撮影:小林禎弘
パナソニックは、創業から102年にわたって、モノづくりとモノ売りにこだわってきた。営業の現場でいまも強調されるのは、昔ながらの顧客への「密着」だ。
パナソニックコネクティッドソリューションズ社(CNS社)は2020年5月、アメリカ企業ブルーヨンダー(2020年2月にJDAから社名変更)の発行済み株式の20%を約860億円で取得すると発表した。
今後、サプライチェーンマネジメントで優位に立つブルーヨンダーのシステムを軸に、日本企業に対してサプライチェーンのデジタル化や自動化を促していくという。機械学習をベースに、新しいシステムで企業内の部門と部門、さらには企業と企業を結び、工場、倉庫から販売店に至るプロセスを効率化する —— 。
こうした構想を形にする取り組みを進める上で、パナソニック自身が、従来型のモノ売りからの脱却を迫られる状況が生じている。
販売を支えてきた「街の電気屋さん」
大阪府門真市のパナソニックミュージアムには、同社が販売してきた多くの家電製品が展示されている。パナソニックの歴史は家電の歴史そのものだ。
撮影:小林貞弘
パナソニックの販売網を長く支えてきたのは、街の電気屋さんだった。
「パナソニックの店」の名で知られる販売店は、ピークの1983年には全国に約2万7000店のネットワークを築いていたが、家電量販店の台頭に押され、現在は約1万5000店にまでその数を減らしている。
価格競争力で圧倒する家電量販店に対して、街の電気屋さんたちが武器とするのは、細やかな顧客への対応だ。販売した商品の設置や修理、操作方法の相談など、強調されるのはここでも、地域の消費者への「密着」だ。
パナソニックにとって販売店は、製品と消費者との接点となる。このため新入社員たちは、各地の販売店で研修を受ける。こうした社員教育が根付いているのだろうか、さまざまな職種や立場の社員に共通するのは、ものづくりと、顧客への密着に対する思いの強さだ。
CNS社でデジタル化を進める常務の榊原洋(49)は、1年半前に同社に加わった。ボストンコンサルティンググループ、アップル、米マイクロソフトなどを渡り歩いてきた榊原には、パナソニックの姿がこう映る。
「お客さんに密着してイノベーションを届けたい人の集まりだと思う。その企業理念は透徹している」
自社の製品を切り捨てる決断
1950年代からテレビCMに登場し、長く愛された「ナショナル坊や」。パナソニックミュージアムの展示のひとつだ。
撮影:小林貞弘
CNS社はいま、顧客企業に対して業務プロセスの変革を促す「現場プロセスイノベーション」に取り組んでいる。2019年1月には社内に「現場プロセス本部」も立ち上げた。
顧客企業が抱える課題に対し、解決策を提案するのは、コンサルティング会社が得意とするソリューション・ビジネスの領域だ。サプライチェーンを管理する仕組みを中心に、さまざまなメーカーの機器や、カスタマイズしたアプリケーションを統合的に提案する。
こうしたビジネスの進め方は、メーカーの営業というよりも、コンサルティング会社のそれに近い。CNS社にも最近は、コンサルタントの肩書を持つ社員がいる。
CNS社から別のメーカーに転職した元社員は、こうした転換を進める上で、自社製品への思いの強さが足かせになりうると指摘する。
「いままでいくつものメーカーが同様の手法に取り組んできたが、どこも苦労している。顧客のため、自社の製品を切り捨てる決断がどれだけできるか。そこがカギになるのではないか」
顧客企業の倉庫で、荷物を自律的に運ぶロボットが必要になったとしよう。
パナソニックにも候補となる製品はあるが、ロボットのスペックや価格などさまざまな要素を考慮すると、他社製品のほうが顧客企業の課題解決に適しているという場面は大いにありうる。
CNS社の元社員が指摘するのは、コンサルティング会社であればメーカーに縛られずに提案をしやすいが、メーカーはどうしても自社の製品に肩入れしがちになる、という懸念だ。
IT業界から積極的に人材採用
ブルーヨンダーとの資本提携交渉を進めてきたCNS社上席副社長の原田秀昭(57)は、こうした懸念に反論する。
「いままでは、まるごとパナソニックという売り方もしていたが、残念ながらその時代は終わった。お客さんからすれば、中国や台湾メーカーのロボットが半額なら、それでいい。全部パナということにはならない」
こうした反論を裏付けるのは、最近パナソニックが力を入れているIT業界からの人材採用だ。
パナソニックは2019年10月、米グーグルのヴァイスプレジデントを務めた松岡陽子氏をフェローに招くと発表し、話題をさらった。
ブルーヨンダーとの資本提携を発表する会見には、常務の山中も出席した。
撮影:小島寛明
顧客企業に対して現場プロセスの改善を促すプロジェクトや、CNS社内のデジタル化を進めるプロジェクトでも、IT業界出身者の採用を進めている。
現場プロセス本部の副本部長を担う常務の山中雅恵(56)も、日本IBMや日本マイクロソフトなどを経て、2年半前にCNS社に加わった。山中はこう強調する。
「プロダクトをそのまま売ることを生業にしているメンバーよりも、コンサルやSI(システム・インテグレーター)経験が多いメンバーをそろえている」
人間の経験とカンの範囲を最小限に
CNSが強化しているのは、サプライチェーン全体の人やモノの動きを可視化するブルーヨンダーのシステムと、パナソニックが優位にある技術を組み合わせたソリューションビジネスだ。
例えば、店の棚から商品がなくなったという情報は、現在のところ、ほとんどの店にとってアナログ情報だ。従業員が目で欠品を認識して、バックルームから商品を補充する。
こうした情報をまず、カメラやセンサーでデジタル化する。さらにデジタル化された画像を解析する技術で、棚から商品がなくなったことも、システムが自動的に認識する。
商品がなくなったのを検知するには、パナソニックの画像解析技術が使える。こうした欠品情報は、ブルーヨンダーのシステムで倉庫や工場にリアルタイムで伝えられ、どの製品を優先的に運んだり、製造したりするかを最適化する。
山中はこう説明する。
「いままで、アナログでデータとして可視化されていなかった世界をカメラやビーコン、センサーで、まずはデジタル化する。そうして得たデータを、人の作業、ものの動きと連動させていく」
バックルームや倉庫にどのくらいの在庫を抱え、どんなタイミングで発送するのが適切なのか。蓄積されたデータはシステムが解析し、人間が経験とカンを頼りに判断していた範囲は最小化されていく。
ソリューション・ビジネスに大きく踏み出したパナソニック。人材などの面ではまだ課題が残るという。
撮影:今村拓馬
2018年10月にCNS社に加わった大島誠(54)は、サプライチェーン向けのソリューションの専門家として、業界内で名の通った存在だ。20年ほど前、ブルーヨンダーの前身であるJDAの日本進出を支援するなど、同社との関係も深い。
「JDAのシステムは最近まで、世の中の流れに遅れていたと思う」
JDAは工場、倉庫、店舗など各分野のソフトウェア会社の買収を繰り返していた。そのJDAが提供するシステムは、個別には優れているとしても、全体から見るとバラバラ —— 大島の目に同社の姿はそう映っていた。
しかしこの数年、サプライチェーン向けの機械学習システムで知られるドイツのブルーヨンダーを買収し、社名まで変更したこともあって、一気に変革が進んだ。
「企業間の壁、企業内の壁を取り払って、本当にサプライチェーンを直すにはどうしたらいいのかを考えるところからスタートしたのが新生ブルーヨンダーだ」(大島)
ブルーヨンダーに人材を派遣
2020年、世界最大のテクノロジー・カンファレンスCESに出展したパナソニックのブース。
撮影:伊藤有
新しい仕組みを企業に売り込む上で、CNS社の営業マンたちも変化を迫られている。ブルーヨンダーとの提携交渉を進めてきた上席副社長の原田秀昭はこう話す。
「CNSをとってみても、ずっとハードウェアの設計、営業、品質管理、ものづくりという人ばかり。人材も入れ替えないと、なかなか難しい」
ソリューションビジネスに長く携わってきた山中も、CNS社がソリューション営業を強化していく上で、最大の課題は人材の確保だと考えている。
「プロダクトをつくって売るのと、お客様の経営課題に対し、仮説を設定し、ソリューションを提案するアプローチはまったく別物。こうしたアプローチを担う人材の育成は、それこそ命がけで取り組まないといけない」
CNS社側は今後、ブルーヨンダーに人材を派遣するなどして、ソリューションビジネスを担う人材の育成を強化していくという ——。
CNS社は860億円の資金を投じ、サプライチェーンのDXを進める企業に資本参加することになった。それは結果としてパナソニック自身に大きな変化を突きつけることになった。
老いていく社会の中であっても変化を模索し、手探りで足を踏み出すパナソニックの姿は、日本の製造業の姿そのものにも見える。
(明日に続く、敬称略)
(文・小島寛明)
小島寛明:上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。2000年に朝日新聞社に入社、社会部記者を経て、2012年退社。同年より開発コンサルティング会社に勤務し、モザンビークやラテンアメリカ、東北の被災地などで国際協力分野の技術協力プロジェクトや調査に従事。2017年6月よりBusiness Insider Japanなどに執筆。取材のテーマは「テクノロジーと社会」「アフリカと日本」「東北」など。著書に『仮想通貨の新ルール』(Business Insider Japanとの共著)。