(出所)総務省統計局「家計調査」(追加参考図表)より転載。
2020年4月7日に緊急事態宣言が出されてから1カ月半が経ちました。その間、外出自粛で街の人出は大きく減り、休業要請の対象となった店舗や施設の中には苦境に立たされる事業者が続出しています。
「リーマンショック超え」「前例のない」と表現されるほどのこの深刻な実態は、果たして経済統計にどのような数値となって表れてくるのでしょうか。
前回に引き続き、元日銀マンのエコノミスト鈴木卓実さんに、経済統計を読み解きながら景況解説をしていただきます。
今回取り上げるのは「家計調査」「家計消費状況調査」「鉱工業生産指数」の3つの統計。さらに、前回取り上げた「景気ウォッチャー調査」の最新の調査結果では、コロナの影響を受けてまさかの珍事も……。
コロナ禍での自粛・休業要請で、私たちの消費や企業行動はどのように変化したのでしょうか。個々の企業の数字やアネクドータル(数字の裏付けがない情報)についてはすでに新聞やテレビ等でも報じられていますが、今回は複数の統計を扱いながら、統計のヘッダーだけでは分からない、興味深いデータを見ていきたいと思います。
個人消費に見るコロナショックの影響
まずは、個人消費の代表的な統計である「家計調査」を見てみましょう。家計調査は総務省が毎月実施している調査で、調査項目が細かく、公表されるデータが多岐にわたっているのが特徴です。
総務省が2020年5月8日に公表した家計調査によれば、同年3月の消費支出(二人以上の世帯)は、1世帯当たり29万2214円。前年同月比で名目5.5%の減少、実質では6.0%の減少となっています。
ここで簡単に用語を確認しておくと、「名目」とは物価変動の影響を考慮しない数値のことです。家計調査の消費支出であれば、支払った金額ということになります。
一方、「実質」とは価格変動の影響を考慮した数値です。例えば、同じ金額を支払ったとしても(つまり「名目」では変化がなかったとしても)、財・サービスの価格が2倍になっていれば、買った量は半分になるので、実質では50%の減少になります。逆に価格が半分になっていれば、2倍の量を買ったことになるので、実質では100%の増加となります。
つまり、「前年同月比で名目5.5%の減少、実質では6.0%の減少」ということは、1年前の同時期と比べて家計の支出自体が減ったうえに、財・サービスの価格が上がった、ということになります。
家計調査は「追加参考図表」にも注目
家計調査には特殊要因があった際、時おり「追加参考図表」が付くことがあります。追加参考図表はメディアの注目度は低いのですが、2020年1月までは過去の消費税増税時期と比べた消費の推移、2月はうるう年の影響に関する試算という具合に、統計の数字を表面的に見るだけでなく、きちんと理解するための良い材料を提供してくれます。
では、4月8日に公表された3月の資料はというと、「新型コロナウイルスの感染拡大により消費行動に大きな影響が見られた主な品目など」と題する、非常に興味深い追加参考図表が付いています。
新型コロナウイルスによって私たちは外出自粛を余儀なくされ、店舗や人が集まる施設も軒並み休業しているわけですから、その影響たるや、消費を議論する時にもはや消費税どころの騒ぎではないでしょう。
では実際にどのような影響が出ているのか、3月分の追加参考図表を見てみましょう。
表を上から順にたどっていくと、まず食料の内訳では、「食事代」や「飲酒代」から家庭で消費する飲食料品にシフトしていることが見てとれます(図中、水色枠)。また、外出を伴うサービスも大きく減少傾向にあることが分かります(図中、赤枠)。
さらに、「その他の消費支出」の項目では、乳液や口紅の購入額が大きく減少しています(図中、黄色枠)。在宅勤務や自宅待機で人と会う機会が減ったことや、外出する際もマスクを着用していることなどから、化粧品の消費量が減ったという方も多いと思いますが、こうした動きが数字に如実に表れています。
先ほどお話ししたように、「名目」と「実質」の対前年同月増減率を比較することで、価格が変化している商品も分かります。食料のうち、カップ麺や即席麺で値上がりしているほか、家具・家事用品ではトイレットペーパーが値上がりしています(図表3の赤枠)。
(出所)総務省統計局「家計調査」(追加参考図表)より転載。
3月はトイレットペーパーの買い占めパニックがありましたし、保存ができて手軽に食べられる麺類も品薄な時期だったので、需要が強かった分、価格も上がったのでしょう。
購入頻度が少ない品目は「家計消費状況調査」を確認
さて、ここで追加参考図表から目を転じて、家計調査の本資料(公表資料)を見てみましょう(図表4)。すると意外なことに、自動車購入や自動車整備費の支出が増えていることが分かります。実質増減率に占める増加寄与度を見ると、自動車等関係費が1位、以下、通信、肉類、米類と続きます。
(出所)総務省統計局「家計調査」(報道資料)より転載。
3月は外出自粛本格化したタイミングであったにもかかわらず、なぜ「自動車」の関連項目が増えたのでしょうか?
ここでひとつ、家計調査についての注意点です。家計調査は調査項目が多いため、報告者負担も集計負担も重く、調査する家計の数(サンプル数)が限られます。購入頻度が少ない品目や単価が高い品目(自動車はまさにこれに当てはまります)については、サンプルの影響が大きくなるため、家計調査の精度は低くなります。
そこで、このような品目については家計調査とは別に、サンプルを増やす代わりに調査項目を減らした「家計消費状況調査」という調査が行われています。
家計消費状況調査(2020年3月分)のデータで自動車等関係の支出額を前年同月と比較すると、▲11.3%の減少となっており、家計調査の結果とは逆の動きをしています(図表5)。
(出所)総務省統計局「家計消費状況調査」(2020年3月分)をもとに筆者作成。
先述のとおり家計調査はサンプルが少ないので、調査対象となっている家計で偶然自動車を購入する時期が重なったというだけでも数字が振れてしまいます。従って、今回の自動車に関しては、よりサンプル数の多い家計消費状況調査の結果のほうが信頼度が高いと言えます。
家計消費状況調査では「自動車等関係」のほかにも、「通信」「旅行関係」「教育、教養娯楽」「衣類等」「医療」「家具等」「家電等」「住宅関係」「その他」の内訳として計50品目が調査されています。これらの品目については、家計調査の結果を鵜呑みにするのではなく、家計消費状況調査もチェックする必要があります。
さて、ここまでは「家計調査」と「家計消費状況調査」で3月時点での家計の購入について見てきました。では同じ期間、製品を作る側はどのような状況だったのでしょうか?
製造業を見るには「鉱工業生産指数」
製造に関する最も有名で注目度の高い統計は、経済産業省の「鉱工業生産指数」(Indices of Industrial Production:IIP)です。同省のサイトによれば、鉱工業生産指数とは次のような目的で実施されています。
「鉱工業製品を生産する国内の事業所における生産、出荷、在庫に係る諸活動、製造工業の設備の稼働状況、各種設備の生産能力の動向を捉え、また、生産の先行き2カ月の計画を把握することで、日本の生産活動をいち早く把握します」
この統計では、生産・出荷・在庫・在庫率の指数がそれぞれ業種別、財別、品目別に公表されています。公表項目も多いため、慣れるまでは使いこなすのが難しい統計でもあります。
では、先ほどの個人消費でも取り上げた自動車、化粧品を例にとって確認してみましょう。
自動車工業の内訳は乗用車、バス、トラック、車体・自動車部品、二輪自動車からなります。ここでは、家計支出に占める割合が高い乗用車の数字を見ることにします。
2015年を100とした季節調整済指数(※注)で生産・出荷・在庫・在庫率のそれぞれの指数を見ると、3月は2月と比べて、生産指数と出荷指数が減少して、在庫指数と在庫率指数が増加しています。
※注 鉱工業生産指数を作成するためのウエイトは5年に1度行われる「経済センサス」等を用いて算出されているので、鉱工業生産指数の基準年も5年に1度変更されます。
「在庫率指数」は、出荷と在庫の比率の推移を見ることで製品の需給状況を示す指数です。3月は乗用車の生産を減らしたにもかかわらず、それ以上に出荷が減少して、在庫が増えてしまったので、在庫率が上昇、つまり需給が悪化したと言えます。
自動車産業は無駄な在庫を極力持たないよう徹底した生産管理をする業種として知られています。その自動車産業で在庫率指数が急上昇、2015年基準を採用している2013年以降の数字では最大の上昇幅になってしまいました。自動車産業でもこのコロナショックの大きさは予想を上回っていたようです。
次に、化粧品を見てみましょう。
化粧品は2月と比べて、生産指数は微減、出荷指数は減少して、在庫指数は増加、在庫率指数は増加しました。
化粧品はインバウンド需要の増加、とくに今夏の五輪特需を期待してか、高めの生産が続いていて、在庫も多めでした。そこへ、海外からの渡航激減や自粛による需要減少が加わって3月は出荷が急減。在庫率指数の上昇幅も2013年以降、最大となっています。
乗用車との違いは高めの生産を続けたこと。見通しの甘さなのか、深慮遠謀があったのか、気になるところです。
景気ウォッチャー調査では驚きの数値が
最後に、前回解説した「景気ウォッチャー調査」で珍事があったのでご紹介しておきましょう。
景気ウォッチャー調査のDIは100から0の値をとりますが、5月に公表された4月の計数で、「飲食関連」の景気の現状判断DI(季節調整値)がマイナスになるというサプライズがありました。
(出所)内閣府「景気ウォッチャー調査」(令和2年4月調査)をもとに筆者作成。
季節調整は例えば、「原数値では2月は悪い数字が出やすいけれど、3月、4月は良い数字が出やすい」といった季節性がある時に用いられる統計的な手法です。この例では、2月をかさ上げして、3月、4月を下げることで月々の推移を比較しやすくすることができます。
原数値を増やしたり減らしたりする際には、大きく分けて、加減する方法(加法モデル)と乗除する方法(乗法モデル)があります。景気ウォッチャー調査では加法モデルが用いられているため、4月の飲食関連の季節調整値が原数値からさらに引かれて、マイナスになってしまったのです。
原数値の下限が0(回答者全員が悪いと回答した場合)なのに、例年と同じ季節調整値を加えることで値がマイナスになってしまう場合、今回のようにマイナスの値のまま公表すべきなのか、それとも原数値の下限である0として公表すべきなのか……。統計を読む側だけでなく、作る側にとっても判断が難しいところです。
間違いなく言えることは、コロナが引き起こした未曾有の事態によって、統計の世界ではリーマンショックの時でさえ生じなかった異常事態が起きている、ということです。
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※本連載の第8回は、6月19日(金)の更新を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
鈴木卓実:たくみ総合研究所・代表。エコノミスト、睡眠健康指導士。元日銀マン。新潟生まれ、仙台育ち。2003年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。日本銀行にて、産業調査、金融機関モニタリング、統計作成等に従事。2018年、独立・開業。経済・金融や健康のリテラシー向上のため、セミナーや執筆等を通じて情報を発信。既存組織に属さないフットワークを活かし、ポジショントークのない活動を行う。