【神田伯山事務所社長・古舘理沙】当代随一の人気者オンライン寄席で変わる芸の見せ方

神田伯山

オンラインのラジオ収録では、ディレクターの指示をSkypeで聞きながら、笑い声を挟む「笑い屋」の重藤暁のタイミングをZoomで確認。同時に声を音質のいいICレコーダーで収録する。

提供:TBSラジオ

コロナショックによる「在宅シフト」で、あらゆる職種に働き方から何から見直しがかかっている。経営・マネージメント層に、新たに気づいた課題を聞くシリーズの第4回目は、エンターテイメント業界から。

100年ぶりとも言われる講談ブームを引き起こし、その毒舌キャラがテレビ・ラジオでもたちまち人気となった神田松之丞あらため六代目神田伯山。彼を前座時代から「今、最もチケットの取れない男」と言われるまでにマネージメントしてきたのは、伯山の妻でもある古舘理沙さんだ。

これまで伯山以外にもさまざまな寄席演芸の興行を仕掛けてきた、彼女自身もまた、“凄腕の興行師”と言われる。

エンターテイメント業界は、コロナ禍で最もあおりを受けている業界の一つ。超・人気者の伯山といえども、その影響は大きい。古舘さんに、伯山のリモートワークの近況と今後、業界の展望について聞いた。


神田伯山の寄席の出演は、4月4日が最後。緊急事態宣言以降、全ての公演が中止になったので、講談の仕事はゼロになりました。ラジオとテレビがリモート体制になったのは、4月の第2週目から。テレビ朝日のキャスターやフリーアナウンサーの赤江珠緒さんの感染が判明してから、全レギュラー放送がリモート体制に移ったという状況です。

正直、対応としては遅いと思います。私自身、ずっとヒヤヒヤしていました。

ただ、出させていただいているタレント側から「リモートにしてください」とは、どうしても言いにくい。テレビ・ラジオに関しては、局側から「リモートで」と判断してくださったので、そこは本当にありがたかったです。

大手の芸能事務所さんが「リモートでなければ、出せない」と先陣を切って局側に言ってくださったことも、非常に助かりました。そこからリモート出演が業界全体に浸透し、私たちのような小さな事務所の者もスムーズにオンラインに移行できました。

感染拡大と重なった襲名興行

神田伯山

「六代目伯山」の誕生をこの目で見たい、という熱いファンたち。2月11日、新宿末広亭には多くの人が早朝から列をつくった。

撮影:吉川慧

寄席に関しては、コロナの感染拡大と伯山の襲名興行が重なり、これも本当にヒヤヒヤのし通しでした。自分たちの感染もですが、お客様に感染者が出たら申し訳がたちません。

寄席での襲名興行は2月11日から3月20日までを予定しており、寄席は全部で4軒。コロナ禍が深まる前に3軒は終わっていました。最後の国立演芸場さえ無事に終われば、何とかいけると思って過ごしていました。

具体的には、新宿末広亭の興行までは問題なかったのですが、2月21日以降、浅草演芸ホールに移ったあたりから世間の空気が変わり始めました。ライブハウスの件が取り沙汰され、「集まるのはどうなのか」という雰囲気になった。

寄席には高齢のお客様も多くいらっしゃいます。やりづらいけれど、お客様も来てくださっているし……と、ジレンマにさいなまれました。

綱渡りの中で、3月11日に国立演芸場が、国の機関のため、寄席の中では最初に閉めることになりました。興行は途中で中止となりましたが、むしろ、ホッとしました。

続いて他の寄席も閉まったわけですが、すでにお客様が数人といった状況がしばらく続くなどしていたようです。開ければ開けるほど赤字になってしまう。人件費もあるので、いっそ閉めようという判断だったと聞いています。

「お客様はどのぐらい戻るのか」という不安

家からリモートワークでラジオ収録をする神田伯山。

家からリモートワークでラジオ収録をする神田伯山。

提供:古館さん

現在、伯山は講談のライブの仕事はないけれども、幸い、テレビやラジオの出演があります。収入がゼロではありません。

とはいえ、本業である講談ができない。いつ再開できるかもかわからない。これは非常につらいことで、こんなに長い間、講談ができない状況は、おそらく業界にとっても経験のないことです。

戦時中ですら、統制はあれども寄席は開いていました。東日本大震災の時も、計画停電でできない日はありましたが、計画停電にはいずれ終わるという見通しがありました。

今は、まったく先が読めません。たとえコロナがおさまっても、これだけ経済を止めてしまったら、お客様はどれくらい戻るのか。エンターテイメントに消費しようという人がどれくらい、いるのか。

また、興行は全国を移動して行います。当然ですが、東京から地方に行くこと自体、今は批判の対象です。ほかの手段を試さざるを得ない時期にきています。

偶然開始が重なったYouTube番組

一方で、偶然にもまったくコロナ禍とは関係なく、でもコロナ禍と重なるように「神田伯山ティービィー」というYouTube番組 を、2月から私のプロデュースで始めていました。テレビ局などとは関係なく、私たちの事務所が主催しています。伯山の名前を冠していますが、伯山をというより、「何としても講談の面白さを知ってもらいたい」ために始めました。

知ってもらいたいというのは、決して業界に対するおべんちゃらではなく、私が本気でこの世界にハマっているからです。それにはっきり言って、伯山を有名にして、伯山だけがお金を持ったり、独り勝ちしたりしても全く意味がない。

ちょっと覗いていただくと、すぐにおわかりいただけると思うのですが、寄席演芸の世界は本当にいろいろな方がいて成り立っています。業界全体が盛り上がらないと先細りするだけです。危機感を持っています。

この「神田伯山ティービィー」が予想以上にハネてくれて、薄氷を踏む思いですが、少し希望を持てています。チャンネル登録者数は3カ月で12万人超。ユニーク視聴者数は約115万人。ちょっとした深夜番組に近いインパクトはあるはず。

これまでのファン以外に届く威力

エンタメもパーソナライズ化が進んで、マスのインフラで集めるものではなくなっているとは言われています。でも、ここまでYouTubeがインフラとして優秀だとは予想していませんでした。

集客人数もですが、最も驚いたのは、老若男女しかも伯山に興味なかった人にすら届くという、その威力です。

何十年来という親しい付き合いの友達がいるのですが、これまで私の夫であるにも関わらず、全く伯山にも講談にも興味を持ってくれませんでした(苦笑)。これまで何回か公演に来てはくれました。でも、友達だから来たという感じでした。

その友人が「『神田伯山ティービィー』は面白い。毎日、見てる」と言ってくれたんですね。「ここに届いたんだ!?」と驚きました。近所の顔なじみのお店の方も「YouTube、 見てるよ」と声をかけてくださったり。

神田伯山ティービィー

「神田伯山ティービィー」で、5月30日までオンライン釈場(講談の寄席)を配信中。

提供:古館さん

YouTubeを始める前は、「ゆくゆくはNHKで番組を持ちたい」と考えていました。もちろん、今でもそれは考えていますし、講談の番組もNHKにちゃんとあります。でも、放送は早朝だったりする。ゴールデンタイムに番組をやりたくても、テレビの枠なんて簡単に取れません。

だったら、YouTube を活用しようという目論見でした。ある程度の広告収入も見込めます。

初めは、伯山はYouTubeに関して否定的でした。「売れなくなった芸人がやるものでしょ?」とか言いまして。完全な偏見なんですが(笑)。

でも、今は反響を見て、本人も前向きなようです。外では人見知りですが、家ではおしゃべり。「しゃべってないな」と思ったら、エゴサーチしているというようなタイプの人なのですが、今は毎日のように「登録者数が○人になった」とチェックしています。

投げ銭システムでの無観客ライブ

5月23日から、新たに投げ銭システムを導入した無観客ライブの期間限定配信も始めました。伯山以外の講談師の方にも登場していただき、投げ銭で得た利益は、すべて日本講談協会に寄付します。

コロナ前は、有料化はまったく考えていませんでした。有料化すれば、お客様が離れる可能性もあります。でもコロナのために、考えていた企画も相当数できなくなってしまいました。ライブハウスにお客様を集めて、有料で未公開映像とトークライブをしようという計画もあったのですが、中止せざるをえなくなった。

他にも、講談の先生は本当に個性的で面白い方々なので、伯山がインタビュアーとなって話をうかがって流そうと考えていました。でも、高齢の方も多い。今、会いに行ったり、わざわざこちらに来ていただくこともはばかられます。

満席、ライブ目指した発想の転換を

神田伯山

リモートのテレビ収録の様子。カメラはテレビ局からバイク便で届けられる。画角の確認をすれば、あとはスイッチを押すだけで良い状態に設定されている。

提供:古舘さん

講談の読み物は膨大にあるので、コンテンツが出尽くすということはありません。とはいえ、興味を引くためには、新しい試みも必要。

今後どれくらい、コロナの影響が続くかわからない中で、持続可能な資金を得るためにはどうすればいいか。お客様にとって、何がお金を払うモチベーションになるのか。考えた末に投げ銭に行き着きました。

無観客というのは演者にとっては、つらい部分があります。演者はお客様の反応を見ながら、話しを練り上げていき、自分のテンションも上げていくものだからです。

でも、今まで「ライブが一番いい」「お客様が満席になることが一番重要」と思っていたこと、それらが全てひっくり返った。「お客様がいっぱいいるなんてダメ」「3密のライブなんて論外」という価値観です。

そうなれば、こちらが適応をする必要があります。演芸と配信の時差をあえて作り(生配信でなくライブ収録を配信)、お客様のコメントを演者が配信と同時進行で見られる方法をとったのは、それがモチベーションにつながれば良いな、と。大規模な会場でやるよりも人やお金が集まったら、それもモチベーションになる。

音楽のように、寄席演芸もアルバム収録とライブとの二本立てでいく。お客様がいてもいなくてもできる。そんな風に変わっていかなくてはいけないのかもしれません。

できた時間で本を読む

夜の銀座

緊急事態宣言の間、夜の街から人が消えた。賑わいが戻るのはいつの頃になるのだろうか。

撮影:竹井俊晴

在宅で時間ができたことで、伯山は本をよく読んでいますね。NHKの「ファミリーヒストリー」への出演で、伯山の4代前の先祖が南米では著名な柔術家だったことがわかりました。それを機に今、格闘技の歴史の本などを買い込んで、体系的に勉強しています。もともと、本人もプロレスやボクシングなど格闘技好きなのですが、ものすごく詳しくなっています。

私自身は、コロナ前からリモートワークをしていたので、仕事のあり方は特に変わっていません。そもそも電話も好きではなく、メールですむことはメールですませたいという性格。仕事相手と夜ご飯や飲みに行って、商談を決めるというタイプでもまったくない。それで困ったりもしていません。

逆に、請求書の判子を止めましょう、夜中まで飲みに行くのは止めましょうという流れになって、そこは快適だなと思います。

会社としては事務スタッフが1人、現場に同行する伯山のマネージャーが1人。そして私という体制ですが、コロナをきっかけに、事務スタッフにもノートパソコンを持たせてフルリモート体制になりました。

夫婦喧嘩になったら改善案を提案

hakuzanbook

NHKの番組「ファミリーヒストリー」に出演し、先祖が南米では著名な柔術家と判明。外出自粛を機に、格闘技関連の本を買い込んで熟読した。

提供:古舘さん

コロナで家族が密になりすぎて、コロナ離婚が話題になっていますが、夫婦のコミュニケーションも、特段、変化はありませんね。夫婦喧嘩はコロナと関係なく年中していますから(笑)。

でも喧嘩になったら、その都度、お互いに改善案を出すことで解決しています。それが行き詰って、また喧嘩をしても、「じゃあ、こういう風に変えよう」と提案する。

なぜ、喧嘩になったのか。原因を考えて、それを解消するためにどうすればいいのか。自分の何かを変えたほうがいいのか。家の中の環境だったり、物理的に何かを変えたりした方がいいのか。それぞれが考える。

伯山も私もとにかく仕事が好きなので、夫婦のことでいざこざがあっても、仕事を破綻させたくない。気持ち良く仕事をしていくためなら譲れるということだと思います。

3tips

(文・三木いずみ、デザイン・星野美緒)

古舘理沙(ふるたち・りさ):冬夏株式会社・代表取締役社長。神田伯山のマネージメントとYouTubeなどメディアをプロデュース。大手人材・求人広告会社の営業、海外ファッション誌日本版の編集を経て、落語にはまり、興行師の道へ。伯山以外にも多くの寄席演芸の興行を手がける「いたちや」を創業。2020年より伯山のプロデュースに専念すべく、「いたちや」は閉めている。興行師になった2年目までは貧乏で、「納豆と卵と野菜ジュースと実家から送ってもらったご飯しか食べられなかった」という日々を過ごした経験も。

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