Shutterstock
ポストコロナ時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何か。各界の有識者にインタビューをしていくシリーズ。
6回目は、希望する社員は個人事業主として 主体的に働ける「新しい働き方」に取り組んでいる、タニタの谷田千里社長。かつてない在宅シフトが起きた社会で、個人と会社の関係はどう変わっていくのだろう。
——新型コロナの流行で、リモートワークで働く人は増え、仕事のプロセスが見えない分、結果重視という流れは強まりそうです。もともとタニタは、谷田社長自ら、社員に個人事業主化を選択できる仕組み「日本活性化プロジェクト」(2017年〜)を提案されています。
社員の希望に応じて個人事業主になれる仕組みは、現状、対象者の1割ぐらいの社員が手を挙げていて、コロナがなければ(全社員の)2割くらいにとどまるかなと思っていました。しかし、(新型コロナで在宅ワークが増えたことで)もっと増える方向に行きそうな気がしています。
在宅ワークでは、社員が家で何をやっているのか、会社側は管理できなくなるので、評価の仕方は変わります。実力重視、結果重視で仕事をしたいという人は当然、出てくるでしょう。
会社としても、パソコンのカメラを付けっ放しにして、社員を管理するなどしたくありません。だったら会社の中でも気持ち良く、実力ベースでやりましょうということです。
タニタはメーカーなので、(工場や開発現場など)全ての社員を在宅ワークにすることはできません。ただ、そう言っていては始まらないので、だいたい現状、6割ぐらいの出社に抑えることを目標に呼びかけています。
(コロナ拡大による休校や保育園の休園により)ご自宅にお子さんがいらっしゃる、会社に来られませんという人がいても、この状況下では仕方がないと思っています。
在宅ワークではこれまで往復の通勤にかかっていた時間も活用することができるので、多少、日中ゆるく働くことになっても、勤務時間は確保できていると見ています。今、(労働時間と成果についての)データを取っているところですが、あまりカリカリしないでいきましょうと話しています。
しかし、社員の働き方の公平感という点では、(業務によっては)子どもがいない人や子育てが終わっている人が、その分の仕事を引き受けることになるのは事実です。
全社員向けにコアタイムやフレックスタイムを作るなどして、不公平感をカバーしようとはしていますが、やはり限度があります。ワクチンができるまで、1〜2年はこうした状況が続いていくだろうと見ていますが、不公平だという声は出るかもしれません。
しかし、個人事業主化の仕組みを使っている人が在宅ワークを続けるのであれば、「あの人は個人事業主。結果さえ出せば、働き方は本人が決めること」と言えるので、周囲も本人もやりやすい面があるのではないでしょうか。
Zoomインタビューに答える谷田千里社長
撮影:滝川麻衣子
——在宅ワークが進むなど働き方の自由度が上がるメリットの一方で、どうやってチームや組織、会社がチームワークを持ってやっていくかは、これまで以上に、クローズアップされそうです。
御社の場合は、むしろ「タニタが好き」「自分の仕事が好き」という人が、個人事業主化制度に手をあげていることが印象的ですが、どうやって高いエンゲージメント(組織とのつながりや貢献度)を維持しているのでしょうか。
社員を個人事業主化する仕組みの導入目的は、優秀な人材に引き続きタニタの仕事をしてもらうということで、よく心配されるような、クビを切りやすくすることでは断じてありません。働き手に働きがいを感じてもらうためにも、手取り収入を最大化する目的があります。
仕組みを作る中で、税理士とも検証した結果、これまで会社が負担していた人件費などの大部分も、個人事業主となった「社員」に支払うこととしました。
給与・賞与に加えて 会社が負担していた保険料や経費を、働き手にキャッシュで渡しています。個人事業主になった時に、もっとも心配になるであろう社会保障部分についても安心してもらうためです。
その結果、会社のトータル費用はこの3年で1.数パーセントしか増えていません。およそベースアップ(定期昇給)ぐらいの伸び率です。費用としてはほとんど変わっていません。
一方、個人事業主になった「元社員」の手取り収入は、確定申告の結果、2割超ほど増えています。 会社との当初の契約で受託した仕事(基本業務)以外の仕事をすれば、追加の報酬(成果報酬) が発生します。社外との取引も増えたことで、7割近くも手取りが増えた人もいました。
こうした結果も出ているので、会社による個人事業主化の 推進 は、社員の働き方の選択肢を増やし、企業と個人が「雇う」「雇われる」の主従関係から、より対等な関係に変化していくことだと、証明できていると思います。
それが、個人事業主になった人のエンゲージメントも高めているのだと思います。
——個人事業主化する人と従来通りの社員との間で、立場が違いながらもチームワークを取る工夫はされていますか。
特別な工夫ということではありませんが、大きな軋轢は起きていないのは、もともと社員だった人が、そのまま継続して仕事をしていることが、大きいと思います。つまり、すでにある程度の信頼関係があることが、チームワークにプラスに影響していると思います。
個人事業主化を選んだ元社員と、社員の打ち合わせ。社内にも多様な働き方が共存している。
提供:タニタ
——企業と個人が「雇う」「雇われる」という関係から対等になっていくことは、個人の自由度を高める一方で、シビアな成果主義を進めることにもなりますね。
シビアな成果主義はラクなことばかりではないですが、厳しい環境に自分を置くことは、個人にとっては生きていくための能力開発に役立つものです。
人間の体に喩えれば、筋肉は負荷をかけた後、一時的に壊れた筋肉を修復する機能により、さらに強い筋肉が再生されます。復活時に増強される。
これは能力開発も同じだと思っていて、 仕事の能力を高めていくには 、自分の能力以上の負荷をかけていくことで、より強い 仕事の筋肉(能力・精神) が作られていく。
もちろんやりすぎると修復に時間がかかるのでダメですが、自分の限界を超えていく経験をすることは能力開発のためにも、成長のためにも、非常に重要だと考えています。
今の時代、働き方改革はとにかく時間を区切ることに重点が置かれがちです。しかし、残業削減だけが働き方改革ではないと思っています。
心身を壊すようなブラックな働き方は続かないので論外ですが、ビジネスパーソンが能力をあげる段階で、毎日早く帰ったり在宅でラクな働き方をしたりするだけでは、それ自体が「ワナ」にもなりうると思っています。
スケートボードに乗れるようになるまでには、時間を忘れて夢中で練習するような集中した時間が必要ですよね。新しいことの習得には一定の時間が必要です。
時間を忘れて没頭するような経験が、ビジネスパーソンの成長にはやはり大事です。
それなのに、残業削減ばかり にフォーカスしていると、能力開発や成長は 否定されるような面があり、今の新卒や若い人は本当に成長することが難しい時代だと思います。
与えられた仕事だけをきっちり時間通りやるような仕事はこれから、AIによって駆逐されていくでしょう。
タニタの個人事業主化の目的はまさにこの能力開発にあります。
タニタの仕事があって手取りができるだけ増えるような仕組みを 提供 しつつ、社外の仕事も引き受ける、成果を出すよう求められる環境に身を置 けるようにするなど、現代において能力開発する機会を 働く人 に与えることです。
働き方改革は本来、残業時間の問題だけでなく、「成長したい」「やりたい」という主体性を持って、自ら仕事を生み出していくこと、AIに代替されない能力を身につけることのはずです。
苦境のなかでの経営のバトンタッチで「会社を根本から見直す」ことになった。
撮影:竹井俊晴
——希望する社員が「個人事業主」になる制度の原点は、リーマン・ショック後の厳しい時代に、社長のバトンを受け取ったところから始まったそうですね。
「会社をつぶして申し訳ありません」と、毎晩、債権者や社員を前に土下座をする夢を見ていました。体脂肪計のヒットで一時的に拡大したシェアも、特許切れで競合がどんどん乗り込んできて売り場が奪われていき、業績も悪化する一方でした。
会社を成長させようというよりむしろ、絶対に会社を潰さないという、ネガティブなマインドでのスタートでしたが、だからこそ「従来のやり方を改善するだけではなく、会社という組織のあり方を根本から見直さなければ、この先、生き残っていけない」と痛感しました。
今のコロナの時代同様、悪い時にリカバリーする方法として「社員の個人事業主化」は始まっています。
このプロジェクトの狙いには、2つの大きな軸があります。
一つは、人材流出を防ぐことです。会社が本当に苦しい時に、会社に寝泊まりしてでも支えてくれるような社員が、そこまでして働いても手取りが同じだったらどうでしょうか。パートナーや家族に負担をかけて働いて「給料は増えない」では、パートナーに納得してもらえるとは思えません。
それに対し、社内個人事業主の 仕組みを使えば、優秀な人材に、自分の能力が評価され、貢献に見合った報酬が得られていると、実感してもらうことができます。タニタ で働き ながら、社外の仕事もできるので、リスクヘッジも可能です。
もう一つは 働く人の モチベーション を高めることです。終身雇用と年功序列に守られた働き方は一方で、会社に「行くこと」が仕事になり、社員の主体性を奪っていく。
優秀な人材であるほど会社に「働かされている」のではなく、主体的に「やりたい」仕事をできていること、成長できる環境があることを重視します。
コロナ禍もそうですが、育児や介護、勉強したいなど状況に合わせて、自分の裁量で自分の時間の使い方をコントロールできて、働き方に緩急がつけられます。
「働かされている」から「主体的に仕事をする」へ。
撮影:竹井俊晴
——自由でありながら厳しく成果を求められる環境こそが、働き方改革というご指摘には納得です。そしてコロナによる在宅シフトや働き方の見直しが起きる中で、これまで以上にこうした個人と会社の関係への注目が集まる予感がありますね。
個人事業主化した「元社員」と周囲との間で、働き方はかなり変わります。個人事業主になったメンバーが、朝の定時には来ない、早く帰るなどが鼻についている人もいるなというのは、やはりありました。それは目を見れば分かりますので。
ですが、たしかに、コロナ以降は世の中がリモートワークになって、在宅ワークが可能な社員にはOKにしているので、そうした差もなくなってきています。(前述のとおり) 個人事業主化への希望者も増える可能性を感じています。
このプロジェクトを私たちは、ぜひ日本中のいろんな企業でアレンジして使ってもらいたいと思っています。働き方改革は、ただ残業時間を削減すればいいという話ではなく、「いかに主体性を持って働けるか」の問題だからです。
ですので、私たちは個人事業主化制度 の仕組みを解説する書籍にしたりメディアの取材に答えたりと、全て公開しています。実際、テレビや新聞などで紹介されるたびに、経営者や人事担当者から話を聞きたいと連絡が来ます。
社労士、弁護士の協力を得れば他社でもできるでしょうが、ぜひ、すでに実践しているタニタを巻き込んでいただき、弊社の経験を活用してもらえたらと思います。
元総務部長で、個人事業主化の推進役となっている担当者は、本人ももちろん個人事業主になっており、私と一緒にこの仕組みを作りました。
他社さんが導入される際にも、お手伝いをしよう、この仕組み自体をビジネスとして売っていくようにしようと話してきました。実際、コロナ状況下で、この仕組みを他社に提供・サポートする仕事の 引き合いは続いており、成約した事例も出始めています。
—— withコロナの時代、経済の先行きをどうみていらっしゃいますか。
法制度はじめいろんなことを、変えざるを得ない時代になると思っています。ヘルスケア産業は、需要が高まる一方で、(タニタの扱う)体組成計(体重だけでなく体脂肪率や基礎代謝量など体の状態を測定してくれる体重計)のような健康商品はお金のない時には買ってもらえない。
不要不急で結果がすぐに見えない 分野は厳しくなると思っています。
ただ、経済は悪くなる悪くなると言うとますます悪くなるので、なるべくポジティブに語りたいです。悪くなるは誰でも言える。社会全体がポジティブになるよう、がんばっていきたいと思います。
(取材・構成、滝川麻衣子)
谷田千里:1972年大阪府吹田市生まれ。1997年佐賀大学理工学部卒。船井総合研究所などを経て2001年タニタ入社。2005年タニタアメリカ取締役。2008年5月から現職。47歳。レシピ本のヒットで話題となった社員食堂のメニューを提供する「タニタ食堂」事業や、企業や自治体の健康づくりを支援する「タニタ健康プログラム」などを展開し、タニタを「健康をはかる」だけでなく「健康をつくる」健康総合企業へと変貌させた。