【パナソニック連載4】津賀社長インタビュー「住む世界が違う」ソフトウェアビジネスに踏み出した理由

パナソニック 巨大日本企業は変われるか

REUTERS/Toru Hanai(津賀一宏社長)、Getty Images/Alex Wong(松下幸之助氏)

パナソニックは、8億ドル(約860億円)を投じ、サプライチェーン・マネジメントで知られるアメリカのソフトウェア会社ブルーヨンダー(旧JDAソフトウェア)の株式20%を取得する。

同社は今後、サプライチェーン全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)を促していく考えだが、同社自身もDXをめぐる課題を抱えている。

新型ウイルス感染症の世界的大流行でサプライチェーンにも大きな影響が広がる中で、こうした課題にどう取り組むのか。津賀一宏社長(63)に聞いた。


Business Insider Japan(以下、BI):感染症の拡大が製造業にも大きな影響を与えています。

津賀一宏社長(以下、津賀):3月末に2019年度の期が締まりました。3月まではどちらかというと、中国の拠点が閉鎖されて部品が入ってこないため、ものがつくれないといった、サプライサイドの原因によって売り上げが落ちた。それはそれなりの金額が落ちています。

しかし期が変わって、今はどちらかというとデマンドサイドの方で落ちています。どちらかというと、やはりデマンドが落ちるほうが影響が大きいんです。

業種で言えば航空関係や自動車関係。特に航空関係は心配です。航空会社だけでなく、長距離、大型の飛行機を供給するボーイングやエアバスなども影響は大きいと思います。

中国経済は政策によって一気に復活する可能性も

東風ホンダの自動車工場

武漢にあるホンダグループの自動車工場。写真は4月8日。中国では徐々に経済活動が回り出している。

Reuters/ALY SONG

車はおそらくエアラインほどまでは傷まないと思っています。中国が自動車の購入制限を緩めたため、かなり買いやすくなっています。

中国では、人の行動がかなり活発になってきています。この数カ月お金をキープしていたので、外出が許可されれば買い物をする動きもあります。案外消費が一気に復活する可能性もあり、このあたりは政策との関係にもよる。前年比でもプラスに出るような要素もあると思います。

地域で言えば、ロックダウンで人の活動が止まってしまったインドなどは、デマンドが落ちています。

パナソニックでは、工場を含めてロックダウンされたマレーシアやインドなどを除けば、日本、アメリカ、中国など工場はどこも止まっていません。いままでは部品が届かず、感染を防止するため勤務する人を抑え、稼働率を下げながら運転していましたが、こうした対応もいまは中国や日本でもあまりやっていません。

身を縮めるべきは身を縮め、耐えながら、復活するときに何が求められるのか考えて準備をするしかない。

中国で上流から下流まで一気通貫にできるようにする

インド 村

インドでは感染拡大防止のため厳しいロックダウンを実施した(5月7日)。

Reuters/JOSE SAAVEDRA

BI:中国シフトを進めてこられましたが、新型コロナの流行で中国からの部品供給が止まり、中国一辺倒ではまずいという議論も出ました。

津賀:中国シフトにははふたつの側面があります。長期にわたって進めてきたのは、工場の中国シフトです。ただアジアの他の国々やインドのデマンドが上がってくると、生産も中国一辺倒ではない。

もう一つはマーケットの側面です。すべての商品を中国マーケット向けにシフトしているわけではなく、どちらかというと、家電系と住宅設備系が中心です。やはり日本よりもマーケットの規模が大きく、日本の暮らしとかなり共通項がある。日本の暮らし関係のビジネスは、もっと中国と一体化させるメリットがあります。

一方で、中国よりもアメリカの方がビジネスとしてやりやすい領域もあり、事業領域や商品領域ごとにメリハリをつけています。

いまは新型コロナで、日本の社員が中国に行くにも限界がある。中国で上流工程の設計開発から下流工程のメンテナンスやサービスまで、一気通貫でやれるようにするのが課題です。それをつくりあげてしまえば、日本と中国との間でテレワーク的な仕事の進め方が機能すると思います。

小売り、物流、製造現場をつなぐ視点の必要性

ボーイング社

移動が制限されたことは、航空会社だけでなく、航空機産業にも深刻な影響を及ぼしている。

Reuters/ARND WIEGMANN

BI:感染症で人と人との接触が限られる中で、サプライチェーン全体をデジタル化する必要があるという議論が世界的に高まっています

津賀:サプライチェーンといっても、計画型で付加価値の高い精密なものをつくる現場と、衣料品や食料品のようにデマンドが変動する現場には違いがあります。

コネクティッドソリューションズ社(CNS社)はこれまで、どちらかというと計画型のものづくりの現場をお客様としてきましたが、付き合おうとしているブルーヨンダーはどちらかというとデマンドが動く分野、もしくはグローバルに供給される商品をどう供給するのが最適かといった課題解決に価値があります。

BI:旧JDAには、どんな印象を持っていましたか。

津賀:2000年ごろ、社内でもSCM(サプライチェーン・マネジメント)ブームがありました。しかし、その後は必要なツールは使うものの、当時は非常に付加価値の高い領域とまでは言えず、少しトーンダウンしていました。

SCMが有効な領域もあれば、計画型で限られた量をつくることで、しっかりと利益が出せる領域もあります。パナソニックは、どちらかと言うと計画型にものをつくることが多く、これまでSCMは上位のプライオリティにはありませんでした。

ところがCNS社で現場プロセスイノベーションを事業にしていくことになり、メーカーとしてのプロセス的、スキル的な強みを活かせる領域を考えたとき、小売り、物流、製造現場をどの情報でつなぐのかという視点が欠かせなくなってきたのです。

「もっと先を見る」ための出資

パナソニック津賀社長

パナソニックの津賀社長。ハードそのものの価値を売る、というビジネスモデルからの脱却を掲げる。

撮影:小島寛明

最近はお客様のところに行くと、リテールの会社でも、ものづくりとどうつながるかが非常に重要になっています。製造現場と物流、小売りを分けて考えることが難しくなっている。全体をつなぐようなSCMはないのかと当たっているうちに、JDAにたどりついた。

JDAはさまざまなソフトウェア会社を買収して今に至っています。名前もブルーヨンダーという、AIの会社の名前に変更した。要は変化をしている会社です。JDAのSCM事業も苦労をして、変化をしながら、やっと時を得てサブスクリプション型のビジネスを伸ばしていこうというところに来た。

技術的にはAIをフル活用するということだが、これから実証をしてどう伸びていくかという領域だ。我々としては非常に興味を持って、もっと中身を知りたい、勉強したいという思いが非常に強い。

関係を築く中で、2019年は日本マーケット向けにジョイントベンチャーをつくりました。そうすると彼らはソフトをつくる、我々は日本の顧客を見つけて売るのをお手伝いするという役割分担に、どうしてもなってしまう。

でも、本当にやりたいことは、もっと先を見た話です。いまの我々のビジネスとどんな関係にあるのか、我々のどんなポテンシャルを、彼らのソフトウエアのビジネスに融合できる可能性があるのか。そう考えると、より深く交流していく必要があるということで、出資に至りました。

「住む世界が違う。だから手触り感を高める」

パナソニック本社

今回の資本提携は、ハードウェアの企業がソフトウェアに本格的に足を踏み入れると位置づけられる。ビジネスモデルの転換は容易ではない。

撮影:小島寛明

BI:背景として、パナソニック社内に、ソフトウェア・ケイパビリティを確保しておかなければならないという危機意識はあったのでしょうか。

津賀:あります。ただ、パナソニックというこれだけ大きなハードウェアの会社が全面的にソフトウェアへ、とはいかず、特定の領域にフォーカスしないといけない。

そのひとつがCNS社の現場プロセスです。また、グーグルから松岡陽子さんという優秀な人材に来ていただいて、暮らしに近いソフトウェアを手の内に入れていこうという活動もしています。

BI:社内に、畑違いのアメリカのソフトウェア会社に大きな資金を突っ込んで大丈夫か、という議論はなかったのでしょうか。

津賀:内部の議論はオープンにできることとできないことがありますが、社内の多くの人たちにとって、ソフトウェア会社って何をする会社なのかがわからない。

やはり業態が違うので、M&Aするときにその価値をどう測ればいいのか、ツールを使って金額の妥当性を知るだけではわからないファクターがいろいろある。やっぱり住む世界が違うんですね。

いまサブスクリプション型に転換中ですが、そもそもそのビジネスモデルが本当に将来有望なのかなど、やはり知らないことが多い。

重要性は意識しつつも、まずは我々の手触り感を高めなければならない。そのためには彼らから多くの情報を得たり、人と人とのコミュニケーションをもっと密にし、いっしょにビジネスをつくるような形にしなければならない。

単なる事業提携では、やりきれない部分があった。じゃあ、どれだけ資本を入れたらいいのか。手触り感を持って進めるためには、我々にとって2割の出資に値するという結論になった。

私はデジタルネットワーク技術担当の役員もしていたので、それなりにソフトウェアを分かっているはずなんですが、それでもやはり分からない部分が多い。我々の言うソフトウェアと、彼らの言うソフトウェアは、全然中身が違います。

「これから勉強する要素は多い」

コンビニ

ブルーヨンダーの強みは、在庫管理などの自動化だ。これまで属人的な勘や経験に頼っていた部分を置き換えられるという(写真はイメージです)。

Reuters/ISSEI KATO

BI:もの売りからの脱却を掲げていますが、顧客企業の経営課題に踏み込んだ形で提案のできる人材が足りないという声もあります。

津賀:それは、そのとおりですね。パナソニックだけではなく、日本という意味でもそのとおりでしょう。単にものをものの値打ちとして売る、ハードをハードの値打ちで売るということからは脱却をしていく必要がある。

とはいえソフトウェアは単独では売れません。自動化によって省人化、高速化する、それから最近は最適化もする。人がSCMをやるよりもソフトウェアに任せて、データを分析するほうが、SCMの効率が上がる。要は、在庫の量を減らしながら、金もうけができると。

SCMのソフトウェアは単独で存在できるものではありません。顧客との接点、ハードウェアとの接点をトータルで見ながら、ソフトウェアとは何なのかを学んでいく。これが我々のやりたいことなんです。

BI:これから、勉強すると。

津賀:SCMのソフトウェアでAIを活用してビジネスを作り上げていくというのは一体どういうことなのか。そうしたことを含めて、これから勉強する要素は多いと思います。

BI:パナソニックにも、生産管理など個人の経験とカンに頼っている部分はあります。外部から見ると、そこをブルーヨンダーのようなシステム、あるいはAIに置き換えていくのは、パナソニックの自身の課題であるようにも見えます。

津賀:あると思います。まず基本は、見える化を進めることです。部分的な見える化は進んでいます。

あるお客様が自分たちで全部把握していれば、全部見える。でも、そんな世界ばかりじゃない。エンド・トゥ・エンド(端から端まで)で見える化しようとすると、例えば物流や小売りは自分たちの手の内にはないこともある。自社でコントロールできない部分をどう見える化するのか。社会の構造そのものが関係します。

見えないものは、なんぼAIであっても直せない。本当に全部が見えるお客様は、大手だけです。小さい会社が、すべてを自分たちでコントロールしているはずがない。

パナソニックでも生産系側は、かなり自分たちでコントロールできていますが、販売サイドに行くとコントロールできていない。流通にどれだけの在庫があるのかなんて、みんなわからないわけです。

だから見える化のため、どう情報網をつなぎ合わせるのか。それがいま、一番大事なところです。それが見えてくれば、AIを導入しようとかいろんなことができる。

イノベーションのレベルを上げる

CNS樋口社長

パナソニック出身で、2017年にCNS社に「出戻った」樋口氏。社内改革に取り組んでいる。

撮影:小田垣吉則

BI:2017年、樋口泰行氏がCNS社の社長に就任されて、さまざまな改革を打ち出しました。カルチャーやマインドの改革においては一定の成果を上げられましたが、投資案件は、これから芽が出るのか出ないのかというのが実態に近いと思われます。どう評価されていますか。

津賀:特に現場プロセス・イノベーションの中で、いままではハードウェアをボックス売りしていた。監視カメラを監視カメラのボックスとして売っていた。こういうことは、できるだけ少なくしていきたい。

この監視カメラはいったい何に使うのか。例えば顔認証システムの中でカメラを使うとしたら、どんな形が最適なのか。こうしたことが明確になってくれば、ハードウェアも全部を自分たちでつくらなくていいかもしれない。もっと付加価値の高いところにシフトできるかもしれない。こういうことを手探りしながら、やってきたわけです。

ただ、これはかなり断片的なソリューションです。ボックス売りからちょっとしたソリューションにレイヤーを上げるだけでは、イノベーションのレベルは低い。現場プロセスイノベーションとは言えない。

もっとレベルを上げるには、もっと大きな世界を見える化して、その中で最適なソリューションを考えないといけない。

その決定的なミッシングパーツがSCMでした。ミッシングパーツは他にもあって、例えば我々は硬いロボットや速いロボットは得意ですが、おにぎりを握るような柔らかいロボットは苦手。安いロボットをつくるのも苦手です。

こういう取り組みは、ベンチャーと組んでやっています。でも、これもイノベーションとしては断片的になってしまう。

今回のブルーヨンダーの話はレイヤーを少し変えて、イノベーションを縦から横に伸ばしていくという意味があります。

日本のものづくりが劣っている訳ではない

顔認証システム

今やさまざまなところで使われている顔認証技術。写真はiPhone X 。

Reuters/PETER NICHOLLS

BI:パナソニックの人たちは自社への愛情が深いと思います。でも、引いた視点でプロセスを見たときに、パナソニック以外の製品を提案すべき局面も出てきます。そうした提案が本当にできるのか、と指摘する声があります。

津賀:できます。それは、できます。

ものづくりでは数をなんぼ売るのかが付加価値の源泉でした。しかしレイヤーを上げていくと、数をそこまで売らなくても収益を上げられるから、ハードウェアの部分はパートナーに任せることもできる。こういう構図になってくると思います。

ブルーヨンダーと組んで、どんな姿ができ上がるのか楽しみなところです。

BI:日本のデジタルトランスフォーメーションは遅れているのでしょうか。

津賀:国や事業領域によって、得手不得手や、ものづくりのコンセプトは違います。

中国のものづくりと一言で言いますが、非常に付加価値の高い商品を大量に、しかも急速に立ち上げなければならないときは、高価な設備を日本やドイツから仕入れて、短期で作り上げるんです。日本とドイツの設備がなければ、彼らのものづくりは成立しない。一方で、あまり価値の高くないところは、中国製の設備を安く調達して使い回して、コスト競争力をつくっている。

例えば日本が強い部品や材料では、生産設備やその使い方にノウハウや長年の蓄積が必要で、中国や韓国も一朝一夕にはできない。未来永劫追いつかれない保証はないですが。その中で、デジタル化が得意とするものはどこかという話だと思うんです。

いまやデジタルを使っていないものづくりの現場はほとんどありません。しかし、それが機械をちゃんと動かすというレベルなのか、もっと最適な動かし方をするというレベルなのか、この差はあります。

「日本のものづくりはやはり高い」

テスラの工場

津賀社長もテスラの工場を訪問したことがあるという。

REUTERS/Shannon Stapleton

テスラの工場にも行きますが、自動車メーカーの工場とは全然違う。デジタル化は進んでいますが、彼らがものづくりで勝っているとも思いません。これは、比較が難しいところだと思います。

デジタル化をするメリットの高いところでデジタル化が遅れているのなら、それは問題です。でも、ものづくりはデジタル化だけが指標というわけではない。いかに少ない設備投資で、多くのものが品質良く作れるか。

負けている部分があるとすれば、ものを作るために必要な設計で、コストが安くできているかというところでしょう。日本のものづくりは、やはり高いものづくりになっている。強み弱みはあるが、全体としては前に進んでいるというのが我々のイメージです。

CNS社は、メーカーの工場を見せてもらって、「こんな改善ができますよ」というおせっかいも焼いている。その時に単にデジタル化で遅れていますね、と指摘をするものではないというのが、私の理解です。

もっと根本的なところに、改善点はあるはずなんです。

(聞き手・構成、小島寛明)

津賀一宏(つが・かずひろ):1956年生まれ、大阪府出身。大阪大学卒業後、1979年にパナソニックに入社し、1986年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校で修士号を取得した。2004年にデジタルネットワーク・ソフトウェア技術担当の役員に就任し、2012年から社長を務めている。東京五輪大会組織委員会の副会長でもある。

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