撮影:鈴木愛子
2020年4月、Mr. CHEESECAKEは2周年を迎えた。
その間、田村浩二(34)はキッチンを2回拡張し、レシピ本も出した。世の中ではバスクチーズケーキが一大ブームとなり、コンビニもこぞって新商品を出した。
「SNS時代のお菓子ブランド」として田村が注目を浴び、海外展開も視野に入れてビジネスを拡大しようとする最中、新型コロナ禍が世界を襲った。
外食企業の97%が売り上げ減
新型コロナの影響で、外食業界の売り上げは大きく落ち込んでいる。
撮影:西山里緒
帝国データバンクの2020年4月の調査では、外食事業の上場企業56社のうち約95%が全店売上高が前年同月を下回った
臨時休業していた一部の飲食店は5月から営業を再開し始めているが、日本フードサービス協会は「最低1メートルの間隔」を開けるようガイドラインで呼びかけるなど、長期的に売り上げの落ち込みは続くことが予測される。
なかでも、田村がキャリアの13年間を捧げた、高級フレンチのような飲食店は最も大きな危機に直面している。一足早く独立し、違うビジネスモデルを立ち上げていた田村の元にはレストラン時代の同僚からも相談が寄せられているという。
「今、すべての料理人が強制的にビジネスの場に上げられているんです」
「もちろん、誰にも予測はできなかったことだけれど」と前置きして、田村は続ける。
「リアルな店舗があれば、災害や事故のリスクもある。飲食店のオンライン化の流れは遅かれ早かれ、起こっていたことだとも思うんです」
実際、コロナ禍を通じて多くの飲食店はテイクアウト販売を始めた。しかし田村は、彼らの対応が気になるという。
「2手目、3手目を打てているのかというと、疑問です」
ステイホーム時代に料理人ができること
新型コロナ禍で、デリバリーやテイクアウトに関わるサービスは激増した。
撮影:西山里緒
ステイホーム時代に、料理人が具体的にできることは多岐にわたると田村は言う。テイクアウトだけでなく、デリバリーやミールキット、そしてオンラインでの料理教室。カギはSNSでの発信と、配送の仕組みの確立だ。
「結局、生き残る人は生き残る」
けれど、料理人のほとんどは料理のことしか考えられない、それは誰より田村が知っている。そういった人たちをどう救うか —— 田村の関心はそこにある。
老舗外食経営誌『月刊食堂』編集長の通山茂之はBusiness Insdier Japanの過去の取材に対し、こう話している。「低価格化が底を打った外食業界に今何より必要なのは『付加価値』だ」と。
他業種と比較してもEC化率が低い、食品業界全体の問題もある。経済産業省の報告書によると、2018年の食品部門のEC化率は2.64%で、各部門別では最下位の数値だった。
飲食店と生産者をつなげる仕組み
今、田村の関心は飲食業界が生き残る「システム」を作り上げることだ。2年間で築いたスタートアップやインフルエンサー関係の知り合いとのつながりを生かして、その道を模索している。
「まだお金のフローがどう回るかがしっかり落とし込めていないんですけど」と言いながら、田村は構想をざっくりと語り出す。
例えば、生産者と料理人をつなぎ、魚などの仕込みの難しい食材を料理人に仕込んでもらう。その上で、消費者に直接ミールキットのようにして配達して、オンラインで料理教室を開催することなどは考えられないか?
「食べチョク」の秋元里奈、クラシルの堀江裕介、BASEの鶴岡裕太……田村がSNSを通じて知り合ったスタートアップ起業家たちのアイデアとビジネス網を活用すれば、ビジネスに“疎い”料理人たちを救うことができるのではないか?
料理を軸に、そのボーダーをあっさりと超えて他業種と“越境”する。田村の起業家としての特徴は、その“合理性”という基盤に裏打ちされた軽やかさなのではないか、と、スラスラと語られるアイデアを聞きながら、感じた。
撮影:鈴木愛子
田村を見ていて“強み”だと感じるのは、能力ある起業家が持つべき“臆病さ”だ。
リスク・保険・次の一手……取材中、田村の口からはそうした言葉が次々に出た。その根底にあるのは、ギラギラした野心というよりはむしろ、サバンナで危機をさっと察知して安全な方向へ走り出すガゼルのような賢さと機敏さだ。
「こういう話ができるのも(レストランをやっていない)立場にいるからだし、もし同じ立場だったら、こんなに冷静には考えていられないかもしれません」
田村は淡々と話す。それでも、未曾有の危機の中で、自分だけが勝ち残るという発想では誰も生き残れない —— 田村は業界をそう見ている。
「みんなが泣くかもしれない、それでもみんなが生き残る道を探していかないと」
そのために必要なのが、既存の飲食業の枠組みを超えた共創なのだ。
(敬称略、明日に続く)
(文・西山里緒、写真・鈴木愛子)