自民党のワーキングチームの会合。慶應大学の中室教授のヒアリングはオンラインで行われた。
撮影:横山耕太郎
「9月入学」を検討する、自民党の「秋入学制度検討ワーキングチーム役員会」が5月18日、自民党本部で開催された。有識者ヒアリングとして、慶應大学総合政策学部の中室牧子教授と、早稲田大学の田中愛治総長がオンラインと電話で参加。9月入学の課題について、集まった国会議員らに「9月入学ありきで議論するのではなく、手段とその成果を検討すべき」など、慎重な検証を求めた。
ワーキングチームでは、6月初旬までに方向性をまとめるとしている。
オンライン授業で格差拡大
撮影:横山耕太郎
中室教授は、長期にわたる「臨時休校」が行われた場合の教育への影響について、アメリカなどで行われた研究結果として、以下のように紹介した。
・アルゼンチンで発生した88日間のストライキを経験した小学生は、高校卒業率が4.75%低下し、大学卒業率が12.76%低下。将来の賃金も低下した。
・アメリカ・メリーランド州の臨時休校の調査では、休校の影響は低学年の方が大きかった。
・休学の影響は「理数系科目」が大きい。積み上げが重要な算数や数学で、特定の内容がカバーされなかったためと考えられる。
日本で行われているオンライン授業についての問題点は、「臨時休校している自治体で、双方向でのコミュニケーションを行う遠隔指導を実施しているのはわずか5%」で、自治体による対応に差が出ていると指摘。
「スイスの大学生を対象にしたオンライン授業の研究では、もともと成績の良かった生徒は成績が上昇し、悪かった生徒は成績が低下した研究もあり、格差が広がる可能性がある」とした。
9月入学ありきでなく、他の手段と比較を
小中高校では休校が続き、自宅での学習が長期化している。
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日本では現在、臨時休校が約3カ月間続いている。
中室教授は休校により起きている問題点から、効果の高い対応策を判断する必要があるとした。
「現在の問題点は『平均的な学力低下』と『学力格差の拡大』です。2つの問題への対応として、9月入学は妥当なのか。
授業日数と時間の差についてのアメリカの研究では、授業日数や時間の増加が学力にプラスの影響を与えたことが分かった。学習内容を変更しないならば、これまでと同じ授業日数と授業時間の確保が必要になります。問題への対応として、土曜授業や、夏休みの短縮も選択肢になる。
9月入学ありきで議論するのではなく、手段とその成果を検討するのが政策評価の考え方です」
就職時期の遅れ、GDPでも不利に
早稲田大学の田中総長は、電話でヒアリングに参加した。
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早稲田大学の田中総長は、9月入学を導入して日本の教育システムが国際化につながるかを検討する必要性があるとして、以下の点を指摘した。
・9月入学に変更しても、日本の学校・大学で日本語の授業を続けていれば、留学生の送り出しも、留学生の受け入れも増加しない。
・アメリカでは5歳半から6歳で小学生が入学する。現時点で(アメリカの方が)7カ月早く就学しているのに、日本で9月入学を導入すればさらに5カ月遅れることになる。大学卒業後に就く労働力が1年以上アメリカよりも恒久的に減少し、GDPでも不利になる。
また「留学がしやすくなる」という意見については、「オーストラリア、ニュージーランドは2月入学の国だが、留学の障壁になっていない。つまり学年歴のずれが国際化の障壁にはならない」とした。
入学時期と卒業時期を柔軟に
秋入学制度検討ワーキングチームで座長を務める柴山昌彦氏。
撮影:横山耕太郎
田中総長は大学の国際化を進める手段として、卒業時期を変更する案を挙げた。
「国際化に成功している国の大学は、入学と卒業の時期を柔軟に設定している。日本もいつでも入学でき、単位をとればいつでも卒業できる制度を導入すれば国際化につながる」(田中総長)
具体的には、早稲田大学や慶応大学の一部で導入している「日本型クオーター制」について触れ、「前期後期をさらに2分割することで、留学や他の国のサマースクールにも対応できる」とした。
語学面については、「西洋諸国の多くの国や、シンガポール、インドなどの大学では英語での授業を提供している。日本でも専門科目を英語と日本語で教育できる体制が必要」とした。
両氏へのヒアリングの後は、参加した国会議員からの質疑応答が非公開で行われた。
ワーキングチームの柴山昌彦座長は会合終了後、「教育の遅れという問題と、グローバルへの対応という2つの問題に分けて議論が必要という両氏の指摘について、理解を示す意見や、全体として議論すべきだという意見もあった。今後は教育現場の声もヒアリングし、6月初旬には方向性を出したい」とした。
(文・横山耕太郎)