「夏の甲子園中止」が高校球児の進路に与える2つの深刻な影響

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5月21日のスポーツ紙。全紙が一面で、第102回全国高校野球選手権大会“夏の甲子園”の中止を伝えた。

撮影:大塚淳史

5月20日、日本高等学校野球連盟(日本高野連)は運営委員会、理事会を開き、第102回全国高校野球選手権大会と、各地区の代表校を決める地方大会の中止を発表した。

「夏の甲子園、中止決定」という衝撃的なニュースは、瞬く間に列島を駆け巡り、多くの野球関係者、スポーツ関係者、著名人がSNSなどで発信するなど、さまざまな議論を生んでいる。

改めて高校野球の持つ影響力の大きさを感じずにはいられないが、最も影響を受けるのは、むろん当事者である選手たちである。そして、その影響は心情的なものだけではない、最も現実的なのは選手の将来を左右する卒業後の進路である。

理由1. スカウトの「最終判断」時期が消失。「70人制限」問題も

朝日新聞社「【ノーカット】夏の甲子園大会は中止 渡辺雅隆・朝日新聞社社長、日本高野連の八田英二会長が会見」より。

朝日新聞社

まず大きな決断を迫られるのが、高校からプロ野球の世界へ飛び込むことを考えていた「ドラフト候補」の選手たちだ。

年齢的にも成人を迎えている大学4年生や社会人の選手とは異なり、まだ10代の高校生は短期間で急激な成長を遂げるケースが少なくない。特に、2年生から3年生になる間の冬の期間、そして新学年が始まってから最後の夏の大会に向けての期間が非常に重要であり、プロのスカウト陣もそこで最終判断を下すことになる。

ところが、今年に関しては3月の選抜大会とその後の各地区の春季大会、そして夏の地方大会と甲子園が中止となったことで、最終判断を下す材料がなくなってしまったのだ。選手にとってはアピールの場を失った形となるが、指名する側のプロ球団にもさらに頭の痛い問題が重なっている。

現在、ペナントレースは6月下旬からの開幕で調整を進めているが、二軍まで含めて例年と比べて試合数が少なくなることは確実である。そうなると、来年の契約を更新しない、いわゆる『戦力外』を通知する判断も難しくなるのだ。

プロ野球は支配下登録できる選手は1球団70人までと決められており、退団する選手が少なくなれば当然新たに獲得できる選手も少なくなる。

現段階では2019年の佐々木朗希(ロッテ)や奥川恭伸(ヤクルト)のような高校生の圧倒的なドラフト1位候補は不在であり、最終学年での成長も確認ができないとなれば、高校生の指名を見送る球団が出てくる可能性もある。

そういった情報はメディアを通じても伝わってくるはずであり、プロ志望届の提出を断念するケースは増えることになりそうだ。

理由2. 「スポーツ推薦」選考不足で大学入学の難度が上がる懸念

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高校球児たちの夢舞台である阪神甲子園球場。

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影響はもちろんプロ志望の選手だけではない。

大学や社会人チームの野球部関係者も高校生のスカウティングを行っているが、プロ球団と同様に今年はその機会が圧倒的に少なくなっている。

また、有力選手はスポーツ推薦で進学するケースが多いが、その選考基準となっているのは甲子園大会や各地区大会での成績であるが、今年の高校3年生についてはそのような材料についても圧倒的に不足している。

大学の野球部側からすると、学校に提出する根拠作りに頭が痛い問題であり、中には例年よりも推薦の枠を減らすことを検討しているチームもあるという。

また、スポーツ推薦での進学を考えていた選手にとっては、本来であればプロ入りを目指すような選手が大学進学に切り替えるケースが増えることと重なって、希望の大学へ入学する難易度が上がるという事態となることも十分に考えられるだろう。

「夏の甲子園中止」が、大学での野球継続を目指す球児も

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新型コロナウイルスは高校球児たちの目標を奪った。(写真はイメージ)

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ここまではネガティブな要素を多く取り上げたが、その一方で今回の事態で早々に頭を切り替えようという声も聞こえてくる。

「甲子園」という高校野球生活での最大の目標を失ったことで、次のステージで大舞台を目指そうという球児も少なからず出てきている。

ひと昔前までは、大学野球といえば東京六大学くらいしか注目を集めることはなかったが、現在は地方大学からもどんどんプロ野球選手が輩出されており、全体的なレベル差は確実に小さくなっている。

野球部員の数も高校生は右肩下がりとなっているが、大学野球(全日本大学野球連盟に加盟している硬式野球部)に関しては2007年には全国で2万147人だった部員数が、2019年には2万8708人と約4割も増加している。

高校野球で最後に大舞台へチャレンジできなかった思いを、大学野球でぶつけるために早くから受験勉強に切り替え、それが奏功するというケースも出てくるかもしれない。

甲子園大会だけでなく地方大会も中止となったことで、最後の学年で公式戦を行うことなく引退する球児も間違いなく出てくるはずだ。今後も困難な状況が続くことが予想されるが、一人でも多くの球児が自身の進路について納得するまで検討し、さらに次のステージでも前向きに野球に取り組んでくれることを切に願いたい。

(文・西尾典文)


西尾典文(にしお・のりふみ):1979年愛知県出身。野球ライター。三重大学卒業後、筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を提供する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

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