Photo by Riccardo Savi/Getty Images for Concordia Summit
新型コロナウイルスで、世界一の感染爆発地となった米ニューヨーク。
そのニューヨーク・マンハッタンで、社員が1人もいないオフィスに出勤し、ビデオなどを通して、世界中に新型コロナウイルス感染拡大と経済・政治の見通しに関する情報を発信している、コンサルティング会社、ユーラシア・グループ社長で国際政治学者のイアン・ブレマー氏。
コロナ前は世界中の首脳や大企業トップに会うために、世界中を飛び回っていた。「本当は世界中に出張したい。現実を理解するには現地で人に会わないといけない」ともどかしさを見せる。
ブレマー氏はグローバル社会を率いるリーダー不在の世界を「Gゼロ」と名付け、そのリスクに警鐘を鳴らしてきた。果たして、パンデミックの後は世界はどうなるのか。
コロナ後の世界で、中国とて勝者にはなり得ない、とブレマー氏は言う。
REUTERS/Carlos Garcia Rawlins
——Gゼロの世界は、ポストコロナでも続くのでしょうか。それともリーマンショックの後に中国が台頭したように、中国が経済で一人勝ちするのでしょうか。
Gゼロの世界は続きます。新型コロナ危機で私たちが目にしているのは、これまで起きていた事象を加速させたということです。
例えば、不平等や格差がさらに加速しました。10年間ほどで少しずつ深刻化していた不平等が、この2、3カ月で表面化しました。
米中の緊張関係も、仲介役となる国家がない中、増幅しています。新型コロナの影響で、アメリカ国民は失望し、ヨーロッパ人はより内省的になっています。今後、世界経済の損失は国内総生産(GDP)で約10%マイナスになると見られます。
中国のリーダーシップは、急速に落ちています。中国が今経験している景気後退は非常に良くない状態で、リーダーの役割を果たすことはできません。
——なぜ、中国はそれほどの危機に陥ったのでしょうか。
まず中国は、新型コロナ発生に対する責任があります。新型コロナ拡大の事実を隠している間、500万人が武漢から外に出ました。アメリカのトランプ大統領だけでなく、各国から責められても当然です。
さらに言えば、新型コロナウイルス危機の後には、誰も「勝者」はいないのです。
例えばヒマラヤにあるブータン王国は、閉鎖的で平和でグローバルなサプライチェーンには依存していない国です。でも、ツーリズムが大打撃を受けます。
ポストコロナで強いて言うならば、政府によるガバナンスが効いていた国は、影響が少ないでしょう。韓国、台湾、ドイツ、シンガポール、ノルウェイ、アイスランド……。そしてペルー、ギリシャ、アフリカ諸国など人口が比較的若く、農業国でグローバル化の波に晒されていないところです。それでも何らかのダメージはあります。
アメリカは金融とテクノロジーの企業が最強の国です。(在宅勤務やオンライン授業など)バーチャルな環境が必要とされたために、テクノロジーの分野は堅調でした。オンラインで顔と顔を合わせることができるテクノロジー、これがあったために他の国よりは比較的、打撃が少なかったビジネスはありました。
アメリカの失業率は過去最悪の水準を記録、さらに悪化すると予想されている(4月6日撮影)。
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——リーダーがいない中、新型コロナの影は、今後どのくらい世界経済に影響するのでしょうか。
危機と呼ばれるものは、2〜3年は続くでしょう。感染拡大の第2波、第3波も覚悟しなくてはならない。
2021年にはワクチンが世界的に供給されるシステムができ、教育機関などに提供されたりするでしょう。それでも人々はしばらくは旅行などに出かけることはしないでしょう。
経済活動再開によって多少の経済浮揚はあります。でも、レストラン、ホテル、海外旅行、スポーツ行事、コンサートは、100%機能してこそ経済に貢献していたわけですが、100%元には戻りません。レストランも席数を半分にせよと言われている限り、利益は得られません。
15%と言われる失業率に加えて、今後は多くの企業が経営破綻するでしょうし、残った企業は少ない従業員で、どうやって生き残っていくか決断を迫られます。
世界的に政府による特定の企業への経済支援などは行われるでしょうが、一方でそれは、民主主義ということで成立していた資本主義に対して、不信感と不平等感を生じさせるわけです。
——世界経済は今後、GDPで10%マイナスとおっしゃいました。そして景気後退ではなく不況に突入すると「Gゼロ」のストリーミングビデオで指摘されていました。
この景気後退は全ての国が影響を受けています。新型コロナは、需要と供給両サイドのシステムをシャットダウンしました。
私が最も懸念しているのは、中流階級の国民が多い途上国の経済です。具体的にはトルコ、ブラジル、メキシコなどです。多くの国民が健康保険がなく、失業手当も行き渡らない。こうした国では金融危機が起きるので、最も新型コロナの影響を受けます。
さらに原油輸出国のアルジェリア、ベネズエラ、エクアドルなどは、原油価格の暴落でエネルギー危機に陥り、さらに国家財政にも影響を及ぼすでしょう。
——アメリカでも日本でも、国家主義の台頭というのが懸念されています。
今後さらに国家主義の台頭は目立つ現象となるでしょう。なぜなら、人々は、経済が悪化していく危機の中で不当に扱われていると思うからです。
このロックダウンで、人々は近くに現実にいる人よりも(その人に会えないために)、共感を抱ける人に近付いていきました。現実の感情より、バーチャルに惹きつけられる感情に走るのです。
さらに失業によって起こる社会的な地位の転覆に対する葛藤、そして無気力感が、政治的な活動へと向かわせるのは当然です。これは富裕層では見られない傾向です。だから先進国ではなく、民主主義を推進している発展途上国でも国家主義の台頭が見られるでしょう。
ブレマー氏は、大統領選の結果はまだ予想できないと言う。
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——アメリカの大統領選挙・投開票日まで半年を切りました。
トランプ大統領か、事実上の民主党大統領候補ジョー・バイデン前副大統領のどちらが勝つのかは予想できません。
ただ未曾有の景気後退の中で、トランプ支持者が投票所に行かなくなる可能性がある中、バイデン候補はより広い有権者層へアピールできます。しかしながら、トランプ支持者はバイデン支持者よりずっと熱狂的です。
また、トランプ政権が郵便投票など安全な投票を阻止しようとしています。バイデン候補の息子ハンター・バイデンについては、ウクライナ疑惑を巡って、上院の調査が入る可能性があります。
そうしたいろいろな有権者の純粋な投票の権利を奪うような要素が重なると、今までとは全く違う選挙になります。
今のところは、どちらが勝つか予想するのは時期尚早で、五分五分でしょう。
——企業が在宅勤務を今後も推奨していく傾向ですが、その影響は今後の経済にありますか。
メリットもデメリットもあります。デメリットから言うと、在宅勤務ができる雇用者数は全体のわずか10%と推定されることです。多くはエッセンシャル・ワーカー(注:絶対不可欠な職業で、医療関係者、スーパー従業員、警官、救急隊など)として、職場に行かなくてはならないのです。
メリットとしては、在宅勤務のほか、ITやAI(人工知能)がイノベーションを起こし、仕事の仕方に変化を起こしてくれることです。そうしたイノベーションが気候変動、食糧危機などの地球的問題の解決につながるという可能性もあります。
今秋の大統領選の行方がどうなるのか。まだ予測は難しいという。
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——新型コロナが「感染格差」を引き起こし、低所得など弱い立場の人の問題を浮き彫りにしました。こうした格差や気候変動など将来的な問題について動き出しているプロジェクトをご存知ですか。
もちろん、多くの人が議論はしています。格差問題が深刻なことも分かっています。それはアメリカで年収7万5000ドル未満の大人1人に対して1200ドルの緊急給付金が配布されたことでも明らかです。
しかし、これはあくまでも一時的なものです。私たちが直面している問題は、一時的救済では解決できない。そして数年後を見たときにアメリカの教育制度が変わっていますか? そうではないでしょう。
私は個人的に、この新型コロナ危機によって、政府のリーダーが従来の政策を変えようと真剣に努力するようになることを期待します。「ニュー・ニューディール」とでもいうような、例えば生涯学習への投資とか、今よりも充実した父母両方への産休・育児休暇などが実現するというようなことです。
トランプ氏が再選しようと、バイデン氏が当選しようと、大きな政策の転換の可能性は考えられるでしょうか。こうした根底的な問題は1976年から始まり、ずっとアメリカの社会にはびこってきました。それをすぐに変えるというのは、難しいのです。
そういう意味で、この新型コロナ危機は、深刻で根深い問題を解決するには、まだインパクトは弱すぎたとまで思っているんです。
新型コロナ対策が遅れていると批判された日本は、ブレマー氏の目にどう映ったのか?
撮影:竹井俊晴
——日本の新型コロナ対策は後手に回っていると、アメリカのメディアに批判されています。
アジアの他国に比べると、日本の対応は脆弱だったと思いますが、例えばアメリカなどと比べれば良かったと言えます。高齢化社会であるにもかかわらず、医療システムが強固で、死亡率を低く抑えたのは、誇りに思うべきでしょう。
しかし、法制上の問題で厳しいロックダウンができなかったし、中国からの渡航制限をしなかったことで安倍政権は非難されるべきでしょう。アメリカもヨーロッパなども実施していた時期にです。
ブレマー氏には5月4日、オンラインで取材した。
撮影:津山恵子
——ニューヨーク州の自宅待機令に入ってから、何が一番不便ですか。
社員がいないので、オフィスに毎日徒歩で出勤し、朝はランニングもしていて、愛犬もすごく助けになっています。
ただ、こういう状態が好きなわけではないです。自分は人に会うのが好きなんです。何が起きているのか理解するには、各地に行く必要もあります。
——いつになったら海外出張をしてもいいと思いますか。
抗体検査を受けて、科学的に自分が旅行していいという結果が出たら出張はするでしょう。でも2021年半ばまで、大きな会議は開かれない可能性は大きいと思います。
(文・津山恵子)
イアン・ブレマー:ユーラシア・グループ社長。スタンフォード大学大学院で博士号を取得し、フーバー研究所のナショナルフェローに最年少25歳で就任。1998年、調査研究・コンサルティング会社、ユーラシア・グループを設立。主な著書に『「Gゼロ」後の世界』『スーパーパワー』などがある。