政治の役割を理解し、経済活動を進めることこそ自らの仕事なのだと学んだシマオ。しかし、いざ緊急事態宣言が全面解除となった今、また以前のように働く気分にはなれない。アフターコロナで変わってしまった価値観はどこへ向かうのか。シマオは佐藤さんにその答えに求めた。
シマオ:とうとう緊急事態宣言が全面解除となりましたね。しかし、会社に行かなくてもオンラインで仕事はできると分かった今、僕たちはまた以前のように働くことができるのでしょうか? コロナが終息したとしても働き方はすごく変わりそうですよね。
佐藤さん:そうですね。仕事のオンライン化はコロナがなくても進んだでしょうけど、10年、20年スパンの変化がここ数カ月で起きていると言えます。
シマオ:みんなが浦島太郎みたいな状態ってことですか……。でも、東日本大震災のときも電力使用を控える動きがあったけど、いつのまにか戻ってしまいました。今回もほとぼりがさめたら戻っちゃうのかも。
佐藤さん:ただ、今回は長さが違います。震災の時の計画停電は3週間程度。今回は東京ならば外出自粛要請が出されてからすでに2カ月が経っています。 緊急事態宣言が解除されたとしても、ウイルスは目に見えないから不安は続きます。確実に人々の行動は変化するでしょう。
シマオ:そういう時代の変化の中で、取り残されないか少し不安で……。
佐藤さん:こういう時代こそ、必要なのは自己教育だと思います。
新旧問わず情報のインプットを欠かさない佐藤さん。鋭い考察は何十年と積み重ねてきた叡智の結晶と言える。
シマオ:どんな状況にいても、身を助けるのは知識、教育なんですね。
佐藤さん:前にマルクスの『資本論』の話をしたのは覚えていますか? そこで賃金がどのように決まるか、ということを話しました。
シマオ:えーっと、確か、衣食住のためのお金と家族を養うためのお金、それと……そうだ! 自分が勉強するためのお金の3つの要素から賃金は決まるということでした。
佐藤さん:そのとおりです。だから、自己教育は賃金に直結していると言えます。
シマオ:でも、勉強と言われても何から手をつけていいのか……。
佐藤さん:例えば今ならリモートで仕事ができるというスキルが必須になっていますから、これも勉強です。年配の人だけじゃなく、若い人にもPCを使いこなせないなんて人が意外に多い。
シマオ:そういうのも教育の一つなんですね! スマホ世代は逆にPCやキーボードに慣れてない人も多いみたいですよ。
佐藤さん:これまではPC音痴でも隣の人に聞いたりして何とかなったけれど、リモートだとそうもいきません。リモートで繋げないということが致命的になります。
シマオ:ZoomやFace Time、SkypeにTeams……。オンライン会議に必要なアプリだけでいろいろあるから大変ですよね。
佐藤さん:ツールの使い方は最低限ですが、データサイエンスなどテクノロジーによって人の行動を分析することがますます進むでしょうから、そういう知識も必須になります。
シマオ:例えば、どんなことですか?
佐藤さん:コロナの被害を最小限に抑えるか、子どもの学力をいかに効率的に上げるかなどを考える上では、ビッグデータを分析するデータサイエンスの知識が必要になってきます。
シマオ:とはいえ、データサイエンスなんて難しそうです。僕は文系だし……。
佐藤さん:自分でデータを分析するということではなく、なぜそういう結果が出ているのかという一般的なレベルの理解であれば、高校レベルの読解力と数学力があれば大丈夫ですよ。逆に、高校時代までの知識を完璧に身につけている社会人は、本当に少ないのが現状です。それを見直すことが大切です。
世界は「グローバル」から「インターナショナル」へ
シマオ:同じ災害と言っても、東日本大震災と今回のコロナの違いって、日本だけじゃなくアジア、欧米すべて含めた世界中で起きているってことだと思います。
佐藤さん:そうですね。日本だけでなく、世界全体が変わるでしょうね。一言で言えば、グローバルからインターナショナルへと軸足が移るはずです。
シマオ:どちらも国際化のような気がしますが、どう違うんですか?
佐藤さん:インターナショナルというのは、ネーション、つまり国民国家を前提とした関係のことを指します。反対に、グローバリゼーションは、ヒト・モノ・カネが国境を越えて自由に動くようになることです。
シマオ:インターナショナルに軸足が移るというのは、つまり、自分の国って考え方が改めて強くなってくるってことですか?
佐藤さん:はい。と言いましても、それでもグローバリゼーションの傾向は変わらないけれど、一定の歯止めはかかると思います。自国のことは国内で処理しようという意識が高まっていくのでしょう。
シマオ:マスクが足りないのも、多くが中国の工場で作られていたからですものね。これからは、少しくらい高くても日本で作ろうとなりますよね。
佐藤さん:食料品も、輸入されるものより地産地消に近い形の流通が増えてくるのではないでしょうか。これまでパンなどに押されて減り続けてきたコメの消費量も、今後は増えてくるだろうと考えています。
シマオ:旅行業界は大変そうですけど、海外旅行も何となくすぐに行きたいとは思わなさそうですよね。
佐藤さん:ここ何年かは日帰りか1泊2日くらいで国内レジャーを楽しむ、といったほうが活発になるんじゃないかと思いますよ。
シマオ:でも、それってナショナリズム的な考え方につながってしまうんじゃないでしょうか?
佐藤さん:いわゆる古い意味での「お国のために」といったナショナリズムは、今は広がらないと思います。それよりは、思考はグローバルだけれど行動はローカルになるはずです。
シマオ:どういうことですか?
佐藤さん:私も海外の友人とはSkypeなどで話をしていましたけど、コロナによってそうしたハードルが下がりました。実は、距離の離れた人とはより繋がりやすくなったとも言えます。
シマオ:確かに、今までだったらテレビ電話って少しハードルが高かったですね。
佐藤さん:だから、情報やテクノロジーといった面では海外との交流が急速に進化する一方で、国際政治などへの関心は低くなるかもしれません。社会の意識は広がっていく面と狭くなる面の両方がありそうです。
オンラインで高まるリアルな人間関係の価値
シマオ:ところで佐藤さん、いま流行りのZoom飲み会ってやったことありますか?
佐藤さん:話をすることはあるけれど、飲み会はありませんね。
シマオ:僕はこの間友達とやってみたんですけど、それなりに楽しめましたよ。でも仲の良い数人とやればそれで十分だなあ、って。今もう大人数のZoom飲みは飽きてしまって。 それでふと思ったんですけど、コロナの前の飲み会はなんであんな多かったんだろう?って。
佐藤さん:私はもともと親しい人としか会食はしないからね。でも、そういう意味ではコロナによって小さい社会、つまり具体的に知っている人とのネットワークが重要になっているんです。
シマオ:外出しなくなったら新しい人脈は増やしづらいし、それほど親しくない人とはオンライン通話もそう気軽にはできないでしょうからね。
佐藤さん:取材をしたり情報を聞いたりする際にも、一度もリアルに会ったことがない人とはなかなか深い話ができません。だから、オンラインになるとむしろその人のリアルな人付き合いの力があぶり出されてきます。
シマオ:営業でも新規開拓の人ほど大変そうです。
佐藤さん:社会の付き合いがネットに移行するほど、リアルな結び付きは狭く深くなっていきます。実はその変化がいちばん現れるのは、夫婦関係なんですよ。
シマオ:夫婦関係……。確かに一時期コロナ離婚というワードをよく目にしました。
佐藤さん:夫婦関係とは意外と浅いものなんですよ。専業主婦の家庭でも、夫は朝出かけて晩ご飯を食べるか分からない。共働きともなれば、お互いに夜の予定もあったりして、顔を合わせるのは朝食の時だけなんてことはざらです。
シマオ:確かに顔を合わせている時間は、会社の同僚の方がよほど長いですね。
佐藤さん:だから、結婚当初とはお互いに変化していることに気付きにくかったりします。それが1日中一緒の空間にいることになれば、必然的に夫婦関係に求めるものが変わってきます。
シマオ:在宅になって、むしろ家事が増えて大変、自分の時間がなくなって窮屈だという人は多いですよね。
佐藤さん:その結果、戦後の結婚で支配的だった恋愛至上主義も変化していくかもしれません。要は見た目が良いか、稼げるかといった観点ではなく、共に暮らすことができるかというところが重要視されるわけです。
シマオ:人間関係全体に影響を及ぼしていくんですね!
佐藤さん:そうです。コロナの影響は、人間関係や生き方そのものを大きく変えるでしょう。コロナは私たち人間の技術の限界を突き付け、分断や格差を顕在化させた一方で、リモートワークやデータサイエンスの現実への適用を加速させてもいます。
シマオ:ものすごい変化です。これからどうなっていくのか……。
佐藤さん:家にいる時間が長くなり、コロナの影響で身近に亡くなってしまう人が出てくる。その結果、人々は単にいい暮らしをしたいというだけでなく、内面的な真の幸福への関心も高まるでしょう。
シマオ:内面というのは宗教的なものですか?
佐藤さん:必ずしも宗教だけではありません。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは『21レッスンズ』という本の中で現代への指針を示しているのですが、その21番目に挙げられているのが「瞑想」です。つまり、静かに自分を省みる時間を持つことが非常に重要になってくるということです。
シマオ:なるほど。せっかく振り返る時間があるんですから、今の自分に何が必要か、よく考えてみたいと思います!
※本連載の第17回は、6月3日(水)を予定しています。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2019年6月執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的に言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)