1985年生まれ。有名フレンチレストランでシェフを務めた後、趣味作り始めたチーズケーキが大ヒット。2018年、シェフを辞めて独立。
撮影:鈴木愛子
ミライノツクリテたちには、連載の最後に「28歳の自分に今、声をかけるとしたら?」と聞いている。「Mr. CHEESECAKE」を大ヒットブランドに成長させた田村浩二(34)に、今の自分から28歳の自分へのメッセージを聞いてみた。
「店を出す」だけが正解じゃない
僕が28歳の自分に伝えたいことは、常識を疑うこと—— ですかね。
チーズケーキが売れ始めてからも、他の料理人からは「いつかはお店出すんでしょ」と言われ続けてきました。
実際に、リアル店舗を出すことも考えました。ただ一等地で店を構えるために今の何倍もの家賃を払うことが妥当なのか? もしブランディングや広告のために店を出すなら、その家賃を他のことに使って、効果を最大化することを考えられないか? すごく悩みました。
キャリアに関してもそうです。経験を積んでトップシェフになり、自分のレストランを開くことだけが、シェフの道じゃない。カレーが大好きだったら、レトルトでおいしいカレーをつくってサブスクで売る方法だってあるはずです。
撮影:鈴木愛子
もし僕が28歳で、スタートアップの世界を知っていたら、もしかしたら最初からフードデリバリービジネスを始めていたかもしれません。でも当時はレストランの枠組みの中でしか考えられなかった。
飲食業界から一歩離れれば「利益率が10%」というビジネスがいかに貧弱かが分かる。業界の中にいるとそれが分からない。早くに知ることができたのはラッキーでした。
どんなにすごい料理を作っても、誰にも知られなければそれはただの自己満足。でも、その「広める」ということにお金をかけることすら考えられない人が多いんです。
オペレーション構築とコミュニケーションが得意
じゃあ何をすればいいのか? それを考えるときに必要なのが、自分の能力・適性を正確に見極めることです。例えば料理人の能力はいくつかに分かれています。
- 食材への知識が豊富なオタク
- 仕込みや単純作業が得意なスピードスター
- 人の配置やオペレーションの構築が得意な効率マニア
- 盛り付けやデッサンがうまいアーティスト気質
- とにかく味覚(嗅覚触覚含む)が良いタイプ
- 料理のアイデアが凄い、レシピ創造タイプ
人によって得意なことは違うのに、オーナーシェフになった瞬間、料理の味だけですべてが測られてしまう。でも例えば、オペレーション構築能力が高い人は自分でお店を持つよりも大きな場所でその力を活かしたほうが良いかもしれない。
撮影:鈴木愛子
味覚が良くて作業が速くないタイプは、大規模な店よりも小さなお店で働いたほうがいいかもしれない。盛り付けが得意な人は、フードスタイリストとして仕事ができるかもしれない。
こう考えるようになった背景にも、レストラン時代の経験があります。めちゃくちゃ作業量が多かったので、自分一人が徹夜で頑張ったからってどうにかなる量じゃないんです。
例えば、僕が働いていた表参道のラス(L'AS)というレストランは、1日で120人というお客さんが来ていました。1週間で720人、2週間で1440人という数です。
当時は2週間でコースを変えていましたから、2週間で1440人分の仕込みをするんです。2週間後には全く別のコースの仕込みをまた1440人分。あまりに忙しくて、別のスタッフを育てて適性に合わせて仕事を振らざるを得なかった。
そうする中で、僕の得意なことはオペレーション構築能力とコミュニケーション能力だ、と分かっていきました。
僕は食材の知識や盛り付け的な美的センスはほぼなく、天才的な発想もありません。だからこそ、機能美やミニマリズムをベースにチーズケーキもデザインしています。無駄が嫌いな性格もありますが、そもそも絵画のようなデザインはできないからです。
けれどそれが自分らしさにつながり、「Mr. CHEESECAKE」の世界観が作られている。自分の得意分野は何か? を理解することで、必然的に伸ばすべき方向性が見えてきます。
撮影:鈴木愛子
肉や魚の仕込み方、調理方法、盛り付け……。おいしさという領域において、料理人はどこまでも職人です。彼らは「105点から106点」になるための修行に何年もの時間を費やしている。もちろん、そうしたプロ精神は尊いものです。僕もずっと最高のおいしさの追求をしてきました。
料理人たちに見えていないのは、その外の領域。実は90点を超えたら一般の人にとっては全部おいしいということに気付いていない。「分かる人しか分からない」もののために、ずっと努力をしている。
2〜3カ月かければ、0点のものを50点〜60点にすることができる。分かりやすいのがSNSでの情報発信。すでに実力のあるシェフならば、その情報を欲している人はいるはず。そういう人たちに届ける努力をしているのか。
撮影:鈴木愛子
ものづくりだけで戦って、最終的に110点ぐらいまでしかいかないなら、ほかに80点を2個作って、260点とか270点で戦った方が、これからの時代、僕はいいと思う。
料理人としての仕事は、やり続けていれば、いつか110点には絶対なるんです。だったら料理は100点で、別の領域の点数を80点にする努力をして、合計185点で戦った方が、絶対もっと早く遠くに行けるじゃないですか。
だから、今28歳の人たちに言いたいのは「料理人ってここまでしかできないよね」という限界を作るな、ということですね。
(敬称略、完)
(文・西山里緒、写真・鈴木愛子)