人気女子プロレスラーとして活躍していた木村花さんは、22歳の若さで急逝した。
画像:『テラスハウス』公式サイトより
人気プロレスラー・木村花さんが5月23日、急逝したことで、ネット上の誹謗中傷への対応についての議論が急速に盛り上がっている。
25日には菅義偉官房長官が記者会見で木村さんの死に触れ「ネットリテラシー向上の必要性」について言及。26日には高市早苗総務相が、ネット中傷についての法改正を検討する考えを示した。
すでにSNS上では、法改正を求める署名活動も始まっている。現行法では、匿名の誹謗中傷に対する法的手段には課題も多いためだ。ジャーナリストの津田大介さんはじめ、専門家に5つのポイントを聞いた。
「コロナ不安」「コロナ鬱」といった言葉も話題になり、SNSがそれを増長したと言われる。
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ネット中傷の被害にあったときにまずできることは、誹謗中傷にあたる投稿の削除申請だ。しかし例えばTwitter社の削除率は0.2%(2019年1月から6月)。
自らTwitter上で誹謗中傷の被害にあったこともある、国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」事務局長も務める伊藤和子弁護士は、「Twitterの(不適切な投稿への)報告制度が機能していないのがまず大きな問題」と話す。
そこで取れるのが法的手段だ。後述するが、このプロセスも現況では制度的、費用的、精神的にもハードルが高い。
ひとつだけでは解決しない
Twitterの誹謗中傷は、複数の問題が重なり合っている。
撮影:今村拓馬
ジャーナリストの津田さんは、ネットの誹謗中傷対策について「(プロバイダ責任制限法が施行されてから)約20年動かなかった問題がようやく認識されてきたことは歓迎すべき」だと語る。
その上で、センセーショナルな報道によってネット中傷にかかわる複数の論点が混同されて議論されていることに懸念を示す。具体的に論ずるべきは、以下の5つの問題に整理されるという。
- ネットユーザーのモラルの問題
- 発信者情報開示請求プロセスの問題
- Twitterなどのプラットフォーム事業者の責任問題
- ネット広告の問題
- 放送局の問題(放送倫理の問題)
津田さんは、この5つの問題の解決を同時並行で進めなければならず、どれかひとつだけではネット中傷問題の解決にはつながらないという。ネット上の議論が過熱している、2. 3. 5. の問題にしぼって専門家の話をまとめた。
発信者情報開示請求のハードルの高さ
ジャーナリストの津田大介さん。発信者情報開示請求のプロセスの簡素化には賛成しつつ、事前検閲にならないように注意しなければならないと語る。
撮影:竹下郁子
先述したように、今ネット上で今最も議論が盛り上がっているのが、2. の発信者情報開示請求プロセスの問題だろう。津田さんもプロセスの簡素化には賛成するものの「政治に対する真っ当な批判や内部告発の取り締まりに利用される恐れがあるため、慎重に議論を進めるべきだ」と指摘する。
この懸念については、映画評論家の町山智浩さんも、以下のようにツイートしている。
「木村さんの死を、政府が国民監視に利用するのは最悪の展開。『SNSによる誹謗中傷で被害者が出た場合はSNSも責任を負う』という法律などでSNSに自主管理させて、政府が個人情報に介在するのだけは避けなければ。#木村花さんを政府の国民監視に利用するな」
こうした懸念に対して、何に留意すべきか。
表現の自由への大きな妨げとなるのは「発言内容の事前検閲」になる可能性だ。
「(発言の)内容に踏み込むのではなく、あくまで(今まで匿名性によって阻まれてきた)一般の人同士の訴訟がきちんとできるような制度設計にしなければならない」(津田さん)
現行法では、訴訟に進む以前の、発信者を特定する段階でのハードルが非常に高い。
誹謗中傷する人間の多くが匿名であるため、名誉毀損などで訴訟するにも、まず被害者は加害者を特定する必要がある。被害者は「プロバイダ責任制限法」に基づき、プロバイダ及びTwitterなどのプラットフォームに対して中傷を発信した個人の情報開示を求めることができる。
だが、例えばTwitterの場合、全て米本社相手の作業となる。1アカウントを特定するためにかかる、書類の翻訳費用など(弁護士に依頼した場合)は約50万円。さらに開示されるのはIPアドレスだけで、さらなる個人情報の公開を求めて仮処分申請をしても、これまでのケースではTwitterに「(IPアドレス以外の)情報を一切保有していない」と主張され、個人の特定に至らず、「泣き寝入り」をせざるを得ないケースもあった。
今回津田さんは、例えば総務省が第三者機関を含めた有識者会議などで「何が誹謗中傷・ヘイトスピーチにあたるのか」のガイドラインを「極力言論に影響が出ないような形で」策定し、それに沿った開示請求を限定的に始めていくなど、「手続きの簡素化」に焦点を絞るべきだ、と提案する。
Twitterなどのプラットフォーム事業者の責任
発信者情報開示プロセス以外にも「ネット中傷」を取り巻く問題は根深い。
今回改めて注目が集まったのは、誹謗中傷やヘイトスピーチ対策に対するSNS側(Twitter)の責任だ。前出の伊藤さんは、Twitter Japanに対して「プラットフォームとしての社会的な責任を果たしていない」と厳しく非難する。
ドイツやフランスには、ソーシャルメディア上のヘイトスピーチを規制する法律がある。TwitterやFacebook、グーグルなどのSNS事業者が、ヘイトスピーチなどの違法な書き込みを24時間以内に削除しなければ最大5000万ユーロ(約67億5000万円)の罰金を科すことができるというもの。フランスでも同様の法律が2020年5月、可決した。
こうした「プラットフォーム規制」の議論も始めていく必要がある、と伊藤さんは指摘する。
番組制作側の問題(放送倫理の問題)
SNS上の反応を含めた番組づくりを行なっていた、制作側の倫理観も問われる必要があるだろう。
画像:Netflixより
さらにSNSの炎上を煽るような過激な番組作りをしつつ、そのリスクを出演者側が負わなければならないという、番組制作側の問題もある。
メディア文化論を専門とする大妻女子大学の田中東子教授は、ネット番組の特性について、こう語る。
「ネット以前のテレビ番組は、視聴者にコンテンツを届けるだけで成立していました。けれど今はSNS上の反応までを含めて番組が作られている。だからこそ番組を作って終わり、ではなく、その番組がどう受け取られるかまで作り手が考え、責任を持たなければならなくなっているのです」
Netflixというグローバルなプラットフォームでの配信の重みについても、こう指摘する。
「インターネットで番組が配信されることで、コンテンツの波及力は強まっています。コンテンツが世界でどう広がり受け取られるか。その責任の大きさを考えた番組づくりや価値観のアップデートがこれからより強く求められるようになると思います」
法規制、プラットフォームの責任、メディアの責任、リテラシー……。ネットでの誹謗中傷を減らすためには包括的な議論が必要だ。何よりもまず、SNSはどのように使われ、誹謗中傷が生まれる根本的な構造はなんなのか。それに対し、私たちが真剣に向き合うことが求められている。
(文・西山里緒)