コロナは会社の組織体制、働き方を大きく変えるだけではなく、社会全体のあり方にも大きな影響を与えるものだと理解したシマオ。将来への茫漠とした不安は政府への不満へと形を変える。ここ最近はシマオの周りの友達のTwitterも政治的な発言が多くなった。シマオはこの同世代の政治への関心について佐藤優さんの意見を求めた。
シマオ:SNSを見ていて感じたんですが、今回の新型コロナウイルスの影響で、僕たち若い世代でもけっこう政治に関心を持つようになってきたと思うんです。これまでは友達同士とかでも、政治の話題って避けてたような気がするんですよ。
佐藤さん:安保闘争を最後に、日本人が政治的な発言、行動をすることを避けてきたというのは、その通りでしょうね。
シマオ:最近はTwitterで「#検察庁法改正に抗議します」というハッシュタグをつけて、芸能人を含め多くの人が投稿して話題になりました。けれど、「よく知りもしないくせに」っていう批判もあります。
佐藤さん:さまざまな人が政治問題について自分の意見を発表することは、民主主義の健全な発展のために必要なことですよ。
シマオ:じゃあ、やっぱりあの法案は良くないってことですよね?
佐藤さん:ただ、黒川弘務氏を検事総長にする動きの是非と、検察庁の人事権を究極的に内閣が持つべきかという問題とは分けて考えなくてはいけません。
シマオ:と言いますと……?
佐藤さん:検察という機関は強大な権力です。私自身も東京地方検察庁特別捜査部に逮捕され、取り調べを受けた経験がありますし、友人の石川知裕氏(元衆議院議員)の捜査報告書が実際の取り調べ内容と異なっていたことなど、そのことを身を持って実感しています。
検察庁の取り調べを経験している佐藤さんは、その“聖域化”に関しては苦言を呈す。
シマオ:検察の力が暴走することもあるということですね。
佐藤さん:はい。大阪府の吉村洋文知事が指摘していたように、そのような組織に対して、選挙で選ばれた国会議員が人事権を持つことは健全だと、私も思います。検察庁を聖域とする動きには慎重であるべきでしょう。 もちろん、安倍内閣が黒川氏を恣意的に検事総長に就任させようという問題があれば、そこは国会で具体的に追及すればいいと考えます。
シマオ:なるほど……。政治に参加するって言っても簡単じゃないですね。間違ってしまうかもしれないし……。
佐藤さん:逆に聞きますが、そもそもそれは悪いことなんでしょうか?
シマオ:え……? 悪いかと言われると分かりませんが、やっぱり民主主義と言うからには、僕たち市民も政治に参加した方がいいんですよね? 官邸前デモとかも増えていますし。
佐藤さん:ここは意外とみんな勘違いしているところなのですが、「近代的な市民社会の特徴」って何だと思いますか?
シマオ:何だろう……。
佐藤さん:それは「代議制(議会制民主主義)」ですよ。代議、つまり選挙によって自分の代わりに政治の仕事をしてくれる議員を選んで、私たちの政治的な権利を預けるわけです。選挙で政治家を選んだ後、シマオ君は政治的な活動をしていますか?
シマオ:恥ずかしながら、特に何もしてません……。
佐藤さん:そう。それでいいんですよ。古代ギリシャではポリスを構成するすべての人が政治に参加したけど、近代民主主義はそうではありません。政治は市民が選んだ政治のプロである議員に任せるんです。
シマオ:でも、そうやって政治に無関心でいたから、ロクでもない政治家が増えたような気もしますけど……。首相のマスク姿に幻滅したのは、僕だけじゃないはず。
佐藤さん:もちろん、選挙に行かないほど無関心でいることがいいというわけではありません。けれど、私たち一人ひとりが政治に参加すべきだというだというのは、実は市民社会の論理とは少し違うんですよ。
シマオ:政治に参加しなくていいんですか?
佐藤さん:そもそも資本主義の社会では、選挙で政治家を選んだ市民は、経済活動でお金を得て自分の欲しい物を買ったり、文化活動で自己実現をするということが前提なんです。 マルクスは、『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』という本の中で、市民社会とは「欲望の王国」であると言いました。この「欲望」という概念は資本主義を理解するうえで重要です。
シマオ:ふむふむ。
佐藤さん:また、ドイツの哲学者ヘーゲルは、「人間とは他者から承認されたいと考える存在である。そして、他者が欲するものを欲することによって自己承認を高める」としました。他人が欲しいと言っているものが欲しくなるというのは、まさに資本主義的です。
シマオ:確かに! 行列のできているお店を見ると入りたくなりますもんね。
佐藤さん:つまり、資本主義社会において、市民は政治参加ではなく自分の欲望を追求することのほうが健全だというのが、一般的な見方なんですよ。
政治で経済を良くしてほしいという要求は間違っている
佐藤さん:そもそも何で政治に関心が出てきたんだと思いますか?
シマオ:やっぱり、コロナで命の危険が身近に迫ってきたからじゃないでしょうか。
佐藤さん:それもあるけれど、人が政治に文句を言う時というのは、一言でいえば経済がうまくいっていない時なんです。経済が好調な時は政治に関心がない。ある時期からの日本人が政治に関心が薄かったのは、裏を返せば全体的に経済がうまくいっていたからです。
シマオ:確かに新型コロナウイルスの影響は、病気の怖さももちろんですが、経済への影響がどれくらいあるのか分からないとこですよね。
佐藤さん:そうですね。ここにはパラドックスがあって、経済が悪くなると人々は政治に「何とかしてくれ」と要求して政治参加しようとするけれど、それが行き過ぎるとむしろ経済状況は悪化してしまいます。
シマオ:どうしてですか?
佐藤さん:簡単に言うと、賃金を上げたい民衆がデモやストライキをすれば、その分経済活動をしなくなるわけで、社会の生産性は落ちてしまうんです。実際、ヨーロッパならギリシャとか、南米諸国とかの政治が“熱い”国って、あまり経済状況が良くないでしょう。
政治情勢が不安定なギリシャでは、大規模なデモも多く、これは経済状況の厳しさが市民を過激な行動に走らせた結果とも言える。
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シマオ:確かに……。ということは、経済を良くするためには、政治活動をしない方がいいということですか?
佐藤さん:少なくとも、自分の時間を削ってまで政治活動にのめり込むのは市民社会のあるべき姿ではありません。政治に対して経済を良くしろと迫るのは、どこか不健全な姿なんですよ。
シマオ:じゃあ、僕らは何をすれば?
佐藤さん:ちゃんと勉強をして、知識を身に付けることです。そうすれば、選挙で選ぶべき政治家も見えてきます。政治の役割は経済を良くすることではなく、むしろ平和を維持して正常な経済活動や文化活動ができるようにすること。いわば、政治のことなんて考えなくていい世の中を作ることなんですよ。
シマオ:なるほど。でも、日本もコロナの影響で社会が大きく変わりそうですよね。中小企業は危機に陥っているところもあるでしょうし、仕事を失う人も増えるでしょうから。
佐藤さん:大きく変わると思います。いま政府はコロナ対策として、なりふり構わずさまざまな給付をしようとしていますし、国民もそれを求めています。では、その結果どうなると思いますか?
シマオ:それって全部、税金ですよね……。
佐藤さん:そうです。国債を発行することになるわけですけど、その結果として起こりうるのは、1970年代の終わりから80年代の初めにかけて世界経済を覆った「スタグフレーション」という現象の再来です。
シマオ:スタグフレーション……?
佐藤さん:これはインフレーション(物価上昇)とスタグネーション(景気停滞)という言葉の合成語です。普通、景気が悪くなったら物価も下がっていきます。しかし、スタグフレーションが起こるとそうならない。つまり、賃金は上がらないのに物価も上がっていくということになるわけです。
シマオ:ええっ! 働いても全然楽にならないってことですよね。怖い!
佐藤さん:そうなれば、いずれは産業構造の転換が起きることになります。コロナの影響はそれくらい大きいものかもしれません。
危機の時代、選挙の時に見るべきこと
シマオ:コロナのような危機があると選挙に行く人も増えると思うんですけど、いつも悩むのが、誰に投票していいか分からない、ってことなんです。投票先を選ぶための基準みたいなものがあったら、教えてください。
佐藤さん:まずは公約をちゃんと見ることですね。基準はいろいろあるだろうけれど、1つは、その政治家の政策が目指しているのが「大きい政府」なのか「小さい政府」なのかということです。
シマオ:政府の大きさ……?
佐藤さん:大きい政府というのは、福祉など社会保障や公共事業による景気浮揚を重視するけれど、お金がかかるからその分、税金をたくさん取らざるを得ない。逆に、小さい政府はそうした社会保障や公共事業は極力少なくするかわりに、税金も低くなるわけです。つまり自助努力の社会です。
シマオ:社会保障も充実して、税金も低いのが理想だけど(笑)。
佐藤さん:そうした方針を掲げる人もいるけれど、それは矛盾していますよ。
シマオ:今の日本だと、どういう状況なんでしょうか?
佐藤さん:実は、今の日本では、多くの党が小さい政府を志向していると言ってもいいでしょうね。明確に大きな政府路線を志向していると言えるのは、公明党と国民民主党の中の一部グループくらい。
シマオ:多くの人が小さい政府を望んでいるっていうことでしょうかね。
佐藤さん:それが不思議なところで、多くの人は大きい政府を望んでいると私は考えています。前にも言ったけれど、中流階層が少なくなって、みんな教育費などの保障を望んでいる。今回のコロナで一律10万円の給付が決まったように、今後はそうした傾向がさらに強まるでしょう。
シマオ:じゃあ、なんで小さい政府路線の安倍政権がこれだけ長く続いているんでしょうか?
佐藤さん:それが微妙なところで、一つは公明党と連立しているからです。自民党と公明党は路線が違うんだけれど、それが連立していることで「大きい政府」要望にも応えることができます。だから、野党のチャンスが少なくなってしまう。コロナの危機で、その状況は続くでしょうね。
シマオ:政権交代はしばらくないですかね?
佐藤さん:少なくともこれ以上の混乱のリスクは避けたいというのが、多くの人の本音でしょう。安倍政権への反発は少なくないだろうけれど、消極的に支持される。いわば「非常事態政権」です。
シマオ:僕も危機の中では社会保障が手厚いほうがいいとは思うんですけど、国の借金が膨らんでいくのが心配です。年金とかが破綻すると言われているし……。
佐藤さん:もちろんそれらは一時的には借金だけれど、子どもたちへの投資でもあるんです。国家が未来を担う子どもたちの教育を負担して、その子どもたちが大人になった時に働いて国家に返すと考えれば、何の問題もない。そういうふうに考えることができるはずですよ。
※本連載の第16回は、5月27日(水)を予定しています 。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2019年6月執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的に言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)