左から順に、早稲田大学、東京大学、慶應義塾大学。それぞれの大学で進められている講義のオンライン化について取材を進めた。
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新型コロナウイルスの流行によって、全国の大学には次々とオンライン化の波が押し寄せている。
Business Insider Japanでは、東京大学、早稲田大学、慶應義塾大学の3大学のオンライン化の状況について調査した。
4月から予定通り講義開始のインパクト・東京大学
東京大学。
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- 基本はリアルタイム配信。予定通り4月頭から講義開始
- チャットbotで自動サポート
- 1カ月50GBまで通信が可能なモバイルルーターを貸し出し
多くの大学が講義開始の日程を遅らせる中、東京大学は、予定通り4月頭から講義を開始。
東京で10人を超える感染者が確認されはじめた3月18日、五神真総長から、
「4月からの新学期授業は学事暦通り行う。対面での講義は最小限とし、オンライン化を奨励し推進する」
と、講義のオンライン化を強く推進する旨のメッセージが公表された
また、東大では総長のメッセージが公開される前から、すでにオンライン講義に関する情報サイトを開設。準備段階における注意点から、授業中に発生するトラブルシューティングなどが日々アップデートされている。
ここ1カ月の間にも、チャットbotを使った自動サポートに対応するといった充実ぶりをみせる。
オンライン講義上で生じるほとんどの問題は、基本的にこのサイトで対応している。
すでにオンライン講義を受けている東大生は、
「Zoomを使用して講義が行われています。完全にリアルタイム配信です。チャットで会話したり、マイクと映像をオンにしてディスカッションしたりもします。
教員側の通信環境によって音声が途切れることはありますが、基本的に快適です」
(東京大学4年生)
と、走り出しは順調な様子が伺える。
【学生の指摘】対面より疲れやすい、コミュニケーション課題
一方で、実験や実習など、リアルの場が必要な授業以外をすべてオンライン化しようとした結果、
「双方向のコミュニケーションを想定している講義(ゼミ、輪読等)はやりにくい」
「対面の講義よりも疲れやすい気がする。適切な配分で休憩を挟んで欲しい」
と、授業体制に適応することに苦労する学生の声もあがっている。
また、講義のオンライン化にあたり、学生の通信環境、PC周辺機器の整備が行き届かない可能性も懸念される。
東大はサイト上で、基本的には学生自身に通信環境を整備するよう促してはいるものの、学生へのサポートとして、1カ月50GBまで通信が可能なモバイルルーターを貸し出す支援(現状では2020年度末までを想定)も実施している。
他の大学でも、講義のオンライン化と通信環境支援はセットになっているケースが多い。
総額5億円の緊急支援策・早稲田大学
早稲田大学。
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- 総額5億円の学生緊急支援策の中でオンライン授業環境サポート
- 2020年度からオープンソースのeラーニングシステム導入
- オンデマンド、リアルタイムも実施
早稲田大学は3月末に授業のオンライン化を表明。授業開始日も、当初予定していた4月6日(月)から、結果的に5月11日(月)に繰り下げられた。
また4月24日には、総額5億円の学生緊急支援を発表。
「緊急支援金、PC、WiFi機器貸し出し等のオンライン授業受講支援および既存の家計急変に対応するための経済支援型の緊急奨学金を含めた総額約5億円の緊急支援策を講じることといたしました」
と、この支援枠の一部で、オンライン授業環境の整備をサポートするとした。
早稲田大学の広報部は、メールによる4月末の取材で、講義のオンライン化への取り組みについて、
「これまでも各キャンパスにあるスタジオ、教室に設置している自動収録カメラや教員のPCなどを使って講義動画を収録し、学内システムでオンデマンド配信を実施してきましたので、今年度特別にカリキュラムを変更するといったことはありません。
ただ、これまでよりオンライン授業が増えることから、オンラインでのセミナー実施やワンストップ型のマニュアルを用意し、随時更新するなどサポート体制を一層強化しています」
と、ほぼすべての講義をオンライン化(リアルタイム、オンデマンド含む)するためのサポート体制の充実をはかっていく方針を示した。
なお、早稲田大学は2020年度からオープンソースのeラーニングシステムをベースとした「Waseda Moodle」という新しい学内システムを導入している。
【学生の指摘】「具体的な説明欲しい」学生に浸透しておらず
しかし一方、学生への事前取材では、
「新しい授業体制に関する説明が不十分かなと思う。『オンライン授業やります!』としか言ってきてないため、具体的にどのような機材が必要なのか、どういう形態(Zoomなのか、YouTube配信なのか)でやっていくのかも説明が欲しい」
(早稲田大学3年生)
と、具体的なオンライン授業の構想が見えにくいと不安の声も上がっており、これまでの取り組みが必ずしもすべての学生へ浸透しきっていない現状が見えた。
実際に講義開始を受けて、同学生は、
「配信設備を少し整えて欲しいという感じです。声が聞こえなかったり、通信が悪くて聞こえなかったりするんで。マイク使うとか有線で接続するかとかはしてほしいです」(同学生)
と感想を話す。
GW明けの5月11日には、早稲田大学をはじめ、いくつかの大学でネットワークサーバーのトラブルが発生していた(すでに復旧済)。
もともと一部の講義のオンライン化に取り組んでいた大学は多いものの、より大きなスケールで講義をオンライン化する際に、新たな課題が発生することは避けられない。
リアルタイムの講義が少ない・慶應義塾大学
慶應義塾大学。
REUTERS/Toru Hanai AUNIV
- 基本は事前の動画撮影によるオンデマンド配信や音声付き資料など
- 一部の授業以外、リアルタイム講義は原則不可
- 学費支援とは別に、オンライン授業準備に1万5000円の補助金
慶應義塾大学は新学期の開始を4月30日(木)に延期。原則として春学期中は、オンラインを活用した授業を実施する方針を示している。
大学の公式ホームページでは授業形態について「オンラインを活用した授業」との表現にとどめているが、学生(慶應義塾大学3年生)は、
「オンライン化といっても少人数かつ双方向のやりとりが不可欠の授業以外は、リアルタイムの講義は原則不可のようです」
と話す。
結果的に、事前に動画を撮影してのオンデマンド配信や、音声付きの資料配布、各自論文などを読んで課題を提出する、といった内容の授業がほとんどのようだ。
リアルタイムでのコミュニケーションを伴わない講義形式について、
「好きなタイミングで講義を受けられるという意味ではありがたい側面もある」(同学生)
とのメリットがあげられた。
【学生の指摘】講義形態、教員によってバラつきが大きい
大学の対応について、ほかの学生(慶應義塾大学4年生)からは、
「全体的な方針はわかりやすかった」
と、初期対応や講義の方向性の周知、新型コロナウイルスの流行への対策について、ある程度評価する声があがる一方で、
「具体的なやり方を教授に任せすぎてるせいで、授業形態や講義で使用するシステム、出席のとり方など、授業の細かい要素・やり方が各授業バラバラでわかりにくい」(同学生)
「動画の長さは『原則何分』みたいな方針が出ていて、上手に対応している先生もいれば、中には動画が数時間と長すぎる先生もいる。資料だけ配布してレポートの提出を求める先生も」(前出の慶應義塾大学3年生)
と、講義内容は教員に応じてかなり幅がある様子が伺えた。
ある程度のばらつきがでることは当然だが、学生の混乱を防ぎつつ教員側にも裁量があるような、良いバランスの制度設計へのブラッシュアップが課題だろう。
なお、慶應義塾大学では、東京大学や早稲田大学のようなWiFiは貸し出していないものの、学費支援とは別に、オンライン授業のための通信環境の整備が困難な学生に対して、一人当たり1万5000円の補助金を支給する。
教授を直撃!「ツールより問題は使い方」
自宅のパソコンで講義を受講する様子。画面には講義のスライドと教員の姿がうつる。オンライン講義は学生から一定の評価を受けてはいるものの、「キャンパスに行くという楽しみがなくなるのが嫌かも」と、自粛が長引くにつれて現実のキャンパスへの思いを募らせる学生も増えてくることが予想される。
撮影:戸田彩香
教員側はオンライン化にどう対応したのか。
慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所の李津娥(イー・ジーナ)教授は、授業のオンライン化にあたり、次のように話す。
「最初は漠然とした不安がありましたが、1カ月ほどの準備期間があり、受講生が確定しているゼミなどでウェブ会議ツールによる遠隔授業のテストを行い、ウェブ会議にも慣れてきました」
(李教授)
大学側からは、オンライン授業のサポート(システムの使い方、トラブル対策など)を受けているという。
加えて、
「いろいろな大学や教員がオンライン授業に関する情報や実際の感触をネット上で共有しているので、参考になります」
(李教授)
と、全国の大学でオンライン化が同時多発的に進んでいることで、プラスの相乗効果があると話す。
「一部ではありますが、すでにさまざまな形でオンライン化が進められてきたと思います。ウェブ会議ツールも使いやすいので、『システム』の問題というより『使い方』。授業内容(コンテンツ)や工夫の問題ではないでしょうか」
(李教授)
と、これからのオンライン授業に向けて、前向きな姿勢を見せた。
【ここが課題】教員側のITリテラシー格差くっきり
これほど大規模な講義のオンライン化は、どの大学にとっても基本的に初の試みだ。動き出したタイミングに差はあったものの、正直なところ、授業形態やシステムについては、それほど大きな差はみられなかったといえるだろう。
各大学の項目で挙げた「ここが足りない」というポイントも、大なり小なりすべての大学が共通して抱えている課題だともいえる。
ただしその中でも特に、オンラインで講義する上で「教員側のITリテラシーの低さ」や、「オンライン環境に配慮しない講義内容」については、学生からの批判が多く集まっていた。
ある都内私立大学の学生は、次のように語っていた。
「授業の質が担保されない。周囲に人がいないので、勉強に集中できる分、もとからひどかった授業がオンライン授業になってさらいひどい状態になっているのが気になる。先生による差が顕著です」
講義のオンライン化によって教員への負担が増している一方で、講義の質に対する学生の目は、確実に厳しくなっている。