ユーザー数でアリババに1億人差まで迫った新興勢力の拼多多。
Ascannio/ shutterstock
中国EC最大手のアリババグループが5月22日、2020年3月期通期決算および2020年1ー3月決算を発表した。
EC企業だけでなく出前アプリ、シェア自転車、旅行会社、スーパー、クラウド、人工知能(AI)など生活からテクノロジーまでさまざまな事業を扱う同社は、新型コロナ対策において“総合商社”的な役割を発揮し、決算説明でも大半の時間が新型コロナでの取り組みと影響に割かれた。
また、中国EC業界の「第三極」としてアリババ、京東商城(JD.com)に警戒されてきた拼多多(Pinduoduo)も、アリババと同日に1ー3月決算を発表。赤字と引き換えに多くのユーザーを獲得し、アリババとの差を一段と縮めたことから株価が上昇している。
1~3月決算は物流麻痺がEC事業に影響
アリババの1~3月期の売上高は前年同期比22%増の1143億1000万元(約1兆7000億円)で、市場予測をやや上回った。一方、純利益は同88%減の31億6200万元(約480億円)で、市場予測の160億8500万元を大きく下回った。
アリババは11四半期連続で増収率が40%を超えていたが、1~3月期は40%台どころか30%をも下回った。巣ごもり消費で追い風を受ける同社の足を引っ張ったのは、物流だ。
同社は物流子会社「菜鳥網絡」を通じて協力会社に配送を委託しているが、新型コロナの拡大期に物流網が麻痺し、回復まで時間がかかった。
業界2位の京東は自社で物流体制を構築し、「実質的には物流企業」と言われるほどロジスティクスに投資している。両社の物流はこれまで何年も比較され続け、それぞれ一長一短があると言われていたが、武漢が封鎖されていた間も京東は配送体制を維持でき、今回は同社に軍配が上がった。
ハイテクスーパーとクラウドが好調
アリババのスーパー「Hema」は宅配もできるため、新型コロナの外出制限下で多くの人が利用した。
REUTERS/Tingshu Wang
アリババ傘下の多くの事業の中で、1-3月に特に好調だったのは、前会長のジャック・マー氏が2016年に提唱したオンラインとオフラインを融合した小売りイノベーション「新小売り」を体現したハイテクスーパー「盒馬鮮生(Hema)」と、テレワークやオンライン教育で需要が急増したクラウド事業だった。
Hemaは購入した生鮮食品をその場で調理して店内で食べることができ、ネット配送も行っている。テクノロジーとエンターテイメント性を持たせたHemaは、新型コロナの拡大が最も深刻だった頃も営業と配送を続け、人々の生活を支えた。
広州市在住の日本人男性(32)は、「2月中旬は前日までに配送を予約しなければならず、Hemaの利用にも少し制限があった。一時帰国していた日本から広州に戻ってきた3月下旬から4月にかけて自宅隔離していたときには、Hemaから食材を配送してもらい毎日自炊していた」と話した。
自著「新型コロナ VS 中国14億人」で取材した都市部の消費者は、全員が外出自粛中にHemaを利用しており、3密を回避しながら食材を手に入れる手段になっていた。Hemaは3月時点で207店舗が営業しているが、今後、より小さな都市にも進出していくようだ。
アリババクラウドは2020年3月期の売上高が前年比62%増え、400億元(約6000億円)を超えた。1ー3月期でも、前年同期比58%増の122億元(約1800億円)。ビデオ会議機能などを盛り込んだテレワーク支援アプリの釘釘(DingTalk)は企業だけでなく教育機関で普及し、3月末時点でユーザー数が3億人を超えた。
EC稼ぎ頭のアパレル、化粧品は沈む
ソフトバンクの孫正義氏に見いだされ、経営を軌道に乗せたジャック・マー氏。最近はソフトバンクの取締役を退任したことで、さまざまな憶測を呼んだ。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
ただしハイテクスーパー、テレワーク支援アプリはユーザー数が急拡大しているものの、ビジネスとしては投資段階にあり、収益の柱は依然としてEC事業だ。
1ー3月期は、消費者間ECプラットフォームの「淘宝(タオバオ)」、企業向けの天猫商城(Tmall)ともに、出店企業の手数料を減免するなど社会貢献を優先したため、収入は伸び悩んだ(アリババに限らず、中国の大手EC企業は出店企業を積極的に支援する傾向が強く見られた)。
その中でもよく売れたのはマスクを含めた日用品で、1ー3月期の取引額は40%伸び、食品生鮮も好調だった。
一方で、張勇(ダニエル・チャン)会長は決算説明会で、「女性がマスクをして化粧しなくなったのが、はっきり数字に表れた。スキンケア用品はあまり影響を受けなかったが、メイクアップ用品は落ち込んだ」と強調した。
アリババのECプラットフォームにとって、アパレル、化粧品は11月の「独身の日」セール売れ行きランキングでも上位を占める稼ぎ頭だが、ステイホーム生活では、共に不振だったようだ。これまでECの主役ではなかった日用品、食品の底堅さが認識されたことで、今後はEC事業とハイテクスーパーの両輪で、同分野を強化することになるだろう。
コロナ禍でユーザー4290万人増やした拼多多
消費のアップグレードについていけない人をターゲットにしたECサイト拼多多。
REUTERS/Florence Lo/Illustration
アリババにとって、新型コロナウイルス対策と並ぶ決算のハイライトは、「消費者向けECプラットフォームでの取引額が2020年通期で1兆ドル(約107兆円)を突破」したことだった。同社は2015年、「5年以内に世界で最初に1兆ドルを売り上げるプラットフォームになる」目標を掲げており、野心を実現した。
だが、世界最大級のECプラットフォーム故の弱点もある。ユーザーの伸び悩みだ。
アリババは、2020年3月末までの年間アクティブユーザー数が7億2600人だったと発表した。1年間で7200万人増加し、1ー3月に限ると1500万人増えた。
一方、ライバルの京東は1ー3月にアクティブユーザーが2500万人増加した。
さらに、アリババの3倍近い4290万人のアクティブユーザーを獲得したのが、数年前からECの第三極として台頭している拼多多(Pinduoduo)だ。アリババと同日、1ー3月期決算を発表した拼多多のユーザー数は6億2800万人。このペースで行くと、1年後にはアリババに肩を並べる可能性がある。
1人あたりの年間購入額は3万円弱
拼多多はグーグルのエンジニアが2015年に設立したECプラットフォーム。2019年時点で5億人のユーザーを抱え、中国ではTikTokを運営する字節跳動(ByteDance)や最近、巨額粉飾が発覚した瑞幸珈琲(Luckin Coffee)と並ぶ注目企業だ。
拼多多が前述の2社に比べて日本で知られていないのは、同社が市場セグメントで「特定のターゲット」を選んでいるからだ。筆者の周囲の中国人で使っている人は誰もいないし、周囲の中国人も「友達で使っている人に会ったことがない」と言う。
では誰がユーザーなのか。北京在住の会社員女性(32)は、「春節に湖南省の実家に帰省したらお母さんが拼多多で私の好きなブランドそっくりなパジャマを買ってくれていた」と話した。
拼多多は中高年世代や農村消費者をターゲットに、「大勢で買えば安くなる」共同購入システムや、ブランドにこだわらない人向けの超安売り商品を販売し、中国消費市場のアップグレードについていけない人たちを顧客にしたECだ。そこに照準を絞っても、5年弱でユーザーを6億人まで増やせるほどの市場があるのだ。
実際、アリババのECプラットフォームのユーザーの年間消費額が1万元(約15万円)近いのに対し、拼多多は1842.7元(約2万8000円)だ。ユーザー数で肩を並べても、取引額は6倍近い差がある。
マスクも買える100億元クーポンで名を上げる
拼多多は2018年にナスダックに上場した。
REUTERS/Mike Segar
ただし投資家は、成熟し成長が鈍化したアリババよりも、拼多多に魅力を感じている。
同社の2020年1ー3月期の純損益は31億7000万元(約480億円)の赤字で、前年同期の13億7900万元(約210億円)からさらに拡大した。複数の証券会社が拼多多の投資判断を引き下げたが、決算発表後、同社の株価は上昇している。アリババが下げたのとは対照的だった。
投資家は、拼多多の赤字が一時的で、前四半期から倍増している販売促進・マーケティング支出が先につながるものだと判断しているようだ。
同社は新型コロナが拡大していた1月末から2月にかけてマスク、体温計など医療用品の購入に使える「100億元(約1兆5000万円)クーポン」を配布し、消費者が手ごろな価格で防疫用品を買えるよう支援した。
また、物流会社にも防疫用品の配送遅れを防ぐために、総額10億元(約150億円)の資金を援助すると通知した。医療用品の在庫を増やしたことで、化粧品や小型の電子製品が伸び、新規顧客も増えた。
拼多多の1日の取引件数は3月中旬に5000万件に達し、ユーザーあたりの購入頻度・購入額も増加。1~3月の1人あたりの購入額(1842.4元)は、前四半期の1720.1元、前年同期の1257.3元から着実に伸びている。
アリババ王国の礎築いたSARS
2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行時も今回と同じように人々の行動が制限され、インターネット普及のきっかけとなった。創業数年目のベンチャーだったアリババはその果実を手にし、同年5月にはタオバオをローンチ、少し前に中国に進出した世界最大のEC企業eBayと激戦を繰り広げ、ついには同社を中国から追い出し、アリババ王国を築き上げた。
新型コロナが世界を襲った2020年、世界最大級のEC企業に変貌したアリババと創業者のジャック・マー氏は、各国の感染症対策を支援し、王者の風格を漂わせている。だが、足元では新型コロナを追い風にさらなる拼多多が着々と勢力を伸ばしている。アリババはその姿に、かつての自分たちをだぶらせているかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。