろう。在宅勤務のような働く場所に限った話ではなく、いつ働き、どんな仕事をするかまで見直しの対象になる。役職をあてがったり外したりといった、会社の仕組みの問題も避けて通れないからだ。
こうした動きのある世界では、フレキシブルに働けるようにしておくに越したことはない。そんな働き方を実現する雇用の枠組みを、僕らはどうやったらつくり出せるだろう?
これからの企業はどうあるべきかという問い直しも必要になる。個別さまざまな場所にいる客にどう対応したらいいのか。どうやって関係を築いたらいいのか。そもそもどうやって客を探すのか。自宅にいる客と来店する客に同じ体験を楽しんでもらうにはどうしたらいいのか。カスタマサービスをどうやって提供するのか。考えるべきことは尽きない。
「パンデミックがデジタルヘルステクノロジーの利用を加速することは間違いない」(ジェームズ・パーク、Fitbit CEO)
ウェアラブル端末メーカー、フィットビット(Fitbit)のジェームズ・パークCEO。2019年11月にグーグルが買収を表明。ただし、消費者団体からデータ独占への懸念が出るなど、先行きは不透明だ。
Kimberly White/Getty Images for TechCrunch
このパンデミックがデジタルヘルステクノロジーの利用を加速することは間違いない。オンライン健康相談あるいはオンライン診療のニーズはこれから増え続けるだろうし、だからこそその支援体制も整っていくだろう。
また、企業と企業の垣根、公共と民間の垣根を越えた協業とデータの共有が進んで、イノベーションは加速していく。同時に、企業と規制当局の協力関係が強化され、新たに生まれたイノベーションが市場に投入されるスピードも増していく。
実際、このコロナ危機のさなか、米食品医薬品局(FDA)のレスポンスが信じられないくらいに機敏で細やかになったことを、僕らは実感している。
最近、僕らフィットビット(Fitbit)は、ロードマップ上の優先順位を見直し、ウェアラブルデバイスのユーザーや新型コロナウイルス感染症の研究グループをサポートするための機能とコンテンツを突貫作業でローンチさせた。
例えば、モバイルアプリに新型コロナ関連情報のタブを追加し、世界保健機関(WHO)が発信する情報を入手したり、オンライン診療の予約を入れたりできるようにした。同じタブから、外出自粛中に健康を維持するためのアドバイスも提供している。
また、スクリップス(Scripps)研究所やスタンフォード大学医学部のようなトップ研究機関と協力し、今回のような感染症を検出・追跡・感染防止する上でウェアラブルデバイスが役立つ可能性にスポットをあてた研究も行っている。
「デジタル・トランスフォーメーションはもはや選択肢ではなく、必要不可欠の手段になった」(クリスチャン・クライン、SAP Co-CEO)
法人向けソフトウェア世界大手SAP(エスエーピー)のクリスチャン・クラインCEO(左)。4月末で共同CEOを退任したジェニファー・モーガン(右)と。
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世界全体が未曾有の危機に直面している。これがいつまで続くのか予測するのは困難だが、社会経済への深刻な影響はまだこれから数カ月あるいは数年続くだろう。
政府と保健当局が感染拡大防止のための取り組みや感染者の治療回復に全力をあげる一方で、各産業において最も先進的な企業ですらサプライチェーンを寸断され、毎日の会社経営に支障をきたしていると報じられている。
ここ数週間、世界中の企業の経営者たちと現在われわれが直面している困難について意見を交わしてきたが、全員の意見が一致しているのは、デジタル・トランスフォーメーションはもはや選択肢ではなく、必要不可欠の手段になったということだ。
フレキシブルで透明性が高く、網の目のように相互接続されたサプライチェーンとビジネスネットワークとの関係は、かつてないほど深まっている。そしてさらなる強靭化のために、企業は既存ビジネスモデルのデジタル・トランスフォーメーションを行い、新たなそれを生み出すことで、さらなる合理化を進めるべきだ。
強靭さ(レジリエンス)とは、供給・製造・市場開拓などビジネスのあらゆる局面において、リアルタイムの情報から本質を見抜き、柔軟性をもって経営判断を行うことにほかならない。そして、そのすべては合理的なシステムに裏打ちされたものでなくてはならないのだ。
「フィジカルなイベントとそれにかかるコストを考えると、イベントのデジタルシフトはもう止まらないだろう」(ビル・マグダーモット、ServiceNow CEO)
ソフトウェア世界大手SAPのCEOから、2019年末にサービスナウ(ServiceNow)CEOに転じたビル・マクダーモット。
REUTERS/Ralph Orlowski
われわれがかつてない時代に生きていることは疑いようもない。過去に引き返す選択肢はもはや残されていないということも、筋の通った結論として受け入れられる。自動ワークフローを提供する当社としても、どこでもどんな仕事でもやれることを実体験として学んだ。
いまのところ、致命的な問題は起きていない。それどころか、従業員の生産性は上がっているように見える。同僚がこう言うんだ。「ソーシャルディスタンシングのおかげで、チーム内の距離は間違いなく近くなった」と。いい話だと思う。偉大な企業を影で支えているのはその企業の文化だと言われるけれども、まさにそれ。目に見えないものこそ、本当にリアルなものだ。
移動の時間とコストが必要なくなったことで、われわれはより優先順位が高いことに時間を使えるようになった。フィジカルなイベントとそれにかかるコストを考えると、イベントのデジタルシフトはもう止まらないのではないか。
一般社員、経営陣にかかわらず、今回のように新たな成功モデルが生まれたおかげで在宅ワークを適用できる範囲は広がり、さらなる生産性の向上につながっていくはずだ。フィジカルな職場への復帰のタイミングにあたって、ここまで得られたさまざまな学びを活かしていきたい。
サービスナウ(ServiceNow)に限らず、今回のパンデミックはデジタル・トランスフォーメーションを絡めたさまざまなシフトを加速するだろう。人工知能(AI)と機械学習を活用したモバイル(リモート)ワーク、仮想化、デジタルワークフロー、予測分析がその最たる例だ。
デジタルツールの導入を積極的に推し進め、従業員や職員のフレキシブルな働き方を促す企業や行政機関は、そうでない組織より優位に立てるだろう。トップに立つ人間たちはこの状況に切迫感をもって、すでに変革に取りかかっている。あるCEOが単刀直入にこう言っている。「イノベーションはコストじゃない。投資なんだ」。
「2030年にそうなると思っていた未来が、10年前倒しでやって来た」(トビアス・リュトケ、Shopify CEO)
ECプラットフォームShopify(ショッピファイ)のトビアス・リュトケCEO。
Shopify
僕らは劇的な社会変化の真っ只中にいる。テクノロジーは僕らの世界をつなぐ、かつてない重要な役割を果たしている。2030年にそうなると思っていた未来が10年前倒しでやって来て、何もかもデジタルでやるのが当たり前になった。
僕らが最初に目にした大きな変化は、アルファベットの「e(イー)」で始まるものが急速に受け入れられたことだった。eコマース、eスポーツ、eラーニング。この新たな世界では、オンラインでないものは存在しないのと一緒だ。
多くの企業はデジタルを、既存のビジネスモデルの付録か何かのように見ていたが、これからはビジネスで成功を収めるためのコア戦術として使うだろう。
これまで何度もデジタル化が必要だと叫ばれてきたけれども、きちんと準備をしていた人たちはうまく順応したし、そうでない人たちはいま遅れを取り戻そうと躍起になっている。創業151年の歴史ある食品メーカー・ハインツは同社初のオンライン通販サイトをたった1週間でローンチさせた。老舗菓子メーカーのリンツはそれを5日間でやってのけた。
この危機を乗り越えるのは一番大きい企業でも、一番強いブランドでもない。変化に最もよく順応し、デジタル化に身を委ねられる人たちこそ、生き残るはずだ。
「後手に回ることなく危機をポジティブにとらえ、本当はどんな世界をつくりたいのか深く考え、目指す世界を少しでも具体的にデザインする機会にしよう」(スチュワート・バターフィールド、Slack CEO)
コロナ危機を背景に急成長中のビジネスチャット、スラック(Slack)のスチュワート・バターフィールドCEO。
REUTERS/Brendan McDermid
ソフトウェア開発の世界では、プロダクトを配信する瞬間に一番の幸福を感じるという人が多い。
僕らも同じだ。リモートワークの増加でニーズが急激に高まり、かつ必要とするユーザーに短時間でアプリやサービスを提供できたことは、僕らのビジネスにこれからも長く影響を及ぼすと思う。たくさんの自信をもらったし、ユーザーもみんな満足してくれている。次はこんなことを実現できないか、といった積極的な機運も高まっている。
一方で大きな疑問も生まれてきている。出張が難しくなってしまったから(各地でプロダクトを売ってくれる)営業や販売担当がもっと必要じゃないか、とか、出張ナシの効率的な営業をするようになるなら、むしろ人数は減らしたほうがいいんじゃないのか、といった具合だ。
ほかにも、新人研修のやり方や、新人に貸与するノートPCをどうやって調達するかといった基本的なことに関する見直しが必要になってきている。そういうことを本当に全部やるとなると、新規採用に何を求めるのか、研修には何を求め、四半期ごとのレビューには何を……と、何もかもを考え直さなくてはならなくなる。
以前はそういうややこしい問題については、職場を離れたオフサイトミーティングで存分に議論したものだが、いまやそれもできない。どんな目的を掲げて、どうやったら(そして理想としてはより効率的に)各種の見直しを進められるだろうか?
正確なところを見通すのは難しいけれど、2020年後半は厳しい経済状況になると思う。世間では、失業者は2100万人という数字が報じられているが、3000万人あるいはそれ以上に達し、期間も2カ月以上に及ぶ可能性があると僕は考えている。経済全体が悪化し、誰にとっても苦しい時期になるだろう。
けれども、それさえ抜け出れば、ソフトウェア業界にとっては良い時代が待ってると思う。厳しい時間を乗り越える支えとなる新たなツールが何かしら出てくるだろう。あとで考えれば、その時間は必要だったと思える日が来るはずだ。
企業も行政機関も、ぜひともアップデートしておかなくてはならないテクノロジーインフラをたくさん抱えている。だからこそ、ソフトウェアができることもたくさんある。
イノベーションのチャンスはそこらじゅうに落ちている。後手に回ることなくこの危機をポジティブにとらえ、僕らは本当はどんな世界をつくりたいのか深く考え、目指す世界を少しでも具体的にデザインする機会にしようじゃないか。
「Z世代はすでに未来のなかで生きていて、われわれはいまようやくそれに追いついただけなのだ」(エリー・セイドマン、Tinder CEO)
マッチングサービス大手ティンダー(Tinder)のエリー・セイドマンCEO。
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われわれにとって最も重要な社会的接点について言えば、オンライン飲み会やテレカン、オンラインデートがこれほど急速に新たなスタンダードとして受け入れられたことに信じられない思いでいる。
新型コロナウイルスの世界的流行のために人々が自宅で孤立しているのを見て、われわれはすぐに有料のパスポートを無料で誰でも使えるようにした。地理的な境界線をとり除き、自分の住む街の外にいる人たちとつながれるようにするのが狙いだ。長期休講になった大学生たちがわれわれのティンダー(Tinder)アプリで出会い、外国語の練習に取り組んでいるケースもある。
いま大規模で非常に重要なカルチャーシフトが起きている。当初はZ世代に限った事象だったが、パンデミックをきっかけにさまざまな世代に広がり、その勢いが加速している。そのシフトとは、デジタル上での人づきあいと実生活におけるそれが相互に深く関わり、切り離せなくなってきていることだ。
ティンダーの会員の半分を占めるZ世代は、オンラインゲーム「フォートナイト」でもインスタント・メッセンジャーでも、自由にツールを使いこなして世界中の人たちとの関係を築いてきた。彼ら彼女らは現実社会での経験とデジタル上でのそれを区別しない。ヴァーチャルな世界のなかを縦横無尽に旅して回る。そうしたカルチャーが世代を越えて広がりつつある。
このジェネレーションシフトこそ、われわれがここ数年取り組んできたイノベーションの核心だ。コロナ危機以降、世界中で起きている急激な変化が、われわれの計画を実現へと近づける。Z世代をサポートするためにつくり上げてきた機能が、いまや世界中のすべての世代の会員が使うものへと変わってきている。
プロダクトの成長プロセスでこれまでもさまざまなデジタル体験を追加してきたが、目下、ティンダーにライブビデオ機能を実装する取り組みを進めている。このパンデミックが終息したあとも、ビデオ機能は大事な役割を果たすだろう。他人とつながる上でビデオが果たす役割をより明確にするために、もっと会員の実体験を集めて参考にしたいと考えている。
Z世代はすでに未来のなかで生きてきていて、われわれはいまようやくそれに追いついただけなのだ。
(翻訳・編集:川村力)